表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

236/270

187.授業の模擬戦とパルラとの話

 ヒュ……と風を切る音とともに、シエルの真横を模擬戦用の長剣が振り下ろされる。シエルが反撃に転じるよりも速く、剣を振り下ろした男子生徒が「っら」と気合いを入れて力任せに剣を薙いだ。その動きはシエルを俯瞰するように見ているわたしでも驚いたので、シエル視点だとより度肝を抜かれそうなものだけれど、どうやら違うらしく冷静にバックステップで避ける。


 戦闘訓練の一幕、回数も多く優秀な人を集めているのもあってか、こうやって模擬戦をするようになってきた。とはいえ上位陣の話であり、下の方はようやく授業時間内に最初のランニングが終わるようになったくらい。

 パーティメンバーだとベルティーナが下位層で、パルラが基礎を学んでいる中位層の中で上の方。上級職のパルラだけれど、弓とナイフの二つを平行してやっていることと、性格的な問題があって模擬戦まではいけていない。


 こうやって習熟度の差というか、授業の進み具合を見ていると、だいたい誰がどんな職業を持っているのかがわかる。今シエルと模擬戦をしている彼――確か名前はグリミド――は、剣士系の中でも上位の職業――おそらく上級剣士――だろうし、それ以外にも模擬戦までやっている人たちは中級以上の職業を持っていると思う。

 逆に下の方になると、あえて自分の職業とは違うことをしている可能性もあり、判断が難しい。魔術関連の職業持ちとかがそれに当たるだろう。


 さて、学園が始まって一ヶ月ほど経ったのだけれど、初週と比べると緩やかな日常だったと思う。あの神殿での日以降、シレイトが教室で話しかけてくるようになったり、そのせいで少しクラス内で目立つようになってしまったり、英雄君にもより意識されるようになったりとあったけれど、因縁を付けられたり、貴族であることを盾に迫ってきたりとそういうことはなかった。


 シレイトやジウエルドの件はレシミィイヤ姫がどうにかしてくれないかなと思うところもあるのだけれど、彼女の独断で動くにも限界はあるだろうし、教会も関わってくる可能性もあるから下手なことが出来ないのだと思う。聞いてみてもいいのだけれど、尋ねた段階で「彼らをどうにかしろ」という命令に取られかねないのでやめている。

 なんだかんだで定期的にお茶をしているレシミィイヤ姫とは、良い関係を続けていきたいので、できるだけ負担にならないようにしたい。


「これで終わりだ!」


 授業時間も終わりに近づいた頃、常に攻撃をし続けてきたグリミドが気合いを入れるようにそう言った。

 この言葉を言うまでは肩で息をしていたのだけれど、この言葉を発した瞬間から呼吸を止めたらしく体のブレが無くなり、渾身の一撃を振るってくる。疲れているだろうに、今までで一番速い一撃にシエルは大丈夫だろうかとぼんやり考える。


 シエルが攻めて、わたしが守る。それを考えるとシエルが負けると考えるのも良くないのだけれど、これは負けても良い授業で、なおかつシエルは魔術師。中途半端にしか効果を発揮していない舞姫だけの――身体強化もエイルネージュ基準でしか使っていない――剣での勝負。シエルの方が不利なのは否めない。


 実際ここまでの試合も、シエルは防戦一方だったし、打ち合えば力負けしていた。年齢的には男女の体格差というのは、そこまでではないのだけれど、シエルはクラス内で一番小柄だと言って良い。体格差で考えてもシエルの方が分が悪い。

 と思うと同時に、終始シエルが余裕そうな表情を見せていたことも思い出させる。


 どうやら本当にシエルは余裕だったらしく、グリミドの剣を受け流した。自分の力に振り回されて体勢を崩し、両手を地面についてしまったグリミドのうなじに、シエルが細剣を突きつける。


「そこまで!」


 イシュパート先生が終了を宣言したところで、シエルが細剣を鞘に戻す。そんななんてことのない一動作も、シエルがやると人の目を引きつける舞になる。

 この場にいる全員がということはないけれど、シエルとグリミドの模擬戦を見ていた人がぼーっとシエルを見ている中で、グリミドだけが悔しそうにエイルネージュ(シエル)を睨みつけた。


