179.レシミィイヤ姫とべルティーナの話
「べルティーナさんのことを話す前に彼女への認識を再確認しておきたいのですが、レシミィイヤ姫はベルティーナさんのことをどれくらい知っていますか?」
「えっとそれは……」
「魔力量が多いのにも関わらず、魔術を使うのが絶望的に下手とかそういうところでしょうか」
「――その通りです」
「そのことはオスエンテ貴族の中では有名な話なんですか?」
べルティーナの状況というのを個人的に知っておきたかったので、客観的な意見をレシミィイヤ姫に尋ねてみる。周知の事実であるなら彼女の今後の活動にもかかわってくるだろうし、それとなく教えるくらいはしておいてもいいかもしれない。あとは単純にべルティーナと行動するにあたっての内在的な危険を知っておきたい。
「チランディアさんについては――あまり情報が表に出ていない印象がありますね。チランディア家が意図的に隠していたのだとは思います。ですがチランディア令嬢は魔術を使えないという噂はありましたね。その噂がベルティーナさんとつながっている人はあまりいないというのが正しいかもしれません」
「基本的にはベルティーナさんがチランディアを名乗らなければ問題ないわけですね」
「そうだったはずなんですけれど」
姫様が困ったように笑うのは、アルクレイの存在があるからだろうか。聞いておいてなんだけれど、こんなにあっさり答えることができるというのは、レシミィイヤ姫は優秀なんだなと再確認する。情報だけでなく、その情報がどれくらいの知名度を持っているかなんて意識しなければ調べることすらしないだろうし。
「それからもう一つ、愚か者の集いというパーティをご存じですか?」
「えっと――どこかで聞いたことはあるのですが……」
「中央で活動しているハンターのパーティの一つですね。その中の一人の魔術師の女性が中央でもそれなりに力を持った一族の娘でした。アミュリュート家に聞き覚えは?」
「思い出しました。ビビアナ様が所属しているパーティですね。確かビビアナ様は魔術の使い方が独特だと聞いたことがありますが――」
「なぜアミュリュート家であるビビアナさんがハンターをしていたんですかね」
ここまで言えば姫様は理解するだろう。ここまでしなくても理解しただろうけれど、話は早いほうがいいのでどうせ話すことはさっさと話してしまうに限る。
「ビビアナ様もべルティーナさんと同様に魔術が苦手ということでしょうか?」
「ほとんど同じ理由で二人とも魔術が苦手ですね。生半可な努力ではビビアナさんのようにはなれないでしょう」
本当はビビアナさんの問題は解決したけれど、そこまで教える義理はないので黙っておく。
果たしてビビアナさんがどれくらい努力してB級にまで上り詰めたのかは知らないし、どんな特訓をしてきたのかも知らないので、べルティーナがハンターになるとしてどれだけ大変なのかはわからないけれど。ハンターをするだけなら今の段階でもできなくはないか。
「――それで……その、大丈夫なのでしょうか」
言いにくそうに伝えてきた「大丈夫」にはどれだけの意味が込められているのだろうか。その全てを解するつもりはないので、言いたいことを言うことにする。
「べルティーナさんは戦闘面においては大きなハンデがありますが、それを補って余りある能力があります。それをチランディアにも知られていないんでしょうね。第二学園で柄にもなくハンターになるための授業を受けているわけですから」
「その能力を教えていただいても大丈夫ですか?」
「オスエンテでは王族に自分の能力を伝えなければいけないという義務はありますか?」
「いえ、ありませんが……」
国に仕える騎士とかにでもならない限り、求められることはないだろう。特にハンターになる人の場合には一応中央の管轄になるわけなので強要するのは難しい。この辺りはその土地のハンター組合と国との関係とかそういったつながりにもよるから、絶対ではないけれど。とはいえ、ある程度は話しておかないと姫様も安心できないだろうから、ぼんやり伝える。
「べルティーナさんは索敵や探知に特化した人材ですね。特化したそれだけ見れば、わたしにも通用するレベルです」
「それほどにですか!?」
珍しく素の反応を見せてしまったためか、驚いたレシミィイヤ姫は恥ずかしそうに「失礼しました」と頭を下げた。でも姫様が驚いたのは「わたしに通用する」というところなような気もする。まあ、べルティーナの能力が安く見られることはわたし的には助かるから、どうでもいいのだけれど。探知だけでは大したことはできないだろうという安心感もあるのかもしれない。純粋な戦闘力がわたしたちレベルだったら、国として警戒しないわけにはいかないだろうし。
