198.お出かけとお揃いと問いかけ ※視点変更あり
「ミアこの服を買ってきてもらって良いかしら?」
「このまま着ていけるように手配してきます」
「ええ、よろしくね」
そういえば、この世界には衣服に値札やタグはないんだよなとどうでも良いことを考えながら、二人のやりとりを聞く。
『そう言えば、動き易さとかはどうですか?』
「んー、どうかしら? 特別動きにくいことはないわね」
『それなら大丈夫そうですね』
「ドレスの方が動きにくいわ」
言われてみるとそうなのだけれど、着慣れない服というのは動きにくいと思うのだ。でもシエルはそうでもなかったらしい。
そう思っていたら、部屋の扉が控えめにノックされた。
ミアにしては早いなと思った直後、「エイル様、どうでしょうか?」とレシィ様の声が聞こえてくる。
『結界を解きますね』
『わかったわ。でもどうしたらいいかしら?』
『部屋の中に入れてあげたら良いと思いますよ。シエルがその服を着ているのを見たいのだと思いますし』
「どうぞ、入ってきてもらって大丈夫ですよ」
わたしの意見を採用したシエルが扉に向かって声をかける。ゆっくりと扉が開いて、従者を伴ったレシィ様が顔を見せた。
その服装は先ほどまでとは違っていて、今のシエルと似たような格好になっている。違いはリボンがワインレッド、カーディガンがピンクになっているところだろうか。
手軽にお揃いのコーディネートにできるというのは、既製品の利点なのかもしれない。
お揃いな理由はわからなくもないけれど、ちょっと嫉妬心を覚える。わたしだってシエルとお揃いでお出かけしてみたいのに。
シエルに手を引かれてシエルの興味の赴くままにお出かけとかしてみたいのだ。手をつないで歩くとか、恥ずかしいけれど。
「レシィ様も着替えたんですね。同じ服装みたいですが……」
「あの……駄目でしょうか?」
レシィ様が不安そうに目を伏せながら尋ねてくる。そんなレシィ様の不安とは対照的に、シエルは特に気にした様子もなく「いいんじゃないですか?」と答えた。それに安心したらしいレシィ様が嬉しそうに顔をあげる。
「エイル様もお似合いです」
「黒を身に纏えると嬉しくなりますからね」
若干テンション高いシエルが会話できていないけれど、それでレシィ様の気に障った様子もないし、当人たちがよければいいのだろう。
自分が選んだ服を着ているシエルが気になるのか、レシィ様がまじまじとこちらを見てくるのだけれど、不意に視線が頭の方に向かった。着替えるに当たって帽子は取ったので、白い髪に思うところがあるのだろうか?
「エイル様はいつもその髪飾りをしていますよね?」
「そうですね」
どうやら精霊たちの休憩所になっているらしい髪飾りが気になったようだ。そういえばずっとつけてたことを忘れていた。最近は精霊たちと常に一緒というわけではないのだけれど、大丈夫なのだろうか? まあ、大丈夫なのだろうな。リシルさんはなにも反応しないし。
「大切なものなのですか?」
「大切と言えばそうですが――」
『どう返そうかしら? 精霊関係は黙っておくべきよね?』
『そうですね。それを黙っておけばシエルの好きに話して良いと思いますよ。いえ、シエルが良いと思うなら、精霊についても話して良いと思います。そのときには流石にわたしが結界でレシィ姫とミア以外には聞こえないようにしますが』
『精霊については話さないようにするのよ』
『わかりました』
精霊関係を話したところで何かできるわけでもないだろうし、仮にこれが奪われたとしても、その効果は魔力を吸い取るだけのもの――一応形を変えられる便利アクセサリーではあるけれど、わざわざ奪ってまで使うようなものではないと思う。
そもそもわたしが奪わせないし、わたしたちから奪ったら精霊たちが怒りそうだ。
「これは魔力を吸い取ってくれるアクセサリーです」
「魔道具ということでしょうか?」
「いいえ、魔道具ではないらしいです。私はいろいろとごまかすためにつけていますが、他の人が使うのはお勧めしませんね」
「ああ……――そう言うことだったんですね」
どうやらシエルは、この髪飾りが本来の魔力量を隠す役割をしているのだと伝えたいらしく、無事にレシィ様に受け取ってもらえたらしい。
確かにそうしておいた方が変に狙われることがなくて良いか。エイルネージュの魔力量が貴族の平均という理由付けにもなりそうだし、出所がフィイ母様だとすれば多少の無茶な設定も受け入れられそうだ。
そう言ったところでミアが戻ってきて、お店をあとにすることになった。
◇
それからちょっとお高そうなレストランで昼食を食べ、オスエンテ最大の魔道具である時計塔がある公園を案内される。
このオスエンテ最大というのが、公的なものなのか、それとも実質的なものなのかはわからないけれど、前世で記憶しているような時計台とも遜色ないそれは、確かにすごいものなのだろうと言うことがわかる。
観光地としても有名らしく、たくさんの人でにぎわっていて、近くには他にも魔道具を使った仕掛けがいくつもあるらしい。
噴水とか、花を思い通りに咲かせるものだとか、時計台の中のエレベーターとか。噴水とかは、時折水が鳥の形をしたり、水の花を咲かせたりと前世のそれよりも見応えがあった。
公園内には屋台も出ていて、貴族らしからぬ食べ歩きなんてものをしたけれど、レシィ様が慣れた感じがしたので実は常習犯なのかもしれない。
食べることが好きなシエルも楽しそうにしていたけれど、流石に屋台を制覇とかできるほどでもなく、食べ歩きはすぐに終わってしまった。
そうして日が傾きかけてきた頃、おしゃれな喫茶店でのんびりとお茶をする。いままで結構食べてきたので、お菓子はなくて紅茶だけ。
「今日は一日ありがとうございました」
「色々見れて楽しかったです」
