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閑話 受付嬢と魔術師と10歳の少女(後) ※セリア視点

前編も投稿していますので、そちらからご覧ください。

「ところで、カロル。貴女は自分が初めて何かを食べたのが何歳か、覚えている?」

「覚えているわけないじゃない」

「彼女。5歳らしいのよね」

「はあ? どういう事かしら?」


 カロルが訝しげな顔で、低い声を出した。

 気持ちはわかる。私がこの言葉を聞いたとき、とっさに何か返すことができなかったほどだ。

 これでも、長年ギルドで働いている。色々な人がいて、その中で様々な話をしてきたこともあって、話を続けるというのは難しくないはずだった。 

 でもそれができないほど、驚いたのだ。彼女の境遇もそうだけれど、彼女という存在の特異性がありありと現れている。


「なぜ国から逃げたいのか尋ねたら、答えの代わりに訊かれたのよ」

「初めて何か食べたときの年齢を、かしら?」

「そうよ。一般的な離乳の時期を話したら、彼女が自分は5歳だったと言ったの。

 話し方から察するしかないけど、赤ん坊のころのミルクすらカウントしてない」

「それって5歳までどうやって……いえ、待って。まさか、そんな馬鹿なことする人が……」

「何か思い当たることがるの?」

「ええ。10年前だったかしら、どこかの王様が意識不明になって、延命させる方法を探していたことがあったのよ。

 そこで1つの論文が提出されたわ。全身に流れている血液に、ドロドロ溶かした食べ物を流し込めば、死ぬことはないっていうのがね。

 腕をナイフか何かで切って、液体を魔術で無理やり流し込むやり方に、結局採用はされなかったけれど。探せば資料くらいは出てきそうなものね」

「それが実用化されたって話は?」

「ないわ。だけれど、どこかで隠れて研究が続けられていた場合、5歳まで何も食べずとも生きられる可能性はあるわね」


 この論文を狂気……とは言わない。病気などで意識不明になってしまった場合、そのまま餓死してしまうことが過去にどれだけあったのか、考えるだけでもその研究の意義はわかるだろう。

 魔術で傷が完全に治ったはずなのに、目を覚まさずに死んでしまった人を、私も数度見たことがある。

 実用化できたとなれば、今まで死ぬしかなかった人が、生き残れる可能性が出てきたわけだから、喜ばしいことだろう。

 だけれど、それを意識のある子供に施すのは、狂っているとしか言えない。この辺りはあくまで想像の域を出ないけれど。


「彼女の境遇の酷さもそうなんだけど、初めて"何か"を口にしたのが5歳って言い方も大概じゃない?」

「セリアは彼女が、生まれた瞬間からの記憶を持っていると言いたいのかしら?」

「もちろん、物心ついたときからと暗に言っているのかもしれないし、相手がシエルメールさんじゃなければ気にしないんだけど」

「彼女の魔術の練度の高さも、生まれた瞬間から魔術を使っていたら、あるいはってところかしら。

 正直10年程度であの域に達するとは思わないけれど、説得力は増すわね」


 荒唐無稽な話をしているのはわかるのだけれど、シエルメールさんが嘘をついているとも思えないのが正直なところだ。

 受付嬢としての勘もあるけれど、こんなあからさまな嘘をついても彼女にメリットはない。

 10歳であれば、ただ興味を引きたくて嘘をつくということもあるだろうけれど、そういった面で彼女のことを10歳だと思ってはいけないというのは、今までのやり取りから判断できる。

 むしろ、これで嘘だったら私の見る目がなかったと一笑に付されるだけだ。


「最後に、これは彼女がわざわざ付け加えた話なんだけど、彼女の髪はもともと金色だったって。

 それが白くなったんだそうよ」

「ワタシが氷の槍まで使ったのは、彼女の髪が白かったからっていうのがあるのだけれど、またとんでもない話が出てきたわね」

「白髪の魔術師は、他の魔術師とは一線を画すってやつよね」

「俗説だとも言われているわ。先に言っておくけれど、俗説だと思っているのに使ったわ。

 あの時は、ハイになっていたのよ」


 言い訳がましく言うカロルに、少しやりすぎたかしらと反省する。

 どの道あとで説教はするのだから、今掘り下げる必要はないか。


「とんでもないっていうのは、後天的に魔術的に有利だとされる白髪になれる事よね」

「彼女の髪がそういった理由で白くなったのか、それともショックを受けて白くなったかがわからないとわからないけれど、ワタシは前者を推すわ」


 戦ってみた感想ということだろう。カロルは自信をもって言っているみたいだし、明日シエルメールさんには気を付けるように言っておかなければ。

 白髪で魔術に長けているまではまだしも、それが後天的なものだというのは、知られるわけにはいかない。


「一通り今ある情報は出したけれど、彼女の事をセリアはどう考えるのかしら」

「まず、どこかの貴族に実験台にされていた子よね」

「後天的な白い髪はそう考えるしかないわね。加えて貴族令嬢よ」

「あれだけの魔術が使えたら、平民って可能性はほぼないからね。

 それから推測の域は出ないけれど、実子だと思う。貴族だと特に子供は親の所有物という風潮は強いし、他の家の子は攫ってくるにしても、取引して連れて行くにしてもリスクが大きい」

