183.神殿と世界
「神託は誰でもうけることができるのでしょうか?」
「聖女など一部の職業の人だけになります」
「やはりそうなのですね。わたしも神殿に行けばと思ったのですが、教会の中でも限られた人でないと無理なのですね」
「こればかりはアーシャロース様のなさることですから」
歌姫のわたしでも神託を受けたけれど……と言うのはいいとして、なんだか嫌な予感がする。
「この国には聖女様はいらっしゃるのですか?」
「いません。現在神託を受けることができる方は、聖エクリコビィ国の本部にいる一人だけだと言われています」
「本部は中央ではないんですか?」
一人だけしかいないというのは思うところはあるけれど、それよりも本部が中央ではないというのは気になる。わたしの記憶だと中央に本部があったような気がするのだけれど……。わたしの問いにシスターは苦笑しながら答えてくれた。
「そのように勘違いしている人は少なくありませんね。これについては話すのが難しいのですが、本部はエクリコビィで総本山が中央になります。
中央の神殿の方が神界に近いとされているのですが、規模的には本部の方が大きく多くの聖職者がいるらしいです。残念ながら私はオスエンテから出たことがないので、聞いた話になってしまいますね」
「それならエクリコビィに行くのが良いんでしょうか?」
「規模で見るとそうなりますが……どちらでもかまわないかと思います。どちらもとても整備されたところですので」
行くつもりはないのだけれど、勢力的なところを聞きたいなと思って尋ねてみたら、そう返ってきた。
判断は難しいけれど、たぶん中央とエクリコビィとで二分とかされているんだろう。中央派――総本山派と、エクリコビィ派――本部派とで派閥争いとかありそうだ。でも今は教皇と神託を受けられる――らしい人――がいる本部の方が優勢かもしれない。
ひとまず簡単にはわかったので、この話はよしとする。
「そうですか……だとしたら、近くまでいったときにでも行かせてもらいますね。いや、そうです。オスエンテにも神殿はありますよね。一度そちらに行ってみたいのですが……」
「それがよろしいかと思います! 少々お布施をいただくことになるかと思いますが――」
「常識がなくて申し訳ないのですが、神殿の中を見せてもらうには先ほどお渡しした額で足りるのでしょうか?」
「えっと、おひとりでということであれば十分だと思います」
「ありがとうございます」
個人的なイメージとしては、教会に貴族が大金を寄付しているようなものだったのだけれど、この世界だと――同一の組織だとしても――神殿の方に大金を落とすのかもしれない。でもわたしたちが子供だから、そこまで大金がいらないだろうと。
先ほどからわたしが話す度にシエルがくすくすと笑っているような気がするのだけれど、それは気にしないことにする。
「お話ありがとうございました。祈りを捧げてから神殿の方にも行ってみようかと思います」
「はい、ごゆっくり。神のご加護があらんことを」
とりあえず聞けそうなことは聞いたと思うので、シスターを解放する。それから両手を組んで両目を閉じて、祈る真似事をする。わたしが祈るとすれば創造神様に対してだけで、アーシャロースにはとくに思い入れもないから。職業システムがあったからこそ、15歳になるよりも先にエストークを出ることができたと思うと、その点は感謝しておこう。
『そういえば、さっき笑っていましたが何かありました?』
『深い意味はないのよ? ちょっとエインが心にもないことを言い過ぎているから、おかしかったのよ』
『そういわれると、我ながらよく適当なことが言えるなーとは思います』
こういってはなんだけれど、シエルと一緒にいると嘘をつく機会も多いので慣れてしまった。それから例え嘘だとバレて敵対しようとも、害されないと言うだけの自信があるからかもしれない。かつてわたしの結界を突破した存在がいたのは覚えているけれど、わたしもあれから成長したし、巣窟最奥にいるトゥルよりも強い攻撃をしてくる相手がそうそういるとは思えない。
いたとしてもこんなところでその力を見せることはないだろう。
だから肉体的に危険になることはまず起こりえない。そして罵詈雑言が投げつけられそうなときには、音をシャットアウトすればいい。というか、わたしを侮辱でもしない限りは、シエルはなにを言われても気にしないのではないかなと思う。
『でも、慢心はできませんね』
『急にどうしたのかしら?』
『自己研鑽を怠ってはいけないなと改めて認識しただけです』
『そうね。私もエインに負けないように頑張るのよ!』
目を開けて教会を後にする。さて次は神殿に行ってみよう。
◇
神殿は教会から遠くない小高い丘の上にある。王都の中心部からと考えると遠く気軽にいける距離ではないけれど、神殿は人の都合で作れないので仕方がないのかもしれない。ここだと教会と神殿が別れているけれど、場所によっては同じこともあるらしいし、案外柔軟に対応しているのだろう。
そんな郊外にある神殿だけれど、郊外にあるのに、はたまた郊外にあるからこそ存在感のある建物になっている。神聖な白い壁に、大きな鐘。扉は一枚の木で出来ているらしく、馬車すら通れるであろうその入り口の扉を作れる大木はどこから持ってきたのか見当もつかない。
いや、森の奥の方とか行くと結構見たことあるけれど。この世界は魔物の影響もあって、人の手が届いていないところが数多く残されている。
