188.パルラと魔術と雑談
「この時間って本当に人が少ないんだね」
「こちらで夕食を食べる理由が少ないですから」
「ここから寮に帰らないといけないもんね」
放課後の学食。時間的には夕食には早いけれど、ティータイムと言うには遅い。中途半端な時間の学食には二桁に満たないほどしか人がいない。
パルラが言っていたように、ここで夕食を食べても寮に戻らないといけないし、同じ敷地とはいえ学食から寮に戻るのはそこそこ距離がある。夕食を食べて、あとは部屋でのんびりしたいという人はまず夕食に使うことはないだろう。
まあ、シエルとわたしは寮の食堂を使ったこともほとんどないけれど。
とりあえず夕食を買って、学食にいる人と距離を離して座る。
一応テーブルの下とかに人がいないかなと探ってはみたけれど、そういう人は居なかった。念のために調べただけなのでいたら驚いたとは思う。
それはそれとして、パルラが頼む料理が以前と比べるとランクが上がっている。
時間を見つけてはハンターの活動をしていたようなので、その成果なのだろう。
「それで話とはなんでしょうか?」
席についたところでシエルがパルラに尋ねる。ご飯を食べようとしていたパルラはその手を止めて、キョロキョロとおちつきなく辺りを見回す。それからしばらくして、覚悟が決まったのか、まっすぐにシエルを見る。
「エイルネージュちゃんは魔術が得意なんだよね?」
「ハンターとしてやっていける程度にはそうですね」
「魔術を使うのって難しいのかな?」
「人によると思いますが、パルラが使おうと思うと難しいと思いますよ」
平民で魔力が少ないし、職業的にも魔術が使えるようになるものではない。職業についての理解が深ければもしかしたらとは思うけれど、一般的に奨めるべき方法ではないのは確かだ。
シエルの答えを聞いたパルラは落ち込んだ様子ではなく、代わりに思案顔になった。
「えっと……エイルネージュちゃんがハンターをやっている中で、魔術が苦手な魔術師っていなかったかな?」
「いなくはないですが、それがどうかしましたか?」
パルラの問いかけに今度はシエルが首を傾げる。わたしはパルラがなにを言いたいのか何となくわかったけれど、パルラやベルティーナとのやりとりはできるだけシエルに任せたいので黙っておく。わたしが表に出ていたら、わざわざ入れ替わることはしないので任せると言ってもその程度だけれど。
「その人はどうやってハンターをやっていたのか、知ってる?」
「そうですね……。少し考えます」
シエルが一度会話をやめて『これって答えてもいいのかしら?』と尋ねてくる。これについては正直難しい。ハンターの能力の話をするのはマナー違反ではあるものの、全く話してはいけないと言うわけでもない。情報収集もハンターの必要な能力だし、有名ハンターがどういうハンターなのかというのもその情報の内になる。
パーティメンバーを捜すとき、一緒に仕事をする人を捜すとき、何らかの理由で敵対しそうなとき。その人が得意としている武器や魔術等の情報がないとどうすることもできない。
それに普段から大剣を背負っている人がいて、「その人は前衛で大剣を使うよ」と言うことは、マナー違反にはならない。逆に言えばそのあたりが限界か。
誰が見てもわかる情報というか、一緒に仕事をしたら先ずわかるであろう、基本的な攻撃方法くらいは教えても良さそうだ。わたしも結界魔術が得意なことは吹聴されても困らないし。
『そうですね……攻撃魔術を連続で使うのが得意だった、くらいは言っても良いかもしれませんね。ビビアナさんはそのことを隠していなかったようですから』
『なるほどね。そうしてみるわね』
「はい。そうですね、私が言えることは、彼女は魔術を素早く使うのが上手だったということです」
わたしとの会話を終えたシエルが顔を上げてパルラに伝える。そのときにどう言うわけかパルラは不安そうな顔をしていて、答えを聞いた彼女はおそるおそる口を開いた。
「あの、何かまずいことを聞いちゃった……のかな?」
「ハンターの手の内についての話でしたから、どこまで話していいのかを考えていました。そういった話をすることはあまりありませんでしたから」
