200話その他記念的閑話
中央の邸での出来事。時系列的にはたぶん学園入学前。
シエルにせがまれて何曲か歌を歌っているとき、シエルがふと『エインお願いがあるのだけれど、良いかしら?』と声をかけてきた。
ちょうど曲と曲の合間だったので、すぐに「なんでしょうか?」と応える。
『エインがいた世界の歌と踊りを教えて欲しいのよ』
「構いませんが、すでにいくつか教えていませんでしたっけ?」
『そうなのだけれど、たぶんエインは大雑把にしか教えていないわよね?』
少し言いにくそうなシエルの言葉は、間違ってはいない。
歌はこんな感じみたいに一言で簡潔に言い表しているうえに、歌詞の内容と言うよりも曲のイメージしか伝えていないし、踊りに関してもいろいろ省いて教えたところはある。
というのも、踊りに関して言えばこの世界向けではないのだ。時代背景とか、文化的違いとか、そう言うのもあるけれど、元の世界の踊り――特にわたしが歌うような曲だと、テレビで見るとか、ネットで映像としてみるとか、スクリーンに映し出されるとかそう言うことが前提の上で踊られているように思うのだ。
遠くから見ていると、何をしているのかわかりにくい動きが多い。
胸元でハートを作っても、遠くからだと何やっているかわからないみたいな感じで。
歌詞については、単純に気恥ずかしい。何せ恋愛に関する曲が多いから。そのほかの曲もないわけではないけれど、総合すれば半分くらいは恋愛関連の曲だと思う。歌詞のテーマとして使いやすいんだろうけれど、その歌詞をわたしなりの解釈でシエルに伝えるというのは一種の罰ゲームではないだろうか。
だから避けてきたのだけれど、そうは問屋が――シエルが卸してくれないらしい。
シエルに頼まれれば、たいていのことはホイホイ言うことを聞きたくなってしまう質なので、気恥ずかしくなるんだろうなと諦めつつシエルの話に乗ることにする。
「まずダンスについて詳しく教えてこなかったのには、わたしがあまり詳しいことがわからないと言うのがあります」
『それは聞いたことがあるわ。だけれど、昔に比べると私も成長したと思うのよ!』
「はい。だから拙い知識ではありますが、お伝えしようと思います」
と勢い込んでみたけれど、何から教えたものかわからない。ぼんやりとステップかなと思って、ボックスステップとか、アイドルステップとか聞いたことがあるものを教えてみたものの、それをどう活用したものかわからない。
シエルはなんだかわかったみたいな反応をしていたけれど、何でわかるのかがわからない。出来る人はすごいなと、小学生のような感想を抱いてしまった。
とはいえ、これではわたしの気が済まないので、記憶力を総動員させて試しにひとつ踊ってみることにする。そう言ったら、シエルが『エインが踊ってくれるのね! 楽しみよ、楽しみだわ!』とテンションをあげてしまった。
無駄にハードルが高くなったような気がするけれど、意識しないように踊ってみることにする。自分で歌を歌いながら。
どうせ半数が恋愛関係ならと開き直って、ふわふわの可愛い系の恋愛ソングでやってみる。
少し体の動きを確認してから、歌い出す。
歌詞的には「貴方に会えたことが嬉しくて、恋心で心がふわふわしてしまう」というところだろうか? 我ながら似合わないというか、向いていないというか。
そんな曲なので、手のフリにあわせて膝でリズムを取って、ふわふわとした動きになる。左右に動くときのステップも上下の動きが大きく見えるように、跳ねるように。
手はうれしさを表すように、大きく柔らかく動かす。スカートを膨らませるように両手を左右に伸ばしてクルリと回る。
正直踊っている間はいっぱいいっぱいで、周りを見ている余裕もなく、それでもシエルの体でなければ形にすらならなかっただろう。
そして曲も中盤。少しだけ余裕が出てきたところで、自分の動きがあまりにも女の子らしいことに気がついた。そりゃそうだ。女の子が踊る前提なのだから。
それがなんだか恥ずかしくて、でも歌を止めるわけにもいけなくて、なんだか顔が熱くなってきた。
◇
歌い終わり、踊り終わり、体はとても疲れている。心もとても疲れている。とりあえず歌いながら踊るものではない。一応加減はしていたけれど、やっぱり呼吸が持たなくなりそうだ。
『とっても、とっても! かわいかったのよ!』
「それは……はい。それよりも、何となくでもわかりましたか?」
『そうね、エインが言っていたことは何となくわかったわ。小さい動きも多いのね。あとは私がやっていたものと比べると、スペースが狭くても踊れそうかしら。
動きもふわふわしていたけれど、それは歌にあわせたからかしら?』
「そんな感じです。曲によっては止まることを意識したようなものもありますね」
カッコいい感じの曲だといわゆるキレのある感じになるとは思うのだけれど、それを何というのかはよくわからない。
言葉がわかっても、それでシエルがわかるわけではないからいいのだけれど。
『ところで結局今の歌はなにを歌っていたのかしら?』
一段落したかなと思ったのに、そんなことはなかった。わたしが避けたかっただけで、その実避けられるようなものではなかったというだけ。
とりあえず、シエルに尋ねてみることにする。
「その前に一つ確認したいのですが、シエルは恋愛……についてわかりますか?」
10代前半の少女に恋愛について尋ねるというのは、果たしていかがなものか。それだけで問題がありそうだし、何よりわたし自身がいたたまれない。対照的にシエルが表にでていると良い笑顔をしていただろうという確信があるのは、どういうことだろうか。
