184.世界と神と神罰
「仮にこの世界に何かあったら、様々な世界に瘴気が溢れるということですか?」
「一時的にそうなるね。いわゆる魔王よりも凶悪なのが生まれたり、天変地異が訪れたり。すぐに代わりの世界を作れるから神的にはちょっと面倒だなで済むけれど、君の感覚で数百年は人にとって危険な日々になるだろうね」
「前世だと地震が頻発したり、台風が増えたりとかでしょうか?」
「もしかしたら魔物が生まれる可能性もあるけど、大体はそんな感じ。だから世界によっては人が絶滅するかもしれないね。そうなったとしても、その世界の人の努力不足で終わりだけど」
なんとも創造神様らしいと言うか、世界のための神様なんだなと思える話だ。前にもいっていた気がするけれど、創造神様は人のための神ではない。どうやらアーシャロース他、地上でも名前を聞く神は人のため――というか神話的な神様っぽい。
わたしとしては創造神様的スタンスの方がそれらしいと感じるけれど、それは個々人の自由として、今は禁忌の話。ここまでの話でも、なにが禁忌に当たるのかある程度予想はつくけれど、確定させるためには人の立ち位置が重要になる。
「さて、この世界の話だけれど、元々は人が生まれる予定はなかったんだよ」
「魔物だけでこの世界の目的は達成できそうですもんね」
「そこはちゃんと計算して作ったからね。それこそ最初期のこの世界には、フィイも精霊もいない魔物だけの世界だったよ。それが変わったのは、この世界に人がやってきたから」
「最初の人は異世界からやってきたってことですか?」
「神が管轄していないところから、逃げてきたらしいね。この世界は基本的に放置しているつもりだったから、気がつくのが遅れてね。気がついたときには、この世界の生活に慣れ始めていたんだよ」
人が来たのは創造神様でも想定外。というか、創造神様の認識外。創造神様が作った世界からの来訪者なら、すぐにわかったのだろう。この時点で創造神様のように世界を作っている神が少なくとももう一柱はいることがわかったけれど、それは良いか。今のこの世界には関係ない。
「排除しなかったんですか?」
「最初はそれも考えたんだけど、神が気がついたときには今の魔道具の原型みたいなものまで作っていたから、ルールを決めて定住することを許したんだよ。そのルールを破ることが禁忌だね」
そうなるだろう。そして魔道具が特殊な立ち位置であることもわかった。魔石を使って動く魔道具はある意味で浄化作用を促進させるもので、その魔石を手に入れるために人が魔物を倒すのもまた同様。人の役目は浄化作用をより強いものにすることだけれど、創造神様的には居なければいないでも問題はないってくらいの立ち位置なのだと思う。
「人――と共にその他の動物――が住む予定ではなかった世界を作り替えるために送り込んだのが精霊で、人が増えたことで減った魔物の生息域の確保に加えて、強力な魔物が人の生活圏で生まれにくくするために作ったのが巣窟。巣窟を管理する役目を担っているのがフィイヤナミアで、今はその下にキートゥルィと君たちが名付けた存在がいるよね」
創造神様の言葉に頷いて答える。強い魔物を隔離したのは、生かすことにした人が簡単に絶滅するのは忍びないと慈悲を見せたのか、それともほかの神から頼まれたのか。後者であればその神にはよくやったと言いたい……というのはさすがに不敬だろうか?
