196.服装と待ち合わせと呼び方
そして次の休日。レシミィイヤ姫と出かける約束をした日。あのあと、何度かミアにやりとりをしてもらって、細かいところを決めてもらった。とはいっても、校門で待ち合わせてあとはレシミィイヤ姫にお任せ、といった感じだけれど。
最初はレシミィイヤ姫が迎えに来るといっていたらしいのだけれど、流石に一国の姫が迎えに来るというのはよろしくない。
中央の姫的存在だと知っているレシミィイヤ姫からすると問題ないのかも知れないけれど、それを知っているのはたぶん少数。
いつも人払いをするところを見ると、少なくとも学園につれてきている使用人とか護衛とかには教えていないように思う。
そんな中でわたしたちが呼びつけるような形にしてしまうと、快く思わない人がきっと増える。たぶん現状でもそれなりにいるだろうし。
だからといって、レシミィイヤ姫的にはこちらが迎えに行くのも良くないのだとか。
そう言う理由で、待ち合わせスタイルになった。個人的には実に学生っぽくて良いとは思う。でも校門で待ち合わせとなると、やっぱりデートっぽいけど。
服装はいかにもなお忍び服。黄緑色のワンピース。平民の女の子がよく着ているようなそれを無駄に装飾したもの。
フリルとか、リボンとか、宝石とかを散りばめて、可愛いとは思うし、シエルに似合うように作られてはいるのだけれど、冷静に見るとどの立場の人が着るのかわからない。
一般の平民であればこんなにゴテゴテしたのは着ない。有力商人など平民でもお金を持っている家の子であれば、もっとベースデザインをこったものを着るし、貴族ともなればまず着ない。
言うなれば、あからさまに「貴族のお忍びです」と主張している服だ。
一応意味があって、完全に平民と同じ服装にしてしまうと、貴族とは知らずにちょっかいをかけてくる人が現れる。意図的ではないにしても、問題に巻き込まれる可能性もある。
だからあからさまに衣装で貴族だと主張して、遠巻きにしてもらおうというわけだ。今回は別に平民に完全に紛れて何かしたいわけではなく、貴族として平民のように楽しめればいいので、こうなったらしい。
貴族とわかった上で狙ってくる人もいるわけだけれど、そういう人には遠慮する必要がないため、護衛が動きやすい。
「これで終わりです」
「そう? ありがとう」
準備は全てミア任せで、任されたミアが満足そうに終わりを告げる。荷物はミアが持って行くらしいので、シエルが持っているのは魔法袋がひとつだけ。これはわたしがいじったせいで、わたしたちしか使えないやつ。
お金も入ってはいるけれど、基本的にはミアが出すことになっている。それようのお金も渡しているから大丈夫だろう。
余った分はミアのお小遣い。ミアはわたしたちが雇っているので、わたしたちが給金を支払っている。だからお小遣いというかボーナスになるだろうか?
「ミアはそのままでいいのかしら?」
「簡単な服に着替えますよ。それほど時間はかかりませんから、大丈夫です。少々お待ちください」
着替えにいったミアを見送って、シエルが椅子に座る。
「そういえばこんな帽子をかぶるのは珍しいんじゃないかしら?」
シエルがそういって、被せられた帽子をさわる。
鍔が小さい麦わら帽子のような、植物を編んだような茶色い帽子。いつもなら被るのはフードなので、こうやって帽子をかぶるのは珍しい。
『似合っていますよ』
「そうかしら?」
『シエルはなにを着ても似合いますからね』
「それって誉め言葉なのかしら?」
『あー、えーっと』
受け取り方によっては、お前はなにを着ても変わらないといっているようなものだ。そしてなにを着ていても興味がないという風にも取れなくはない。
だから言葉に詰まってしまったけれど、すぐに『誉めていますよ』と答える。そしたらシエルが笑うので、たぶん本意は伝わっていたのではないかと思う。
「エインもなにを着ても似合うと思うのよ」
『そうでしょうか? わたしは髪と目が黒いですから』
「それをいったらわたしは白と青なのよ? 白いワンピースを着たら、全身真っ白に見えてしまうのよ」
『真っ白なシエルも可愛いと思いますよ。瞳が良いアクセントになりそうです』
