200.魔道具と狂気と思い切り
「好きにしたらいいよ」
「なるほど。それでは、好きにさせてもらいます」
なんだかリーエンス先生が開き直っている感じがする。きっと罠か何かあるんだろう。正しい手順を踏まなければ発動するのだと思うのだけれど、残念ながらわたしには何かがあるのがわかるだけで、どうしたらいいのかとかはわからない。
とはいえ、こちらも当てずっぽうで隠し部屋のことを言っていないと示した方が話が早いだろうし、守りに関しては自信があるので特攻してみるのも有りか。
『罠のようですが、行ってみても良いでしょうか?』
『私に代わってくれたらいいのよ』
『それはもちろん。万が一の時にシエルが表にいた方が対処がしやすいですからね』
どう転んでも命に関わるようなことはしない。シエルが表に出ていたら、最悪この部屋諸共破壊し尽くすこともできる。様々な罠を鑑みても、シエルが表に出ていれば安全に対処できるだろう。
そもそもわたしができることは、わたしが表に出ていなくてもできるのだから。
そういうわけでシエルと入れ替わり、シエルが目の前の棚に手をかける。部屋の両側面にある魔道具が置かれた棚だけれど、配置の関係か入り口から遠くにある角の部分には少しスペースがある。幅にして人が一人入って余裕があるくらい。シエルだと二人分はあるだろう。
その棚を横にずらした先に隠し部屋に通じる何かがある。昨日のリーエンス先生の行動をみる限り、地下に向かう階段か何かだろう。
シエルが身体強化も使って棚を横にずらす。
棚の下には床下収納の扉のようなものがあり、シエルがそれに近づこうとしたら部屋の中から魔道具が動き出す気配がした。
それで気がついたのだけれど、部屋に並べられている魔道具のいくつかがこの場所に向かって何かができるように配置されている。
シエルもすぐに気がついて、真上に跳ぶ。
真下に集まる太い植物のツタを見るに、侵入者をとらえるための魔道具だったらしい。今は四方八方から伸びたツタ同士がぶつかって、いびつなボールのようになっていた。
シエルが上に逃げたのは、上にしか逃げ道がなかったから。
でも当然ながらリーエンス先生側もわかっていて、跳んだ直後くらいからシエルの真下には落とし穴ができている。そんなに深くはなさそうだけれど、どうせ落ちた先が牢屋とかになっていて、このままなら捕まってしまうのだろう。
『エイン』
シエルが短くわたしの名前を呼ぶ。それと同時にわたしは歌い出す。
すでに穴には落ちてしまっているけれど、上が空いているなら問題ない。シエルは野を駆ける子鹿のような軽やかなステップで、螺旋状に上にあがっていく。それから落とし穴から数歩離れたところに着地して、わたしと入れ替わる。
シエルの動きに目を奪われていたらしいリーエンス先生が、我に返ったように表情を取り繕った。
「君には注意するようにと確かに言われていたんだけどね。ここまでとはね」
「我ながら流石だなと思います」
頑張ったのはシエルなので、先生にどう思われても良いからシエルを誉める。怪訝そうな顔をするリーエンス先生の反応は無視して、先ほどの言葉はちょっと無視できないので追求しておこう。
「ところでエイルネージュを注意するように言ったのは、学園長ですか?」
「それは教えられないよ」
リーエンス先生は首を左右にゆるゆると振って肯定も否定もしなかった。これで肯定してくれれば禁忌関連の何かをしているとほぼ確定できたのに。あれだけのことをして守ろうとした部屋なので、現状でもわたし的には確信しているけれど、万が一ということもある。極秘なだけで禁忌とは関係ない魔道具があるとか。
わたしは別に探偵でもなければ、警察でもなく、情報収集能力に長けているわけでもない。だからできれば先生の口からきちんと禁忌に関することを聞いておきたい。
「ところで君の目的はなにかな?」
正直逃げるかなと思ったのだけれど、リーエンス先生はそんな事はせずに、それでもわたしへの対応を変えるらしい。一応こちらの目的を聞いてくる。
念のためこの部屋を結界で覆って逃げられないようにしたけれど、無駄だったかもしれない。解かないけど。
