175.休憩と職業と近づく影
ザっとこの山一帯を探知したところ、大体どこにある程度の大きさの生き物がいるかは分かった。魔物を生き物と称していいのかはわからないけれど、わたしの探知能力だとこの広さともなれば魔物と人の区別はできないので今回は生き物としてカウントする。
でも先生の話を思い出すに、単独行動しているのがゴブリンなのだろう。生徒たちはわかりやすい道を行っているらしくて、わたしたちのように道を逸れたパーティは今のところ見当たらない。正道をいくのが早いだろうし確実だろうから、わたしたちがイレギュラーになることには違いない。もしかすると先生たちの間では、アルクレイのパーティよりも問題児扱いされているのかもしれない。
『でもゴブリンが単独行動をしているってそうそうないのではないかしら?』
『そうですね。はぐれて一匹になったということはあるかもしれませんが、結構な数がいますしはぐれたというのは不自然です』
『だとしたらあの教師陣の中に職業が魔物使いの人がいたのかしらね?』
『いたんでしょうね』
魔物使いの職業についてはわたしたちは今一つ表面的なところしか知らない。魔物使い――テイマーは前世ではゲームのジョブでも見かけたし、物語でも見かけることは少なくないものだ。それらの例でみると、捕まえた魔物と絆を深めて唯一無二のパートナーにとかいうのもあるけれど、この世界でそれは無理だろう。
何せ魔物とは瘴気が転じてできたものだから。感情や意思があるのかすら怪しい。あったとしても、人と絆を結べるほどのものではないだろう。トゥルのレベルになれば意思疎通もはかれるだろうし、絆を結べるかもしれないけれど、そういった元魔物は一般的ではないし彼らを使役できれば世界のトップをとれるに違いない。
だから何だというと、この山で出てくるであろうゴブリンは倒しても大丈夫だろうということ。言い方は悪いけれど、強制的に操った使い捨ての駒がこれから現れるゴブリンだろうという予想だ。
そして戦って怪我をすることはあっても、殺されることはないかなという予想。授業で使われているところを見るに「人を殺さないように」くらいの命令は聞いてくれそうだし。
ところで本来倒してほしいであろう魔物を使役できるというのは、神様的にどうなのだろう? この辺も調整とかされていそうな気がするけれど、今考えることではないか。
とりあえず安全は確保されていて出番はなさそうなので、シエルに頼んでべルティーナに一つ質問してもらう。というか、前の二人が集中しすぎていて、これでは体力が持ちそうにない。
「べルティーナさん、職業の話をしても大丈夫ですか?」
「あ、えっと……大丈夫、です」
「ついでに休憩しましょうか」
声をかけたときに丁度というか、やはりというか、べルティーナが疲れを見せていたので、シエルが休憩を促す。べルティーナは指摘されて気が付いたのか、はっとした顔をしていたけれど、疲れを忘れるほど集中していたのか、緊張していたのか。わたしも疲れを無視して何かをすることがあったので、気持ちはわかる。ちょっと息が上がっているくらいなら大丈夫だろうとやっていると、取り返しがつかないくらいに疲れているのだ。前世のマラソン大会を思い出す。走っているときは大丈夫だったのに、足を止めたあと呼吸が苦しくなって、末端から力が抜けていって、同時に痺れ始めるというコンボを食らった。案外自分が無理をしているというのは、気が付かないものなのだ。
シエルは体力があるからばてて動けなくなったということは少ないし、町の外での活動では少し疲れを感じたところで休憩させていたので、シエルも休憩をとることに抵抗はない。
「パルラさんは大丈夫ですか?」
「あたしは全然……ううん。あたしもちょっと疲れたかも」
「ということで休憩しましょう。それから休憩が終わったら戻りましょうか」
「戻るの?」
「授業時間を考えると、そろそろ終わりですから」
シエルが魔法袋の時計を覗き見ると時間的には休憩して戻ると授業時間がちょうど終わるかなといったところ。だからそう伝えたと思うのだけれど、パルラが驚いたような顔をする。
「エイルネージュちゃんは時間がわかるの? 太陽の位置とかでわかるの?」
「時計を見ただけです」
「時計……持ってきてるの?」
