閑話 べルティーナの過去と学園生活(上) ※べルティーナ
唐突に始まるべルティーナの話。書きたかったところまでいかなかったので、続きます。
あたし――べルティーナは、ある日突然お父様に家を出ていくように言われてしまった。ちゃんとした話をすれば流れが違うのだけれど、その話を聞いた時ベルは不安なところもあったけれど、安心したような感じもしていた。
◇
あたしが生まれたとき、お父様もお母様も最初は喜んでいたらしい。貴族らしい貴族のお父様は「貴族たるもの魔力量は多くなければいけない」という考えを持っていたから、その素質を持っていたベルのことが嬉しかったんだって怒りながら言っていたのを覚えている。
それが変わったのは魔術の授業が始まってから。魔力量は順調に増えて行って、貴族の標準を上回るくらいにはなってきたけれど、いくら頑張っても魔術が上達しないことがわかってからお父様があたしを怒鳴りつけるようになった。いつの間にか魔術の授業がなくなり、お母様がベルに見向きもしなくなった。
それから部屋に引きこもるようになり、常にお父様の気配を探すようになった。顔を合わせてしまうと怒鳴られてしまうから。怒鳴られなくても、嫌な顔をしたし、イライラしているようだったから。怖くて、怖くて、お父様が部屋に近づいてくるような気がしたらすぐにベッドの下に隠れた。食事は一緒にとることはせずに、部屋で一人で食べていた。
でもそれだとまともなものが食べられなかったから、ある日から吹っ切れてしまいこっそりキッチンに行って食事を分けてもらうようになった。部屋から出るようになってから、よりお父様の動きを探るようになり、たまに顔を合わせると怒鳴られたので泣きそうになりながら部屋に戻った。
そんな日々がしばらく続いた後で、あたしが職業を授かることになった日。つまり10歳のベルの誕生日にベルは今まで見たことがないようなものが見えるようになった。最初は気が付かなかったのだけれど、日課のお父様の気配探しをしていると何か青白いものがいろんなものにくっついているのがわかった。空中はなんだか色が薄くて、魔道具に近いのは濃くて、鏡を見てみるとベルの中にも青白い何かがあるのがわかった。
それから慌ててお父様が近づいて来ていないかと探ってみると、壁の向こうの青白いものも感じ取ることができた。その青白いものが魔力なのだと気が付いたのは、特に強い青白いものの気配が近づいてきていることに気が付いた時。その近づいてきているのが、お父様だとわかったあたしは見えているそれが魔力なのだと理解したと同時に、部屋の隅っこに隠れることにした。
それから数秒後、乱暴に部屋の扉が開かれて「べルティーナ出て来い」と怒鳴るお父様の声が聞こえた。いつもなら部屋を軽く見まわしてから、すぐに顔を引っ込めるのにその日に限ってあたしを呼ぶので、あたしは怖がりながらも――黙っていたらあとでもっと怖い目に合うと思ったから――「なんでしょうか、お父様」と震える声で返して姿を現す。
出てきたあたしをなんだか観察するように見ていたかと思うと、鼻で笑って一枚の紙を手渡された。
「それに魔力を流すくらいならできるだろう?」
「は、はいぃ……」
「さっさとやれ!」
イラつくお父様にそう言われて、反射的に魔力を流す。魔力の扱いが下手なベルでもそれくらいならできなくはない。下手でも魔法陣は使えるから。発動までにものすごく時間がかかるし、発動しても大した効果がないけれど、でも発動するということは魔力は流せるということだから。
魔力を流した紙を見ると、【ベルティーナ・チランディア 職業 魔眼使い】と一行だけ書かれていた。魔眼使いという職業をあたしは聞いたことはなかったけれど、それがどういうものなのかはすぐに分かった。今朝から魔力が見られるようになったのはこの魔眼のおかげなのだろうから。
お父様はあたしの持っていた紙をひったくるように奪うと、難しそうな顔で「魔眼使いだと?」とつぶやく。お父様も知らない職業だったらしい。
「今朝から何か変わったことは?」
お父様に問われたけれど、ベルは何も返さなかった。何も返すことができなかったともいえる。
それを何も変わったところがないと判断したのか、お父様はベルへの興味を失ったかのように部屋を出て行った。
