204.蚊帳の外と最後の授業とゴブリン
禁忌のこと、エルベルトのこと、何も解決していないような気がするけれど、一応は落ち着きは見せた。同時に各授業の今期のまとめが始まっている。どの授業もこれで最後だとなってきた中。学園のイベントとしては目前の休みか、それが明けてからの競技会に目が向いているのに、その日なぜかわたしたちのクラスでは別のことに注目が集まっていた。
早い話が、雷魔術師のアルクレイが英雄のジウエルドに決闘を申し込んだ。
理由は平民のくせに目立ってどうのとか、女子を侍らせているのが気にくわないとか、そう言った言いがかりのようなもの。
それを放置しておけばいいのに、どうしてだかジウエルドはこの決闘を受けた。いや、これまでに結構ちょっかいをかけられてきたから、ここで雌雄を決したかったのかもしれない。これで懲りたらちょっかいかけてくるなよ、と。
あまり関わらないようにしてきたこともあって、わたしにしてみたら蚊帳の外ではあったものの、一応クラスの中では重要な一戦になることは否定できない。そしてどちらが勝つにしても、面倒なことになるのだろうなという予感がした。なにせクラスにおける問題児たちの均衡が崩れることになるから。
とはいえ、蚊帳の外であるわたしたちに何かできるわけでもなく、何だったらレシィ姫も止めることはしなかった。身分は関係ないという建前はあっても、レシィ姫は影響力が強すぎるから、下手に手を出すことでより大きな混乱を招くと考えたのかもしれない。
もしくは、ジウエルドのいい経験になると思って、あえて放置した可能性もある。
ともあれ両者やる気ではあったものの、教室内で決闘ができるわけもなく、その次の戦闘訓練の授業で行うことになった。
わたしたちも戦闘訓練の授業はとっているけれど、クラスが違うため実際に見ることはできない。しかしながら、ジウエルドが勝ったと言う話がどこからともなく聞こえてきた。
◇
決闘騒ぎも冷めやらぬ休み直前の最後の授業、パーティ単位での最後の課外実習。決闘があったのがつい先日のことなので、アルクレイはバツの悪い顔をしていることが多いのだけれど、幸いもう休みが始まる。明日前世で言うところの終業式みたいなことをして、終わりだ。その長い休みで、アルクレイの気持ちの整理ができてほしい。アルクレイのためではなく、わたしたちの平穏な学園生活のために。
そう思ったのが、もしかしたら悪かったのかもしれない。
課外実習だけれど初回でゴブリンに出会って、パルラとベルティーナが手も足も出せずに時間が来てしまった授業になる。それ以降は平地以外での歩き方などを主にやっている。森を歩く上での体力配分とか、警戒すべき事とか。
一応魔物との戦いがないわけではないけれど、ランク的にはFよりも低い、一般人でも何とかなるようなレベルの魔物しか相手をしていない。
それこそ何かあっても怪我で済む程度で、普段のわたしたちなら放置するようなそんな魔物とたまに遭遇して、少しずつ森での戦い方も学ぶ。
戦い方と言っても、ランクが低い魔物ばかりで不意打ちにだけ気をつければいいし、不意打ちでも致命傷にはならないので緊張感としてはそこまででもないらしい。
ほかのパーティだと何体の魔物を倒したとか、これくらいの魔石を手に入れたとか、楽しそうにしているのを授業後に散見した。
わたしたちのパーティはというと、できるだけ魔物を避けるようにやってきたので戦果という意味では盛り上がれるほどのものはなかった。基本的にベルティーナに索敵を任せているため、たまに魔物と遭遇するのだけれど、シエルが引きつけてパルラが――当たれば――一撃で倒すのであっさりしたものだ。
今日の動きというか戦果を見る限りだと、ここ数ヶ月でパルラはかなり強くなったんじゃないかなと思う。弓矢の扱いにも慣れてきて、たまに外すけれど命中率もかなり高くなっている。威力としてはまだただの弓矢って感じだけれど、職業を鍛えていけば威力も上がっていくのだろう。
たまに接近戦もシエルがやらせているけれど、そちらは弓矢ほどではない。パルラが使うのはナイフで魔物との距離が近くなることもあって、苦手にしているようだ。
ベルティーナも体力が付いて、授業中の休憩も少しずつ減ってきている。索敵能力はシエルとわたしを除くと学年内でもトップだろう。実はパルラも結構索敵能力は高いけれど、それよりもベルティーナの方が上になる。
