199.魔道具と秘密の部屋
レシミィイヤ姫――レシィ様とお出かけをしてから、以前よりも学園で気安く話しかけてくるようになった。
軽い雑談程度なのでそこまで目立つことはないけれど、思うことがある人もいるかもしれない。ハウンゼン家の令嬢であるルリニアあたりはレシィ様と話しているエイルネージュを意識しているようだし。
ところでわたしも周りに人が居なければレシィ様と呼ぶようにしている。わたしもエイルネージュである以上、そう呼ぶのが自然なのだけれど、レシィ様と仲良くなったのはシエルなので気持ち的にはどうなのだろうと思ってしまうのだ。
それで一度レシミィイヤ様と呼ぼうかなと思ったのだけれど、悲しそうな顔をされたので止めた。愛称で呼び合う仲だとばれたら面倒くさそうだけれど、シエルがレシィ様と呼ぶ以上ばれても仕方ないかなと言うことに――わたしの中で――なった。
それからレシィ様に話しかけられるようになったとは言っても、一番話すのは相変わらずパルラで、今もまたパルラの話につきあっている。
「今度ベルちゃんとハンター組合に行こうって話してるんだけど、エイルネージュちゃんも一緒にきてくれないかな?」
「ハンター組合ですか……」
「駄目……かな?」
わたしの反応が悪かったからか、パルラが残念そうな声を出す。
ベルティーナもそれなりに動けるようになったし、見習い程度の仕事であればできるとは思う。足手まといになるようであっても、わたしが一緒なら安全に活動はできるだろう。
だから別にいいのだけれど……まずはシエルにどうするか聞くのがいいか。
『どうしますか?』
『まあ、いいんじゃないかしら? それともエインは嫌かしら?』
『ベルティーナをギルドに連れて行くと、アルクレイにあったときに大変そうだなと思いまして』
『えーっと……。確かにそうね』
思い出すまでに少しのラグがあったけれど、思い出せるあたりは流石シエルだなと思う。前世のわたしなんか、同じクラスの人全員分の名前も覚えられたことがない。
『まあ、二人で行かせるのも不安がありますし、一緒に行くようにしますね』
シエルに伝えてから「良いですよ」とパルラに返した。
「ありがとう。詳しいことが決まったら、また伝えるね」
「連絡は早めにお願いしますね」
「あ、うん。そうだよね。エイルネージュちゃんにも予定あるもんね」
皆で集まって決めたらいいんじゃないかと思うけれど、わたしたちに隠れてパルラとベルティーナが頑張っていて、そこで色々決まっているらしい。隠れてやっているから無理に関わらない方がいいだろうと思うので、集まって決めるという提案はしない事にしたのだ。
こっそり行動しているのにも彼女たちなりの理由があるからだろうし、頑張っているところを見られるのは恥ずかしいとか。
それなのにエイルネージュを誘ったのは、少しは自信がついたからだろうか? もしくはなにかしらアドバイスが欲しいのかもしれない。
それはともかく、ハンター組合に行くのであれば気をつけておいて欲しいことを先に伝えておこう。
「ベルティーナさんも一緒なら、彼と出会う可能性があることを頭に入れておいてください」
「あ、うん。気をつけないとね」
アルクレイのいる方をさして伝えると、パルラも理解してくれたらしい。それからまた普通の雑談に戻った。
◇
イメージとして第二学園は、四月から始まり八月の末までが前期となり一ヶ月の休みがある。それから十月から二月末までが後期で、三月が休みとなっている。十月には第一学園と合同の競技会があるので、それがメインで授業はそんなにないらしいけれど。
つまり夏でいったん区切れる関係上、そこで一段落として授業も行われている。要するに、もうそろそろ各授業で切りが良いところまで行くことになっている。
魔道具の授業であれば、最初の魔道具を作り終える頃。
ティエータは何とかひとつ作り終えて、今は防具への転用ができないかと頑張っている。ベルティーナはまだ一つ目を作り終えておらず、たぶん時間的にギリギリになるんじゃないかなと思う。ベルティーナに関してはたまに居眠りしていたし、時間内に終わるのであればそれでいい気もする。
そんな授業中、すでに魔道具を作り終えたっぽい生徒がリーエンス先生に先生が作った魔道具について質問をした。
「色々作ってはいるけれど、何かを調べる魔道具を作ることが多いね。魔力量だったり、魔術だったり、体型だったり、あとはけ……結婚相手にふさわしいかだったりかな。
職業を調べるような魔道具を作りたいんだけど、どうやら職業の魔道具師の範囲らしくてね。うまく行かないんだよ」
それからなにが難しいのかを話し始めたけれど、結構発見があった。
魔術は様々なことができるけれど、何かを調べて数値化するといったことには向いていない。というかできない。
わたしがどんな魔術を使おうと、シエルの身長が何センチなのかはわからない。探知を使ったからといって、相手の体重がわかるわけではない。だから何かを調べる魔道具というのは、難易度が高いらしい。
数値に表せないから別の指標が必要になり、たとえば魔力量であれば魔力を流した時の光の強さでその量を大まかに判断する。その辺のアイデアをどうするのかが魔道具を作る上で腕の見せ所なのだとか。
それはそれとして、結婚相手にふさわしいかどうかを調べるってどうするのだろう。未来視でもない限り難しいと思うのだけれど。
まあ、最後のはおいておいて、やはりリーエンス先生は魔道具師としてとても優秀なんじゃないかと思う。
レシィ姫の情報になかったのは、宮廷魔術師時代の評判と職業が魔道具関係ではなかったからなのだろう。経歴しか知らなければ、優秀ではないように見えるし。
でもそのせいで、きちんと現状を評価されていないようにも見える。