嵐が去ったかのような心地で、一人になった部屋の中。心の中でお父様に文句を言いつつ、ぼふぼふと枕を殴り続けた。
◇
職業がわかってから、お父様があたしの部屋に来ることはなくなった。食べ物を取りに部屋を抜け出したときに知ったのだけれど――職業のおかげで以前よりも簡単に家の中を移動できるようになった――、どうやらお父様はあたしの様子を気にしてはいるらしい。魔眼使いという良くわからない職業がもしかしたら何かいい使い道があるのではないかと思っていたらしいから。
それを知った時、ベルの選択は間違っていなかったのだとその時はそう思った。だって魔眼使いがこうやって使える職業だと知られてしまったら、お父様と顔を合わせる機会が増えそうだから。できれば一生お父様と顔を合わせずに、静かに生きていたかった。
それからはしばらく平和な引きこもり生活を送ることができた。その中でわかったのだけれど、ベルが魔術が苦手なのはベルの中の回路がほかの人よりも短いからのようだ。お父様とかほかの人は指の先まで回路が巡っているように見えるのに、ベルはそんなに細かく回路が巡っていない。先生が言っていたことを思い出すと回路が短いから一度に使える魔力が少なくなって、魔術がうまく使えない。だからうまくいかないのかもしれない。それがわかったところでどうにかできるわけではないけれど。
状況が変わったのはお父様があたしにほとんど興味を持たなくなってから2年ほどたって、ベルが学園に入学する時期になった時。それまで学園なんて忘れていたけれど、突然やってきたお父様に「お前にチランディアを名乗らせるのも恥ずかしい。せめてもの慈悲で第二学園に通わせてやるから、それを最後の自由としてチランディア家から出ていけ」と言われた。言葉だけではなくて、魔法契約書まで出してきて本格的に家から出て行ってほしそうだった。
生まれてからこの家で生きてきたベルにとって、引きこもりを続けてきたベルにとって、家を出て行けというのはとてもとても大変なことで不安なことが多いのだけれど、でももうお父様に会わなくていいのかと思うとそれはとてもホッとした。
もうお父様に会わなくていいのだと思うと、今までにない開放感があって、なんでもできるような気がして、はっきりとした頭で魔法契約書を読むことができた。
その内容は「ベルがチランディア家だと名乗ることを許さず、チランディア家との血縁関係をやめること」「その代わりベルは第二学園に入学して、自由に第二学園で生活できるようにチランディア家がお金を払う」「第二学園を卒業、中退、退学した時にこの契約書の役目が終わる=チランディア家から追い出される」というもの。
引きこもって暇だったベルは一人でだけれど、結構いろいろな勉強はしてきた。正確にはこっそり本を借りてきては暇つぶしに読んでいた。その中で第二学園について書かれた本もあったので、なんとなくはどういうところか知っている。だからそれを見たベルはお父様のサインがすでにしてあることを確認してから、何でもできるという気持ちのままお父様に向かって話しかけた。
「学園にいる間は自由にしていいんですよね?」
「最期の慈悲だな」
「つまり自由に引きこもっていいということで、一番いい部屋に住まわせてくれるんですよね?」
「ちょっと待て」
「ほかの部屋だと確か、引きこもり続けられないと思うんです。少なくとも学食に行かないと食事ができませんから。お父様が食事をせずに生活ができるというのであれば、ベルは何も言いません」
「……わかった。だが調子に乗るなよ」
苦い顔をしてどこかに行ってしまったお父様を見送ったあと、なんてことをしてしまったんだろうと、急に恐ろしくなってしまったけれど、契約は結ばれたし、お父様はベルを学園に入れなくてはいけなくなった。そうしなければ契約書の効果が出てしまうから。
それからしばらくして、ベルは第二学園に入学することになった。
◇
第二学園の入学が決まり寮に入れるようになった時に、ベルはすぐに自由な生活ができるだけのものと一緒に寮に送られた。入試は普通に受けて自分の力で合格したけれど、お父様がコネを使ったせいかほかの人よりも早く合格がわかって、ほかの人よりも早く寮に入ることができた。入試でたくさんの知らない人に会ったときに怖くて周りが見れなかったベルとしては、それはとても嬉しいことだったので黙って従った。ううん。さすがに何も言えなかった。これ以上お父様に怒られるのは嫌だったから。