障害物越しでも魔力を見る事ができる彼女の弱点は、見えている範囲でしか判断できないことと、障害物を越えての視認は消耗が大きくなってしまうこと。音なんかで索敵できればいいのかも知れないけれど、そう言うのはパルラの方が得意としていて、ベルティーナの視界から逃れた魔物の不意打ちをパルラが防ぐ場面が何回か見られた。
まあ、パルラの察知率は半々って感じだけれど。
現状どうなるのかわからないけれど、おそらくベルティーナの能力は強力な魔物の発見をいち早く行える。強い魔物ほど魔力が大きいし、ベルティーナ的にも目立つだろうから。
聞いた話、わたしくらい隠蔽できていればすぐにはわからないけれど、そうでなければすぐにわかるだろう、たぶん。とのことだ。
強い魔物と不意に遭遇する確率がぐっと少なくなり、不意打ちをされることはないというだけで、ハンターとしての生存率はかなり高くなる……と思う。あえて強い魔物の討伐をして稼ぐ無茶するハンターも少なくないけれど、大半は自分が倒せる相手を選んで依頼をこなす。
それなのに命を落とす可能性が高いのは、やはり狙いではない強力な魔物が現れたから、というのが多いらしい。
だからこそベルティーナを放り出した実家は無能……というわけではなく、そのことを隠し続けてきたベルティーナが一枚上手だっただけだろう。もとよりそんなに期待されていなかったというのもあるだろうし。
そんなベルティーナは、以前よりも魔術の使い方が上手になってきている。クリーンヒットすればゴブリンが相手でも充分な足止めになるし、数回当てれば倒せるほどにはなった。
ゴブリンよりも弱いFランクの魔物であれば、倒すこともできる。しかしながら発動までにそれなりに時間がかかるし、命中率はパルラの弓よりも悪い。
べルティーナが未熟というのもあるけれど、回路が短い弊害も多分に出ていることだろう。
ビビアナさんがここからB級にまで上がることができたことを考えると、べルティーナにも希望はある。ただ求められる努力は人の数倍にはなるだろうけど。
最後の授業は森の中を歩きながら、パーティで魔物を1体以上倒すこと。評価基準については明確には教えられておらず、今までの授業を思い出しながら探索するようにと言われている。
同じ授業を受けている人の中には、魔物を倒すのが課題なのだから、沢山倒したらいいのだろうと解釈している人もいたけれど、おそらくそれも間違いではないのだろう。今回出てくる魔物はゴブリンで、この授業で戦ってきた中では強めの魔物。パルラやべルティーナにしてみれば、初回で辛酸をなめさせられた相手でもある。そして今回は数を用意するためか、安全に倒せる相手というわけではないらしい。その分、教師陣の見回りは厳に行っているのだろう。怪我はまだしも、殺されるなんてことがあったら困るだろうし。
「あっちに5体の群れがいるから、こっちに行きます」
森の中を歩いていたら、べルティーナが足を止めて指をさす。それにシエルとパルラがうなずいて進行方向を変えた。
わたしたちが狙っているのは、2~3体の群れ。2~3体を群れと言っていいのかはわからないけど。可能であれば1体だけでいるのを探している。わたしの探知ではすでに見つけているのだけれど、それを口にするとべルティーナの訓練にならないので言葉にはしない。たぶんシエルも気が付いているだろう。魔力の扱い練習としてシエルにも使うようにと言っているから。
沢山倒すことを目的としているパーティがいる中、わたしたちのパーティの目標はできるだけ安全に授業を終えること。怪我をせず、危ないことはせずに、確実に言われたことを終わらせる。今までの授業では魔物を倒すというよりも、森をいかに歩くかということに重点が置かれていたと思うので、これでも悪くない評価をしてもらえるだろう。
というか、これで単純に倒した魔物数しか評価されないのであれば、この学園もその程度ということだ。無茶をせずに、余裕をもって依頼を終わらせることがハンターには求められるのだから。これが騎士や兵士であれば、無茶をしてでも魔物と戦い民を守らないといけないとか、身を挺してでも貴人を守らないといけないとかあるだろうけど。
「ゴブリンを見つけたら、あたしが最初に攻撃するんだよね……?」
「相手が2体ならパルラが不意打ちで1体倒してもらいます。3体ならべルティーナも一緒に魔術で攻撃してもらいます」
