193.魔石と丸投げと王族の話(視点変更あり)
途中で視点変更があります。
「一般のハンターが行ったことがある範囲だと上限はAランクですね。巣窟に挑むS級ハンターはいないようですから」
ほかのハンターたちは巣窟の半分くらいしか進んでいない、ということになっている。50階層よりも奥に行ったとして、報告していない人もいるかもしれないから実際のところはわからない。そう言えば、最下層――トゥルのところにいける人がいたとして、そのときはどうするのだろうか? トゥルと戦って……たぶん負ける。そのまま殺されるのか、それとも地上に連れ出されるのか。
人類がトゥルのもとにたどり着けるようになるまでに、あと何百年とかかりそうな気がするから、それまでに聞いておこう。
「エイルネージュ様は違うのですか?」
「私はE級ですよ」
「えっと、はい。そうでしたね。申し訳ありません」
「姫様が知りたいことは調べたらわかる範囲ではないですか?」
シエルメールが何級のハンターなのか。たぶん調べたらすぐにわかることだろう。別にA級であることは隠していなかったし。S級の魔物を倒せることは隠しているけれど。
「わかりました。それで魔石の件ですが、それだけのものだとわたくしだけで判断することはできません。わたくしの扱えるお金で購入できるようなものではなさそうですし……」
姫様が動かせるお金は果たしてどれくらいのものか。王族とはいえ王位継承権は低く、しかしその立ち位置はそれなりに重要なものである。
そしてSランクの魔物の魔石の値段はもっとわからない。A級を参考に出せなくはないけれど、売るところで売ればその参考値の数倍の値段で買ってくれる気がする。
今回はお金儲けが目的ではないので、そこまで高くするつもりもないけれど。でもただで渡すと言うことはしない。貸しということで、押しつけるというのも一つの手だろうか。とはいえ、この魔石を売るに当たって姫様と決めておきたいこともある。
先にそちらの話をしておいた方がいいかもしれないと、シエルに伝えた。
「先にこの魔石を売るに当たっての条件を提示させてください」
「エイルネージュ様から買ったことを誰にも伝えないことではないのですか?」
「それも含まれますが、人目に触れない魔道具にのみ使うようにしてください」
「わかりました。完全に人目に触れないようにと言うのは難しいですが、限られた人だけしか見ないようなところで使わせていただきます」
「それで信用しましょう」
オスエンテ側としても人目に触れる場所で使ってしまえば盗まれる可能性もあるわけだからだろうが、素直に受け入れてくれて良かった。
王族であれば隠れて使うようなものの一つや二つあるだろうし、なんかもうお城のエネルギーをすべてこれらで賄ってくれればいいんじゃないかなとすら思う。
「それでは購入するかどうかを決めるのにサンプルが必要でしょうから、一つ渡しておきます。魔法袋くらいは持っていますよね?」
「……っ 持ってはいますが……。その魔石がいくつもあるのですか?」
レシミィイヤ姫が困惑の声を出す。Sランクの魔物の魔石を複数持っているということは、それだけの実力があるというのはわかるだろうし。まあ、単独で行ったとは言っていないので、複数で行ったと思われるかも知れないけれど。
どちらにしても、Sランクを何体も倒せるパーティのメンバーと言うだけで、かなりの実力があるのは理解できる。
今までだってエイルネージュというか、フィイヤナミアの娘の実力を疑っていたわけではないのだろうけど、こうやって物を見せられるとより実感するのかも知れない。
人間話を聞いてわかった気になっていても、実際に目にすると驚いてしまうものだ。
「いくつとは言えませんが、いくつか持っています。ですのでこちらの手持ちがある限り、買っていただいて構いません」
『値段はどうしようかしら?』
『向こうに決めてもらっても良いかも知れません。わたしたちだと値段の付け方もわかりませんし。最悪買い叩かれたとしても痛くはないですし』
『それもそうね』
国が相手だとすれば多少安くても、安すぎる値段になると言うことはないと思う。でもそうか、一応これは言っておいた方がいいかも知れない。国と中央のやりとりになるのは、避けたいから。
中央に借りができたと思われるのも、中央に貸しを作ったと思われるのもわたしたち的には望むべき事ではない。
「値段はそちらにお任せします。ただしこれは私個人との取引と言うことでお願いします。中央を巻き込むと大事になりますから」
「わかりました。そのように話を持って行かせていただきます」
とりあえず今日の目的は達したので、そのままお暇しようとしたところ、姫様に呼び止められた。
「この度はお気遣いいただきありがとうございました」
「こちらとしてもちょうど良かったので、気にしないでください」
魔石の問題は実は結構大変だったのかなと思っていたら、シエルはそのまま姫様の部屋を後にした。
◆
エイルネージュ様に見せられた魔石。今まで見たことがないほどに大きなそれがテーブルの上に置いてある。
エイルネージュ様が部屋を出たあとすぐに魔法袋に入れたけれど、普段使っているはずの魔法袋が触れてはいけない高価な物のように感じて仕方がなかった。
実際のところ、今回の魔物氾濫ですぐに魔石が枯渇するという事態に陥る訳ではない。城にある程度は貯蔵してあるし、魔石を扱う店にも在庫は少なくない数があるだろう。今回問題になっているのは王都付近の話になるので、魔石を集めるのに時間がかかるけれど土地を持つ貴族から買い取るという選択がないわけではない。
それでもエイルネージュ様の申し出は助かることだった。
どうにかできても民にいつもと同じような生活をしてもらうというのは難しく、どうしても負担を強いてしまうような状態だったから。
