176.パルラとべルティーナと初戦闘
『エイン。これはどうしたらいいかしら?』
『まだ距離はありますし二人が気が付くかどうかを見ておきましょう。ギリギリまで気が付かないようであれば、直前でシエルが前衛として細剣の練習相手にしたらいいと思います』
『気が付いたら?』
『指示ができる時間があったらシエルが時間稼ぎをして、二人に倒してもらいましょう。しばらくしてもダメそうなら、シエルの判断で倒してしまいましょうか』
『わかったわ。だけれど、パルラはともかくべルティーナはまともに攻撃できるのかしら?』
『それを見るためにも、って感じでしょうか? それでパーティでの立ち位置も考えられますからね』
何かがやってくるとは言っても、やってくるのははぐれた風ゴブリンなので余裕がある。ゴブリン程度なら――エイルネージュのレベルで考えても――何百体来ても二人を守り切れると思う。
だから余裕だし、何なら後ろから飛んでくる二人の攻撃――フレンドリーファイアーのほうが怖い。それもすべて防ぐけど。いかに上級職と言えど、実戦経験がない人の攻撃であればエイルネージュでも防げる。そういえば弓を使う職業はどうやって高ランクの魔物を倒すのだろうか?
剣や槍といった近接武器であればその刃を――無意識であれ、意識的にであれ――魔力というか、職業の力のそれで覆ったりすることで切れ味を増させることができる。たとえ戦闘職でなくても、似たようなことができるのは愚者の集いの面々を見る限り間違いないだろう。とはいえ、本職がやるそれよりは効果が薄いので、技量やらなんやらで誤魔化している感じだろうか?
で、弓なのだけれど、弓を強化できても打ち出す矢を強化するのは難しい。近接武器は直接手に持っているから強化できるのであって、体から離れてしまう矢については話が別らしい。その辺わたしはちょっとわからない。何せわたしは魔力の類を攻撃に使えないから。
でも矢まで強化しようとすると、魔術の領域に入ってくるような気がしないでもない。だから弓使いとか狩人とか特別な職業の人しか使えないみたいなことはありそうだ。普通の弓でもウルフくらいは倒せると思うので、それ以上の魔物と戦うようになるまでにパルラが頑張ってくれたらそれでいいか。たぶんわたしたちは弓を使うということはないから。
何ならシエルが使う剣だって、学園を出た後はほとんど使わないんじゃないかと思う。どう考えてもシエルは魔術の扱いのほうが得意だから。
なんて考えている間にもゴブリンは近づいて来ていて、そろそろ二人にも察知できるかなという距離に来たところで、べルティーナがそわそわし始めた。何か言いたそうにシエルとパルラを見る。
それに気が付いたパルラが「ベルちゃんどうしたの?」と問いかけると、べルティーナは一瞬嬉しそうにした後で何が起こっているのか思い出したのか、あわあわと説明し始める。その間にシエルが細剣を取り出していた。
「な、なにか。小さい――小人みたいなのが、こっちにきて、ます……!」
「気が付いたみたいですね」
「え? え? ……あっ!」
べルティーナの言葉では状況が理解できていなかったらしいパルラが遅れて気が付いた時には、もうそこまで迫っていたけれど、簡単な指示くらいは出せそうだったのかシエルは「私が足止めしますから、二人は後ろから倒してください」と伝える。
それを聞いてすぐに戦闘態勢に入れれば立派なものだったけれど、二人ともまだまだそこまでにはなっていないらしく、緊張で固まってしまって動けなさそうだ。そうしている間に緑色の小人――ゴブリンが姿を現した。
グギャギャギャ――と耳障りな声で鳴き、シエルを見つけると一目散に走ってくる。その手には太い木の棒と言って差し支えないくらい雑な作りのこん棒が握られていて、そこそこ早い足取りで近づいて来たかと思うと、こん棒を振りかぶってきた。
シエルはそのこん棒に細剣を合わせると、スッと引き付けて攻撃を受け流す。まるでシエルの剣に引っ張られるかのようにこん棒が動くのが面白い。こちらへの衝撃はほとんどなく、舞姫の力を十全に使えなくてもこれくらいはできるんだなと感心する。