「そっか、そうだよね。ごめんね」
「まあ、構いませんよ。当たり障りのないところしか話していませんから」
「うん。ありがとう」
お礼を言われたシエルがよくわかっていない様子なのは、パルラが魔術の話を聞いてお礼を言ったからだろうか。
とはいえ、パルラが知りたい情報はわかったと思うので、良いようにしてくれるだろう。なんだったのかシエルが聞きたがれば、わたしの感想を話そう。
「最近あたしね、ハンターの活動してるんだ」
「そうなんですね。死なないように気をつけてください」
「街からでないお手伝いばかりだから、今のところ大丈夫。でもありがとう」
用件が終わったからか、パルラが雑談を振ってくる。ハンターをするのであれば今からやっておいて損はない。門の外に出ないとしても、ハンター組合のシステムや雰囲気を学ぶことができるし、ここのハンター組合は学生に優しい作りになっている。
それでもトラブルがないとは言えないけれど、そんなことを言い出すと学園の中でも学生同士のトラブルがないわけじゃない。
「外に出て活動する依頼もあるんだけど、学生だけだと一人は駄目なんだって。最低三人、できれば四人以上で受けないといけないんだよね」
「受ける気はあるんですか?」
「今のところはないよ。魔物に出会ったらパニックになっちゃいそうだし」
「そうかもしれませんね。自信がもてるまでは、やめた方がいいです」
「自信がもてても、一緒にいってくれる人がいないんだけどね」
恥ずかしそうにパルラが笑う。三人ということは、ベルティーナがやる気になればいけなくはない。そもそも現役ハンターであるエイルネージュが一緒であれば、二人でもいけそうな気がするし、駄目でもミアに頼めば三人になる。
パルラがまだ外に出たくないようなので、出てみたいと言い出したらそのときに考えよう。
「エイルネージュちゃんも活動してるんだよね?」
「薬草採取が基本ですけどね。魔物の相手はほとんどしていませんし、基本的にパーティメンバーの付き添いみたいな感じです」
「パーティメンバー?」
「一緒に王都に来た使用人です」
「……やっぱり使用人がいるんだね」
ミアのことは別に隠しているつもりはなかったのだけれど、パルラは知らなかったのか。とはいえ、エイルネージュが貴族の子というのはわかっていたはずなので、そこまで驚いている様子はなかった。
単純に家に使用人がいるという状況になじみがなくて、今まで意識していなかったみたいな感じかもしれない。
「大人の人なの?」
「大人ですね。わたしの使用人になるに当たってハンターになりました」
「エイルネージュちゃんがハンターだから……だよね?」
「そうですね。その方が便利だったので」
「一緒にきたのはその人だけ?」
「そうですよ」
モーサとかルナとか言えばついてきただろうし、何なら一緒に行きたそうだったけれど。何人も引き連れて歩く趣味はないので、ミアだけで良かったと思う。
「そういえば、最近A級ハンターが王都に来たんだって」
「そんな話ありますね」
何かを感じ取ったのか、パルラが話を変更する。新しい話題はとても思い当たる節がある。同時に話を聞いた記憶はないけれど、シエルも何となく話に乗っている。
「ですが、A級ハンターって王都だと珍しくないんじゃないですか?」
「どうなんだろう? 数はそんなにいないって聞いたことがあるよ。何人かは必ずいるけど、だいたいは依頼でいろんなところに行っているんだって」
「確かにこのあたりでA級の依頼ってなさそうですね」
正確には依頼があっても、このあたりで達成することができない。王都で受けて地方まで魔物を退治しにいくとか、地方から要請を受けて駆けつけるとか、そんな感じになるらしい。
前者の依頼に関しては、貴族とか研究機関とかそういったところが依頼主であり、緊急性があるものは少ないので、王都で依頼を受けて目的地に行って帰ってくることもできる。
「うん。それでA級ハンターって言うのが、学生みたいに小さいんだって」
「小さい以外に情報ないんですか?」