その中で民に魔石を都合することで王宮に批判的な流れを作ろうとしている貴族がいる、という噂もある。
そうならないために、城を運営する上で使用している魔道具のいくつかを使わないようにすることで、少しでも魔石の流通量を上げようなんて話もあった。
城の防衛力が下がってしまうけれど、件の貴族が世論を取り込み大きな力を得てしまう方が危険だと判断されたから。
それが罠かもしれないけれど、王家としてはこれ以上、あの貴族――反中央派のエルベルト家がこれ以上力を持つことは避けたい。
罠だとして狙われるのはわたくしの可能性が高いけれど、力を持たれても同じこと。それならば親中央的な王家としてはエルベルト家の台頭を避けることを選ぶ。
しかしこれで城の防衛力を下げることなく、魔石を市井に流して、エルベルトの台頭を防ぐことができる。国王であるお父様が話を受けてくれたらだけれど。
すぐに部屋を出ていた使用人たちが戻ってきたので、わたくしはすぐにお父様と秘密裏に話す手配を始めた。
◇
手配をしてから最初の休日。お父様と話す機会がやってきた。事が事なので詳しいことは伝えていないのだけれど、その分重要性を感じてくれたのかもしれない。
休みの日になったのは、わたくしに気を使ってのことだろうか。
「して、レシミィイヤよ。魔石の問題についての話だと聞いたが……。そもそもこの件に関して、お前が責任に感じる必要はないのだぞ?」
「責任についてはそうかもしれません。ですが、わたくしも王族の端くれですから、何かしら行動したいのです」
今回の魔石の不足の件、確かにわたくしの責任ではないかも知れない。だけれど、関わってしまった以上、何かしたいと思ってしまう。もしわたくしが居なければ今頃こんな風に困っては居なかったはずだから。
だから何か出来ないかと考えていたのは間違いない――。
「それに今回はわたくしが何かをしたわけではありません。ただ一つ申し出を受けただけなのです」
「申し出……か。危険なことはしていないだろうな?」
「わたくしが能動的に危険に身を置くことはいたしません」
正直危険かどうかと言われると、危険なのだと思う。いつもは何人もいる護衛をたった一人にして密室で話をしているから。
さらに言えばその一人の護衛は、彼女には勝てないと言っている。おそらく何か起きたときの危険の度合いで言えば、目の前にAランクの魔物がいる状況の方が小さいのだろう。
だけれど、彼女を――エイルネージュ様を無碍にする方が危険であり、彼女は決してオスエンテに害をなそうとしているわけではない。
不興を買って中央と明確に対立する方が恐ろしい。このあたりを説明するために、急いでお父様に状況を説明することにした。
「申し出というのは、あの方からです。自分の持っている魔石を融通してくれると」
「あの方――中央の姫か。だとすれば悪くない申し出ではあるな。中央に借りを作ることになるが、ある程度は値段でどうにかなるかもしれん。
だが、複数用意できたとして、足しにしかならんな……」
「都合してもらう時にいくつか条件を出されましたが、まずは見てもらった方が早いですね。あの方が用意できると言った魔石はこれです」
魔法袋から一抱えはある大きな魔石を取り出す。それを見たお父様が目を丸くして珍しく驚いた感情を見せたけれど、すぐにいつもの表情に戻った。
「これは……」
「Sランクの魔物の魔石だろうと聞いています。これを融通するに当たって、出所を隠すこと……」
エイルネージュ様の言われた条件を伝えているところで、扉がノックされた。その音に心臓がきゅっと縮んでしまいそうになったけれど、すぐに聞こえた「父上、ミィが戻ってきているとのことですが」という声にほっと息をもらす。
どうしたものかとお父様の方を見ると、同じようにお父様もこちらを見ていたので「お任せします」と応えた。
それを聞いたお父様は「入れ」と短くはっきりと扉の向こうに伝えた。
口上を言ってから入ってきたのは、オスエンテの王太子であり、わたくしの一番上の兄、第一王子のアークラインお兄様。
成人しているアーク兄様は線は細いものの、すでにお父様と同じくらいの身長がある。わたくしのことはとても可愛がってくれていて、だけれど公務のこととなると厳しい判断もできる方。
「久しいね。ミィ。元気そうで良かったよ」
「アーク兄様こそ、お元気そうで良かったです」
お父様との簡単なやりとりを終えたお兄様が、わたくしを見つけて笑顔を見せる。それから、テーブルの上の物に気がついたのか、真剣な顔をした。
「このままミィとお喋りしたかったけれど、それどころではなさそうですね」
「ああ、そのためにお前をここに入れたのだ」
「私以外だと入れてくれなさそうなものですね。それはAランクの魔物の魔石でしょうか? 記憶している物よりも、だいぶ大きい気がしますが」
お兄様が首を傾げるけれど、おそらくその正体に思い当たることがあったのだろう。お父様が「Sランクだ」と言っても、軽いため息をつくにとどまった。
「それだけで、魔石の問題が大きく前進しそうですが……。そのような魔物がいったいどこに居たのですか? Sランクともなれば、話に聞かないはずがないのですが」
なるほど、お兄様はそれで入れられたと思ったのか。たしかにわたくしもこの魔石を見せられたときには、まずはそこを疑った。そんな魔物がいるのだとしたら、大きな犠牲を払ってでも倒さなければならないから。
それに英雄が現れたことも頭をよぎった。オスエンテを滅亡させる魔物が現れたのか、現れる前兆なのか。
だけれど現実はもっと奇妙なことになっている。
不安そうなお兄様に対して、お父様が口を開いた。
次回もレシミィイヤ視点になります