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191.模擬戦とパルラの気持ち(視点変更あり)

「えいっ」


 全く覇気の感じられない声でパルラが刃のないナイフを突きつけてくる。それに対してシエルは半歩体を反らすことで避けると、器用に細剣を当ててナイフをたたき落とした。

 それに驚いたパルラが「ひっ」と短い悲鳴を上げる。


 戦闘訓練の時間。模擬戦までできるようになったパルラがシエルに挑むことになった。グリミド君は先生の望む答えを持ってこれなかったので、わかるまではシエルとの模擬戦はなしという事になっている。

 エイルネージュが最後の一撃を正面から受けない弱虫だったからというすばらしい結論に至っていたので、しばらくはシエルと戦うことはないだろう。


 正々堂々とした騎士道精神あふれる試合をしたかったのかもしれないけれど、たぶん騎士同士の一騎打ちでもシエルのやったことは非難されないのではないかなと思う。

 そもそも、シエルのように圧倒的に力が弱そうな相手に対して、力勝負をしようとしている時点で正々堂々もあったものではない。


 とはいえ、グリミドもメキメキ成長していくだろうから、次に戦うときにはエイルネージュでは勝てないかもしれない。そうなるとグリミドの考えが正されないかもしれないけれど、それは教師陣が何とかするだろう。少なくともわたしたちが何とかする問題ではない。


 そもそも模擬戦も同じ相手ばかりとやる訳ではないので、今日はパルラと戦うことになったというだけだ。「同じパーティだからちょうどいい」とは言われたけれど。


「とりあえず、やる気はありますか?」

「あるよ! あるんだけど……」


 ナイフをたたき落としたシエルがパルラに問いかけると、パルラが顔を逸らすように口ごもる。

 わたしでもパルラが手加減しているなーと言うのはわかったので、シエルから見ればあからさまだったのだろう。普段だったら気にしないか、尋ねるにしても興味本位というか、ただ疑問をぶつけるだけのような声色になるところなのに、今日はシエルの声にちょっといらだちが混ざっている。


 そんなシエルの反応に内心「そっかぁ、そっかぁー……」と誰目線かわからない感想を抱きつつ、パルラが改めて何を言うかを待つ。


「やっぱり、エイルネージュちゃんに攻撃するなんて無理だよ」

「授業の一環ですよ?」

「そうなんだけど……」

「今のパルラの攻撃に当たるような私ではありません」

「う……確かにそうかもしれないけど……」


『エイン困ったわ、困ってしまったのよ』

『何がですか?』

『パルラがどうしてこういう反応をするかわからないのよ』


 黙ってしまったパルラを向こうに、シエルが本当に困った様子でわたしに話しかけてくる。

 何とかわかりやすく答えてあげたいけれど、わたしもパルラの気持ちは想像するしかない。


『シエルに怪我……というか、痛い思いをさせたくないんだと思います』

『でも戦うなら仕方のない事よ? それに私はこの程度では怪我しない。そうよね?』

『ちょっと気になるので、パルラに他の人ならどうか聞いてみてください』

『? わかったわ』


 エイルネージュが相手だからダメなのか、それとも人と戦うのがダメなのか。下手したら魔物相手でもためらってしまうかもしれない。

 その辺をはっきりさせておいた方がいいだろう。


「他の人となら戦えますか?」

「う、うん。先生とは戦ったことあるし、他の人とも大丈夫だったよ」


『でも(エイルネージュ)だとダメなのね?』

『そうみたいですね。だとしたら、こちらが絶対に傷つかないと示してあげたらいいんじゃないでしょうか? シエルの結界でも十分だと思いますし』

『それはいいのね?』

『守るための結界ではないですから』


 わたしたちを守るのはわたしの役目。でも、今回はパルラに戦えるようにしてもらうためのものだから、シエルが使っても良いと思う。いつかわたしが戦ったようなものだ。

 シエルも納得したのか、詠唱をして結界を作り上げる。何というか、とても久し振りに結界の詠唱を聞いた。わたしは無詠唱でいけるし、他の人も使うときはたいがい魔法陣を使うから。


「結界の魔術を使いました。一度この結界に向かって全力で攻撃してみてください。私に当たらないとわかっているところなら大丈夫ですよね?」

「うん」


 パルラはうなずいてから、二度三度深呼吸をして、シエルの結界を攻撃する。パルラの一撃はまだまだ軽く、シエルの結界は程良く加減されてE級上位の攻撃なら軽く阻めるほどになっている。

 今のパルラでは突破することが難しく、簡単にはじいてしまった。シエルの結界を体感したパルラはきょとんとして、訓練用のナイフとシエルの結界を見比べる。


『次はエインに頼んで良いかしら? さすがにエインのように自在に操れないもの』

『わかりました。わかりやすく範囲を狭めますね』


 シエルの結界の内に同じような結界を作ると、シエルの方の結界が消える。それから残ったものをやんわりと体を包むくらいの形に変化させた。大体体から30センチ離れたところで、長円の形をしている。これくらいならシエルでもできるけれど、無意識でやり続けるのは難しい。なぜならわたしのせいでシエルは結界が得意ではないから。

 

「この状態ならわたしを怪我させることを気にしなくて大丈夫ですね?」

「う、うん。ありがとう、エイルネージュちゃん」

「それでは続きをしますから、今度はちゃんと来てくださいね」


 シエルがそう言って細剣を構える。パルラも一本のナイフを構える。

 模擬戦ということで格下のパルラから動く。そうしないと一方的な試合になって終わり、どちらの練習にもならないから。


 さてナイフという武器だけれど、魔物が相手だとあまり使いやすい武器とは言えない。

 刃が短いというのはそれだけ魔物に近づかないといけなく、その点だけでもパルラに向いているかと言われると微妙なところだ。とはいえ、職業を加味すれば剣や槍を持たせるよりも様になるし、何よりパルラのメイン武器は弓になるから、相手を倒すと言うよりも護身的な意味合いの方が強そうだ。