『そういうものがあるというのは知っているのよ。だけれど、具体的なものはわからないかもしれないわ。エインはわかるのかしら?』
「わからないとは言いませんが、わかるとも言い難い感じですね」
物語ではよく見かけたし、想像くらいはできる。加えてそれに近い感覚というのも、体験はしているとは思う。
とはいえ、人によってその理解や感じ方は違うと思うので、どうだと言い切るのは難しい。好きという感情ですら、使い方でその意味は変わってくる。よく言われるのはLikeかLoveかみたいなところだけれど、それでも全然足りないと思う。
『そうなのね。エインでもわからないのなら、私にはもっと難しいかもしれないわ』
「それなら仕方が――」
ないですね。と言おうと思ったのだけれど、『でもね』とシエルの声が聞こえてきたので口を噤んだ。
『私がエインに感じているものがそれに近いと思うのよね』
「近い……ですか?」
そう疑問を呈しながらも、ほっとしている自分がいた。わたしもシエルのことは大切に感じている。それは恋をしている相手と同じような特別といえるけれど、それだけだとは思いたくない。
それはたぶん、恋愛による関係が脆いものだとも知っているから。終わってしまう可能性がある関係性が、わたしにはとても怖いから。
だからシエルとわたしの関係を恋愛関係と言い切ってしまうと、わたしはとても嫌なのだ。
『だってエインは言っていたでしょう? エインは私の望むどんな人にでもなってくれるって』
「そうですね。シエルがそう望むのであれば親にでも、友達でも――なににでもなります」
『ええ、嬉しいわ。それからエインも知っていると思うけれど、私は結構物語を読んでいるのよ』
「はい。わたしはあまり読めていませんでしたけれど」
早く字を読めるようになったシエルは研究書や参考書以外にも、たくさんの本を読めていた。わたしは字を読めるようになるのが遅かったから、文字の練習に読んだ簡単な本以外は物語は読めていない。
『その中には恋愛が描かれた場面もそれなりにあったのよ。でもね、エイン』
「どうしたんですか?」
『私は幸せそうにする人たちの話を読んでも、あまり憧れなかったのよ』
当時のシエルの心境は、シエルにしかわからない。だけれどあの状況下において、物語の人たちに憧れを持つのはおかしいことではない。彼らはどんな困難も乗り越えて、最終的にはハッピーエンドに行き着くから。
当時のシエルの年齢であっても、漠然とそうなりたいと、思うのかもしれない。
でも、シエルはそうではないと言う。
『だって、私にはエインがいたもの。それにこれからもエインはいるでしょう?』
「それは……もちろんです」
『それだけで幸せだと思えるのよ。だからエイン、教えてくれないかしら?』
シエルの言葉にわたしは観念して、歌詞の意味を教えることにした。
◇
『恋する女の子は可愛いのね? だからあんなにかわいらしい動きが多かったのかしら』
「えーっと、そうだと、思います」
自分の解釈だと注釈をつけてから、シエルに歌詞の意味を伝え、いくつか質問に答えた後、シエルに言われた言葉に疲れを隠せずに答える。
わかっていたけれど、自分の言葉で歌詞の意味を伝えることのなんと精神を削ることか。
それでもこれで終わりだし、シエルの身になってくれるのであれば良いかと思ったところで、わたしはわたしのミスを突きつけられることになった。
『ねえ、エイン。それを踏まえた上で、もう一度やって見せてくれないかしら?』
「えーっと……まあ、そうですよね」
うん。説明してから実際にやってみないと、わからないものだ。だけれど、できれば避けたいからと説明を後回しにしたせいでこうなってしまった。反省というか、浅はかというか……シエルが言っていることは筋が通っているので、もう一回やるしかないか……。
◇
曲の歌詞を理解したシエルが、邸の庭で踊る。
弾むようなステップで、でも遊び跳ねる時とは違う柔らかなステップでふわふわと左右にリズムを取る。両手は幸せの大きさを示すように大きく広げて、しかしながら時折愛おしむように胸に仕舞い込む。
地面に足が着けば、その周りに可愛らしい淡い色の花たちが咲く。両手を大きく広げれば、その動きにあわせるかのようにどこからともなく桜色の花びらが宙を舞う。
明らかに庭の環境を激変させているのだけれど、許可はもらってあるのでフィイ母様には怒られない。
変わった環境は精霊たちがいい感じにしてくれるらしいので、そのあたりを気にする必要もない。
いつもよりも女の子を意識させる動きたっぷりで、一曲踊りあげた直後、どこからともなく風が吹きあたりに散らばった花びらを舞い上げる。
空中で一カ所に集められた花びらは、大きな花の形を作り上げると花火のように散らばった。
その花びらたちが地面につくよりも前に、炎に包まれて線香花火の玉が落ちるように消えていった。
これがシエルの新しい舞い方。いろんな人に見てもらう踊り。
「ふふっ、楽しかったわ、楽しかったのよ!」
一曲だけだったけれど、満足したようにシエルが笑う。
『はい。わたしも楽しかったです』
「やっぱり歌詞の意味を知っていた方が、エインと一緒に踊っているって気がするのよ」
シエルの言葉にわたしが何かを返す前に「もう一回よ」とシエルが言ったので、わたしはまた歌い出した。
最近全然舞うシーンを書いていないなと思ったので書きましたが、結局あんまり踊っていないなと思いました。まる。