『この授業が終わってから、ちょっとリーエンス先生を調べてみますね』
『構わないけれど、なぜかしら?』
『何となくですが、怪しいなと思いまして』
『わかったわ。私はどうしたらいいのかしら?』
『とりあえず行動を監視するだけなので、いつも通りでお願いします』
相手が一人であれば、探知である程度は監視できる。その人に集中してしまうので他の人への警戒が薄れてしまうけれど、学園でそこまで気を張っていても仕方がない。
仮に無警戒のうちにシエルが後ろから刺されることがあっても、結界を解くわけでもないから大丈夫だと言うことにして、しばらくリーエンス先生を追うことにした。
◇
リーエンス先生の反応を追いかけ続けていると、探知の範囲から出たわけでもないのに急に反応が消えた。そこで気がついたのだけれど、探知ができない謎の部屋が存在するらしい。魔道具か何かで阻害しているのだろう。
距離が近ければ無理に調べることができるかもしれないけれど、今は探知の範囲を広げて先生を追いかけることを優先しているので精度が悪い。最初からリーエンス先生を追いかけるつもりで使わないと、すぐに反応が混ざってどこに行ったのかわからなくなるような探知だ。
代わりに範囲は広く、やろうと思えば王都はカバーできる。王城とか調べてしまうと面倒くさそうなので、そこまで範囲は広げていないけれど。
まあ、反応がなくなったとはいえ、これで可能性がひとつあがった。
『怪しい部屋を見つけました』
『あら、早かったわね』
『探られているとは思っていなかったでしょうからね』
警戒されて数日間その部屋に行かないようにされたら、発見はかなり遅れていただろう。仮に学園長からエイルネージュの事を聞かされていたとしても、それからすでに数ヶ月。警戒し続けるのは難しい……と思う。うん、やろうと思えばできると思うのだけれど、わたしもシエルが絡まなければできないかもしれない。
『早速行くのね?』
『場所もわかりましたし、行くのはまた明日以降にしましょう。今から行ってもリーエンス先生を捕まえられるかわかりませんし、今日のうちにアポイントを取っておいて、確実に会えるようにしていた方が確実でしょうから』
『それで大丈夫なのね?』
『大丈夫ですよ。隠し部屋はリーエンス先生が普段使っているらしい部屋にありますから』
リーエンス先生が居なければ、隠し部屋に通じる部屋にはいることすらできないと思う。わたしたちの目的は隠し部屋を探すことではないけれど。でも、リーエンス先生に迫るには、暴いておいた方がいいだろう。それなりの証拠を出さないと、言い逃れされるだろうし。
◇
翌日。無事に話を通すことができたので、リーエンス先生の研究室にやってきた。研究室は講義棟とはまた別のところにあって、先生一人一人に与えられている。
距離が離れているのもあって、質問があって先生の研究室に行ったは良いものの居なかったとなると大変時間の無駄になってしまうので、寮の受付で予約を取ってくれる。
理由は必要だけれど、わたしはリーエンス先生の授業を取っているし、特に何か言われることなくアポを取ることができた。
「リーエンス先生。エイルネージュです」
ノックをしてから名前を伝えると、扉の向こうから「どうぞ、入って」と先生の声が聞こえてくる。
一応礼儀よく入ってから一礼をしている間に、この部屋にちょっと細工をする。
「そうか、君か。聞きたいことがあると言っていたけどどうしたんだい?」
どうやら名前と顔が一致していなかったらしい。まあ、リーエンス先生が受け持っている学生はわたしたちだけではないだろうし、一人一人名前を覚えるとか至難の業なのだろうけど。
「質問もそうなのですが、魔道具のアイデアの参考に先生が作った魔道具を見せてくれないかなと思いまして。その上で質問してもいいですか?」
「ああ、この部屋にあるものであれば好きに見てくれて良いよ」
「ありがとうございます」
魔道具が並べられているので適当に言ってみたのだけれど、うまくいったらしい。
それにしてもたくさんの魔道具が並べられている。それはそれで興味深いので目的は後回しにして、わからないものは先生に尋ねながら魔道具を見て回る。
魔道具を作り始めて数ヶ月のわたしでもわかるくらいに精巧なものもあり、リーエンス先生の能力の高さが伺える。
「そういえば、結婚相手にふさわしいかを調べる魔道具ってなにを調べるんですか?」
「あー……それは聞かなかったことにしてほしい」
「わかりました」
何かを言い掛けての言葉だったし、口に出せるようなものではないのだろう。少なくとも学生に聞かせるようなことではないと。
少し気になっただけなので別にいいのだけれど、部屋をぐるりと回って目的地に着いたので本題にはいることにしよう。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
「それはよかった。それで質問は決まったかな?」
にこやかに答えてくれるけれど、なんだかこちらを怪しんで居るような気がするのは穿って見過ぎだろうか。
なににしても、会話をする気はあるみたいなのでもったいぶらずに尋ねることにしよう。
「リーエンス先生は禁忌を侵すつもりですか?」
問いかけたわたしの言葉に彼は表情を変えずに「何の事かな?」と答えた。ここでとぼけられるのは想定の範囲内。隠し部屋に通じているであろう場所を背にして、再び先生に問いかける。
「そうではないと言うことは、この先にある部屋に入っても大丈夫ですよね?」
言ったとたんに、リーエンス先生の顔が大きくゆがんだ。
学園の予定について、確か今まで出していなかったよなーと思ったので明確にしましたが、そうじゃなかった場合で且つ今話と食い違っていた場合、今話を正しいものとして扱います。
ご了承いただけると幸いです。