「俺は負けてなんか……」


 ギリっと歯をかみしめたグリミドがこぼした言葉がやけに鮮明に聞こえた。

 確かに模擬戦はグリミドが優勢に進めていたようにわたしにも見えたし、自分よりも小さい子に負けたというのは、プライドが許さないのだろう。単なる負けず嫌いかもしれないけれど。


 気持ちの整理がついていないらしいグリミドにイシュパート先生は視線を向けると「今の模擬戦どう思った?」と尋ねた。

 グリミドは「最後以外は俺が勝ってた」とぶっきらぼうに答えたものの、最後で逆転されたことはちゃんとわかっているらしい。でもたぶん、見る人が見れば終始シエルが優勢に見えたのだろう。イシュパート先生はシエルの勝利に驚いていないようだったし。


「なるほどね。それじゃあ、君はどう思う?」


 グリミドの返答に軽くうなずくだけで答えたイシュパート先生が、今度はシエルに問いかける。シエルは少し考える素振りを見せたかと思うと、「最後の声はいらなかったと思います」と答える。それに対してイシュパート先生はおかしそうに笑う。


「でもハンターとして声を出すことは悪いことじゃない。むしろ重要なことでもある。それがどうしてかはわかるかい?」


『パーティで戦うときの連携関係でいいのかしら?』

『良いと思いますよ?』


 わたしたちはあまりパーティを組んでこなかったし、組んだとしても一緒に戦うというよりも高ランクハンターとして面倒を見ているばかりで、わたしたちを含めた本格的な連携というのはやったことがない。

 シエルとわたしで連携をしていると言われると常にしているようなものだけれど、声を出すもなにもわたしはずっと歌い続けているから、連携ができるように声掛けなんてことは出来ない。


 とはいえ、シエルが言った以外にも考えられることはある。しかしながら素人考えなので、シエルには伝えないでおく。考えてみたら、ここは学園なのでわたしの不確かな考えを教える必要もない。

 わたしが教えるよりも、より正確なことを教えてくれるだろう。


「パーティで連携をとるときなどで重要ですね」

「確かにそうだね。特に後ろから攻撃する魔術師や弓術士は声をかけないと、仲間に攻撃を当ててしまうかもしれない。ほかにも前衛が声を出して注意を引きつけることで、後衛が余裕を持って魔術の準備ができるし、気合いを入れるという意味でも確かに有効かもしれない。

 対魔物じゃなくても、集団戦であれば活用できることもあるだろうね」


 イシュパート先生はシエルを相手にそこまで言うと、グリミドの方を向いた。


「これを踏まえた上でどうして負けたのか、次回までに考えてくること」

「わか……りました」


 宿題を出されたグリミドは苦虫を噛み潰したような顔をしてうなずいた。

 すぐに答えると思ったのだけれど、自分で考えるようにさせると言うのはさすがは教育者なのだろう。ただ教えられるよりも記憶に残るだろうし、何より自分で考える力がつくだろうから。

 特にハンターは自由な職業ではあるものの、だからこそ自分で考えて行動しないといけない場面は多くなる。依頼一つ選ぶのだって、自分たちで考えないといけない。ランクで大まかに分けられているとは言っても、採集が得意な人もいれば戦うのが得意な人もいる。


 戦うのが得意な人も戦闘力が高い人もいれば、最低限のダメージで魔物を倒して素材の価値を下げないことが得意な人もいる。自分たちがどう言ったタイプで、今後より上に行くためにはどうしていかないといけないのか。それを考えられないと、上位ハンターになるのは難しい――らしい。何段階もとばして上位ハンターになったので、カロルさんに教えてもらったと言っても、抜けている常識は少なくはないのだ。

 だからこそ、学園にいるのかもしれないけれど。


 グリミドとイシュパート先生の会話が終わってから程なく、授業時間が終了し「今日はここまでにする」と声がかかった。

 それからは、それぞれ着替えてHRの為に各教室に移動する。いまではこのときに同じクラスのパルラと、別クラスだけれど同じパーティのベルティーナと一緒に移動する。学園が始まってから二週目以降だと、ベルティーナは授業後も体力が戻りきっていないためか、ふらふらになっていることが多く、よくパルラがそれを支えている。