こん棒で地面を思いきり叩きつけたゴブリンは一瞬何が起こったのかわからないと呆けた顔をしていたけれど、すぐに何をされたのか気が付いたらしく怒ってがむしゃらにこん棒を振り回してくる。シエルはそれをステップだけで躱しながら、後衛二人から距離をとった。
そんな二人はようやく理解が追いついたのか、それぞれに攻撃の準備を始める。
その前にシエルの動きに見惚れていたような気がするのは、見なかったことにしようか。それともシエルの美しさゆえに仕方ないとしようか迷うところだ。
本気ではないとはいえ、シエルの美しい所作を見れた二人は幸運だと思うので後者にしておこう。
ゴブリンと踊るかのようにひらひらと攻撃を躱し、受け流し、たまに反撃をするシエルはとても余裕がある。放っておいても大丈夫だろうし、万が一ゴブリンの攻撃が当たってもダメージを通すなんてことはない。
むしろ余裕がないのは後衛の二人で、弓を引き絞っているパルラは緊張と良く動くゴブリンに狙いがつけられないでいるし、べルティーナはべルティーナで一回一回の魔術の発動が遅いのに狙いも明後日のほうにいっていて当たる気配がない。何なら威力も低くて、ゴブリンに当たっても倒しきれないような気がする。しばらく様子を見ていたけれど、埒があきそうにないのでシエルに声をかけることにした。
『シエル、もう少しゴブリンの動きが小さくなるようにできますか?』
『できるけど……狙いがつけられないのね』
ちらっと後衛を見たシエルが状況を察してくれたらしく、動きを変える。先ほどまでは避けることを重視していたけれど、今度は相手の動きを封じるために攻撃に転じる。振りかぶろうとしたこん棒を先んじて叩いてみたり、ゴブリンが踏み込もうとしたところを切りつけてみたり。相手がゴブリンだからというのもあるだろうけど、今度はゴブリンの動きが小さくなる。
これができるのもシエルがゴブリンの動きというかリズムを把握しているからだろう。シエル曰く誰にでも攻撃してくるリズムというのがあって、それに合わせて動くことで大体のことには対応できるのだとか。そして相手のリズムを崩すことで動きも止められると。戦闘経験が豊富な舞姫だからできる芸当な気がしてならない。
さて戦況が変化してからようやく二人の攻撃が当たり始め、まるで拷問かのようにじわじわと痛めつけたところで、時間が迫って来たのでシエルが慈悲の一撃でゴブリンを安らかに眠らせた。
こと切れたゴブリンの亡骸には至る所に擦り傷が見られ、焦げたところも、中途半端に切れたところもある。そんな拷問を行った二人は肩で息をしていて「終わったの?」と不安そうにこちらを見ていた。茫然としている二人をしり目にシエルはゴブリンの魔石を取りだして、その亡骸を燃やす。ルーティンワークを終えてから、シエルが二人のところに行く頃には、さすがに二人とも落ち着いていた。
「お疲れさまでした」
「うん。お疲れ様」
「お疲れさまでしたぁー……」
申し訳なさそうなパルラとぐったりしているべルティーナはそれぞれに自分のふがいなさを感じているらしい。初戦闘ということを考えると、わたしは十分だと思うのだけれど、二人はそうは思わなかったようだ。
『大変だったけれど、あの時のエインを思い出すととても可愛らしかったものね』
『シエルは格好良かったです』
『だとしたら嬉しいわ。でもエインが守ってくれていると確信していたからなのよ?』
『シエルの力になれていたようならよかったです』
やや素っ気無い返しになってしまうのは、なんだか恥ずかしいから。わたしが表に出ていたら、頬が赤くなっていたに違いない。そんな照れ隠しはシエルにはバレバレだったらしく、わかっているのよと言わんばかりの表情をしてくるのでなおさら恥ずかしい。
それからシエルは暗い表情をしている二人を見て何か思いついたらしく、声をかけた。
「思うところはあると思いますが、徐々に慣れていけばいいでしょう」