さて目的か。別に敵対しに来たわけでもないし、言ってしまって良いような気がする。先ほどまでとは違い、もう誤魔化されることもないだろうし。
万が一先生が目的の人ではなかった場合、エイルネージュが禁忌を侵そうとしている人を捜している、なんて話を方々にされる可能性はあるけれど、そのときには口止めをすればいい。
少なくとも隠し部屋で何かをしているのは確かなのだから、口止めくらい難しくもないだろう。
「禁忌を侵そうとしている人に警告して、一応止めるように説得することでしょうか」
先生が一瞬驚いたように目を見開くと「なるほどね」と呟いて、何かを考え始める。
「排除しに来たわけでも、成果を奪いに来たわけでも、捕まえに来たわけでもないと」
「立ち位置として近いのは一番目ですが、それを行うのはわたしではありませんから。その前段階ですよ」
「……神罰、か」
リーエンス先生が行き着いた答えに、わたしはにっこりと笑って返す。
わたしたちが禁忌に触れる人をどうにかしなくても、問題になった時点で神罰が下って世界から排除される。わたしたちの役目はそうならないように警告をすること。そして神罰が下ったからと言って、わたしたちはもちろん創造神様的にもそんなに困るわけではない。
「さて、もう一度聞きます。リーエンス先生は禁忌を侵そうとしていますね?」
「……ああ、そうだよ」
諦めたようにリーエンス先生が答える。そのまま禁忌の研究を諦めてくれたらいいのだけれど、たぶん無理なんだろう。でも言質を取れたことで第一段階は達成と見て、事前にシエルと決めていた通りに正体を明かすことにする。
説得するにも謎の一学生からの言葉よりも、フィイヤナミアに連なる者の言葉の方が重く受け止めてくれるだろうし。ちょっとした実験でもある。
魔法袋から長らく出番がなかった白いドラゴンモチーフのフィイ母様の紋章が描かれたペンダントを取り出して、リーエンス先生に見せた。
見せられたリーエンス先生は不思議そうな顔をしていたけれど、何か思い当たる節があったのかすぐに目を見開いて驚く。それから、重たい口をゆっくり開いた。
「君が中央の姫だったなんてね」
「正確には姫ではないですが、フィイ母様に拾われたのは確かです」
「事実はどうあれ、君は中央の姫だよ」
「それは理解していますけどね」
だからあまり否定はしないし、その方が話が早く進んで助かることもたびたびある。「姫」とつくだけでわかりやすく権力者だとわかるからだろう。
それはともかく、実験は成功と見ていいだろう。この紋章を見せればその意味が分かる人にはわかる。つまりフィイ母様の子としての物的な証拠となりうる。
今後中央の姫的立場を明かさないといけなくなったときに、名乗るだけなら簡単だけれどそれで信じてくれる人ばかりだとは限らない。
せっかく明かしても抑止力にならなければ意味がない。王家とか、重要な施設のトップとか、今までに明かした人たちはおそらくこの紋章を知っておかないといけない立場の人というのもあったので、中堅処ということで一教師にも通用するのか試したかった。
リーエンス先生に通じたという事は、平民はともかく貴族相手ならそれなりに効果を発揮してくれるだろう。
「君が中央の姫であれば、禁忌について研究していることを知っているのも理解はできなくもない……か」
「そこまで理解してくれるんですね」
「彼の方はなにを知っていても不思議ではないと言われているからね。それに神に関係しているのではないかとも」
人の寿命の何倍、何十倍も中央を治めているから、様々な憶測も出てくるのだろう。中央に限って言えばフィイ母様に隠し事はできないから、事実を知らなければ何でも知っているみたいに思われてもおかしくはないと思うし。
何にしても話が早くて助かる。
「わかっていただけたのであれば、わたしも目的を果たさせてもらいます。禁忌に触れかねない研究は今すぐに止めてください」
「……それはできないね」
「そう命じられているんですか?」
そうだったらいいのになと思って問いかけてみたけれど、確かな意思を感じられた返答を考えるとそうではない――仮にそうだったとしても、そこには自分の意志もあるんだろうなと思う。
