189.音精霊と遊びと話
「結局どうしてパルラは魔術のことを聞きたがったのかしら?」
パルラとの夕食を終えて、寮に戻ったシエルが思い出したかのようにそう口にした。同時にミアが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのだけれど、シエルの言葉はわたしに向けたものだろう。でもミアが少し興味深そうに耳を傾けている。
『ベルティーナのためでしょうね』
「ああ、なるほどね。それならビビアナの話は参考になるかもしれないわ。でもどうして本人が話しに来なかったのかしら?」
『たぶんベルティーナに内緒で話を聞きに来たんだと思います。彼女は親しい相手に対しては、お節介焼きっぽいですから』
「つまりエインみたいって事ね?」
『否定はできませんね』
今までに何度も――というか、今までのほぼすべてがシエルのために行動しているつもりだから。
お節介焼きと言われても否定はできない。でもシエルのために何かするのが好きだし、シエルがいなければこの世界で生きていく意味はない。シエルがいれば後は割とどうでも良いという思考がないわけではない。
わたしの返答を聞いてふふっと上品にシエルが笑ったところで、とうとうミアが我慢できなくなったのか、話しかけてくる。
「どういった話なのか、聞いてもよろしいでしょうか?」
「ベルティーナは覚えているかしら?」
「パーティを組んだというご学友ですよね」
「そのベルティーナがビビアナと似たような境遇だったから、パルラが私に情報収集に来たってことみたい」
「なるほど。そうでしたか。確認ですが、エインセル様なら解決できますよね?」
ミアはわたしの実力のすべてとは言わないけれど、多くを知っている。ビビアナさんの問題を解決したのがわたしだと知っているし、何ならシエルと二人で巣窟の最下層に行っていたのも知っている。
「できると思うわ」
「さすがですね」
そういって尊敬のまなざしを見せるミアは、解決しないのかとは聞いてこない。同じ事ができる人が何人いるかはわからないが、かなり数は少ないだろうし安易に使えないのがわかっている。
ビビアナさんのときとは状況も違えば、ビビアナさんに対しては自分の力を確かめる実験台のような意味合いもあった。
それにベルティーナも頑張っているようなので、水を差すことになるかもしれない。今日のパルラとの話を聞いたら基礎の訓練をすると思うし、それはどう転んでも無駄にはならないだろう。
あとはやっぱりベルティーナを信用するには、まだ時間がほしい。学園の友人としてつき合うならともかく、それ以上となるとまだ遠い。わたしたちもベルティーナも何ならパルラも人付き合いは得意ではないから。
なんて考えている間にも、シエルとミアの話は続く。
「ですが、個人的には応援したいですね」
「そうなのね?」
「昔のビビアナを思い出しますから」
「そういえばビビアナにも子供の頃というのがあるのよね、ミアにも、誰にでも」
「そしてお嬢様もいずれは――」
ミアが何かを言おうとして、「何でもありません」と口をつぐんだ。
◇
夜も更けてきた頃、今日はシエルに寝た後に体を使わせてほしいと頼んだので、寝ているシエルの体を借りて起きあがり、ベッドに腰をかける。
世間が寝静まっている時間であり、ミアも使用人が使う部屋に引っ込んでいる。
こんな時間になにをするのかというと、ちょっとしたお遊び。いつもついて回るリシルさんではない方の精霊――音精霊とついでに遊ぼうかなと思ったから。実際のところこんな深夜である必要はない。ただこうやって夜に体を借りるというのが、いつものパターンだったから。
むしろ深夜にしたことで、目的を達することができない可能性がある。それなら精霊と遊んで終わりだ。
「それではやってみてください」
わたしが声をかけると精霊は楽しそうにわたしの周りを回り始める。それから空の木の箱を叩くような音が拍を取り始めた。
ゆったりとした音に合わせて、わたしもゆっくり歌い出す。
音精霊だけれど、結構いろいろな音を出せるようになった。まずは音を真似るだけ。それでもいろいろと覚えてくれるので、調子に乗っていろいろな音を聞かせた。そうしている内に覚えた音をアレンジできるようになったので、今度はわたしが知っている楽器の音に近くなるようにと試行錯誤してみた。
音精霊は音は出せるが、わたしと話すことはできない。それでも音でわかりやすく返ってくるので、比較的意志疎通がしやすい。
リシルさんくらいになるとわたしにわかりやすいようにと、試行錯誤してくれるのだけれど、小さい子たちはそこまでしてくれない。というか、考えが及んでいないのだと思う。
そういうわけで、簡単で小さなライブをしている。こうやって実際に歌っていると、案外何でも音楽っぽくなるんだなと感じる。考えてみれば手拍子に合わせて歌うこともあるし、わたしにはカホンは木の箱にしか見えなかった。そのカホンがあるから、木の箱の音を出させているのだけれど。
歌を歌うときだけは、前世の言葉を使うことになる。それがどうだというわけではないけれど、ゆったりとした曲を歌っているときには特に何とも思うところがないわけではない。
なんて歌っていると、誰かが近づいてくるのがわかった。
その人は一度キッチンに行くと、何か作業をしてからわたしのところへやってくる。それからベッドの横にあるサイドテーブルに湯気だったコップをおき、わたしに侍るように傍らに立った。
目的の人物がやってきたので歌うのをやめると、音精霊が抗議するかのようにプーッとラッパのような音をならした。それを見たリシルさんが宥めてくれているようなので、そちらはリシルさんに任せることにしよう。
「やめてしまわれるのですね」
「聞きたいですか?」
「わがままが許されるのであれば、是非に」
「それなら、カップと椅子が足りませんね」
「それは……」
