194.魔道具の授業とコタツと居眠り
「もう失敗して理解している人もいると思うけれど、魔道具制作は魔法陣がうまく描けるだけでは出来ない。それを行う媒体との相性も重要になってくる。
例えば明かりの魔道具を作ろうと思ったら、光らせる部分が必要になるし、水を出す魔道具を作るときには水が出てくる部分が必要になる」
魔道具の授業も結構やっているけれど、リーエンス先生は今になってそんなことを言い出した。たぶん失敗する経験を知ってほしかったのだと思う。もしくは魔道具の道具部分をないがしろにしないためとか、新しい魔道具を作り出す難しさを教えるためとか。
そしてわたしも失敗組の一人になる。最初ドライヤーを作ろうと思ったのだけれど、ドライヤー部分をどうしたらいいのかわからなかったので諦めるほかなかった。最終的にリーエンス先生に相談に行ったのだけれど、今の段階では難しいと言われた。
ドライヤーの形はさすがに覚えているけれど、素材をどうしていいのかもわからないし、自分で加工するには形が厄介。
単純に水を出す魔道具の場合にはその辺の板に、それ用のインクとかで魔法陣を描くだけでも水は出るけれど、それだと水は垂れ流しだし、量も少なくなる。使う素材と形は大事と言うことだ。
既存の魔道具であればその辺が確立されていて、それにアレンジを加えてオリジナルを作るとか出来るのだけれど、ドライヤーのような魔道具は未だできていないらしい。
正確には作られていたとしても、作り方が一般に公開されていない。
一応この国だと特許的な制度があるのだけれど、それでも門外不出にしたい技術はあるらしい。
ということで、わたしの最初の魔道具は失敗に終わり、仕方がないからコタツを作ってみることにした。ただ発熱する部分であれば公開しているし、それをテーブルとくっつけて布団をかぶせて、天板を載せれば良いから、たぶん出来るだろう。
夏が目前で何でコタツ作っているんだろうと思わなくもないけれど、どうせ机の上に乗るサイズでしか作らないから何でも良いかと思ったのだ。
小さいのが作れれば、後はそれを大きくしたらいわゆるコタツになるだろうし、小さければ失敗したときのリカバリーが早く済む。
大きいとテーブル部分を作るだけでも大変なのだ。
「職人によっては魔法陣部分だけ作って道具部分を外注することもあるし、逆もあるけれど、この授業ではどちらもやってもらうから自分が出来そうなものを作るように」
「それだとアクセサリーっていうのは、難しいかぁ……」
隣に座っているティエータがつぶやく。アクセサリー系の魔道具の作り方は公開されているものの、その難易度はかなり高い。魔法袋ほどではないものの、作ろうと思うと職業次第で作れる作れないがほぼ決まっている。一応ティエータは作れる方だったような気がするけれど、職業的に大丈夫だからといってもすぐに出来るものではない。
そしてわたしを挟んでティエータと反対側に座るベルティーナは、眠そうにうつらうつらしているのだけれど、大丈夫だろうか?
ダメなら後から授業内容くらいは教えられるけれど。
「先生、魔石の大きさってどうにかならないんですか?」
「大きな魔石を小さくしたり、多少形を変えたりといった技術は存在するね。それが出来るのは物を作る職業についている人に限られるけれど、技術自体が高度なものだから簡単には難しい」
「じゃあ、魔石の大きさをどうにかするのは諦めた方がいいんですか?」
「いや、魔石を取り扱う店に行けば、いくつかの大きさに加工された物が売っているから、それを買えばいい。特注で大きさを指定して加工してくれるところもあるし、この授業だと一般に売られている大きさの魔石なら、準備しているよ」
ある生徒から飛んできた質問にリーエンス先生が丁寧に答える。それからいくつもの大きさの魔石を教卓の上に並べた。大きさは違っても魔力の大きさ的にE級程度の魔石っぽい。
「本当は職業持ちの子に魔石を加工させてあげても良かったんだけどね……」
「どうしたんですか?」
「今は魔石が少ないみたいで、あまり数に余裕がないんだよ」
生徒たちも思い当たる節があるらしく、納得するようにうなずいている。
何というか、運がない。わたしは加工できないタイプの職業なので無理だけれど、どうやるのかだけは見てみたかった。
余談だけれど、アクセサリーの魔道具を作ろうと思ったら、この加工技術が必須になってくるらしい。小さい魔石を買ってきてもいいのだけれど、それだと魔法陣を描くのは難しい。
だから魔石に直接魔法陣を描いて、それを小さくするのだとか。
つまり基本は使い捨て。魔石は使い終わったら消えてしまうから、そのままアクセサリーとして使う事も難しい場合がある。
一通り話が終わったところで、先生がそれぞれの作業に入るように声をかけた。
◇
『で、これは何をする魔道具なのかしら?』
『冬場に家で暖まる為の物でしょうか』
とりあえず、コタツの魔法陣を完成させたところでシエルから声をかけられた。
左右では基本的な魔法陣を描こうと悪戦苦闘している二人がいる。うん、この授業だけれど、まだ魔法陣に明るくない生徒のために、基礎的な魔道具の作り方は魔法陣含めて教えてもらっている。明かりとか、水が湧く水筒とか。でも、魔法陣に触れてこなかった人にとっては、難しいものなのだと思う。
オリジナルに挑戦している人でも、ギリギリで諦めて教えてもらった魔道具を作るという選択肢が残されている。同時にすぐにそれらの魔道具を作って、授業の単位取得条件を満たす人もいる。