 それに自分の間合いにさえはいることができれば、一方的に押すことも不可能ではない。対人戦であれば、懐に入ってしまえば下手に射程の長い武器よりも有利になる。

 ただ魔物が相手だと、武器が自分の爪とか、ナイフでは致命傷を与えられないくらい皮膚が厚いとか、そう言ったことがままある。


 パルラは仕切り直した後、深呼吸をし、セオリー通り近づいてくる。思ったよりも速く、想定しているエイルネージュの速度よりも上。ただまっすぐ走ってくるので、シエルなら制限付きでも簡単にあしらう事ができるだろう。


 完全にパルラの距離になるのを待って、突き刺してくるナイフを寸前で避ける。パルラは驚いたような顔をしたけれど、それでもシエルから離されることはなく、一手一手丁寧な攻撃をしてくる。

 それをすべて避けるシエルに痺れを切らしたのか、無理な攻撃をしようとするとシエルに反撃される。


 模擬戦というか、指導っぽくなっているけれどもとよりこうする予定だった。シエルが――エイルネージュとしてでも――まともに戦おうとしても、トリッキーな動きになってしまう。相手がそれなりにできる相手であればそれでもいいのだろうけれど、相手がまだ訓練を始めたばかりであれば変な癖を付ける原因になってしまいかねない。


 とにかく最初は基礎をしっかりしてもらいたいので、シエルもそれに合わせている。シエル自身の訓練にもなるし、こうやって教えられる期間も長くはないだろうから、良い経験になるだろう。

 抜かれるだろうと言う予想は、エイルネージュの技量を簡単にE級より上にすることができないからと言うのもあるけれど。


 わたしのサポートなしのシエルだけの剣の腕で見た場合、たぶんD級の上位程度。いつだかD級になりたての少年と良い勝負していたときよりは、強くなっていると思う。でもC級には届かない。

 剣術に関しては、基礎以外だとそんなにハードなことをしていないし、魔術ほど強さはない。魔術だってリスペルギアで死ぬような思いをして訓練していた頃よりも、だいぶ成長しなくなっているし。


「私は詳しくないので正確なことは言えませんが、まずは基礎を大事にした方が良いと思います」

「う、うん。わかったよ。ありがとう」


 少しだけ息が上がっているシエルに対して、パルラは肩で息をしていて、ちょっと押したら倒れそうなくらいだ。

 模擬戦が終わる前までは平気そうな顔をしていたけれど、それは疲れを見せないようにしていたのだろう。


「とりあえずしばらく休んでいたらどうですか?」

「そうするね。エイルネージュちゃんは先に戻っていいからね」


 授業は時間になった段階でそれぞれで解散している。シエルは少し考えると、「では」と言ってその場を後にした。





◆◆◆◆





「あー、悔しいなぁー」


 エイルネージュちゃんが移動を始めて、その場に座り込んだあたしはそれでも体を支えられなくて、そのまま倒れ込む。

 こんな事をすれば髪に砂が沢山つくし、同室のティエータちゃんに怒られる。でも動けなくなるまで、やりたかった。


 最初は怪我をさせたくないと思って手加減してしまったけれど、エイルネージュちゃんが言っていたとおり、全くそんな心配はなくて、その実力の差を見せつけられてしまった。

 あたしが得意なのは弓だからと開き直ろうにも、エイルネージュちゃんも得意なのは剣ではなく魔術。


 それに速さならあたしも負けていなかった。それなのにあたしの攻撃は掠りもしない。これが現役ハンターだと言うのを見せつけられたような気さえする。

 こんな実力差があるエイルネージュちゃんが羨ましくて悔しいわけではない。


 本当なら今のあたし程度の実力だとエイルネージュちゃんと並んで立つことはできやしない。それがとても悔しい。


「遠いなー」


 そしてとても遠い。エイルネージュちゃんはE級のハンターらしい。だとしたら、A級ハンターはどれだけ遠いのだろうか。

 そもそもあたし程度でハンターになれるのだろうか?

 どんどん悪いことを考えていきそうになったので、首を振って立ち上がる。


 少なくとも速さでは負けていなかったのだ。だからきっと、いつかは並べるくらいにはなれるはず。ハンターとして様々な経験をしてきたであろうエイルネージュちゃんと、今までお父さんの手伝いくらいしかしてこなかったあたし。

 そんなに簡単に追いつけるはずもない。


 だからせめて、学園にいる間にエイルネージュちゃんと並んでも気後れしないための何かを手に入れたい。

 そのためにもまず、教室に戻らなければ。そして今日もエイルネージュちゃんとおしゃべりをするんだ。

シエルとしての経験値まで加味すると、エイルネージュはE級よりも強いです。たぶん。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 歌、踊りとは、神に奉納することでこちらの願いを聞いてくれる時ように頼むもの。それはもう作中でも雷雨として似たものはあるが,神としてのエインの力をシエルの力として攻撃に転用することは可能…
[一言] 友達に愛されてる?ねぇ
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! パルラさんは優しい、そしてシエルさんへの好感度が高い!素敵です〜 エイルネージュさんとして力を抑えるですけど、流石に普通のEランクより強いでしょうw
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