205.乱入と長期休暇
パルラとベルティーナの先制攻撃の結果は、パルラの一撃でゴブリンが一匹倒されて、ベルティーナの一撃でかなりのダメージを与えたという感じ。仮にベルティーナの風の刃がゴブリンの頭に向かっていたとしても、倒しきることはできなかったように思う。
目に当てたら行動不能にはできていただろうけれど、固い頭蓋骨を突破できてはいなかっただろう。かつてのビビアナさん同様、高威力の魔術を使うのは難しいようだ。
それでもビビアナさんならゴブリン程度は一撃で倒せただろうけれど、その辺は経験の差というか、練度の差だ。
理想は二匹倒しきることだったけれど、シエルであれば二匹でも、三匹でも、何なら十匹を越えようと問題なくゴブリンを引きつけることができるだろう。それでもゴブリンの上限を三匹にしたのは、一つに数が多くなると引きつけるのに舞姫の力を使わないといけないから。それから単純にパルラとベルティーナのことを考えて。
こちらの人数よりも多い数と戦うとなると、彼女たちはそれだけで緊張して動けなくなりそうなのだ。
いや、逃げることはできるだろうけど、倒すとなると難しい。
「できれば急いで倒してください」
二匹のゴブリンを引きつけながら、シエルが後衛の二人に声をかける。気持ちは分かるのだけれど、それは悪手だよなーと思っていたら、二人して上擦った声で「は、はい」と返ってきたのでわたしの予想は当たったらしい。
案の定、二人の攻撃はよくてゴブリンに掠る程度になってしまった。何なら、たまにシエルに当たりそうになっている。シエルはそれも問題なく避けるし、仮に当たっても結界があるから大丈夫。そのことを二人も知っているから、こんな状態でも攻撃できているのではなかろうか。
シエルに当てては駄目だと考えると、焦りもあって攻撃できなかったことだろう。そう言う意味でも、いつかのパルラとの模擬戦は役に立っている。フレンドリーファイヤーを気にして攻撃できないのと、気にせずに攻撃するのに慣れてしまうののどちらが良いかと言われると難しいけれど、この二人に関して言えば、とりあえず戦うという経験を積んだ方がいいと判断した。
今でもシエルに当てないようにと考えてはいるようだから、大丈夫だと思う。
『駄目だったかしら?』
『駄目ではないですが、二人には合わなかったかもしれませんね。急いだ方がいいのは間違いない――……なかったですから』
『難しいのね』
『相手に合わせたものの伝え方というものが、無いわけではないですからね。ただそのあたりはシエルがどうしたいかで決めて良いと思いますよ』
『どういうことかしら?』
『何とも思わない相手に対して、一方的に合わせるだけというのは割に合いませんから』
人付き合いの難しいところで、相手に合わせるのは大切かもしれないけれど、こちらが相手に合わせたところで、相手がこちらに合わせてくれるかわからない。じゃあどうするのかというのは、人によって考え方が変わってくる。
それでも万人に合わせるというのも悪くはないだろうし、すべての事柄を相手に合わせてもらうと言うのも一つの考え方としてある。一番多いのは相手によって変えることだとは思うけれど。
たぶん本当はこの話をしている余裕はなくて、だけれどわたしたち的にはそんなに切羽詰まっていない。総評するなら運が悪かった。特にベルティーナにとって。
直後、稲妻が降ってきた。そして生き残っていたゴブリンたちを黒こげにすると遅れて人の足音が聞こえてくる。
いくつも重なった足音は五人分。名前を覚えているのは一人だけ。
『成り行きに任せるのは失敗でしたね。結界で封鎖すればよかったです』
『あらエイン。怒っているのね?』
『怒ってますよ。シエルに攻撃したのですから』
『エインが守ってくれたわ。私にはそれで十分よ。それにほら、おしゃべりしている時間はなさそうよ』
シエルが言うとおり、話している時間はもうなくて、足音の主が木々の間から姿を見せた。
「なんだベルティーナか」
現れたアルクレイはわたしたちやパルラではなく、最初にベルティーナが目に入ったらしい。わたし的には助かったけれど、ベルティーナ的には何一つ助かっていないに違いない。
それからアルクレイは「弱いくせに」と悪態をつくと、自分で倒した二匹のゴブリンと、パルラが最初に倒した一匹分の魔石と耳を取るように取り巻きに指示を出す。どうするべきか、ちらりとパルラとベルティーナの方を見たけれど、二人とも自分たちが倒した分を持って行かれることに何か言うつもりはないらしい。