「少なくともわたしの今使ってる結界を認識できるくらいの力はありますね」
「今使っている、ですか。フィトゥィレはわかるかしら?」
「存在はわかる。でもはっきりとはわからない。この結界を突破する方法はもっとわからない」
やっぱりムニェーチカ先輩の人形にはバレるんだなとは思うけれど、突破方法がわからないというのも本当のようなのでひとまずは良しとする。
姫様がわからないのは仕方がないというか、わかられても困る。結界は単純な魔力とは違い何もしていなければ普通に見えるものだから、力量次第では姫様にもわかったかもしれない。しかしながら、さすがにシエルでもわたしの結界を認識できていなさそうなのに、レシミィイヤ姫が認識できるなんてことはない。
フィトゥィレの言葉を聞いたレシミィイヤ姫は何かに納得したようにうなずくと、呆れたような声色を出す。
「チランディアは大物を逃してしまったようですね」
「それほどなのですが、外に漏らすことはしないでくださいね。彼女がチランディア家に連れ戻されるのは嬉しくないですし、ほかの貴族に狙われるのも面倒ですので。ともすればわたしの平穏が侵されるかもしれません」
「はい。わたくしから漏らすことはないと誓います」
「そうしていただけると助かります」
わたしの脅しにレシミィイヤ姫がうなずいてくれたので、べルティーナの話はここまででいいだろうか。「わたくしからは」と前置きしたのは、もともとベルティーナを知っていた人がいるからだろう。アルクレイとか。
「パルラさんについては特には。職業が優秀だけれど、経験が伴っていない学園生ではないでしょうか」
「確か上級狩人でしたか。珍しい職業ではありますね」
「ベルティーナさんの職業については?」
「入学試験で職業を公表した人の分は教えてもらえたんです。ですからエイルネージュ様の職業も存じていません。剣舞士かそれに近い職業だと噂はされていますが……」
「どうでしょうね」
一般の視点から見れば近からず遠からずと言ったところだろうか? 現状、剣舞士として見られるようにとは動いているから、想定通りではある。でも姫様的には腑に落ちていないらしい。基本的に魔術――魔法――を使っているから、魔術師系の職業だと思われていただろうし、魔術師系の職業でなければ普通は魔術を使うには魔法陣か詠唱が必要になるから。
ここでレシミィイヤ姫がわたしたちの職業を追及してくるようであれば対応を考えないといけないけれど、レシミィイヤ姫はそんなことするつもりはないと言わんばかりに口を閉ざしている。
「それで狩人は珍しい職業なんですね?」
「そうですね。狩人よりも弓使いのほうが多いですから」
「言われてみるとそうかもしれませんね。弓の扱いは弓使いのほうが上だけれど、狩人は罠の扱いなどもできるという感じでしょうね」
いくつかの要素が合わさった職業というのは「狩人」のほかにも存在していて、わかりやすいところだと「戦士」がある。「戦士」は様々な武器の扱いに補正がかかる代わりに剣の扱いでは「剣士」に、槍の扱いでは「槍術士」に劣るなどの特徴がある。魔術だと「魔術師」は様々な魔術に補正がかかる代わりに、「炎魔術師」に炎の魔術で劣るみたいなものだ。
「歌姫」や「舞姫」もいろいろな要素が合わさったようなものだけれど、それぞれに劣っているというよりもデメリットが大きいパターンなので少し違ったりする。
「二人についてはこれくらいですね。パルラさんについても本人が望まない限り、変な介入はしないでいただけると助かります」
「もちろんです。両人ともオスエンテで活動をしてくれるでしょうから、それで充分です」
「オスエンテは魔石の消費量が多そうですからね」
「そうですね。魔道具の開発運用については、中央にも劣らない自負がありますから。そういう意味ではハンターの重要度がほかの国よりも高いかもしれません」
だからこそ平民も学園が受け入れているのだろうし、わたしたちも潜り込めたわけだ。それほどに魔道具がこの国では重要で、そのエネルギーたる魔石も同様に重要だと。だから魔石を狩るハンターも重要だしということになるわけだ。きっとオスエンテは巣窟が喉から手が出るほどに欲しいことだろう。中央で取れた魔石がオスエンテに輸出とかもあるのだろうか?