時計も魔道具の一つでそれなりの値段がするもの。オスエンテは魔道具が安めの国とはいえ、わざわざ外にまで持ってこようとは考えないのかもしれない。ハンターでも持っていない人は少なくないし、太陽を見ていたらある程度は判断できる。そろそろ暗くなりそうだから、野営の準備を始めようかとか、明るくなってきたから行動を始めようとか。
それに時計に気を使って動きが悪くなったらデメリットが大きすぎるし、気にせずに壊したら元も子もない。
「魔法袋を持っていますから」
「えっ!」
「知り合いから小さいのをもらいましたから。それにソロで――最近はペアでしたが――活動するにあたって、魔道具をいろいろ持っているんですよ」
「一人だと大変そうだもんね」
「そうでも……いえ、大変ですね」
わたしたち基準だと大変なことはそこまででもないけれど、シエルとわたしでソロだと言っていいのか怪しいし、わたしたちのそれは一般とはかけ離れた何かなので、基本的にはそういったところは大変だということにしておこうとシエルに伝えている。だからこそ、言い直したのだろう。
こういったやり取りもシエルに任せられるというのは、シエルの成長というか変化を感じるのだけれど、ちょっとシエルには難しそうな案件が飛び込んできたので、数秒だけ入れ替わってもらうことにした。
入れ替わってからするのは、意味深にべルティーナに微笑みかけること。意味深にできたかはおいておいて、エイルネージュがそんなに魔道具を持っていないことに気が付いたかもしれないべルティーナに無言の圧力をかけておきたかったのだ。それからすぐに入れ替わって話を戻す。
「それでべルティーナさんの職業について、教えてしまっても大丈夫ですか?」
「えっと、大丈夫です」
「パルラさんには覚えていてほしいのですが、べルティーナさんは魔眼使いです」
「魔眼使い?」
「とても珍しい職業です。べルティーナさんの場合、魔力が見えるでいいんですよね?」
「はい、ベルは魔力を見ることができます」
「魔力がみえるんだね……?」
うん。パルラは魔力が見えることの重要性がわかっていない。何なら世間一般に広まっていない。広まっていないというか、魔力を見ることができる人が限られる、というのが正しいか。おかげさまで魔力の隠ぺいの重要性も薄くてわたしは助かっている。
「確認なんですが、べルティーナさんって、多少障害物があっても魔力を見ることができますよね?」
「え、えっと、なんでそのことを知っているんですか?」
「トワイスエルさんを見つけたときに、かなり遠くても気が付いていたみたいですし」
「うう……お父様が部屋に近づいてくるのがわかるようにって、頑張ってたらできるようになっただけなんです」
そんな理由か。父親から隠れていたからこそ、べルティーナの父親は彼女の価値に気づかなかったと。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、わたし的には良かったかなと思う。べルティーナの実家は反中央派みたいだから。べルティーナにそんなつもりはなくても、親からの指示で敵対する可能性もあるから。
「魔力がわかれば魔物の場所がわかると言われているらしいので、べルティーナさんにも索敵してもらっています。魔物以外にも人を見つけることもできますからね」
「ほあ~……」
シエルの解説を聞いて、べルティーナが気の抜ける声を上げる。感心しているのかもしれないけれど、予想外の情報に抜けた声が出てしまったのかもしれない。魔物は瘴気を魔力に変える過程なので魔力は持っているし、倒して得られる魔石にも魔力が内包されているのだけれど、魔力をはっきりと知覚できる人が少ないから仕方がないのか。
むしろ背後からの奇襲にも即時対応できる高レベルの人たちは、無意識に感じ取っているのかもしれない。
「パルラさんにもやってもらっているのは、最終的にどちらもソロである程度活動できるようになってもらうためです」
「あたしも?」
「ベルはまだハンターをやると決めたわけじゃ……」
「魔物を探すことができたら、どこかのパーティに入れてもらえるかもしれません。べルティーナさんについては、保険として最低限活動できるだけの能力を持っていたほうがいいと思いますよ」