これがハンターの依頼で受けた物であれば、抗議するところだけれど、今回は授業であり、アルクレイとは今後無関係ではいられないため、わたしもトラブルは避ける方向で良いと思う。思うところもあるけれど、それはそれこれはこれ。パルラとベルティーナを巻き込むのはよくないだろう。
シエルが少し不機嫌なので、もしもシエルが彼らに抗議するというのであればわたしも手のひらを返すけれど。どうやら抗議はしないらしい。
「弱いんだからさっさと消えろよ、目障りなんだよ」
アルクレイは取り巻きが作業を終えたのを確認すると、改めてベルティーナを見てそう言って、手下を引き連れてどこかに走り去ってしまった。
その間ベルティーナは怯えたような表情をしていたのだけれど、アルクレイがいなくなったところで、嵐が去ったとばかりに安堵のため息をもらした。
「ベ、ベルちゃん。大丈夫? ごめんね」
「大丈夫です。言われ慣れてるですから」
「それって、大丈夫なのかな?」
「大丈夫です」
パルラがベルティーナにおそるおそる声をかけ、ベルティーナは全く気にした様子もなく振る舞う。こうやってみるとベルティーナはやはり、どこか肝が据わっているなと思う。実父と交渉して寮の一番高い部屋を勝ち取っただけはあるということか。
アルクレイが去った後は、むしろパルラの方が怯えているような感じさえしたし。
「ベルティーナさん、ごめんなさい。近づいてきているのはわかっていたのですが」
「それこそ、大丈夫です。ベルが焦ってすぐに倒せなかったのが原因なので」
「それをいうなら、あたしもごめんね、エイルネージュちゃん」
シエルが謝り、ベルティーナとパルラが不要だと首を左右に振る。
シエルが急いで倒すようにと言った理由を今はちゃんとわかっているのだろう。シエルもシエルで思うところがあったらしい。
わたしに言えることは、シエル的には今回のようなことがあったときに、謝ろうと思うくらいには二人に心を許しているのだろうな、と言うこと。
シエルは周りに興味がないようでいて、悪いことをしたらちゃんと謝る。だけれど今回はシエルではなくて、アルクレイが悪い。別の見方をしてしまえば、索敵担当のベルティーナの責任になり、アルクレイがくる前に倒してしまえなかった後衛組にも責任はある。全体を見れば、シエルの責任は小さいだろう。
もちろんシエルとわたしがちゃちゃっと片づけることもできたけれど、できるからと言ってやってしまえば、それこそパルラとベルティーナの役割はなくなる。なにせ、わたしたちだけでだいたい何でもできるから。
その中でシエルが謝ったというのは、つまりそう言うことなんだと思う。
「そ、そうだ。早く次のゴブリンを探さないとね」
このまま反省会になってしまいそうな流れだったところを、パルラがそう言って引き戻す。わざとらしい言い方だったけれど、その切り替えの早さは大切だ。わたしたちでも無い限り、森の中――魔物の領域でのんびり反省会などしている余裕はないし、授業時間という制限時間もある。
「そうですね。ベルも頑張ってゴブリン探すですよー!」
ベルティーナも乗っかって、次の獲物を探し出す。授業時間的にあまり余裕はなく、次に見つけた群が最後のチャンスになるだろう。
仮にそれが五匹だった場合には、シエルが二匹倒して、残りを二人に任せると言うことになりそうだ。
『このまま戻っても大丈夫だろうということは、言わない方がいいのかしら?』
『二人がやる気みたいですから、いいんじゃないですか? ベルティーナも気がついていないみたいですし』
『魔物を倒せるようになって悪いこともないものね』
シエルの指摘通り、先ほどの一部始終を教師の一人がのぞき見ている。教師というのは予想だけれど、間違いないだろう。今回は本格的な戦闘が各所で行われるから、ある程度の範囲をカバーして配置している。
だったらアルクレイの暴挙も止めてください、と言いたくなるけれど、実は止めようと言う素振りは見せていた。
教師が動くよりも前に、アルクレイが動いてしまった。普通、出会い頭にいきなり雷ぶつけるなんてことはしないからだろう。教師側もできるだけ生徒の自主性を重んじなければならないとかありそうだし、何とも難しい。
とりあえず、今回の顛末は見ていたと思うので、アルクレイたちに対して何もないことはないだろう。怒られることはなくとも、評価を著しく下げるくらいはありそうだ。
それから少しして、新たなゴブリンのグループを見つけた後は、少し時間をかけつつも安定して倒すことができた。