「神的な立ち位置だと君の方が上かな。君には神という後ろ盾があると言っても良いから、ほかの神は下手に手を出せないよ」
「そんな感じなんですね。創造神様はどれくらいなんですか?」
「神の本体は最上位のグループ。この神は上級神程度の神格はあるね」
「そうなんですね。それならわたしはどうなるのでしょうか?」
「最終的にはこのわたしよりも少し下くらいになるんじゃないかな? そうなるころにはこの世界がどうなっているかはわからないけど」
「気の長い話ですね」
「そういう存在だからね。さて話を戻そうか」
創造神様の言葉にうなずいて返す。いつかは気にしたほうがいいかもしれないけれど、今日明日どころか、人の人生分の時間がたったとしてもどうにかなっているとは思えないから、強いて今聞いておく理由もないし。
「一言に禁忌と言っても誰が定めたのかってところがあるわけだけれど、神が定めたものは、人が魔石に依存した生活を送り続ける――それに大きく反することだね」
「魔石が不要な魔道具の開発、魔石に代わるエネルギーの発明、何らかの方法で魔物の発生を阻害する――といったところでしょうか?」
「だいたいそんな感じかな。大規模じゃない限りはそうでもないけど、そういった方向で世界を大きく変えるものはルール違反になるよ」
「魔道具で使用するエネルギーの効率化はどうなんですか?」
これが駄目なら、わたしのやったことがアウトになるので、ある程度は大丈夫だと思うのだけれど。特別に見逃された可能性もあるかもしれない。
「とりあえず魔石を使っていたらセーフ。どれだけ効率化しても……というか、効率化すればするほどより多くの人の手に届いて、使用総量は増えていくからね。魔石に代わるエネルギーについては、ある程度は認めているよ。そうしないと木を燃やして料理をするとかも出来なくなるからね。
でも例えば火力発電とか、水力発電とか、そういったものはルール違反になる。基準としては、今後魔石にとって代わられるようなものは大丈夫で、魔石に取って代わるものは駄目」
つまり電気自体が駄目なのではなくて、魔石を使った発電であれば許容範囲。むしろ大量に魔石を使うようになるから、創造神様的にはうれしいのかもしれない。創造神様の方を見て確認してみると、にっこり笑っている。
仮に電気が作れたとしてわたしにはどう扱っていいのかもわからないので、自然と見つけられ普及していってほしい。
「それから別の禁忌と呼ばれているものだけれど、それはこの世界で生まれた神――初めてこの地に降り立った人たちが決めたことで、神とは関係のない話だよ」
「ちょっと待ってください」
突然のカミングアウトに待ったをかける。可能性としては考えていたし、前世を思うと人が神になったという神話もあったから突拍子もないというほどでもないけれど、それでもいきなり聞かされると頭が追いつかない。
とりあえず、その元人だという神というのは――。
「この世界で神として認識されている子たちであってるよ」
「……道理で神託を下さない神々も名前を知られているわけですね」
「もしかしたら、記録とか残っているかもしれないしね。彼らは人に信仰されたうえで、いろいろと条件が揃ったから神になれたんだよ。君とは少し成り立ちが違う、ある種自然発生した存在だね」
「彼らはより人に近しい神なんですね」
「彼らにしてみれば、この世界の人類は子供みたいなものだろうから」
少なくとも子孫と言うことには違いないし、出来れば助けたいと考えるのは理解できる。今はともかく、昔は積極的に助けていたこともあるだろう。
それは創造神様のスタンスとは大きく違っていて、でも創造神様が許す程度には相反するわけでもないと。
「創造神様の決めた禁忌と、彼らの禁忌の違いは何なんですか?」
「君たち――人の目線だと、罰が下るのは神が決めたものだけ、ってことで良いんじゃないかな」
「アーシャロース様たちが言った場合の禁忌は、禁忌というかお願いだったわけですか」
「破っても特にペナルティはないしね。神に――より高次の存在に良い顔されないというのは、一種のペナルティだろうけど、それを気にしなければ問題ない」
いくら禁忌に抵触しようと、それが創造神様が定めたものでなければ、死ぬことはなさそうだ。もとより積極的に禁忌に触れようとは思っていないし、そもそもアーシャロースたちが決めた禁忌とやらはよく知らない。
「まあ、形骸化しているからね。気になるなら本人に聞いてみたらいいと思うけど……でも、いじけているから話を聞いてくれるかわからないね」
「ああ、やっぱり……いじけている神ってアーシャロース様なんですね」
神託を下すのはアーシャロースだけらしいから、禁忌を伝えたというのもアーシャロースなのだろう。で、おそらく人が禁忌を犯しすぎるから、いじけてしまったんじゃないかと思う。
「それなんだけど、別に神託を下しているのは彼女だけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「その回数が彼女に比べるとほかの子は格段に少ないのもあって、教会が把握していないからそういう風に伝わっているんだろうね」