その予想は当たっていたらしく、リーエンス先生は首を左右に振ってわたしの問いを否定した。
「いいや、個人的にやっている研究だよ」
「でしょうね。ですがその研究が実を結んだら死んでしまいますよ?」
「承知の上だよ」
「研究結果も後世に残すことができずに、神罰とともに消えますよ?」
「……――それはちょっと悲しいかな。でも死んだあとのことだからね」
「これでも止めてくれませんか」
「残念ながらね」
先ほどまでとは打って変わって、飄々とした態度で答えるリーエンス先生を見ていると、何を言っても駄目なんだろうなという気になってくる。
死ぬのも承知で、せっかく作り上げたものが破壊されて後世に残らなくても止めないとか、何のために研究しているのか謎だし。
『どうしてそこまでして禁忌を侵したいのかしらね?』
『聞いてみましょうか』
「どうしてそこまで禁忌の研究をしようとするんですか?」
「そうだね……自分のできる最高傑作を作りたい、ってところかな。誰が見てもそう思ってもらえるような最高傑作。後世にもこれ以上はないといわしめるような、そんな作品をね」
「それで禁忌ですか」
「そうだとも。禁忌を侵し神罰を受けると言うことは、すなわち神にも認められた作品を作り上げたと言ってもいいわけだからね」
妙にテンションが高くなったリーエンス先生がちょっと怖い。
神に認められたいが為に神罰をあえて受けるようなものを作るというのは、頭のねじが外れてしまっているといっても怒られないだろう。
とはいえシエルのために、存在そのものを消そうとしていたわたしがとやかく言えた義理もないような気がするけれど。自分の命よりも大切なものがあるというのは、わからない考えでもない。
それはともかく、一応説得材料がひとつだけ見つかったので言うだけ言ってみることにする。
「遠からず先生は禁忌に到達すると言ってましたよ。それがわかれば、別に死ななくてもいいんじゃないですか?」
「それが本当とは限らないからね。それにそれが本当なら、今の方向性が間違っていないと言ってもいいわけだ」
「そう言われるとは思ってました」
この手の人の説得は、わたしには荷が勝ちすぎている。
説得を完遂する事が目的ではないので、もう帰っても良いだろうか。
「これ以上は無駄なようですし、わたしの仕事も終わったので帰ることにします」
「研究を知られてハイそうですかとは帰せないかな」
「わたしの正体を知ったんですから、大丈夫じゃないですか?」
互いに秘密を知っているわけだから、広められる心配はないと思うのだけれど、リーエンス先生は納得できないみたいな表情をしている。
「君のそれは広まったからと言って、致命的ではないだろうからね。平等ではないんじゃないかな」
「そう言われると困ってしまいますね。でも帰ろうと思えば、帰れますよ?」
「そうしたら、君が学園にいられなくなるかもしれないね」
確かにわたしたちの秘密が漏れたところで、致命的ではない。変な輩が近づいてくる可能性が高くなるだろうけれど、対処できないわけではないし、ましてや社会的地位が脅かされるわけでもない。
そう言う意味ではバレたら最悪命を狙われるリーエンス先生の方が致命的だし、フェアではないのには違いない。
そして学園にいられなくなるというのが本当かはわからないけれど、この場においてはリーエンス先生が先生で、わたしたちが生徒。立場的にはわたしたちの方が下にはなるだろうから、退学させられる可能性は否定できない。
つまりわたしたちが本当に隠しておきたい秘密を話せと言うことなのだろうけれど……うーん……。
『エイン替わってもらって良いかしら?』
『良いですよ』
できるだけ力ずくというのは避けたいんだけどなーと思っていたら、シエルからお願いされたので入れ替わる。
「つまりバラされたら困る秘密を教えたらいいのね?」
入れ替わったのは良いけれど、何をするんだろうなと思っていたらシエルがそんな風にぶっ込んだ。
200話、閑話等含めると250話になりました。