◇
「本日より、学園は長期休暇に入る。休息に使うもよし、ハンターとして活動してみるのもよし、他に何か新しいことを始めようと、地元に戻り家族に近況を伝えるのもかまわない。中には競技会を目指して特訓する者もいるだろう。
ただし、何か騒ぎを起こせば、学園が動くと言うことだけは自覚しておくように。最悪、退学処分を下すこともある。
何にせよ、君たちにとってよき休暇とならんことを」
一年生の前半の授業がすべて終わった次の日の午前中。学園長の話があって、教室に戻る。それから前期の成績表をもらってから、休みに入ることになる。これ、第一学園なら直接実家に届けられるらしい。そして、第一学園は休暇が長いらしい。その辺、貴族に合わせた結果だろう。
また第二学園は各生徒学んでいることが違うためか、プライバシーの概念が存在しているのか、そのほかに理由があるのか、成績上位者を掲示すると言うこともない。
でも各授業で誰が成績上位なのかは、何となく察せられている。レシィ姫は全体的に上位の成績を収めているだろうとか、戦闘面においてはジウエルドがトップだろうとか。
流れ作業のように名前が呼ばれ、成績表をクローラ先生から受け取っていく。エイルネージュは、まあ上の方。それを狙っていたので、特に驚くことでもない。
それよりもおもしろいのは、仲が良いもの同士で成績の見せ合いが始まっていること。貴族が混ざっていても、文化が違っても、学生は学生らしい。現状一番うるさいのはジウエルド周り。「さすがジウエルド様」とか「ふん、これくらいで調子に乗らないことね」とか聞こえる。
順調に進んでいた成績表の配布だけれど、とある生徒が成績表を受け取った瞬間「なんだこれは」と声を荒げた。嫌だなと思いつつ声のした方を見てみると、アルクレイが今にもクローラ先生にくってかかりそうな場面だった。
おそらくある授業の成績が異様に悪かったのだろう。少なくともアルクレイ的に認められるものではなかったらしい。
教室中の視線を集めた事件は、クローラ先生が何かをアルクレイに伝えたことで一応の解決を見た。何か言いたげだったアルクレイは、納得していない表情ながらも自分の席に戻っていく。
そうして解散になったのだけど、すぐにアルクレイ他数名が出て行った以外は、教室を出ようとする生徒はいない。
初めての学園、初めての長期休暇でそれぞれに思うところがあるのだろう。何より休みの間に会おうと思ったら、この時間で決めておかないとなかなか連絡が難しくなる。
通信機器がないというのは、こういうときに困る。それでも王都内にいれば何とかなるだろう。だけれど、これが王都を出て別の町に行ってしまうと、その間の連絡はほぼできないだろう。手紙はあるけれど、どれくらいで届くかわからない。
それでも早く届けてほしいときには、相応の金額が必要になる。
連絡をしたければ携帯でアプリを使い、遠くの町であっても国を出ない限り一日もあればたどり着ける前世とは大違いと言うことだ。
わたしたちが本気を出したら、二、三日で国境を越えられそうだけれど、これを基準に考えてはいけない。
「エイルネージュちゃんは休みはどうするの?」
「パルラたちとハンター組合に行きます」
「うん、ありがとう。でもそうじゃなくてね」
『そう言えば、休みはどうするのかしら?』
『わたしたちだけなら、中央に帰ってから戻ってくることもできそうですが、ミアがいますからね。ミアがどうするか聞いてから決めた方がいいかもしれませんね』
『つまりわからないのね』
『そうですね。わかりません』
「今のところ予定はありません。もしかしたら中央に帰るかもしれない、くらいですね」
「やっぱり、中央って遠いの?」
どうやらパルラは中央と聞いてもピンとこないらしい。というか、他国というものの認識も曖昧なのだろう。
何なら自分の村の外にすらあまり出たことはなかったようだし。隣の町に買い物でも大冒険に感じていたとかありそうだ。
「パルラの村よりもずっと遠くでしょうね」
シエルがそう答えると、パルラは「はえ~」とも「ほえ~」ともとれそうな声で感心する。それから、一緒にハンター組合に行く日を決めることになった。
Q.更新ペース
A.皆様お気遣いありがとうございます。いままでよりはのんびりですが、2週間程度で更新できればなと思います。
Q.決闘について
A.主人公的に興味があまりないものでもあるので、さらっと流しました()
Q.エインは何の神?
A.一応伏線は張ってたりします。