聞いたとしてもあえて広めていないというのもありそうだけれど。それはそれ、これはこれ。教会――いわばアーシャロース教とかだろうか――は、他の神の信仰を否定はしてないけれど、アーシャロースを特別視するようには動くだろうし。
「彼らが神罰を下すことって出来ないんですか?」
「彼らが地上に対してできることっていうのは、神託を下すか、ちょっとした加護を与えるか……もしくは町を壊滅させるような大規模な破壊をするかってところかな。最後のは神が認めていないから、しないだろうけど」
「ほとんど手出しはできないんですね」
「なんだかんだ言っても、神の力って強いからね。しかも大雑把。この世界は手違いで壊れると影響が大きいから特に手を出さないように言いつけているよ。その代わりに職業システムを与えたようなものだしね」
手を出せない代わりに職業システムを渡したということは――もしかして、神側である程度与える職業を決められるのだろうか? 職業関連は神の力につながっているのは、リスペルギアが証明しているのだから、逆もまたしかりか。
「気に入った子に聖女とか神使とか与えてるくらいはしていたかな。でも気に入らない子に適当な職業を付けるのは禁止しているよ」
「それができると人全体を操れそうですからね。自分を信仰していないと碌な職業にならないぞ、と脅しに使えそうです」
「そもそも頻繁に職業を変えることができるわけでもないけどね。特にテュルノルス辺りはもしもの時のために、私的な職業決定をしないようにしているから」
「英雄とかそういった類の職業ですね」
「そういうこと。国が壊滅するような規模の危険が訪れるとき、それを解決するために一人選ぶんだそうだよ」
「創造神様はノータッチなんですね」
「興味ないからね。ラインを超えるまでは放置だよ」
仮にどこかの大国が世界征服をもくろんで大戦争が始まろうと、創造神様には関係ないのだろう。それよりも魔物は危ないものだからと、魔物が現れないようにと神に祈る聖職者のほうが厄介な存在に違いない。
動物とは違い魔物は荒廃した大地でも発生するだろうし、地上が焼け野原になってもこの世界は役割を果たし続けることができる。
「禁忌についてはわかりました。ところで学園にいるという禁忌を犯そうとしている人について、何かわかりませんか?」
「君が通っているという学園にいることしかわからないね」
「学園にはいるんですね?」
「少なくとも、君が学園にいるときに近くにいたのは確かだよ。それ以上はわからないし、仮に禁忌を犯したとしても自動で排除されるから、放っておいても構いはしないんだよ」
「創造神様の立場ならそうなんでしょうね」
フィイ母様がわたしたちを送り出す理由として話していたことだけれど、本当にどうにかしてほしいとかは思っていなさそうだったし。わたしたちを学園に送り込むためにちょうどいいから話したのだろう。そうでもしないと、わざわざ学園に行くなんてことしなかっただろうから。
このことに関しては、暇つぶし的にその人物を探し出して話を聞けばいい、くらいの立ち位置なのかもしれない。
「でもそうだね。一応世界の危機の小さな小さな芽だけれど、神罰を起こさないようにことを治めたら、何か一つだけ願いをかなえてあげよう。前回と同じく神ができる範囲のことだけだけどね」
「良いんですか?」
「これでも様々な人を見続けてきた神だからね」
目標を奪われてモチベーションが下がる人を見てきたと。確かに当初の目的だったものが、単なる暇つぶし的なものだったと思うと思うところはあるけれど、こうも肩入れしてくれるのは意外だ。何か裏が――と思うけれど、創造神様がわたしに対して何か企むことはないんじゃないかなとも思う。
「そうだ。仮に神罰が落ちたとき、どうにかして君が守ろうとしても無理だから、それだけは覚えておいてね。下手すると君が死んでしまうかもしれないから」
「――わかりました」
わたしの力でも神罰――創造神様の力には及ばない。それくらいの力の隔たりがあることはわかっている。でもわざわざこういったということは、わたしがその人物を守る可能性を考えているということなのだろう。
とはいえシエルを除いた候補者の中でわたしが守ろうと思うのは、パルラとべルティーナ、あとは姫様くらいだろうか。そして誰であっても、身を挺してまで守ることはないと思う。それを言い出したら、シエル以外誰でもそうだけど。
「さて、そろそろ戻った方がいいんじゃないかな?」
「そうですね。あまりシエルの傍を離れたくないですから」
「君がこちらに来てから一時間もたっていないけれど、ちょっと面白いことになっているから、楽しみに見させてもらうよ」
とりあえず今聞きたいことは聞いたから、言われるままに戻ることにしたのだけれど、最後に創造神様に不穏なことを言われてしまった。一体何が――と思いつつも、シエルの元に戻った。