185.帰還と少女と教会
創造神様のところから戻ってきたとき、シエルはまだ神殿で用意された椅子に座っていた。それ自体は何の問題もないというか、日付は変わっていないけれど結構長い間よくここで待っていてくれたなと思う。
でも神殿やそれに類するところから出てしまうと、わたしが戻ってこられない可能性もあったのか。だとしたらシエルには悪いことをしてしまった。暇な時間を過ごさせてしまっただろう……とそう思っていたのだけれど。すぐに思い出したのはこちらに戻る直前に創造神様が言っていたこと。
「やはりアーシャロース様は素晴らしいと思いますよね!」
「……そうですね」
どこかで見たような女の子がシエルに話しかけている。ほかのシスターと似ているようで、どこか高級そうな服を着ている、シエルと同年代っぽい子。身長は同級生の中だと小さめ――シエルよりは大きい――、明るい茶色の髪で山吹色の瞳。いかにも明るい性格の女の子という印象を受ける。
シエルとのテンションの差が顕著で、女の子が楽しそうに話すのに対して、シエルはうっとうしそうな表情を隠していない。これでシエルに話しかけ続けるって、ある意味とてもすごいのではないだろうか?
『ただいま戻りました』
『お帰りなさい』
シエルはそういってふふふとわたしにだけ笑う。もしも神殿でなければ――この女の子がいなければ可愛らしい表情を見せてくれたのではないかと――笑顔で迎えてくれたのではないかと思うと口惜しい。それはそれとして、なぜ笑ったのかがわからないので尋ねてみることにする。女の子は話すことに夢中になっていて、気が付いていないようだし。
『何かおかしなことありました?』
『こうやってエインを迎えることって今までなかったんだもの。だからちょっと嬉しくなったのよ』
『言われてみると、そうかもしれません』
一緒に家に帰ってわたしが「おかえり」とか「ただいま」ということはあるし、シエルもまたしかりなのだけれど、こうやって離れたところから戻ってくるというシチュエーションは今までそうそうなかった。似たような状況だと過去に二回だろうか? こんな風に穏やかな気持ちで言い合うことはできなかったので、今回が初体験になる。
『ところでどんな状況か聞いてもいいですか? 見た感じで予想ができなくもないのですが――』
『特に難しい話ではないのだけれど、急に話しかけてきて、適当に相槌を打っているだけなのよ。だから話の内容はあまり覚えていないわ。確か私が一人でずっとこうやっているから、話をしに来たって感じだったかしら』
結構な時間、シエルは座っていただろうし、それだけ座っていれば信心深いと思われるか、神殿に何か感じ入ることができたかで、興味があるだろうとは思われるに違いない。
彼女個人で動いているのか、誰かに言われて近づいてきたのかはわからないけれど、頼まれてもいないのにこんなに話されても困ってしまう。今後神殿に来るのをためらってしまいそうだ。
『この子が誰なのかは聞きましたか?』
『同じクラスのシレイトって言っていたわね。ジウエルドの周りにいた一人みたいよ』
『確かにそんな人いましたね』
ジウエルドとはあまり関わらないようにしていたから印象は薄いけれど、確かにいたような気がする。
シエルがそれに気が付いたのは、わたしたちがいつだか薬草採取の誘いを断ったことを彼女が話したかららしい。ジウエルドから聞いたと言っていたから、彼の周りにいる一人というのはまず間違いないだろう。
教会所属の彼女的には助け合い精神を大切にしたいらしく、袖にしたわたしたちにいい印象を持っていなかったのだとか。それなのに神殿に来ているというのが意外だったというか、不思議だったので声をかけてきたらしい。
その後、シエルが適当に受け流してるので、彼女の中での私たちの評価がどうなっているのかは謎。現状を見ると、あまり悪くは思っていないらしい。信心深さがあるようなので、教義を伝え、わたしたちをいいこにしたいのかもしれない。彼女がジウエルドの周りにいるのは、そういったところで息があったとか、彼に高潔さを見出したとか、そんなところだろう。
『今日はわたしの日のようですから、入れ替わってもらっていいですか?』
『……わかったわ』
ちょっと不服そうなのは、この良くない状況で入れ替わるのを良しとしなかったからだろう。そうでなければ嬉々として替わってくれるだろうし。
