178.姫とフィトゥィレとパーティの話
眠気に負けたので投稿します()
「そう言えばエイルネージュ様が前衛をしたとのお話でしたが、大丈夫でしたか?」
「剣技に関してはどれほど実践で使えるかはわかりませんが、魔術についてはハンターをできるほどには使えますから。E級ソロハンターをやっているとゴブリン程度の攻撃は結界を使えば無傷で耐えられますよ」
『エインの結界を突破できる相手がいたら、大変だものね』
『まず大地が大変なことになるらしいですからね。ですが、結界は突破されなくても、攻略される可能性はありますから気を抜くつもりはありませんよ』
『ええ、頼りにしてるのよ』
わたしの結界の限界値は置いておいて、わたしの結界であれば魔物と肉弾戦をしているように見せることもできそうだ。というか、シエルであればできるだろう。問題は攻撃が軽いことだろうから、完全に持久戦になるだろうけど、あらゆる攻撃を避けられるのではないだろうか?
わたしの結界もそうだけれど、完全に避けることに徹したシエルも充分にやばい領域に足を突っ込んでいる気がする。わたしの支援付きのシエルに攻撃を当てようと思ったら、それこそ範囲攻撃で逃げ場をなくすしかなさそうだ。威力を分散するであろう範囲攻撃で結界を突破されるつもりはないので相手にとっては地獄かもしれない。
当たらないし固い。どこかで聞いたことがあるような性能だ。
「参考までにエイルネージュ様ならどの程度の魔物まで相手にできるのか、教えていただけませんか?」
「Cクラスの魔物と出会ったら逃げますよ。一撃とは言いませんが、何度も耐えられませんから。Dクラスであれば数体程度なら大丈夫ですね。以前ウルフの群れに囲まれたときも、無事に帰ってこられましたから」
この質問レシミィイヤ姫が訊いてこなかったら、たぶん答えなかっただろうなと思う。レシミィイヤ姫はエイルネージュがシエルメールであると知っているので、この答えに何の意味もないことを理解しているだろうからこそ教えてもいい。あまり王族を相手に隠し事ばかりをしていると、レシミィイヤ姫本人よりも周りの人たちが変な反応をしそうだし。たぶんここまでなら答えてくれるだろうとわかったうえで、レシミィイヤ姫も問いかけてきたのだと思う。だからあえて付け加えることにした。
「このことはレシミィイヤ姫の中だけにとどめておいていただけると助かります」
「はい、もちろんです。他国のハンターの強さをむやみに話すほど、わたくしも常識知らずではありませんから」
「これは失礼しました」
実に内容がない会話だけれど、必要なんだろうなと思いながら付き合う。
さっき会話の練習に使ったし、これくらい付き合うのは別に構わない。
「それでパーティメンバーの方々はどうだったのですか?」
「まだまだこれからでした。魔物と戦うこと自体が初めてだったみたいですから」
「それは大変でしたでしょうね。わたくしも初めて魔物と相対したときは、護衛がいても怖かった記憶がありますから」
「わたしも初めて魔物と対面したときは怖くて動けなかったです」
「エイルネージュ様でもなのですか?」
「もう何年も前のことですから。わたしも生まれたときから結界が使えたわけではないんですよ?」
『あら、そうかしら? 私が物心をついた時には、すでにエインは結界を使っていたように思うのよ』
『それを含められると、シエルが生まれて――というか、わたしがシエルのもとにやってきてから、1年経たずに使えるようになった気がしますね。当時は日付感覚がわからなかったので、何日だったかは覚えていませんが』
『それにエインは眠らなくても大丈夫だものね』
わたしがシエルと話す横でレシミィイヤ姫は少し驚いたような表情を見せた。エイルネージュの正体を知っているとはいえ、わたしたちのことを何だと思っているのだろうか。
基本的にはレシミィイヤ姫と同い年――ではなくて、レシミィイヤ姫よりも一つだけ年上なだけなのに。――まあ、実際のところレシミィイヤ姫の反応は間違っていないけれど。そう言えばわたし――というよりもシエルが基本的に一歳年上なのを知っている人ってどれくらいいるのだろうか? 考えてみれば実年齢を知っている人はそんなにいない気がする。ハンター組合は知っているかもしれないけれど、現状で情報がどこまで回っているのかわからないし、フィイ母様はあまり年齢とか気にする質ではないし、何ならシエル自身もそんなに年齢を気にしていないような気がする。
「エイルネージュ様はずっと昔から魔術が堪能だと思っていました」
「今でもそんなに堪能ではないですよ? ハンターのランクで言えばE級ですから。D級と出会っても大丈夫ではありますが、倒せるわけではありませんからね」
「……は、はい。そうですね。ですがわたくしたちの目線からすると、それでも十分堪能ですよ」
「わたしの場合はそれにだけ力を注いできただけですから、姫様が一分野に注力したらわたしなんか軽く追い抜いてしまうのではないでしょうか?」
「そうでしょうか?」
「入学試験を見た限り、わたしよりも姫様のほうが魔力量もありますし……ですが、立場的に一つのことだけをするというのは難しいかもしれませんね」
公務とかなんとかあるだろうし、そもそもそこまで本気出して魔術を使えるようになる必要がない。何せ一国の姫なのだから。最低限自分の身を守れたほうがいいかもしれないけれど、究極的には完全に無防備でも問題はないと思う。そのために護衛がいるのだろうから。
「話を戻すようで申し訳ないのですが、エイルネージュ様の目から見て、パーティの方々はどう見えますか? オスエンテの国民のことですから、できるだけ知っておきたいのです」