何ならこれまでの授業でオリジナルの魔道具を完成させた人もいる。彼は魔道具師の職業を持っているのだとか。
『どうやって使うのかしら?』
『テーブルに取り付けて、掛け布団をかぶせて熱が逃げないようにするんです。作ったとしてもまず流行らないと思いますが』
『そうなのかしら?』
『この魔道具は靴を脱いで使うのが前提ですから』
この世界、家の中でも靴を履くタイプのライフスタイルだから、コタツを作っても使う人はなかなかいないだろう。
貴族の間だと足を出すのがはしたないとまで言われるらしいし。
足を伸ばすと誰かの足に当たるような物を受け入れるのは難しいと思う。それでもなぜ作るのかと言えば、簡単に作れそうだったから。
『一人で使う分には大丈夫じゃないかしら?』
『たぶんこれを置く専用の部屋が必要になりますよ?』
『それなら私たちは大丈夫ね。ところでこれはエインがいた世界の物よね? 名前はなんていうのかしら?』
『コタツです』
『こたつ? ね。エインとなら一緒に使えるかしら?』
シエルに言われて想像してみる。なくはないと言うか、いつかはやってみたいと思うし、布団大好きなシエルがコタツから出てこられなくなるのを見てみたくもある。
布団大好きなのはわたしも変わらないので、二人で並んで寝ていそうな気がするけれど。それから、コタツと言えばテーブルの下での攻防はお約束だとは思う。
大きさによっては一人しか足を伸ばせないし、何人も足を伸ばせる余裕があっても、伸びてきた足にいたずらをしたくなる物だ。はたしてわたしがシエルに出来るのかわからないけれど。シエルはたぶん普通にいたずらしてくる気がする。わたしを困らせるのが好きだと公言していたし。
そんな感じの話をシエルにもしてみると、『それはとっても楽しみね、楽しみなのよ!』と返ってきた。
授業時間もあるので、シエルとのお喋りはこれくらいにして、できあがった魔法陣とコタツの概要を持ってリーエンス先生のところに持って行くことにした。
◇
「なるほど。布団を使うことで、少ない熱量でも十分暖をとれるようになっているのか」
「そうですね。基本的に足元だけですし、靴を脱ぐ必要があるので実用的かと言われると微妙ですが」
「確かに普及するかと言われると難しいけれど、発想は悪くない。明かりの魔道具を色の付いたガラスで囲って光の色を変える物があったけれど、着想はそれに近いかも知れないね。保温効果の高い素材で箱を作ることが出来れば、食料の移動がより――それに低級の魔石で最大限の効果があると考えれば――」
持って行った物を見せると、リーエンス先生が自分の世界に入ってしまった。ドライヤーのときもそうだったのだけれど、先生の何かを刺激してしまうとこんな風に一人で考え込んでしまう癖があるらしい。
先生としてどうかとは思うけれど、職人・研究者としては優秀なんだと思う。かつて一人で結界や探知等の魔術――実際は魔法だったわけだけれど――を研究をしていた身として、近しい物を感じるのである程度満足するまでは独り言につきあってみる。
でもさすがに長いかなと思ったので「リーエンス先生」と名前を呼ぶと、先生ははっとしたようにこちらを見て、照れくさそうに鼻を掻いた。
「いやぁ、君のアイデアが良いものだったから、ついね」
「そういっていただけるのは嬉しいですが、授業時間にも限りがありますので」
「ああ、うん。これなら十分に合格点があげられるものができそうだよ。このまま作ってみるといい」
「分かりました」
「ところで君は――」
席に戻ろうとしたらリーエンス先生に声をかけられた。だけれど振り返ったわたしを見た先生は「いや、なんでもないよ」とほっぺたを掻く。
なんでもない感じではない呼び止め方だったけれど、言いたくないのなら首を突っ込む気はない。
言いたくない理由があるのに、無理に聞こうとすると大変だから。
席に戻るとベルティーナが腕を枕にして眠っていた。一瞬ティエータに話しかけられないように寝たフリでもしているのかな、と思ったけれどそんなことはなくぐっすり眠ってしまっているようだ。
ティエータは真面目に作業を続けている。静かなことはいいことなので、わたしもミニコタツ作りを続けることにした。
◇
授業が終わり、人が少なくなってきたのですやすや眠るべルティーナの肩を揺さぶる。
「ひゃ、ひゃい!」
起こされたことに驚いたようで、べルティーナが素っ頓狂な声を上げ、周りにいた人の視線を集める。それに気が付いたべルティーナは顔を真っ赤にして、縮こまってしまった。
でも一瞬で視線は外れていったので、そこまで気にしなくていいと思う。正直べルティーナの気持ちはわかるけれど。
「授業終わりましたよ」
「は、はい! 起こしてくれてありがとうございますっ」
「起こすくらいは良いのですが、大丈夫ですか?」
「え、えっと。大丈夫、です」
確かに今は寝ていたこともあって大丈夫な様子だけれど――。少し考えてから、伝えておくことに決めた。
「何かあれば話くらいは聞きますよ」
「ありがとう……です。でも、本当に大丈夫ですから」
べルティーナは少し困ったように笑う。いつだかパルラが魔術について話を聞きに来ていたこともあり、本当に大丈夫かは疑わしいけれど、わたしはここで引いておくことにしよう。
「分かりました。それじゃあ、昼ご飯でも食べに行きましょうか」
そういって歩き出すと、べルティーナがちょこちょこついてくる。いや、体の大きさ的にはわたしたちのほうが小さいから、ちょこちょこしているのはわたしたちの方だと思うけれど。