わたしたちが入れ替わっても、シレイトはしゃべり続けているが、構わず話を遮ることにした。
「先ほどから気になっていたのですが、シレイトさんは普通のシスターとは違うのですか?」
「? ああ、はい! あたしは聖女候補です」
「聖女ってあとからなれるものなのですか? わたしの記憶が正しければ職業の一つだったように思うのですが……」
「なれればいいなと思ってますけど、ここで言う聖女は役職としての聖女です」
こちらの世界のシステムの職業ではなく、どういう仕事についているかというところの職業になるのか。もしくは称号とか、彼女が言った通り役職なのだろう。別にこの世界、職業剣士が農家やってもいいし。
「職業としての聖女になるには、たくさんの人を助け、導かなければならないと言われています。でもそうやって聖女になった人はとても少ないです。むしろ最初から職業が聖女として授けられる人のほうが多いみたいです」
後天的な職業の変化。この聖女の方法が正しいかは置いておいて、ないとは言えないのか。王族に生まれたら職業が「王族」で固定されるように、職業には例外が存在する。ということは、後天的な変化というのもあってもおかしくはないのかもしれない。
でも基本的に職業の判別は10歳での一回しかできないから、確認のしようがない。仮に変化があるとして魔力が一気に上がるようなそんな体験でもしない限り、難しいのだろう。
「ではシレイトさんは人々のために頑張っているんですね」
「えへへ……少し照れ臭いけどそうなんです。でも、それは聖女になるためだけじゃなくて……だからエイルネージュさんにも――」
「シレイトさんが手助けするのは、どのような人でもなんですか?」
話が面倒くさそうというか、わたしたちにも人助けをさせようという話になりそうだったので話を変える。
シレイトは面食らったように目を丸めたけれど、何かに気が付いたような顔をして話始める。
「あたしは不遇職の方も含め多くの人に平等にあるべきだと考えてます」
「違う人もいるんですね」
「……えっと、はい。そういった派閥もあります」
シレイトが周りを確認してから声を小さくして答えた。派閥問題もあってあまり大きな声では言えないのだろう。
それならばついでにその辺について詳しく聞いてみることにしよう。周りに人がいないことをシレイト自身も確認して答えてくれたのだろうし。実際はこちらをうかがっている人がいるのだけれど、防音はしている。
「不遇職を認めない派閥が教会にはあるんですか?」
「……そうです。職業は人がより良く生きていけるように神々が与えてくださったもの。魔物を倒すこともできず、人の生活を助けるわけでもない不要な職業を与えられた人は、神に見放された人だって言うんです」
こんなに話していいのだろうかと思わなくないけれど、意外と有名なことなのかもしれない。わたしが知らないだけで。
そういった教会の動きが不遇職が悪く言われている一因なのかもしれない。とりあえず話を聞くのはここ辺りで十分だろう。あまり話を続けて、親しくなったと思われるのも具合が良くないし。
「お話ありがとうございました。そろそろ時間ですのでわたしは帰ります」
「それなら――」
「お仕事頑張ってくださいね。それでは」
学園生である以上寮暮らしだろうし、一緒にと言われそうだったのでくぎを刺しておく。
それをどう受け取ったのかはわからないけれど、言いかけな何かを続けることはなく、代わりに「助け合いのこと――」と声をかけてきた。たぶんシエルが曖昧に返した――だろう――から、言質を取りたいのだろう。まあ取らせないけど。
「考えておきます」
鋭くそう返して、神殿を後にする。寮への帰り道、シエルに『考えるのかしら?』と尋ねられた。『嘘はつかないほうがいいでしょう』と答える。パルラやべルティーナと距離が近くなってきたこの頃、改めてどこまで関わってくるのかを考えるいい機会かもしれない。
◇
「そのようなことが……ワタクシも一緒に行けばよかったです」
「今日はエインセルとして活動する予定でしたから、仕方がないです」
「それはわかっていますが……」
ミアにお世話をされながら今日あったことを振り返る。
ミアとの会話はシエルがしていたのだけれど、最近はほかの人とも話しているので、わたしも話すことにしている。その辺はどちらかに偏らないように適当に変えている。基本はより長く表に出ていた方って感じだろうか?
