197.服飾店と黒と試着
レシィ様に連れられて王都の中心街へと向かう。ハンターたちが集まっているそれとは違う、明るく清潔感がある通り。
人通りは少なくないが、歩けないほど多いというわけでもない。市場のような活気があるわけではないが、シン……と静まりかえっているわけではない。
石畳は規則的な模様を描き、歩く人は質の良い服を着て、楽しそうにしている。時々見かけるベンチでは座って休憩している人もいて、雰囲気は悪くない。裕福な人が集まるところって感じ。
レシィ様は迷うことなく先導して、一軒のお店の前で足を止めた。どこかなと見てみれば、服飾店らしい。シエルに「エイル様、こちらです」と声をかけてから、レシィ様は先に入っていく。
それについてシエルが中にはいると、広々とした店内に色とりどりの服が並べられている。
店員もいるけれど最低限の挨拶だけで、こちらに近づいてこようとはしない。そういうお店なのか、邪魔をしないようにと事前に言い含められているのか。
どちらにせよ、寄ってこないのであれば問題ないだろう。
『女の子が衣服が好きというのはわかりますが』
『あら、エインも今は女の子よ? 神がそう言っているのだもの、エインは歌姫だ、って』
『それは確かにそうですし、生前よりは関心もあります』
シエルに着せたら可愛いだろうな、とはよく考えるし。着飾った自分の姿を見るのは気恥ずかしさもあるけれど、嫌いじゃない。せっかくシエルと同じ姿をしているのだから、綺麗な格好をしたいと思う。
『ですが、そう言うことではなくて、わたしたちもレシィ姫も服は余るほど持っていると思いますし、持っている服も自分たちに合わせたものばかりだろうなと思っただけです』
『んー、確かにそうね』
何か思うところがあるように、意味深に笑いながらそう言ったシエルはレシィ様に声をかける。
「レシィ様はこう言ったお店によく来るんですか?」
「こうやって中にはいることはほとんどありません。服を買うときには城――いえ、家に呼びますから。その服もわたくしの思い通りというわけにもいきませんね。好みを取り入れてはくれますが、大枠はすでに決まっていることがほとんどです。
ですから、こうやって衣服を買うことに少し憧れが――」
レシィ様が恥ずかしそうに俯く。考えてみればお姫様的には、服装の自由もそんなにないのかもしれない。姫――王族として恥ずかしくない格好の中から、少しだけ自分の好みに寄せるくらいしかできないのかもしれない。我が儘姫様なら、あの服がきたいあのドレスがほしい、といえるのかもしれないけれど、彼女はそんな我が儘はいえないタイプだと思うし。
だから既製品とはいえ、一から自分で選ぶ服装というのに憧れがあるのだろう。
なんだかお姫様ならではの悩みだなと思っていたら、照れ隠しをするようにレシィ様が「エイル様はどうなんですか?」と尋ねてきた。
「いろいろですね。既製品を買うことも、店に出向いてデザインを頼むことも、邸に呼んで作ってもらうこともありました」
「それは――楽しそうですね」
「ええ、楽しかったです」
楽しかったのはわたしの服のデザインを皆で考えていたときではないのだろうかと、思わなくもない。
もしくはわたしの服のデザインに合わせた服を考えているときとか。一応わたしも含めて、中央の姫的な立ち位置だけれど、レシィ様とは全然違う。
そんなエイルネージュだからこそ、レシィ姫が歩み寄ってきたのかもしれないけれど。
「エイル様はどのような色が好きですか?」
「黒とそれに合う色です」
「えっと、わたくしがエイル様のお召し物を選んでみても良いでしょうか?」
「構いませんけど……」
「それなら張り切って行ってきますね!」
意図が読めないのか首を傾げるシエルの言葉に、レシィ様は言質を得たりとばかりにお店の奥へと行ってしまった。
見送るシエルと困ったように笑うミア。
『どうしたのかしら?』
『シエルに服を着せて遊びたいんじゃないですかね? シエルもわたしに服を着せて遊びますから気持ちは分かるんじゃないですか?』
『そうなのね? でもエインだから楽しいのよ?』
『わたしはシエルを着せ替えるの楽しいですし、邸の使用人たちもそうだと思いますよ。着せ替えてシエルに喜んでほしいんです』
わたしは着せ替えるだけで楽しいけれど。たぶんよほどのことがない限り、わたしが選んだと言うだけでシエルは喜んでくれると思うし。
よほどのものをシエルに着せようなんて気持ちは欠片もない。
あとわかっていたけれど、代わりにシエルがレシィ様の服を選ぶということはない。でも今はそれで良いと思う。シエル的にはそこまでではないと言うことだろうから。
とはいえ、せっかくなので売られている服に目を向ける。
こう言った既製品を売っているお店というのは意外と少ない。おそらく大量生産ができるだけの設備が整っているところが少ないからだろう。
魔道具で何かあるかもしれないけれど、大規模なものになると魔道具としても高くなるし、魔石も高いものを買わないといけなくなるから。大体は手作業で作ったものを並べているのだと思う。シュシーさんのところもそうだったはずだし。
さて、お店の商品だけれど季節柄夏向けのものが多い。というか、サマードレスが大半らしい。それ以外もスカートばかりで、ズボンはない。
一般の女性向けのお店はたぶんこれが普通なのだと思う。わたしが知っているお店だとシュシーさんのところが第一に思い浮かぶのだけれど、あそこはハンター向けのお店だったから雰囲気から結構違う。
価格帯はそんなに変わらないような気がするけれど。
ともかく、このお店はサマードレスとそれに合わせるような上着が主になっている。カーディガンとか、ジャケットとか。流石にコートはない。マントもローブもないけれど。