「そうかもしれないけど……」
「無事に生還できた記念にこれを差し上げます」
そういってシエルが先ほど取り出したゴブリンの魔石をパルラに差し出す。パルラはその魔石をまじまじと見つめてはいたけれど、受け取ろうとはせずに左右に首を振った。
「駄目だよ。これはエイルネージュちゃんが持っておくべきだから」
「そういうことなら、これは差し上げますので在学中にゴブリンを倒してから返してください」
曲がりなりにも初めて倒した魔物の魔石。記念にはぴったりだと思う。わたしたちは不要だけれど、パルラには特別な意味合いを持つことになりそうだ。
シエルが引かないこともあってか、パルラが折れて手を伸ばそうとしたところでべルティーナが羨ましそうに見ていることにシエルとパルラが気が付いた。そのことに気が付いたらしいパルラがハッとして目をそらす。
『魔石って加工できないのかしらね?』
『魔道具に使うときに小さくしていたりしましたから、できるとは思いますよ』
『わかったわ』
「そうですね。ではいったんこれは私が預かります。それから加工する方法を探してから、お二人に渡しますのでいつか返してくださいね」
シエルはそう言い切ってから、二人の反応を待たずに「もう戻らないと間に合いませんよ」動き出す。慌ててついてくる二人を見守りながらふとシエルに問いかけた。
『どうしてそこまでしてあげようと思ったんですか?』
『ふと思い出したのよ』
『何をですか?』
『ほらハンターになって初めて依頼を受けたときに、エインが最初は薬草採取がいいって言っていたわよね?』
『言いましたね。ハンターと言えばそうかなと思いまして』
ハンターというか、前世の物語における冒険者的な感じだけれど、せっかくだからいかにもなことをやりたかったのだと記憶している。
『だから初めてのことっていうのは、大事なのかなと思ったのよね。思い返してみればエインと初めてやったことは、どんなことでも大切な思い出だもの』
『確かにそうですね。これからもいろいろやっていきましょうか』
『でもエインがいてくれれば、初めてのことなんてやらなくても私はそれでいいのよ?』
さすがにそれは退屈するのではないだろうか? とも思ったけれど、あの日、あの一日が永遠に続くのだとしたら、それはとても魅力的なことだなと思えて仕方なかった。
◇
「明日は学園が始まって初めての休みです」
一日の終わり、Aクラスに戻ってからのホームルームでクローラ先生が明日の休みについて話をする。ゴブリンを倒し終わってから戻るとちょうどいい時間になった。それから分かれて戻るときのべルティーナの表情に哀愁が漂っていたのが、クラスでの彼女の状況を示しているようで同情心が少し沸いた。強く生きてほしい。
「楽しみにしている人、いろいろとやることを考えている人、ゆっくり休もうと思っている人、それぞれだとは思うけど、過ごし方には注意してね。学園の外に出ることもできるけど、その時には学園生として恥ずかしくない行動をするように。
特にハンターとして活動しようと考えている人。駄目じゃないけど問題を起こさないように。巻き込まれたら自分を守るように行動してほしいけど、自分から何か問題を起こさないように! 良いですね」
念を押す辺り毎年問題を起こす人がいるか、もしくは何かしら大きな問題を起こしてしまった人がいたのだろう。問題を起こしそうな人がこのクラスにいそうというのも、否定はできない。わたしも思い当たる節があるけれど、きっとエイルネージュも問題児の一人としてカウントされているのだと思う。
問題に巻き込まれやすそうという意味であれば、合格発表の時にすでに巻き込まれているし、こういう時って巻き込まれたほうも問題児だと認識されることも少なくないと思う。
正直、何にも巻き込まれない自信はない。だって問題を吹っかけてきそうな人がこの学級だけで二人は思いいたるから。
この日は休み明けにきちんと登校してくるようにと言われて解散になった。