「エインセルとして行動しているときにミアと一緒にいると、勘づく人も出てくるかもしれませんから」
「それも重々承知しています。ですが――」
はっきりと表には出さないけれど、学園が始まってからミアと一緒にいる時間が短くなっていたので不満に思っているところがあるのかもしれない。
日中は暇だろうし、話を聞いた感じあまりハンターとしての活動もしていないらしい。べつにやっていていいのでは? と思うけれど、ミア一人で依頼をこなすというのはまだ難しいのかもしれない。一つのことに集中すると周りが見えなくなるところがあるし、考えてみれば普通はソロでは活動しない。
『シエル明日のことなんですが』
『明日も休みよね?』
『休みですね。ですから明日はミアを連れてハンターとしての活動をしませんか? 今日は結局王都の外には出られませんでしたし』
『ええ、それもいいかもしれないわね』
「というわけで、明日は一緒にハンターの活動をしましょうか」
「良いのですか?」
「今日は結局できませんでしたから。ミアと行動する以上エインセルで行くわけにはいきませんが、A級の依頼を眺めるくらいはできるでしょう。シエルの活動に付き合いなさい」
「かしこまりました」
否定させないように命令という形にしたけれど、まあ、慣れない。そういうのはシエルの方が得意だから変わればよかったかもしれない。さて、ハンターとして行動する――しかも人と会う可能性が高い低級ハンターとして行動する以上、寮に帰ってくる直前の内容は少し考えておきたい。
シエルとわたしだとどうしても判断が偏ってしまうというか、常識とずれているはずなので、まだ一般的な感覚を持っているミアも交えて話してみるのがいいかもしれない。
「ミアは困っている人がいたら、どうすべきだと思いますか?」
「神殿でのことですね? 状況次第ではないですか?」
「それはそうですね」
困っている人を見かけたら全員助けるなんてことはやっていられないし、わたしとしてはできるだけ係わりたくはない。感謝もお礼もいらないから、できるだけ穏便に生きていたい。
「お嬢様方――エインセル様が危惧しているのは、手助けをすることで面倒なことになることですよね?」
「基本的にはそうですね。魔物に襲われている馬車を助けたら、奴隷として売られそうになったこともありますから」
「その犯人をとても許せそうにありませんが……それでしたら、バレないように手助けできる時に、してもいいかなと思ったら助けたらいいのではないでしょうか?」
「思っていた以上に緩いですね」
「助けられるからと全てを助けていてはキリがありませんから。しいて言うなら、命に関わるものは手助けしたほうが良いかもしれません。あまり見捨てていると、周りから白い目で見られますから」
そう言われてしまうと、そんな感じでいいかなという気持ちにもなってくる。人の世界に混ざって生きていく以上、ある程度歩み寄りは必要だろうし。
『こちらの負担にならない程度、もしくは負担になっても手伝っていいかなと思う相手ならば――って感じでしょうか?』
『それもいいかもしれないけれど、私たちが何かしなければ、あとは気にしなくていいのではないかしら? それとも人助けはしなくてはならないものなの?』
『あー……確かにそうですね。この国の法律の中で生活をしてれば、文句を言われる筋合いはないですし、人助けは義務ではないですね。あとはその時その時ですか』
『その時になったら、一緒にどうするのかを考えたらいいわ! ええ、そうしましょう!』
なんでシエルのテンションが高くなったのか、というのは置いておいて、人助けは義務ではないのは確かだ。助けた人から良い印象は持たれるだろうけれど、そうしなくてはならないということはない。
だからわたしたちは助けたい人を助けて、そうでない人は放置する。そういうことで良いのだろう。パルラたちが死にそうであれば助けるだろうし、受けた依頼が難しくて困っているとかであればたぶん助けない。ミアにも聞いてもらって、それで構わないのではと言われたのでこれについてはこれでいいことにした。
いろいろと落ち着くまで、いつ更新できるかわからない感じが続くかもしれません。
あと今話はなんだかしっくりこないところがあるので、後々変更になる可能性があります。