寮に入るときお父様に「この学園を出るとき、お前はもう娘ではない」と言われたとき、妙な解放感と同時にお腹の奥に不思議な重さが落ちた。
寮生活が始まってベルが始めたのは、一人で生活できるようになるための練習。第二学園の寮で王族の次に良いお部屋のここは、自分たちだけで生活できる設備が整っている。料理もできるし、洗濯もできるし、お風呂もある。実は買い物もできなくはない。欲しいものを伝えると翌日に部屋の前まで届けてくれるようになっている。ベルが買ったものはチランディア家が払うことになっているので、贅沢をするつもりはないけれど、必要なものくらいは自由に買うつもり。
寮に入るときに保存がきく食べ物をたくさん持ってきたからしばらくは大丈夫だけれど、家にいたときみたいに使用人はいない。学園を出た後は自分でしないといけないことを考えても、今のうちから練習することは悪いことではないはずだ。料理ができないと食べられるものがなくなってしまうのだけど、幸い食事をこっそりキッチンまで取りに行っていたベルはある程度は勝手を知っている。
最初の何回かは失敗して小さな怪我もしたし、美味しくはなかったけど、1日に3回を数日続けるとそれなりに食べられるものは作れるようになった。ずっと引きこもり続けていたこともあって、洗濯も掃除もお風呂も、何とか自分だけでできるようになった。
そうして気が付けば入学式が近づいてきて、あたしは部屋を出ないといけないことに気が付いた。もう一人生活に慣れてきて、ずっとこのままでいいかなと思っていたのだけれど、そんなことはなかった。
入学式については資料があったので、慌てて探して内容を読む。授業のやり方は前から知っていたから良いとして、ベルのクラスがどこなのかがわかったのも良いのだけど、なんかパーティなんて言うのがある。ドレスは……目立たないのを持ってきているけれど――ベル以外に着れる人もいなかったから――、絶対に着ないと思っていたのに。
それどころかそもそも学園というのは、知らない人たちと一緒の場所で長い時間を一緒にいるものではなかっただろうか?
引きこもり生活が楽しくて忘れていた。知らない人と話さないといけないのだろうか? 引きこもっちゃダメかな? 退学になったらこの生活もできなくなってしまうので、そうならないようにはしないと。
もっと先のことを考えると、学園を出た後のことも考えておかないといけない。急になんだか先が不安になってしまった。今日はおとなしく引きこもっていよう。
◇
終わった。なんだかいろいろベルが知らないうちに終わっていた。入学式に行って帰ってきただけなのに、クラスのほかの人は皆仲がいい人ができていたようなのに、ベルは取り残されていて、パーティでは端っこのほうでただただ終わるのを待っていた。
そしてパーティの中でアルクレイ君がいるのを見つけてしまった。ベルはチランディア家の恥としてあまり外に出されることはなかったけれど、何回か連れ出されたことがある。それはベルと同じくらいの年齢の子供も来るような集まりで、アルクレイ君はベルが落ちこぼれなのを何故か知っていていつも虐めてきた。しかもアルクレイ君のトワイスエル家のほうが立場が上なのもあって、お父様も助けてくれず――たぶんトワイスエル家のほうが下の立場だったら助けてくれたと思う。そのあと家で怒られただろうけど――、会うたびにベルのところに来ては気のすむまでちょっかいをかけてきた。
だから彼を見つけたときは心臓が止まるかと思ったし、絶対に見つからないようにとベルの全力をもって逃げ回っていた。
それから授業が始まって、周りは楽しそうに話をしている中でベルは一人きり。最初は気にならなかったのだけれど、周りばかりが楽しそうにしていると肩身が狭くなってしまう。隣で楽しそうに話している中、ベルが隣にいると申し訳なくなるし、皆からだが大きいので怖いし、大きな声がするとびくっとなってしまうし。
でも将来を思えば授業を休むのもどうかと思うし、部屋に戻ってから一人っきりでいるのがとても幸せにすら感じた。
そんな中で、学園が始まってから二日目になぜかとった魔法陣学の授業で、あたしは自分の人生を変える人に出会うことができた。





