186.スミアリアと入学生と南の南
「考えてみると学園であまり他国の人を見ないような気がするのですが、ミアはどうしてか知っていますか?」
今日は約束していたとおり、ミアとハンターの活動をしている。人目に付かないところまで行って、シエルとミアが薬草集めをしているのを眺めるだけなのだけれど。
そんな中でふと気になったことがあったので、シエルに入れ替わってもらってミアに尋ねた。本当はシエル経由で尋ねても良かったのだけれど、たぶんシエルはこの質問の意図がわからないと言うか、興味すらないだろうから、その後の話の展開を考えてもわたしが表に出ることにした。
話しかけられたミアは一度手を止めて、わたしに向き直ってから「そうですね」とつぶやく。
「お嬢様は世界の情勢をどれほどご存じですか?」
「ほとんど知らないですね。中央に行くまでは気にする余裕はありませんでしたし、中央についてからは意識することもありませんでしたから。エストークが人以外を認めていないというのは知っていますが、どうしてそうなったのかもよくわかりません」
「では教会の人種への対応はどうでしょうか?」
「教会はもっと知りませんが、確か職業関連で派閥が出来ているんでしたね」
職業は神が与えたものだから、役立たずの職業=不遇職の人は神から見放されているのだとか、そうじゃないとか。
そこから考えると、人以外の人種に対してもどういう対応をしているのかは予想は出来なくもない。
「だとすれば、職業を持たない人種は差別の対象だったりするのでしょうか?」
「そういう派閥もあるようですが、教会全体としては友好的な隣人といった対応をしていますね。エルフやドワーフでも教会を人と同じように利用することが出来ます」
「そこは認められるんですね」
「……そうですね」
ミアが不承不承でうなずいたのは、歌姫が教会のおよそすべての派閥に認められていないことを知っているからか、わたしがそのことを知っていることに思うことがあるのか。はたまたわたしの気のせいなのか。わたしの内心の疑問に答えることはなく、ミアは言葉を続ける。
「世界情勢の話に戻りますが、エストークは教会の考えと似たような考えを持っています。不遇職へのあたりが強く、他種族に関しては教会と同じように自分たちとは違うとした上で、エストークはその存在をよく思っていません。少なくとも表向きには手を取ろうとする教会と違って、エストークはその姿勢すら見せません。そこが教会とエストークの大きな違いです。
ですから教会の反他種族派が作った国なんて言われることもありますね」
「それでもエストークは教義からはずれているわけではないんですね」
「経典に他種族に対する明確な対応は書いていないとされていますから、そうなりますね。それもあり、他種族を普通に受け入れていて街でも見かけるオスエンテに、エストークからの留学生は少ないです」
「ですがそれだけでゼロと言うことはないですよね?」
確か地方レベルになると、そこまで他種族への差別は大きくなかったようだし、技術を得るためにも目をつぶって入学してくる人もいると思う。
その予想は間違いではなかったらしく、ミアは素直にうなずいた。
「確かにゼロというのは珍しいです。お嬢様の学年だけではなく、すべての学年に一人もいないのは、異例の事態ですね」
ということは、ここ数年何かがあったと見るべきだろうか? エストークとオスエンテの関係がいっそう悪くなったとか。
思い当たることはあるにはあるけれど、それは一年と少し前だったと思うので一つ上の学年はまだしも、二つ上の学年にまで影響を及ぼしてはいないのではないだろうか?
そう思っていたけれど、ミアは予想に反して一年と少し前のことについて言及をする。
「きっかけは王都へのスタンピードです。ですがそれについてはお嬢様の方が詳しいかもしれませんね」
「それはそうかもしれませんが……全学年に関わるものでしょうか?」
「国の存続に関わるような事態ですから、在学生も一度帰国しているのでしょう」
「そういうものなんですね?」
「そういうものです」
言われてみればそうかもしれないけれど、そのあたりの帰属意識を失って久しいので理解できても実感できない。
でも考えてみれば留学生は貴族がほとんどだろうし、前世の人たちよりも故郷に対する責任が重いのかもしれない。何かあれば第一に駆けつけないといけないくらいには。小さなことでも復興の手助けになるならやるだろうし、無視して帰らなければ民から批判が来る可能性もある。もしかすれば、貴族間で弱みを握り握られする事態にも発展とかするのかもしれない。
「それからユスルークですが、こちらもこちらでここ数年……いえ、十数年は騒がしいので、あまり留学させることはないようです」
「南ですか。さらにその南に帝国があるんでしたよね」
「はい。その帝国との諍いが騒がしい原因ですね」
「そのあたりもよくわからないのですが、どうしてそんなことになっているのでしょうか?」
ユスルークなんて名前も忘れていたけれど、一応エストーク、オスエンテ、ユスルークで三大国。これに帝国を加えて四大国と言っていたはず。尋ねてみるとミアはするするとそのあたりの事情を話してくれる。