特にパルラはなんだかんだ人除けに使わせてもらっているし、簡単に死なれても寝覚めが悪いから、ある程度は鍛えてあげようとは思っている。そこまでガチガチに鍛え上げるつもりはないので、クラスで目立つということはないだろう。
といったところでシエルの話が終わり、パルラとべルティーナが話し始める。
「ベルちゃんって凄い職業だったんだね」
「珍しくはあるかもですが、すごくはないです。すごいって言われたことないですから」
「エイルネージュちゃんの話を聞く限りそんなことはないと思うけど……でも、ベルちゃんばっかり教えてもらっているから、あたしも教えるね。あたしは上級狩人なんだ」
「上級職のほうがすごいじゃないですか!」
「でもこの職業のせいで学園に行くようにって言われちゃったんだよ……。周りに知っている人もいないし、家もすぐに帰れるようなところじゃないのに……」
「それは災難です……」
何か2人が共鳴している。べルティーナは誰と接することなく引きこもりをしたいタイプで、パルラは村という狭い空間の中で生きていければそれでいいというタイプ。
似ているようで違うけど、細かく見れば共通するところが結構あるのだろう。今回も職業という、この世界の人にとってその後の人生を決めてしまうかもしれないほど大きな要素の優劣よりも、元居た場所でこっそり過ごせればよかったと言っているようなものだ。パルラは良い職業で送り出されるよりも、多少悪くても住んでいた村にいたかっただろうし、べルティーナも職業なんてなんでもいいから引きこもっていたいというタイプの人に違いない。とはいえ、聞く人によっては怒りだしても仕方がない会話内容だった。
『流れ的にわたしたちも職業について話しておいたほうがいいかもしれませんね』
『剣舞師と言い切ったほうがいいのかしら?』
『良いとは思いますが、別の言い方がいいですか?』
『あまり嘘はつかないほうがいいのよね?』
『それなら結界魔術が得意で、剣舞もできるくらいで言っておけばいいでしょう。勝手に勘違いしてくれると思います』
『そうするわ』
別にシエルは嘘をつくことを忌避するタイプではないと思うのだけれど、躊躇ったということは二人は他の人よりも少しだけでも違うように見えているのかもしれない。このまま友達と呼べる間柄になるかはわからないけれど、悪いことではないと思う。とりあえず、政治的な側面なくシエルメールと名乗っても良いと思えるくらいになったら、友達だろうか?
これまでにも結構嘘もついてきたけれど、職業を教えるのは人を選ぶ。だから職業に関しては、あまり嘘をつきたくなかったのかもしれない。結局本当の事は、まだ言えないのだけれど。
「知っていると思いますが結界魔術が得意です。D級魔物までであれば、突破されることはないと思います。C級になると一撃か二撃が限界なので見つからない、見つかっても逃げるようにしてください」
「だからエイルネージュちゃんはソロでE級ハンターとしてやっていけるんだね」
「薬草集めるだけなら、特別危険なところに行く必要はないですから。出会ってもウルフとか、オークとかでしょうか」
武器は持っておいて損はないけれど、基本的に戦闘を避けるから摩耗することは少なく、わたしたちでなくても案外やっていけると思う。特にべルティーナは魔眼があるし、パルラも群生地を見つけてから周りに罠を張ってある程度安全を確保してから採取すればいい。
結界についてはエイルネージュとしての設定をそのまま言っているだけなので、わたしが忘れないようにしなければ。
「あと剣舞ができます」
「授業で剣を使っていたけど、そういうことなんだね」
「こちらは職業柄ですからね。どれくらい使えるかはわかりませんが、E級相手なら大丈夫でしょう」
剣舞に関しては嘘とは言い難い。舞姫だけの補正のシエルの攻撃がどれくらい通用するのか、わたしたちもよくわかっていないから。魔術はシエルの技量を加味しているので参考にならないし、剣をふるうときにはわたしが少なくとも舞姫が全力を出せるようにはしている。加えて歌姫の強化を加えることもある。だから剣舞だけとなると、どれくらいかはわからない。
たぶんジウエルドとは打ち合えない。
といったところで、そろそろ帰途につきたいのだけれど、のそりのそりと子供ほどの大きさの何かがこちらに近づいて来ていた。