174.パーティと話し合いと隊列
「まずどうしてここまで時間をかけたのか、パルラさんに話しておきます」
「それって聞いても大丈夫なことなのかな?」
「べルティーナさんのこともありますし、知っておいたほうがいいと思いますよ」
シエルがそう言ってから、べルティーナのほうを見る。急に見られたべルティーナは一瞬びくっと体を震わせてから、ゆっくりと頷いた。パルラはごくりと生唾を飲み込んで、まるで重大なことでも聞かされるかのように真剣な表情を見せる。
なんだか緊張感のあるシーンのように見えるけれど、木漏れ日の降り注ぐ長閑な森の中でやっているのと、シエル含めた3人の姿から女の子たちが遊んでいるようにしか見えない。大人が見ると微笑ましい何かにしか見えないだろう。例えばこっそりこちらの様子を見ている先生とかには。こうやって見られているのは、入り口が近いからと最初の分かれ道でイシュパート先生が言っていたわかりやすい道から外れたからだろう。
ここから先はちゃんと隊列を組んで進んでいこうと――シエルに言ってもらおうと――思っているのだけれど、その前に情報は共有しておこうかと思ったのでほかの生徒には見つからない場所で話している。
「アルク……えっと、とわいすえる? さんとかジウエルドさんとかと会いたくないからです」
「同じクラスの?」
「その彼らとパルラさんは仲良くなりたいですか?」
そういえばアルクレイの家名はトワイスエルだっけ? シエルは怪しいながらもよく覚えていたなと思うけど、忘れているほうが問題か。一応伯爵家の子なのだから、変に名前で呼ぶのも怖いし、名前で呼んで親しいと思われるのも面倒くさいし、貴族の名前はちゃんと覚えておかないと。
さてトワイスエルの三男と英雄君の名前を聞いたパルラは、シエルの問いかけに必死に首を左右に振って否定する。学園で目立って高位貴族とか、王族とかに目を付けてもらいたいならまだしも、できればひっそりと暮らしたい組であるエイルたちにとって、クラスの目立つ存在たちと積極的に仲良くはしたくない。単純にノリについていけなくて、残念なことになる気もする。特にジウエルドとは根本的な考え方が違うのはわかっているし。
「それから、トワイスエルさんとべルティーナさんのことを話していいですか?」
「あ、えっと、ベルが話します。ベルのことなので……」
正直、べルティーナ自身に話してくれたほうが助かる。わたしたちだとアルクレイと仲が良くない、というかべルティーナがアルクレイによく思われていないということくらいしかわからない。
そこが個人の問題なのか、家間の問題なのか、どうして仲が悪いのかをわたしは知らない。べルティーナがそのあたりを教えてくれるかはわからないけど、より正確な話をしてくれることだろう。
「ベルちゃんも貴族様なんだよね……」
「ベルは家を追い出されるから、もう関係ないって言いたいです……」
どの時点で家との関係が切れるのかはわからないけれど、べルティーナの場合はまだ一応チランディア家の一員ということになっている気がする。学園生活の中で何か利用価値が見つかるか、生まれるかもしれないから、首輪をつけるくらいはしていると思う。でもべルティーナ的には、もう実家との関係は切れたものと考えている気がする。
とはいえ、チランディアがべルティーナを迎え入れるとしても、学園で最上位の成績を収めるとかしないといけないのではないだろうか? その辺はチランディア家の采配だから予想しかできないけど。
「ベルのチランディア家とトワイスエル家は同じ伯爵家で同じ派閥なのですが、トワイスエルの方が派閥内で立場が上なんです。だからなのか、できそこないのベルを見るとすぐにやってきて、意地悪していくのです。ですから、できれば一生会いたくないです。これからはベルは貴族ではなくなるから、何されても我慢して受け入れるしかなくなってしまいますから」
「貴族って大変なんだね……」
パルラは難しい顔をしてつぶやくけれど、どれだけ理解できたのだろうか? とりあえず、わたし的には今の発言でいろいろわかってしまったので、どうしようかなと思っているのだけれど。
一つ言えるのは、このままべルティーナが卒業してしまった場合、アルクレイから逃げる人生が始まりかねない。アルクレイはそれなりに地位がある貴族の子供。べルティーナは一般市民。最悪殺されても大した問題にはならないだろうし、アルクレイに忘れてもらわない限り玩具にされかねない。そうならないためには、彼の手が及ばないところまで逃げるとか、あとは彼が手を出せない存在になるのが現実的だろうか?
簡単に言ってしまえば、大きな後ろ盾を作ってしまうということだけれど、もしかしてべルティーナは積極的に後ろ盾になってくれる人を探さないといけないのではないだろうか? 幸い同じ学年の中にトワイスエル家なんて目じゃないくらいの大貴族と王族がいるので、うまくいけば助かるかもしれない。
問題はべルティーナがそんなことをできる気がしないということか。あとは実家との関係が悪化する可能性が高いことだけれど、すでに悪化してしまった結果放逐されるのでこちらはあまり気にしなくてもいいかもしれない。でもトワイスエルとチランディアの二家から逃げることになるから、難しいかもしれない。
これはべルティーナに頑張ってもらうか、最悪中央に逃がす方法もなくはないので、一旦置いておく。わたしにとってより重要なことは、べルティーナの実家であるチランディア家と、アルクレイの実家のトワイスエル家が同じ派閥だということ。トワイスエルは反中央派であり、派閥が同じということならチランディア家も反中央派なのだろう。
反中央派だからと言って、すぐにどうこうするということはないのだけれども、立場が立場なので最悪わたしたちと対立するかもしれない。
「そういえばエイルネージュちゃんは前から、ベルちゃんが貴族だって知ってたんだよね?」
「知ってましたね」
「初めて知った時、びっくりしなかった?」
「初対面で教えられたようなものでしたから、特には」
家名は知らなかったけれど、大きな家の出であることは間違いなかったし、別にべルティーナも隠しているわけでもなさそうだったし。でもなんでそんなことを聞いてきたのだろうか? そしてどうしてそれ以上聞いてこないのだろうか?