つまりエイルネージュと違って、細かいところまで話せと。言葉の丁寧さのわりにほぼ命令だ。断ってもすぐに不敬罪だとはならないだろうけど、改めてどうしても教えてほしいと言われてしまえばこの場で身分を明かさなければ躱すのは難しくなってしまう。パルラもべルティーナもこの国の国民であるわけだから、中央の姫的なわたしの言葉よりもレシミィイヤ姫のほうが優先もされるだろう。でも一回断っておこう。
「勝手に話すのはどうかと思いますから……」
「そこを曲げてお話しいただくことはできませんか?」
ということで、躱すのはあきらめることにする。レシミィイヤ姫がこんなにも踏み込んでくるのは、そのこと自体はエイルネージュに実害がないことであり、パーティの二人がエイルネージュに対して何かやらかしていないか、わたしたちが不快に思うようなことがないかを知りたいからだと思う。
特にべルティーナは反中央派の娘だから、レシミィイヤ姫も思うところはあるだろう。
「わかりました。ですが話を聞く人はできるだけ少なくして――」
わたしが提案しようとすると、周りにいる人たちがこちらを見る様子を簡単に感じ取ることができた。
二人きりになりそうな状況を警戒しているのだろう。まあわたしは要求をやめるつもりはないけれど。
「女性の護衛を一人だけとかにしていただけると嬉しいです。わたしよりも強い人を呼んできてもらって構いませんので」
これで通じればいいなと思いつつ反応を待つと、レシミィイヤ姫は「それでもかまいません」と頷いた。
それから近くにいた使用人をつかまえてフィトゥィレを連れてくるようにと命じると、何かを確認するようにわたしのほうを見る。わたしが頷くとレシミィイヤ姫が安心したように目を細める。
ほどなくフィトゥィレがやってきたところで「それではフィトゥィレ以外は下がるように」と命じる。なんだかもの言いたげな人もいたけれど、問題なく全員が部屋の外に出て行ったのを探知を使って確認する。
「姫様、何の用?」
「貴女にはわたくしの護衛をしてもらいます。貴女だけを呼んだのはこれからの話を聞く人数を最小限にしたかったからです」
「分かった。でもトゥィレが必要?」
不愛想な印象のフィトゥィレだけれど、中身が間違いなくムニェーチカ先輩なんだよなと思うと面白い。それを言い出すと、イエナ先輩もセェーミエッテ先生もムニェーチカ先輩になるわけだけれど。演技がうまいというか、たぶん本当のムニェーチカ先輩というものを私は見たことがないのだろう。本体であるムニェーチカ先輩の性格も演技という可能性は十分にあるわけだから。
でも基本的な考え方とか、そういったところは共通しているように思うから、信頼できないわけではない。
「それは……」
困ったようにレシミィイヤ姫がわたしのほうを見る。まあ、フィトゥィレを呼ぶようにと要求したのはわたしなのだから当然ではあるけれど。
レシミィイヤ姫につられてこちらを見たフィトゥィレは、ほとんど表情は動かさずに目だけを大きく見開いた。
「訂正。本当に護衛ならトゥィレ一人じゃ無理。呼ばれたのは護衛のためじゃない?」
「――貴女は彼女の実力がわかるのね?」
「わかる」
はっきりと言ったフィトゥィレにレシミィイヤ姫が少し考える様子を見せる。たぶん彼女への評価を上方修正したのだろう。エイルネージュの実力を見抜いた――見抜けるほどの実力者ということになるわけだから。確かにある程度見抜けたのかもしれない。でもフィトゥィレがここまで反応したのは、わたしたちを知っていたからだろう。ムニェーチカ先輩には教えているし、人形の中で情報共有が行われていないことはないだろうから。
「話を戻すけれど、彼女と――エイルネージュ様と戦うことは想定していないのよ。戦うことになった時点で、オスエンテがどうなるかわからないから」
「トゥィレを呼んだのは、疑似的に二人だけになるため?」
「ええ、できるだけ人数を減らすためよ」
「あとは背後にいる人物がわたし目線でもはっきりしているからですね」
先ほどからレシミィイヤ姫が気になっている様子なので、とってつけた理由を答えておく。本当はフィトゥィレがムニェーチカ先輩だと知っていてムニェーチカ先輩なら、パルラとべルティーナに何かするとは思わないから。
とはいえとってつけた理由でも、それなりの説得力はあったらしく、姫様が納得したようにうなずいていた。とはいったものの、おそらくその納得した顔はあえて見せているのだろうけど。レシミィイヤ姫の話からすると、フィトゥィレはオスエンテ国王と学園長が後ろにいることになり、この二人であれば――国王のほうは知らないけど――パルラとべルティーナに何かすることもないだろうと予測ができると考えられそうだから。
「さてわたしが見たパーティメンバーの話でしたね。まずはレシミィイヤ姫の不安が杞憂であろうことはお伝えしておきます」
要するに彼女たちがエイルネージュの機嫌を損ねていないかということ。そして今後足手まといにならないことを危惧していたのだと思う。
「先ほども話しましたが、二人ともまだこれからではありますが――特にべルティーナさんの方は今後とも大変になるでしょうね」
「彼女の実家から何かが……ということですか?」
「いえ、ベルティーナさんは魔術が苦手そうだという話ですね。普通に魔術を使って戦えるようになろうと思ったら、かなりの努力が必要になりそうです」
そう伝えた後、姫様が複雑そうに笑ったのは、ベルティーナがわたしの足手まといになることを危惧しているのだろうか?
まあでも、ベルティーナはそれだけではないので、どれだけ話すか気を付けながらレシミィイヤ姫に伝えることにしよう。