「そのA級の人、仮面を付けてフードを目深にかぶっていて、ほとんど姿がわからないんだって。でも声が女の子だったって言ってたかな。あとちらっと見えた髪が黒髪だったんだって」
「エルフなんじゃないですか? もしくはドワーフ」
自分たちのことを棚に上げればその情報を聞く限り、他種族にしか聞こえないだろう。いやエルフやドワーフのことをそんなに知っているわけではないので、絶対とは言えないけれど。シエルの言葉にパルラも納得している様子でうなずいた。
「噂でもそうだろうって事になっているんだけど、人だったら凄いなって思って」
「そう……かもしれませんね」
シエルの感想としてはそうなるのだろう。ほとんど自分のことだし、シエル自身はそんなに凄いことだと思っていないと思う。
でも微妙に肯定できたのは、周りのレベルというのを何となくでも理解してきたからなのかもしれない。
そしてパルラの言葉は、エイルネージュがA級だと疑っていると言うよりも、純粋に話したかっただけという印象を受ける。黒髪ということを信じているようだし。
「エイルネージュちゃんならA級ハンターになれるんじゃないかな?」
「どうでしょうね。あまり積極的にランクを上げたいとも思いませんし、D級になれればそれで良いです」
「そうなの?」
「薬草を探すのはD級で十分ですし、薬草だけで十分な報酬を得られますから」
まあ、エイルネージュはA級にはなれない。そこまで実力を見せれば、それはもうシエルメールかエインセルになるわけで、わざわざ低いランクの証をもらった意味がないから。
薬草収集だけでもD級にいけなくはないので、エイルネージュの最終目標はそこになるだろう。ミアはA級目指してがんばってほしいけれど。
「薬草採集ってそんなにうまく行くの?」
「コツを知っていますから。教えませんし、教えてもできる人はあまりいないと思いますが」
「魔物も倒してきたんだよね?」
「確かにそうですが、報酬が低くてずっと放置されていたものが基本でしたから、積極的にやろうとは思わないです」
エイルネージュとしてはそうなる。言っている事の筋が通っていないような気がするけれど、それでなにがわかるわけでもないと思う。ついでに薬草採集も割に合っていないようなものを中心に達成してきた。
いわゆる塩漬け依頼の消費をしていたのだけれど、エストーク時代のわたしたちとの違いは魔物を積極的に倒してきたかどうか。エストークのときにはランクの割には強いとかそういうものを積極的に受けていたので、戦闘力面も認められたからスピード昇格できたのだと思うのだけれど、エイルネージュではそれはしていない。
討伐依頼を受けたとしても、ミアが倒したという事にしているものも少なくない。
だからランクが上がらない。後は年齢の問題か。シエルメールのように異常と言えるレベルの実力があればまだしも、エイルネージュは年齢の割には戦えるくらいの強さしかないと思っている。実際どう受け取られているかはわからないが。
「そもそも、どうしてランクを上げようと思わないの?」
シエルの話を聞いてパルラが首を傾げる。彼女がここまで話に食いついてくることは珍しい。でもハンターはパルラが目指すところ。その先輩であり、すでにE級ハンターであるエイルネージュの話を聞きたいのかもしれない。
特にハンターはランク上げてなんぼみたいなところがあるし、D級ハンターで食べていけるからとそのランクで落ち着こうとする人はあまりいない。
むしろなかなかC級に上がれずに、そのまま活動を続ければ平均以上の生活ができただろうに、自棄になって落ちぶれたという人も少なくなさそうだ。
「上げてどうするんですか?」
「えっと、もっと報酬の良い依頼を受けるとか、かな?」
「別に私はその良い報酬というのがいらないですから。安全に薬草を集めて暮らしていけるのに、危険なことをする必要はありませんから」
「うん……確かにそうかも」
「できるだけ安全にハンターができるランクがAだったら、Aランクを目指したらいいと思います」
シエルの言葉にパルラは目を丸くして、それから納得したようにうなずいた。