「元々はエストーク、オスエンテ、ユスルークで大陸の三大国と呼ばれていました。その中でユスルークは特に王の力が強く、民への負担が他の国に比べると大きいとされています。それを憂いたユスルークのディグラトリア辺境伯が反意を抱き、周辺諸侯を取り込むと帝国を名乗るようになりました」
「それに対して他国の反応はどうなんですか?」
「基本は静観ですね。ディグラトリア伯は国との境ではなく、ユスルークの南にある強力な魔物がいるとされる魔境との境を任されていて他国とは接していないどころか、ユスルークの奥にあります。
そういった立地の関係もあり、ユスルークから頼まれなければ他国は手が出せなかったのでしょう。簡単に鎮圧できると思っていたユスルークの思惑とは異なり、二分するほどに力を得た帝国は、ユスルーク以外の国と争う気はないと明言し、より他国からの干渉を遠ざけることに成功しました」
つまりは愚王を打ち倒して、ユスルークに安寧を求めているのが帝国ということか。何となく帝国と聞くと大陸統一とか目指していそうなイメージだったけれど、どちらかというと解放軍とか、クーデターとかそういった方向らしい。その帝国の言葉だけを聞けば、ではあるけれど。
「その言い分を簡単に認めてしまって良いんですか?」
「簡単に認めた訳ではなさそうですね。ディグラトリア辺境伯領――現在だと帝国全体は、日々魔境の魔物と戦いとても強力だと言われています。各国に使者を送ったときにも、かなりの強者を送ってきたようで戦いになれば被害が甚大になりそうだと静観を決めたのだとか。
噂程度ですが、S級ハンタークラスの使者が送られてきたとも言われていますね」
「それは大変ですね」
「S級になるとそれだけで抑止力になりますからね」
『ムニェーチカが来たとなれば、気持ちは分かるわね。戦いたくないもの』
『ムニェーチカ先輩は一人で軍隊とか作れそうな気がしますしね。それと同格となると、勝てたとしても被害が大きすぎて喜べなさそうです』
ミアが言っているように抑止力になるほどだろうから。曰くわたしも一人で国を落とせるらしいので、そんなのが使者として来られたら要求を飲まざるを得ないだろう。もしくはそんな強力な戦力を使者として、送ってきた時点で宣戦布告と取るかもしれない。
宣戦布告と取られた場合、国の中心部でS級に暴れられる可能性もあるわけで結局受けるしかない。そうならないためには国に入れないこと。なぜそんな街を壊せるかもしれない、いわば兵器のような人を使者だからと入れてしまったのか。
それについては、思い当たる節があるから無理だったのだろうなと各国に同情できる。
『帝国のS級の使者ってムニェーチカ先輩が言っていた人なんでしょうね』
『ドラゴンを倒したって人かしら?』
『たぶんそうです』
つまり情報が無かった。だからこそ簡単に受け入れてしまったのだろう。複数の国に使者をと考えるなら、S級は単独ではなくて複数。ドラゴンを倒したというのは一パーティなのだろう。というか、普通複数人で倒すか。
ソロでドラゴン退治なんてわたしでもやらない。シエルがいるからこそやろうという気になるのだ。
「それだけの戦力がありながら、十数年目的が達成できないのはどうしてなんでしょう?」
「魔境の魔物の対処もしていますから、割ける戦力が限られていると見られていますね。そしてディグラトリアを倒してしまうと、魔境の魔物の相手をしないといけなくなります。放置すればエストークの再来もあり得ますし、エストークよりも酷い状況になるかもしれませんので、ユスルークやほかの国から見ても動きにくそうです」
エストークの魔物氾濫があったからこそ、よりディグラトリアの重要性も増してしまったと。どんな人がいるかはわからないけれど、S級が複数いれば大規模魔物氾濫も何とかなるだろう。相性で言えばわたしたちだけでもどうにかできなくはない。大部分をこちらに向けさせることが出来れば、後はシエルならどうにか出来る。
でも魔境と言うからには、Sランクの魔物もいるのだろうか? だとしたら、犠牲ゼロはちょっと厳しいかもしれない。
ともかく現状は均衡しているけれど、ちょっとしたきっかけで事態が動く可能性があるのが南らしい。このままずっと膠着状態ならいいのに――というのは楽観的過ぎるので、できるだけ近寄らないようにしたいものだ。南の海を見に行けるのは、いつのことになるのやら。
「そういうわけで、オスエンテを除いた三大国からの留学は情勢的に難しくなっています。ですが、西の小国群からはそれなりに留学生が来ていますよ」
「そうなんですか?」
「そこまで重要ではないので、教えていなかったんですね。有名どころだとエルフ国やドワーフ国でしょうか」
「エルフは居ますね」
「彼ら長命種は毎年子供が産まれているわけでもないようですから、学生がいるだけでも珍しいですね。なににしても、小国群の貴族だと大貴族でも四大国の下級貴族くらいの権力になりますから」
だから気にしなくて良いと。なんとも世知辛い。でもそれが世界というものなのだろう。
「何となくわかりました。ありがとう、ミア。ところで薬草は見つかりました?」
お礼を言って、言葉を続けるとミアは困ったような表情を見せる。どうやら会話をしている間に探していなかったらしい。それが普通かもしれないけれど、ミアの訓練としては話しながらでも薬草探しが出来るようになって欲しいとは思う。
それからシエルと入れ替わって、依頼を続けた。