それにわたしたちの持っている魔法袋なんて宝の山だろう。Aクラス以上の魔物の素材が雑に詰め込まれた魔法袋はオスエンテでなくても宝の山かもしれないけど。魔法袋と言えば、髪飾りと化している精霊の休憩所を見つけたときに一緒に見つけた薬草とか何かに使えないだろうか。下手したらこのまま袋の肥やしになりそうだ。
「そういえば以前お聞きしたエルベルト家の関係者は学園にいるのですか?」
「エルベルト侯爵家には学園に通うような年齢の子はいないですし、エルベルト家が学園に入学したという情報はありません。ですが、エルベルト侯爵家傘下の子であれば何人かいます。べルティーナさんもその一員だと言っていいでしょう」
「チランディア家も反中央派でしたね」
べルティーナがどうかはわからないけれど、チランディア家で見ると反中央派であることには違いない。
貴族は基本的に親の権力というか、当主の権力が強いので、その命令に逆らうことはできない。べルティーナはなんだかんだと逆らいそうだけれど。
「ほかにはトワイスエルも無関係ではなさそうです」
「トワイスエルもまた反中央派ですからね」
わたしが確認を兼ねて口にした言葉に姫様が申し訳なさそうな顔をする。一瞬どうしてだろうかと思ったけれど、わたしたちの所属が中央になるからか。しかも立場的には姫のようなもの。その人を相手にこの人とこの人が貴女の国をよく思っていませんよ、と言えばこんな顔をしたくなるかもしれない。
わたしはあまり気にしないけれど。反中央派の「反」はフィイ母様へではなくて、おそらく中央と呼ばれる集団を構成している曰く居候の方々へだろうから。でももしかして、フィイ母様に喧嘩を売ろうとしている家もあるのだろうか。
「反中央派はフィイヤナミア様に勝てると思っているんでしょうか?」
「勝機があると思っているのでしょう」
「そもそも反中央派は何に反抗しているんでしょうね」
「女王であるフィイヤナミア様……なのでしょう。事実を知っているかはともかく、旗印としてはインパクトがありますので」
「確かにそうかもしれませんね」
「実際には反抗するつもりはなく、反抗するというスタンスを取ることで何かしら利益を得ているとか、それを理由に現王制を打倒して自らがトップに立ちたいとかだとは思いますが」
「そのようなことまで話していいんですか?」
「ここにはエイルネージュ様しかいらっしゃいませんから。エイルネージュ様はこの情報を得たからと言って何かをすることもないでしょうし、仮にエイルネージュ様が漏らしてしまったとして、それを咎められる人はいないでしょう?」
なんだか深い話のようで、愚痴っぽいなと思ったのだけれど、どうやら本当に愚痴らしい。こんなことを話せるのはエイルネージュだけだと。フィイヤナミアの義娘というよりも、エイルネージュ――シエルメールの性格からそう思っているのかもしれない。
わたしに漏らしたことがバレれば姫に何かしら処罰が下るかもしれないけれど、それだけエイルネージュを信頼しているというポーズをとっている部分もあるだろう。姫様に後処理を任せている自覚がある身ではあるので、これくらいのメンタルケアくらいは引き受けよう。話を聞いているだけなので、わたしが特別何かをしているわけではないし。
ここはシエルと要相談だけれど、最悪オスエンテと喧嘩して中央に帰ればいいのだ。
それから少しレシミィイヤ姫と話をして、屋上に行くことにした。