だから前世だとそれだけで観光スポットになりそうな樹齢何百年、何千年という木がずらっと並んだところがある。そういう木があるところに行くには、B級の魔物がうようよいるところを通らないといけないわけだけれど、逆に行えばB級以上の魔物を難なく倒せるような――A級パーティであればたどり着くことが出来る。
持って帰るのがとても大変そうだけれど、わたしたちなら持ち帰ることも不可能ではない。
そんな神殿の中にお金を払って入る。今回は案内がいなくて周りのことを気にする必要はないけれど、人が来ることをあまり想定していないためか椅子がなく、入れたと言っても儀式場の入り口まで。
感動したのでしばらくここにいたいと、立ちっぱなしでいるのは疲れるから椅子を出しても良いかと聞くと、椅子を出してくれた。ちょっとした貴族の家にありそうな高そうな椅子。
ありがたく座らせてもらって、信心深いふりをして祈りを捧げてみる。
『もしも急にわたしの反応がなくなったとしたら……』
『ええ、ずっとここで待ってるわ!』
有無をいわさずシエルが答える。それがなんだかうれしくて、くすぐったい。
でもそんなシエルを待たせるのは本意ではないし、心配をかけるなんてもってのほかなのだ。出来れば創造神様のところに行くよりも前にその辺の詳細が知りたい。
だから教えてください創造神様、と祈っている。そしてその祈りが通じたのかどうか【小一時間】と聞こえてきた。周囲に居る神官たちには聞こえていないらしく、騒がれることもない。
『じゃあ、小一時間待っているわ。でも小一時間ってどれくらいなのかしらね?』
『それほど長くはないと思うのですが……わからないです』
すぐに返事が来た事は嬉しいのだけれど、こんなに簡単でいいのだろうか? いいんだろうな。そもそも創造神様のところに行きたいからと言って、本当に行ける保証はなかったわけで、というか小一時間としか返ってこなかったのだけれど、大丈夫なのだろうか?
とりあえず、お願いしますと祈ってみると、急にわたしの意識が遠くなった。
◇
気が付けばいつか見た庭園。いつか見たガーデンテーブル。そしていつか見た女の人。わたしは既に座っていて、黒髪の女の人は優雅にカップを傾けていた。
「お久しぶりです。創造神様」
「そうでもないよ。でも君たちにしてみれば久しぶりなんだろうね」
「まだ十三歳ですから、お義母様と違って若いんです」
「神よりも年上なんてそうはいないからね。若いもなにもないよ。
それは良いとして、よく来たね」
創造神様はわたしの軽口に対して、特に気にした様子もなく歓迎してくれる。
仕事の邪魔を――とか思わないわけではないけれど、こうやって連れてきてくれたのであれば大丈夫なのだろう。それよりも確認しておかなければならない事がある。
「シエルの結界はどうなっていますか?」
「前と一緒だよ。君が無意識に使い続けている」
「それなら良かったです。それで小一時間ってどれくらいですか?」
「体感時間は変わらないようにしてるよ。こっちで一時間話したら向こうでも一時間経ってる」
「それなら安心です」
「相変わらず、過保護が過ぎるね」
呆れたような声を出す創造神様に笑顔で返す。過保護と言われようと何だろうと、シエルを守るのを止めるつもりはない。シエル離れなんてするつもりはなく、シエルから離れる事は――こういった場合を除いて――あり得ない。
「そう言えば、今回は神託が簡素でしたね」
「フィイのところは電波が一番入りやすいって言ったら分かるかな」
「分かりました」
「さて知っているけれど、用事を聞こうか」
何処まで見ていたのかは知らないけれど、流石に目的はばれているらしい。
それならばあまり気にせずに、色々聞いておこう。あまり教会関係の施設に何度も来たくはないし。
「まずはこの世界における神罰について教えてくれませんか?」
「それを教えるには、この世界の成り立ちを先に教えておいた方が良いね。神と他の神と呼ばれている存在の違いとか」
「教えてくれるんですか?」
「教えて敢えて禁忌に触れようとするのであれば教えないし、君が普通の人であれば教えるつもりはないけれど、君はシエルメールさえ無事なら――この世界がシエルメールを排除しようとしない限り、心動く事はないだろう?」
ニィッと笑う創造神様の瞳は、こちらの心を見透かしているようだけれど、それを否定するつもりはないので「そうですね」と返す。
もしも世界がシエルを異物として排除しにかかってくるのであれば、全力で抵抗するけれど、そうでもない限り、例えこの世界が魔物のためにあると言われても気にしない。周りが魔物だけになって、シエルとわたしだけ放り出されたとしても、そこで生きていくと思う。
まあ、こうやって創造神様がわたしたちを認めてくれている以上、世界がシエルを排除するなんて荒唐無稽なことはないのだろう。
「君も何となく察しているみたいだけど、それは少し違うかな」
「さすがに魔物の為の世界というわけではないんですね」
「魔物はあくまでもシステムだからね」
「瘴気を無害な魔力へと変えるのが魔物の役割でしたよね。少なくともこの世界では」
「うんうん。この世界は魔物の為の世界ではないけれど、この世界において最も重要な
要素は魔物ではあるね。人よりも精霊よりも何よりも、魔物が大切」
「それは何となく察していました」
巣窟に挑戦しているときくらいだっただろうか。そう感じた記憶がある。
人が滅んでも世界は問題なく続いて行くのだろうけど、魔物が生まれなくなると世界は瘴気に満ちていく。
「この世界は、他の世界の瘴気を集めて浄化するために存在しているんだよ」
わたしの考えを読んでか、創造神様がそう告げた。どうやら思っていた以上に、規模が大きな話だったらしい。