「それから10歳まで閉じ込められているわ。貴族の家に生まれたのに魔道具も知らなかったということは、そういうことでしょう。

 5歳で何か転機があったのかもしれないけれど、さすがにそこまではわからないわね。

 あと考えたくないけれど、彼女不遇職ね」

「不遇職って言い方は……今は良いか。

 でも、氷の槍を防げる魔術を使えるのに、魔術職じゃないっていうのは無理がない?」

「だから考えたくないって言っているじゃない。でも彼女、ここでハンターの登録をしたのよ?

 だとしたら、家を出たのは最近である可能性が高いわよね。つまり10歳になったときか、その少しあとなのよ。

 で、現在この国のギルドに、貴族関係の人探しの依頼は?」

「ない。つまり職業がわかるまで閉じ込めて、満足のいく職業ではなかったから捨てたってこと?」


 カロルが満足そうに頷く。

 確かにカロルの言い分にも一理ある。ギルドでは職業による貴賤はしないように言い含められているけれど、実際のところハンター同士であっても職業による差別は見られる。

 上級ハンターであれば、そういったことはほぼなくなるけれど、下級ハンターであるほど職業に物言わせている人は多い。アレホもその1人だった。


 シエルメールさんの話に戻れば、仮に魔術職であれだけの魔術が使える人材であれば、逃げられたとして簡単には諦めないだろう。

 詳細は話さずに人探しということで、十中八九ギルドに依頼してくる。上級貴族であれば、上位ハンターを指名して、秘密裏にということも不可能ではない。今までの推測が正しければ、子供を探して連れてきてほしいというだけなので、ギルド側も受理する。


 そうではないということは、探していない=捨てられた、と見ることもできる。秘密裏に彼女をつけている存在がいたとして、ここまで自由にさせないだろう。ギルドに来る前に、捕まえてしまうだろう。

 泳がせる理由もわからないし、10年育てた子供が役立たずだから捨てたといわれた方がしっくりくる。

 何だったら、魔術のことは隠しつつ、狙って不遇職になったと言われても否定しない。


「売られて馬車で移動中に逃げ出したって線もあるわね。

 まとめると、彼女は元貴族令嬢で、家から捨てられた、不遇職の少女ってところかしら」

「国から逃げたいのも、元居た場所から少しでも離れたいから、連れ戻されないためってところ」

「他にも秘密はありそうだけれど、そんなところじゃないかしら?

 それでセリアは彼女の力になる気かしら?」


 そこが問題ではある。彼女に関わると、厄介事がくっついてくる可能性は高い。

 彼女はそれがわかったうえで、私に手を貸してほしいと頼んだわけだ。この町から離れることに反対か聞いたのは、私がこの国にどれだけ肩入れしているのかという風にも取れる。

 彼女の実力があれば、この町のギルドは安泰だろうから、この質問をされたらそれとなく引き留めるだろうから。


 おそらくこの段階で彼女は私のことを信じる、いや私に賭てみることにしたのだろう。推測が正しければ、彼女には味方はいない。それでも今後ずっと1人で生きていくというのは、10歳の女の子には耐えがたかったのかもしれない。

 だから私を相手に賭に出た。だから、身の上話をしてくれたのだろう。

 それでも、詳しく話さなかったのは、そうすることで私が狙われる可能性があるとわかっているから。


「誰かさんの尻ぬぐいで手を貸さないわけにはいかないからね」

「必要以上に手を貸すつもりでしょう? 同情でもしたのかしら」

「不憫だと思うけれど、それで身を危険には晒さない。でも彼女はいずれ凄いハンターになりそうじゃない? ハンター組合の職員としては、今のうちから応援しておいて損はないでしょう?」

「とりあえず、最速C級記録は達成しそうね。B級もそんなに遠くないと考えれば、既に凄いハンターね」

「何より彼女の持ってくる厄介事って、結局ギルド関連ばかりになりそうだと思うのよ」

「それもそうね」


 何せ推測ではあるが、彼女を閉じ込めていた人物はすでに彼女から興味を失くしているのだから。

 見た目や性別で侮って、因縁付けてくるハンターの対応のほうが多いに決まっている。


「セリアがそうするなら、ワタシも彼女の助けになるわ。

 D級まで面倒を見ると約束もしたし、罪滅ぼしもあるものね」

「あら珍しい。そう言いつつ、彼女の魔術に興味があるだけでしょう?」

「否定はしないわ。だけれど、罪滅ぼしも本当よ」

「それは殊勝なことね」


 適当に返して、この話を終えることを暗に伝える。

 あとは、明日シエルメールさんと会った時にどうなるか次第。

 とりあえずは、カロルを説教することにしよう。

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