聞いてこないのは、踏み込みすぎると感じたからなのだろうけど。どうして聞いてきたのかは、貴族相手に態度を変えないし、レシミィイヤ姫がエイルネージュを気にかけているような感じがしたからだろうか? 傍目そうでもなくても、一緒にいたパルラならその態度の違いに気が付けたかもしれない。
「ところで、私が何者なのかパルラさんが知りたければ教えてあげますよ。伝えても私にはあまり問題はありませんし」
「えーっと、あのう……」
パルラがとても揺れている……ように見える。パルラに対してはシエルがフィイヤナミア母様の義娘であることくらいまでは、教えてもいいんじゃないかなということが、シエルとわたしの中で決まった。一気に話すとパルラが理解しきれない気がするから、教えるにしても少しずつ、パルラが聞きたいといったときに教えようと話し合った。話すのはいいけど強いて話そうという感じでもないといった感じ。パルラに教えるのは、パルラを信頼したからとかいうわけでもなくて、パルラからなら簡単に広まらないだろうと思ったから。必要なとき以外でエイルかべルティーナ以外と話しているのを見たことがないから。
「エイルネージュちゃんがあたしの立場だったら、聞いておきたいこと?」
「どちらでも」
『どんな話だったとしても、エインが守ってくれるもの』
『出来る限り守りますけど、わたしたちがただの平民でパルラがフィイ母様の義娘という話だったら、全力で逃げますよ?』
『フィイを相手にするのは大変だものね』
なんてシエルと話をしている間にパルラの中で答えが出たらしく「なんだか怖いから、聞かないでおくね」と返ってきた。それで正解だと思う。きっとべルティーナ以上にどう接していいのかわからなくなるだろうし。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。隊列はどうしますか?」
「あたしはよくわからないから、エイルネージュちゃんに任せたいんだけど……」
「ベルも、同じくです」
丸投げ――と言いたいところだけれど、経験者がいるなら素直に聞くというのは何も間違っていない。変に自分で判断したことで、大事故に巻き込まれるなんてことは度々聞く話だ。とはいえ、基本的には探知を使って、安全を確保もしくは魔物を不意打ちで狩りつつ、方角に気を付けるみたいな歩き方をしていたので、この場で使える気はしない。それにそのやり方に慣れてしまうと、2人が後々困るだろうから、使っても教えない方向で行くつもりだ。
「パルラさんとべルティーナさんが前を歩いて、わたしが後ろからついていきます」
「えっとエイルネージュちゃんが前衛だよね、どうして?」
「2人には魔物がいないか確認しながら歩いてもらうからです。それから体力がないであろうべルティーナさんを一番前にしてペース配分を決めてもらいます」
「あの……それ、責任重大じゃぁ、ないですか?」
シエルの言葉を聞いて、べルティーナがおびえたような声を出す。パーティ全体の移動速度をコントロールするわけだから責任が大きいような気もするけれど、前の世界だと普通に山登りとかする時の隊列だったはずだ。ペース配分だけではなくて、無理していそうかどうかを後ろからすぐに確認できる点でも優れていると思う。経験者が前に出て調子に乗ってペースを上げた結果、初心者が付いていくだけで精いっぱいになり、疲れても声をかけられなかった。なんてことが学生時代のイベントであった。
初心者を一番前に置くことで道を間違える問題もあるけれど、そうなる前にこちらから声をかければ問題ないだろう。何なら道に迷っても、大まかな学園の位置なら探知できるし、帰れないなんてことはない。
「私たちに気を使わず、好きに歩いてくださいということです。疲れて歩けないという状況が一番問題ですから、少しでも疲れを感じたら少し休憩するくらいのペースを守ってください。はっきり言っておきますが、私たちに気を使って歩かれたほうが迷惑です」
「う、うん。わかりました」
シエルの台詞にしては長いかなと思える言葉に圧されてか、べルティーナが緊張した面持ちで頷く。ここでビシッと言っておいた方がエイルネージュのためにも、べルティーナのためにもなるので、わたしは何も言わない。
「えっと索敵はあたしたちがするんだよね?」
「私もしますし、実際に魔物が出てくるようなら、遭遇前に私が前に出ます」
あくまで練習なので、駄目だったら駄目だったでフォローくらいする。シエルも探知するし、わたしも探知をする。自分で言うのもなんだけれど、これだけ安全に練習ができる環境はそうそうないと思う。何なら巣窟の中層くらいまでなら、今の二人でも無傷で連れていくことはできるだろうし、ここでそれをするのは過保護かもしれない。まあ、二人のためというかシエルのために日ごろからやっていることをやるだけなのだけれど。
シエルの――というか、シエルとわたしの実力をなんとなくわかっているであろうべルティーナはその言葉を聞いて、すぐに安心したような反応を見せた。パルラは少し考える様子を見せたけれど、エイルがハンターとして活動していることも加味したのか「わかったよ」と納得してくれた。
「それでは先に行ってみてください。私は後ろからついていきますから」
シエルの言葉に二人の緊張は跳ね上がったのか、ピキッという音すら聞こえそうなほどに体を硬直させて、それからギギギと首を動かして互いに顔を見合った。
これはたぶん途中で引き返すことになるだろうなと、予想を立てるのに時間はかからなかった。





