21.経緯説明と罰と報酬(後)
「わかりました。カロルさんの処罰については、ハンター組合に任せます。ただし処罰なしというのだけは、やめてください」
「はい。もちろんです」
「それから1つ確認なんですが、結局カロルさんとの模擬戦の結果ってどうなるのでしょう?」
「貴女の勝ちよ」
わたしの問いに、カロルさんがすぐに答える。こういった潔さは好印象なのに、なぜ暴走してしまうのか。いや、たまたまわたし達が、カロルさんの暴走を促してしまうような存在だっただけか。
こういった好印象なところが故に、セリアさんも任せようと思ったのだろうし。ある意味災難だけれど、当事者としてはお互い様、というわけにはいかない。
「だとしたら、B級までの試験の合格は認められるんですよね?」
「少し時間をもらうと思いますが、問題ないでしょう。シエルメールさんには、それだけの実力があることは証明されましたから」
「それなら、可能な限りハンターランクをあげたいです。できるならB級になりたいですし、それでなくても上級のハンターとのトラブルがあった時に、蔑ろにされない程度までは上げてほしいです」
「申し訳ありません。ランクに関しては、こちらでできることにも限りがあります。
ただしこの町にいる限り、実績を作れるように取り計らうことはできます。確約はできませんが、1年間でC級になれるようには対応させていただきます」
「通常はどれくらいかかるものなんですか?」
「一般的にD級になるのに5年、そこから5年だと言われています。実力が高い人でも数年はかかるでしょう。またC級からは上級ハンターとして認められますから、ギルドからの扱いも変わってきます。
ただ、C級以上は上位と呼ばれると同時に、誰でもがんばれば辿り着けるというものではありません」
だとしたら、1年でC級になれるというのは大きいか。
「ではギルドの方でわたしがC級になるまで、取り計らうことを今回の件で要求します。
それに伴って、受付での対応をすべてセリアさんにお願いします。他の人だと話がスムーズに進まないと思いますから」
「わかりました。そのように対応させてもらいます」
「あと今からでも泊まれる宿があれば、教えてください」
「はい、そうですね。もうすぐ日も暮れてしまいますし、ハンター組合が紹介している宿にご案内します。何か希望はありますか?」
場所を教えてもらうだけで良かったのだけれど、案内までしてくれるらしい。
日本ではないわけだし、夜になってから女の子の1人歩きは危ないのだろうか。創作物で言うなら、人攫いに会うってこともある。
怪しい動きをしていれば、すぐにわかるだろうし、まず攫われないと思うけれど。
何より場所だけ聞いても、迷子になるかもしれない。この厚意は受けないわけにはいかないだろう。
「ここからあまり離れていなくて、お風呂があるところが良いです」
「わかりました。では、詳しい話は明日また行うとして、今日は宿にご案内しますね」
「ありがとうございます」
わたしのことを慮ってくれたのか、それともハンター組合としての調整もあるのか、どちらもなのかわからないけれど、宿に連れて行ってくれるというのであれば、着いていく。
その時にセリアさんは、カロルさんに「まだ説教が終わっていないから、ここで留守番しているように」と言い残して取調室もどきから出た。
◇
ハンター組合を出るとすっかり暗くなっていたけれど、周りの建物の窓からは、明かりが漏れている。
炎のように揺らめいているわけではなくて、明るさも蛍光灯ほどではないものの、夜中に本が読める程度には明るいのではないだろうか。
「夜なのに明るいんですね」
「明かりの魔道具を見るのは、初めてですか?」
「はい。宿で使い方がわからなかったらどうしよう、なんて思ってます」
「スイッチを入れるだけですから、難しくないですよ。それで明かりがつかなければ、魔石から魔力が失われているということになりますから、主人に話せば大丈夫です」
思い切って尋ねてみたけれど、どうやら不思議には思われなかったらしい。だとしたら、魔道具は小さな村などでは、普及していないのだろう。
内心安心してほっとしていたところで、セリアさんが「お答えできればでいいのですが」と前置きをして質問してくる。
「なぜ急いでランクを上げたいんですか?」
「この国から逃げたいからです」