外を歩いていた人を見ても思っていたけれど、サマードレスだけという人はそんなに居なかった。できるだけ肌は隠す文化らしい。
出しても七分袖くらいで、肘までは隠すのが上流階級では一般的のようだ。足は基本出さない。
ミニスカートとか、ノースリーブとかはNG。一般市民だと半袖の人とか居るけれど。
そんなわけでレシィ様は、黒のサマードレスを物色中。とても真剣な表情で選んでいる。もう少し気楽に選べばいいのに――というのは難しいか。彼女としてはシエルに喜んでもらいたいだろうし、黒を選んだ時点でシエルが喜ぶことを知らないし。
それから、ちょくちょく明るい色の方に視線が行っている。彼女的にはシエルはそう言った色の方が似合うと思っているらしい。それはよくわかる。
『これエインに似合うんじゃないかしら?』
『シエルの方が似合うと思いますよ?』
『それならこっちはどうかしら?』
『そちらなら、まだ着れそうです』
気がつけばシエルはわたしに着せたい服を選び始めている。どうも今日のシエルはリボンとかフリルがついた可愛らしい服装をわたしに着せたいらしい。
今更そう言った女の子らしい服が着られないなんて事はないけれど、個人的にはシエルの方が似合うと思う。
そして服を選んでは悩んでいる様子のシエルを見ているミアは、わたしのことを知っているせいか、口を出さずにニコニコと見守っていた。
◇
「このような感じでどうでしょうか?」
緊張気味にレシィ様が選んだ服を渡してくる。シエルはそれを受け取ると「試着しても大丈夫でしょうか?」と返す。そこから伝言ゲームが始まり店員の元へと伝わると、同じように伝言ゲームで大丈夫な旨が届いた。
このお店で本当に試着してよかったのかと言われるとよくわからないけれど、よいと言われたのであればよいのだろう。
たぶんVIP的な扱いをされているのだと思う。そうしてくれるのであればありがたく受けさせてもらうけれど。
「ミア、手伝ってもらって良いですか?」
「かしこまりました。髪も一緒にセットしますか?」
「そう……ですね。お任せします。それではレシィ様。少しお時間を頂きます」
「はい。お待ちしてます」
なんだかそわそわしているレシィ様に見送られて、案内された部屋に入る。ミアと二人だけになったところで声が外に漏れないように、わたしたちを覆うくらいの結界を使う。盗み聞きされる事もないとは思うし、万が一聞かれてもたぶん大丈夫なのだけれど、たぶん結界を使っていた方がシエルがいつも通りに話しやすいだろう。
「では、着替えてしまいましょうか」
ミアに手伝われて、シエルが服を脱いでいく。
『ミアが張り切って選んだ服ですが、今日はもう着ないかもしれませんね』
『また着替えるのは面倒だものね』
『それもありますが……――、シエルが着替えたいというのであれば、また着替えても良いと思いますよ』
レシィ様を喜ばせようと思えば、この場で買ってしまって、今日一日着ていた方がいいのだろうけれど、わたし的にはシエルがしたいようにすればいいと思っている。友達を作るのに外野が口を出しても仕方がないし、シエルの行動をレシィ様が受け入れられなければ、友人関係なんて続かないだろうし。
とはいえ、シエルの好み的にここまで着た服装よりも、レシィ様が選んできたものの方が上だとは思うから、口を出すまでもないと言うのもあるけれど。
「せっかく選んでもらったけれど、これはもう着ないかもしれないわね」
「ここまで着ていただいただけでも十分ですよ」
「そうなのね?」
「場合によっては一目だけ民衆に見せたら、もう二度と着ないなんてものもありますし、クローゼットに入っていても一度も着たことがないなんて服がある人も居ますから」
「そんな服があるのね」
シエルが驚いたように声を上げる。旅をしているときには最低限しか服を持っていなかったからそう言った感想になるのだろうけれど、クローゼットに入ったまま着たことがない服というのは、邸にはたくさんあるのではないだろうか?
まあ、いつかわたしたちに着せるつもりなのだろうけど。
さて、レシィ様が選んだ服だけれど、白のブラウスと黒のハイウエストのスカート。結局サマードレスはやめたらしい。生地は薄くて涼しいけれど透けることはない。
胸元にはモスグリーンのリボン。それから黄緑のカーディガンを羽織り、黄色の宝石をつけたネックレスまである。
全体的に高級そうだというのは今更なので良いとして、後半の色付きのものたちにレシィ様の抵抗が見られる。
そしてたぶんレシィ様的にはシエルには黄色い服を着せたかったのだろう。
全体の印象だけれど、ネックレスがなかったら学生服にも見えなくはないかなと思う。こちらの世界の学園ではなくて、前世の学校――というよりも、創作物における学校の制服。
スカートが長いのでそこまででもないのかもしれないけれど。あと学生が着るような値段ではないのは確かだ。
「エインセル様、よろしいですか?」
ミアに言われたので髪の結界を解く。それからどんな髪型にするのだろうかと思っていたら、背中あたりで編み込むらしい。
シエルの髪は長いので本格的にやろうとすると、ものすごく時間がかかるからそんなものか。
髪を髪で留めるような、わたし一人ではとうていできない可愛らしい髪型になったところで、シエルが自分の姿を確認するように右に左に首を動かす。
「どうかしら」
「お似合いですよ」
『シエルは気に入りましたか?』
「ええ! やっぱり黒は素敵よね、素敵なのよ!」
嬉しそうに笑うシエルにうれしさはあるものの、どう応えたものかと困っていたら、ミアが「エインセル様の色ですからね」と応える。それに気をよくしたシエルを見ながら、これでレシィ様も安心だろうなーとぼんやり考えた。