「真っ黒なエインも可愛いに違いないわ」
『辛気くさくなると思いますよ』
「そうかしら?」
シエルが首を傾げるけれど、明るい配色のシエルと違い、暗い色のわたしは服装まで暗くしてしまうと、辛気くさくなるのは間違いない。
シエルみたいに瞳のアクセントがあるわけでもないし。
『まあ、シエルにもわたしにも、より似合う服装があるということですね』
「そういうことにしておくわね」
不毛になりそうな話を強制的に終わらせると、シエルが悪戯っぽく笑う。うん、これは終わらせておいて良かったやつだ。
そんな風にシエルと話をしている間に、ミアが戻ってきた。
一般的な女性が着ているような服よりも、動きやすそうな感じの服。私服だけれどピシッとした感じだろうか? パンツスタイルなので、戦いを生業にしている人っぽい。
この世界、一般女性はスカートを履くから。
そういえば昔はハンターでもスカートを強制されていたなんて話もあったっけ? それがエストークだけなのか、大陸全土の風習だったのかはわからないけれど。
ついでにわたしたちは、スカートを履いていることが多い。基本なにを着ていても大丈夫だし、激しく動いても中が見えないようにわたしががんばっているから。
最近はやろうと思えば、スカートの中を暗黒空間にすることだってできる。
「お待たせいたしました」
「ミアはその格好で行くのね」
「護衛も兼ねていますので」
少し言い辛そうなのは、どちらかと言えばミアが守られる側だからだろうか。言い方は悪いけれど、案山子のような役割は果たせると思うので、胸を張って良いと思うのだけれど。
子供だけで歩くよりも、大人が一緒の方がトラブルに巻き込まれ難いし、わたしたちが対処できないトラブルが発生したら、それはもうオスエンテ王都の危機だ。
たぶん巨大隕石が降ってくるとか、トゥルレベルの存在が狙ってくるとか、そのレベルの危機がおとずれることだろう。
そういえば、この国が崩壊するなんて話をレシミィイヤ姫に聞いたことがある。職業「英雄」を持つ者が現れたから、強大な魔物が国を襲うかもしれないとかそんな感じの。
今のジウエルドが倒せる相手なら別に警戒する必要はなさそうだけれど。
「それではそろそろ参りましょうか」
「ええ、よろしく頼むわね」
気を取り直したミアがエスコートするようにシエルに手を伸ばし、シエルがその手を取った。
◇
寮を出て校門に向かうと、レシミィイヤ姫が静静と立っていた。その周りにはムニェーチカ先輩衆の一人であるフィトゥィレ他、二人が油断なく周囲を監視している――ように見える。たぶん護衛だろう。
レシミィイヤ姫は物思いに耽るかのように宙を見ていたけれど、護衛の一人がレシミィイヤ姫に何か耳打ちしたと思ったら、姫様ははっとしてそれからこちらを見た。
それから控えめに、でも嬉しそうに手を振っている。
レシミィイヤ姫がここまで感情を見せるのは珍しいなと思っていたら、わたしたちも校門に辿りついた。
「お待たせいたしました」
「いえ、わたくしもついさっき来たところです」
非常にデートっぽい言葉から始まり、改めて挨拶が入る。
デートっぽいやりとりだけれど、この世界でもありがちな文句なのだろうか? まあ、前世で実際にデートとかしたことないから「待った?」「今来たところ」のやりとりが現実に行われていたかわからない。
挨拶が終わったところで、とりあえずシエルに姫様に聞いてほしいことを伝える。
『五人であっているか聞いてみてください』
『わかったわ』
「まず聞いておきたいのですが」
「何でしょう?」
「五人であっていますか?」
「えっと……」
レシミィイヤ姫はすぐには理解できなかったらしく、困った顔をする。レシミィイヤ姫たちは四人、わたしたちは二人(三人)片方でも足しても五人にはならない。
だからこれは、隠れて様子をうかがっている人の人数。少ししてそのことを思い出したらしい彼女は「その通りです」と答えてくれた。
つまりこの五人以外が近づいてきたら、捕まえてかまわないと。