 わたしたちが手伝わないのは、パルラが自主的にやってくれているというのもあるけれど、エイルネージュ基準だと軽々とベルティーナを支えられないから。パルラでもどうしようもないときには手伝うつもりではあるけれど、エイルネージュとパルラとでは、上級の物理職であるパルラの方が力が強いので、そのときにエイルネージュが手伝っても大した力にはならないと思う。


 今日もベルティーナの手をしっかりと握ったパルラが、わたしたちの元へとやってきた。


「今日もエイルネージュちゃん凄かったね。思わず見とれちゃったよ。同学年だと一番強いんじゃないかな?」

「遠からず、さっきの……」

『グリミド君です』

「グリミド君にも、そのうち勝てなくなるでしょうから」

「そうなの?」


 シエルの言葉にパルラが首を傾げる。


「そうです。あくまで私は魔術師ですから」

「あ、うん。そうだよね。でも剣を振っているエイルネージュちゃんはとっても格好良いよ?」

「それはありがとうございます」


 シエルが義務的に応えるけれど、パルラは気を悪くした様子はない。そうしたところが、パルラとつき合っていこうと思えるところなのだと思う。

 以前よりも気安くなったところはあるけれど、それでもこちらの事情に踏み込みすぎることはない。どこかの教会関係の少女は見習ってほしい。


 それからパルラとぽつりぽつり話しながら、着替えに戻る。以前は一緒に着替えることはなかったのだけれど、最近は一緒に着替えることも増えた。

 それもこれも連れてきたベルティーナを着替えさせるためだったのだけれど。最初と違いベルティーナもここにくる頃には着替えられる程度には回復しているから、そのときの名残だと言って良い。


 着替えさせられているベルティーナはまるでパルラの妹のようで、ほほえましさがあった。いまではあまり見られないけれど、特別疲れたときとかにはベルティーナのお世話をしているパルラの姿を見ることができる。

 どうやらベルティーナはパルラにとても気を許しているらしく、着替えられるくらいには元気そうに見えても、パルラに着替えの手伝いをしてもらっているときもある。


 そうして着替え終わってから、ベルティーナは売られていく牛のような目をして自分のクラスに戻っていくのだ。

 売られていく牛は見たことはないけれど、何とも悲しそうな顔をして去っていく。彼女には是非とも自分のクラスに友達を作ってほしい。

 それで作れれば、パルラもベルティーナも苦労はしないのだろうけれど。


「エイルネージュちゃん。先生の話の後で話できないかな?」

『どうしようかしら?』

『シエルはどうしたいですか?』

『話くらいはいいんじゃないかしら? いえ、良いかもしれないわね』

『それなら話を聞きましょうか』


 シエルが話を聞かないと言えば、代わりにわたしが聞こうかなと思っていたけれど、シエルが自分で聞くというのであればそうしてもらうことにする。

 シエルもまたパルラたちと打ち解けてきたのかな? と思うとうれしさと同時にもの寂しさも感じてしまうわたしは、いつまで経ってもシエル離れできそうにない。まあ、するつもりもないのだけれど。


「いいですよ。あとで夕飯のついでに学食に行きましょうか」

「うん。ありがとう。でも学園の方なの?」

「人が少なさそうですから」

「確かにそうかも。うん、わかったよ」

『ということで良いかしら?』

『ええ、もちろんです。ですがそれなら、ミアにも連絡しておきましょうか』

『わかったわ』


 この学園は使用人を連れてこられるため、頼めば寮の自分の部屋に連絡することができる。だからミアに夕食はいらないと連絡をする事ができる。

 お母さんになにも言わないで夕食を食べて帰ると怒られるから。ミアはお母さんではないし、怒らないだろうけど、迷惑をかける必要はない。

 シエルはミアに連絡して、教室に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
64ve58j7jw8oahxwcj9n63d9g2f8_mhi_b4_2s_1


― 新着の感想 ―
[一言] 首を長くして待ってました♪(*'▽'*)ノ
[良い点] 明けましておめでとうございます。 [一言] 無いとは思うけど寝ぼけてミアにお母さんとか言っちゃうと面白いことになりそう。
[良い点] 作者さん、明けましておめでとうございます! 更新はお疲れ様です! シエルさんの剣術は手加減しながらも予想より巧い!とってもカッコ良いだと思います〜 美少女達と仲良しも癒しですw 今年も引き…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