「逃げる、ですか?」
「この町を出て行くことに反対ですか?」
少し突っ込んだ質問をして、注意深くセリアさんを見上げる。質問に質問で返したことで、嫌な印象を与えてしまわないだろうかという不安もあったけれど、そういうことはなさそうだ。
セリアさんは左右に首を振ってから、まっすぐにこちらを見て「私は賛成です」と答えた。
「シエルメールさんは、この町で燻っていていい人ではなさそうですから。
そのうえで訊きたいのですが、なぜ国から逃げようとしているのですか?」
「セリアさんは、自分が初めて何か食べたのが、何歳のときか知っていますか?」
「そうですね。覚えてはいませんが、一般的に生後半年ほどで麦粥を食べるのではないでしょうか」
「わたしが初めて何かを口にしたのは、5歳になってからでした」
何気なくを心がけて言った言葉に、セリアさんは何も返せないのか黙ってしまった。
不幸自慢をするわけではないけれど、味方になってくれそうだから、もう少しわたし達について話をしておこう。
「セリアさんは、わたしの髪の毛は見ましたか?」
「……はい。そうですね。隠しているようだったので、あまり見ないようにはしていましたが」
「この髪の毛、最初は金色だったんです。それが白くなったから、こうやって隠していたんですが、別に隠さなくてもよさそうですね」
「白い髪は珍しいですが、全くいないわけではありませんからね。特に一部の魔術師だと、白い髪はそれだけで憧憬されるものですね」
「だとしたら、明日から髪を隠さなくて良さそうですね」
「そうですね。そうしていただけると、こちらとしても助かります。
私がいなかったとしても、話を取り次ぎやすくなりますから」
髪が白い10歳くらいの女の子が来たら……と、同僚に言っておけるということだろう。
目立つというのは、悪いことばかりではないというわけか。
なんとなく雰囲気が軽くなったところで、少し気になっていたことを尋ねることにした。
「ところで、カロルさんとの模擬戦ですが、わたしの勝ちで良いんですか?
話したので知っているとは思いますが、まだ決着はついていなかったと思うんですが」
「確認ですが、シエルメールさんはまだ戦えますよね?」
「氷の槍を1本撃ち込まれるくらいなら大丈夫です」
「カロルにはもうまともに魔術を使う余力はありませんでしたから、続けていたら確実にシエルメールさんが勝っていたでしょう。
氷の槍はそれほどに消費魔力が多い魔術なのです」
「単純に突き刺すだけではなくて、刺さったところから凍らせるくらいですからね」
「それにも気が付いていたんですね」
どうやら氷の槍というのは、他の魔術とは一線を画すものらしい。だから魔術に名前が付いていたのだろうか。
わたしが曖昧にうなずいたところで、セリアさんが1軒の建物の前で足を止めた。
中から明かりが漏れる建物に慣れた様子で入って行く。
あとに続いて入ると、思っていたよりもきれいなところに連れてこられたらしい。淡い色を基調としていて落ち着いた宿は、女性向けと言って差し支えないだろう。
カウンターにいるのも女性で、ちょうどわたしくらいの子供がいそうな年齢。女性にしては少し高い身長と、おっとりした笑顔が印象的な人で、いろんな意味で包容力がありそう。
セリアさんと親しげに話しているので、個人的な付き合いとかもあるのかもしれない。
しばらく話していたと思ったら、セリアさんがわたしのほうを見た。
「というわけでニルダさん、シエルメールさんをよろしくお願いします」
「はいはい。シエルメールちゃん。今日からよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
ニルダさんは、ニコニコとわたしを見ているのだけれど、どう見られているのだろうか。
さびれた村からやってきた、お上りさんとかだろうか。セリアさんとの会話をしっかり聞いておけばよかった。
ニルダさんは鍵を1本取り出し、わたしに渡して「今日はもう疲れただろうから、部屋に夕飯を持っていくわね。部屋は2階の一番奥。少し遠いけど頑張って」とエールを送ってきた。
お礼を言って鍵を受け取ってから、促されるまま2階に上る。
鍵が合う部屋に入ると、食事が運ばれてくるまで休ませてもらうことにしよう。
今日はなんだかとても疲れてしまった。