わたしはフィイ母様のように探知範囲全てに魔術――魔法――を使うことはできないので、それなりに近づかないと無理だけれど。範囲外にいる間は、隠れて守ってくれているであろう五人に頑張ってもらおう。本来彼らの仕事なのだろうし。
「今日は任せてしまっていいんですね?」
「はい。エイルネージュ様はオスエンテには詳しくないと思いますから」
「レシミィイヤ姫は詳しいんですか?」
「わたくしはたまに視察に来ていますので、それなりにはわかりますよ」
何となくお城から出られないみたいなイメージがあったのだけれど、そんなことはないらしい。視察って言ってもレシミィイヤ姫は12歳なわけだし、どちらかというと社会見学というか、民の生活がどのようなものか子供のうちから見せておきたい、みたいな感じなのだと思う。
それが良いか悪いかをわたしは判断しかねるけれど、一般市民としては上の人が民の生活を知っていてほしいとは思う。
何かするにしても、多少は配慮した政策にしてくれるだろうし、やむを得ない場合でも補償とかいっぱいでそうだし。知った上で暴君となる王もいるのだろうけど。
本当に貴族に生まれなくてよかったと思っていたら、レシミィイヤ姫がなんだか恥ずかしそうに、そして意を決したようにこちらを見ていた。
「あの、エイルネージュ様っ!」
「? 何でしょうか?」
緊張しているのか、うわずった声にシエルが首を傾げる。やっぱり今日のレシミィイヤ姫はらしくない。まあ、こうやってお出かけに誘ってきた時点でらしくはないのだけれど。
そんな姫様はいつもの冷静さとのギャップもあって、可愛らしく見える。比べるものではないけれど、シエルの次くらいには可愛いのではないだろうか?
「あの……本名で呼ぶと困ってしまいますので、呼び方を変えて……――愛称で呼ぶのはダメでしょうか?」
『どうなのかしら?』
『シエルが嫌ではないなら良いと思います。愛称といっても、エイルネージュの愛称ということになりますし』
『まあ、そうよね』
「わかりました。それなら私のことはエイルと呼んでください」
こうやって少ない躊躇いで愛称で呼ぶのを許すための偽名という側面もなくはないので、機会が来たのであれば使って良いと思う。シエルの愛称を呼べる人が増えるのは、それが偽名でもちょっともやっとするけれど。
わたしだってレシミィイヤ姫のことは悪しからず思っているので、仕方がないかなとも思うのだけれど。
姫様にはそれはそれは、たくさんの心労をかけているだろうし。
そんな複雑なわたしとは対照的に、レシミィイヤ姫は安心したような、嬉しそうな顔をしている。
エイルネージュが偽名だとわかっていても、嬉しいものらしい。そう思うとなんだか初々しく思えてくる。
「ありがとうございます。エイル様。それではわたくしのことは、ミィイヤとお呼びいただけますか?」
「それは嫌です」
シエルの言葉にレシミィイヤ姫がショックを受けたような顔をする。どうやら今日は王族としてのお姫様はお休みらしい。それから護衛の目が怖い。シエルもわたしも気にしていないけれど。
「――どうしてなのでしょうか?」
「その呼び方はフィイの要素が強すぎますから」
レシミィイヤ姫がなにを思ったのかはっとする。たぶんシエル的にはフィイ母様と似ているというのに、何となく引っかかっているだけだろう。
愛称どころか、名前が似るなんて事はよくあることだ。何なら前世だと同じ名字の人がクラスに三人居たりとか、同じ名前の人がやっぱり三人居たりとかそういうこともあった。
でもシエルの中だとそれはとても珍しいことで、違和感のあることなのだと思う。特にフィイ母様はシエルにとって心許せる数少ない相手だから。
とわたしは予想しているのだけれど、レシミィイヤ姫の反応を見るに彼女は変な誤解をしていそうではある。だからとりあえず助け船を出すことにした。
『レシィ姫――いや、レシィ様と呼ぶようにしてはどうですか?』
『それだったら良いわね』
「ですから、レシィと呼んでいいですか?」
「は、はい! 是非レシィとお呼びください」
「それではこれより先はお任せしますね。レシィ様」
ぱあっと表情を明るくしたレシミィイヤ姫――レシィ様が「お任せください」と胸を張った。