要するにミアも座れと言うことなのだけれど、使用人としての矜持があるのか難色を示す。別にわたしは身分差なんて関係なく皆仲良くすべきだ、なんて考えではないけれど、それはそれ。
「聴く側も相応の態勢をとってほしいんですよ」
「わかりました。それから、申し訳ございません」
「別に構いませんよ」
動き出したミアの背中を見送りつつ、音精霊にもう一曲歌うと伝えると、ふてくされていたような姿から一転、じゃれるようにわたしによって来た。
待ちきれないと言わんばかりの音精霊と待つことしばし、ミアが戻ってきた。カップをおき、部屋にある高そうな椅子を一つ持ってくると、優雅に座る。メイド服なのに様になっているのは、元々ミアも良いところのお嬢様だからだろう。
ミアの準備が整ったところで、音精霊に合図を出して伴奏してもらう。先ほどまでと変わらないので、伴奏と言っていいのかわからないけれど。
夜と言うことで、夜にまつわる歌を。言葉は通じていなくても、雰囲気だけは伝わってくれると祈って。
歌い始めてから、ミアは目を閉じてこちらに耳を傾けてくれている。曲が進む度に右へ左へゆらゆらと、ゆったりとリズムに乗ってくれている。
こういった曲をシエルに聴かせるときには、子守歌として聴かせることが多く、すぐに寝てしまっていたのだけれど、こんな風に聞き入ってくれるのもなんだかうれしい。
歌い終えて音も聞こえなくなったところで、余韻に浸っているかのようだったミアがぱちぱちと拍手をする。
「すばらしいです。エインセル様のお歌を聴く度に、どうして今まで歌にふれてこなかったのかと思わずにはいられません」
「ミアもそうだったんですね」
「残念ながら……。神に捧げる歌、自然の美しさを賞賛する歌、神への感謝の歌などはそうでもなかったのですが、娯楽としての歌は低俗だと言われて育ちましたので」
「それはやっぱり歌だけなんですか? 踊りや楽器、絵などは許されていたのですか?」
「たしなむ程度なら許されます。しかしそれだけになってしまうと、白い目で見られるようになりますね。たしなむ程度であればむしろ歓迎されます。それだけの余裕があると見なされるようです」
趣味なら大丈夫と。でも歌は趣味でも駄目。歌を除けば何かのきっかけで大成する人が出てきそうなものだけれど、宗教が強いとなかなかそうは成らないのかもしれない。
でも宗教的には歌姫以外は差別していないみたいな派閥もあるのだけれど……そうではない派閥もあるし、一般認識としては教会=不遇職に厳しい、みたいな感じなのだろう。
まあ、趣味の高尚低俗なんて言うのは、前世にも無いわけじゃなかったし、人というものが物事に上下を決めたがるものなのかもしれない。
「ミアは何かしていたんですか?」
「魔術の研究が楽しかったもので……」
露骨に目をそらしたミアへの追求はしない事にして、そろそろ本題に入ることにする。
「ところで、ミアに聞きたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
特に驚いた様子もなく、毅然として答える様子を見るに、何か尋ねられることはわかっていたらしい。なら遠慮なく尋ねてしまって大丈夫だろう。
「ミアはわたしたちがいずれ年を取らなくなることを知っていましたね?」
「はい。オスエンテに来る前にお嬢様付き三人一緒に、フィイヤナミア様から教えていただきました」
モーサもルナも知っていると。お世話を続けていく中でわたしたちが年を取らないと気がつくよりも先に教えておこうと思ったのだろうか。あの邸の使用人に関しては、フィイ母様という実例がいる以上そこまで受け入れ難い話ではないと思うし、すんなり聞き入ってくれたことだろう。
はたしてどこまで聞かされたのかはわからないけれど、あまり深入りして答えにくい質問をしても申し訳ないのでこれ以上は聞かないことにする。
情報元がフィイ母様だとわかった時点でどうする気もないし、仮にミアが独自に行き着いていたのだとしても、口止めするくらいだ。それで態度が変わらなければわたしはそれで構わない。シエルを悲しませる事がなければそれで良い。
考えてみると、シエルを悲しませている筆頭がわたしのような気がするけれど……自分のことは棚上げしておこう。
「それなら良いです。わたしとしては、シエルには大人になってほしいなと思わなくもないんですけどね」
「選べるものなのですか?」
「どのように聞いたかわかりませんが、ある程度は選べます。ですがどう頑張っても、成人になるか成らないかで成長が止まりますね。
シエルはすぐにでも不老になりたいといいますし、わたしもそうなってほしいなと思わない気持ちがないわけでもありません」
「同時に大人になったシエルメール様も見てみたいと」
「もちろんです。シエルは大人になっても、なんなら老人と呼ばれるような年齢になっても、綺麗に違いありませんから」
わたしはそんなシエルの成長とともに、シエルを想い続けられる自信がある。ミアには「そうですね」と困った顔をされたけれど。
「ワタクシもシエルメール様の成長を見てみたいと思います。きっとお美しくなるでしょう。今は小柄でも成長するに連れて、年相応になられるかもしれませんし」
「確かにそうですね。シエルが年齢の割に小さいのは、幼いときの栄養不足が大きな原因だと思いますし」
何気なく言ったわたしの言葉を聞いて、ミアの表情が険しくなる。なんなら殺気のようなものも感じなくはない。
「まあ、怒ってもどうにもなりませんし、そろそろ寝ましょうか。わたしは寝ませんが、シエルの体は休めてあげたいですから」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」
「はい。おやすみなさい」
戻るミアを見送ってから、横になってシエルに体を返した。
目は通しているのですが、感想の返信がなかなかできずに申し訳ありません。
それからレビューもいただきました。ありがとうございますと同時に、お礼が遅くなり申し訳ありません。
諸々ご容赦いただけると幸いです。
 