「う、うん。頑張るね」
声がガチガチのパルラがうなずく。やはり初回の印象が強いのだろうか。最初パルラもべルティーナもゴブリンを相手に何もできなかったわけだし。
だけれどいまはそこまで心配しなくてもいいレベルにはなっている。そのための授業だったわけだし。それに。
「失敗しても大丈夫な数しか相手にしません」
「そうだよね、大丈夫だよね」
3体くらいならシエル一人で足止めできる。その間に後ろから倒してもらえばいい。
本当に危なければ魔術を使って、パパっと倒すこともできる。評価的にどうなるかはわからないけど、怪我をするよりはましだろう。
迂回を始めて10分ほど歩いたところで、べルティーナがもう一度足を止める。
そのまま進んだ先に3体のゴブリンの反応がある。足を止めたべルティーナの顔が強張っているのは、3体の群れよりも、2体や1体のほうが良かったからか。本当に嫌なら数を多く報告してまた迂回するということもできなくはないだろうに、べルティーナは「このままいったら、3体いる、です」と緊張した様子で伝えてきた。
その緊張はパルラにも移ってしまったようで、「わかったよ」と弓を準備する手が少し震えている。わたし的には別のところに行きたいのだけれど、探知のことを2人に教えていないので黙っておく。各パーティ毎に教師が付いているようなので、最悪の事態になっても何とかしてくれるだろうし。
とはいえ、緊張しすぎるのはあまり良くないので、少しシエルに代わってもらう。
「とりあえず深呼吸してください。緊張したままだと、倒せる相手も倒せませんよ」
「そ、そうだよね」
「やることは今までと変わりません。最初の時とは違いますし、それに休みになったら一緒に依頼を受けるんですよね?」
「もちろんだよ!」
これで完全に大丈夫というわけではないだろうけど、パルラの手の震えは収まっているしいくらかはマシになっただろう。前世ではこうやって誰かを励ますということはほとんどなかったし、シエルが相手だとわたしが言ったことを妄信してしまうので、やってみると案外難しい。だから今回はこれで良しということにしよう。
一緒に話を聞いていたべルティーナもわたしの言葉に従ってこれでもかというほど、深呼吸を繰り返しているし。こちらはこれで良いのかちょっと怪しいけれど。
「それじゃあ、行きましょうか」
声をかけてシエルと入れ替わる。行きましょうとは言ったけれど、ゴブリンを視界にとらえるまではこっそり向かう。べルティーナの誘導に従って見つけたゴブリンは3体ともが雑に木を削ったような、粗末なこん棒を持っている。周囲の気配を探っているらしく、3体ともが別のほうを向きながら、それでも人が歩く速度くらいで移動している。
こういうのを見ると、ゴブリンって厄介なんだろうなと感じる。少なくとも多少森に慣れた人よりも森の歩き方はうまそうだ。
もう大きな音を立てられないから、2人と目で合図をして、パルラは弓を構えて、べルティーナが魔術の準備をする。シエルはいつでも出られるように細剣に手を添えてじっとゴブリンたちの観察を始めた。そんな緊張感のあるなか『こんな風にゴブリンを見るのも初めてね』と楽しそうに話しかけてくるあたりが、シエルなんだなーと思う。そして『いつもはすぐに倒しますからね』と緊張感なく返すわたしもわたしなのだろう。会話に緊張感はなくても、警戒は怠らない。この世界に生れ落ちて、一時期を除いてずっと続けてきたことだ。
『エインは気が付いているわよね?』
『シエルも気が付いていたんですね』
『ええ、なんとなくだけれど』
『いえ、気が付いただけでも充分ですよ。以前のシエルなら難しかったでしょうから』
『そうかしら? それなら嬉しいわ、嬉しいのよ!』
楽しそうなシエルの声が聞こえてきたところで、後方から放たれた矢がゴブリンの脳天を貫く。反対側からは、風の刃が通り抜け、別のゴブリンのお腹を大きく切り裂いた。
Q.中央であった反乱について
A.フィイヤナミアの力が疑問視されはじめ、もしかしたら中央を奪えるかもと考えていた人たちにとってはとても大変な出来事だったでしょう。
大変遅くなりました。リアルが忙しいのと展開をどうしようかと書いては消してを繰り返していました。まだ迷走気味なので、気長に待っていていただけたらと思います。