「楽しんでいただけたのであればよかったです。ですが今日はここまでですね。もっと見てもらいたいところがあったのですが……」
そう言いながら、レシィ様が外を眺める。
彼女がどれだけ楽しめたのかはわからないけれど、その少し寂しそうな表情からはそれなりに満足がいく一日だったのではないかなと思わなくもない。
「レシィ様はオスエンテが好きなんですね?」
「ええ、わたくしが守っていきたい、自慢の国です。そしてできれば……――」
レシィ様がシエルを見て何かを言おうとしたけれど、すぐに「何でもないです」と取り消してしまった。
なにを言おうとしたのか予想くらいはできるけれど、レシィ様が言わないのであればあえてシエルに伝えることはしない。聞かれたら答えるけれど。
「ねえ、エイル様」
「何でしょうか」
「また誘っても良いでしょうか?」
不安げな様子でレシィ様がシエルに尋ねる。
『わたしが決めていいのかしら?』
『もちろんです』
『一応、周りに聞こえないようにしてもらえるかしら?』
シエルにも何か考えがある様子なので、あえてわたしの意見は言わないで全て任せることにする。それからシエルに言われたとおりに、シエルとレシィ様だけを対象とした結界を使う。
レシィ様の付き人が変に思うかもしれないけれど、その辺の対処はあとでレシィ様がしてくれるだろう。
声は聞こえずともシエルが手を出すわけでもないだろうし。
そして緊張した面もちのレシィ様とは対照的に、シエルは気負った様子もなく彼女の目を見て口を開いた。
「レシィ様は歌についてどう思いますか?」
「歌……ですか?」
◆
色違いの同じ服を着たエイルネージュ様――エイル様が歌について問いかけてきた。
急な問い、話の流れとは全く関係なさそうな問いを振られて唖然となり、歌と繰り返すことしかできなかった。
だけれどエイル様が「はい」と答えている間にだいぶ頭も働くようになり、周囲――特にわたくしの従者の方を確認する。どう答えるにしても、歌に関する事は気をつけて扱わないといけないから。
わたくしの視線の動きに気がついたらしいエイル様は「私たちにしか聞こえていませんよ」と教えてくれる。
エイル様がよく使われる防音の魔術。とても便利なものだけれど、エイル様はそれを気づかぬうちに発動させる。詠唱をしている様子がないことから、おそらく魔法陣を持ち歩いているのだろう。
もしくはそう言った魔道具を所持しているのか。
なににしても助かったことには変わりないので、ひとまずお礼を言う。考えてみるとエイルネージュ様が原因で、エイルネージュ様本人が対処しただけなのでお礼を言う必要はなかったかもしれない。
それよりも今はエイル様の問いに答えなければ。
歌についてどう思っているのか。穏便に済ませるなら「聖歌などの教会で歌われるもの以外、あまり良い印象はない」と答えるべき問いだ。
エストーク国ほどではないにしても、彼の国でかつてなにがあったのかは知られているし、その象徴である歌は良いイメージがあるものではない。
教会の派閥には不遇職救済――全職業平等――を掲げたものがあるけれど、暗黙の了解として歌姫はこれから外されると言われている。
その実――色々と聞いたものはあるけれど、オスエンテの王女として答えるならば先ほどの答えをするしかない。教会や他国と対立しかねないことを口にする事はできない。
だけれど、わたくし個人としては悪い印象ばかりではない。王都へと帰ろうとしていたあの時に、わたくしたちを助けてくれた方の歌が忘れられない。
教会で歌われるようなものではない、はじめて聞く旋律にわたくしは心を奪われた。そしておそらくその歌にわたくしたちは救われた。
確かにエストークの王都を破壊したのは歌姫だけれど、どうしてその歌姫がそんなことをしたのか。それは一般的には伝わっていない。
悪しき心を持ったから、なんて曖昧なことが言われることもあるし、わたくしもそれでかつては納得していた。
真実を知ったところで、わたくし一人では――おそらくお父様でもどうしようもない。むしろ国のために動いているわたくしたちだからこそ、どうしようもできない。
そんなわたくしたちばかりが真実を知っているというのも皮肉なものだけれど、ともかくわたくし個人としては歌に対しては良い印象の方が強い。
「わたくし個人としては、好ましく感じています」
長い時間を待たせるわけにも行かず、それでもこう答えたのはエイル様に嘘をつきたくなかったから。この答えを間違えると、エイル様――シエルメール様とのつながりがなくなってしまう可能性があることもわかっていたけれど、それでも嘘はつきたくなかった。
「そうですか。では今後もエイルとお呼びください」
「よろしいのですか?」
弾んでしまった声を――感情のままに発した言葉を仮にお父様が聞いていたのだとしても許してほしい。
それくらいに嬉しかったから。
「はい。それからまた機会があれば、オスエンテの王都を案内してください」
「もちろんです」
あらためてエイル様に認めてもらえたのだと確認するようにわたくしも了承する。
友人と言っていいのかはわからないけれど、少なくとも以前よりは親しくなれたのだと思っていい……と思う。
でもどうして歌なのだろうかと疑問に思ったところで、とても重要な事に気がついた。むしろどうしてこれまで気がつかなかったのだろうかと思うこと。
わたくしたちを助けてくれた方はエイル様と関係がある方であるのは間違いなく、そしてエイル様がその方をとても大切に思っているということ。だからこそ歌をどう思っているかを問いかけ、そして悪し様に言うようならば関係を断つこともあったのだろう。
そしてそれは、現状話は付いたと言っても、愚兄は中央の姫の大切な方に無礼を働いたという事になる。
そうであれば……――近いうちにお父様に会わないといけないかもしれない。