173.様子見と雑談と流れ弾
簡単にパーティは決まったけれど、すぐに動くことはせずにしばらく様子を見ることにした。目立たないようにとは思っているけれど、チラチラとこちらを――というかシエルを――見ている人もいるので、シエルにはがんばってパルラとベルティーナと楽しげに会話してもらった。できていたかはわからない。
何というか、特に面倒くさそうな人だけを避けている関係上、それ以外の人へのガードが少し甘くなっている。いっそレシミィイヤ姫のところに入れてもらえれば、と思わなくもないけれど、それはそれで目立つし、たぶんパルラが緊張で倒れる。
ともあれシエルの頑張りのおかげかどうか、エイルネージュがフリーだという認識をされることはなく、声をかけられることはあったけれど断れば簡単に引いてくれた。
ここまでして様子見をしていたのは、英雄君と雷魔術師君が居なくなるのを隠れつつ待っていたから。特にアルクレイの方はエイルネージュを異性として意識している感じがするので、パーティを組むように強要してきそうだったし、ジウエルドはエイルネージュがE級ハンターであると知っているので、そのあたりからいろいろ言われそうな気がする。
アルクレイについては、ベルティーナとの確執もあるので、万が一にでも近づきたくない。幸いどちらとも、ほぼいつもいるメンバー――ジウエルドはルリニアを除いた女子ばかり、アルクレイは取り巻き――でパーティを作ったので、そんなに時間はかからなかった。ハーレムパーティのジウエルドにアルクレイが突っかかっていたけれど、すぐに先生たちに諫められて、逃げるように山を登っていった。
ジウエルドパーティはそれから数分程度間をあけてからになったけれど、山の方に行ったのでようやく動くことができる。
『もう居なくなりましたよ』
『そうなのね。少し疲れたわ』
『お疲れさまでした。代わりますか?』
『いいえ、そのままで大丈夫よ。パルラとの会話は疲れるけれど、不快ではないもの』
『確かにパルラさんは、その辺の嗅覚というか距離感が好ましいですね』
前々から感じていることではあるけれど、パルラは自分のことを沢山話すので嫌いな人は嫌いかもしれないけれど、必要以上にこちらに踏み入ってくることもない。
むしろパルラが自分のことばかり話すのは、不用意に相手に事情を聞かないためと言うのがあるのだと思う。地雷を踏み抜きたくないから、がんばって自分のことを話している。そう考えると不器用さがかわいくも見えてくる。
それを裏付けるかのように、最近はこちらに話を聞いてくることも多くなった。少し接した中でラインがわかったかのように、ちょっと深いところまで聞いてくる。そのラインはやはり慎重でわたしたちが話をしても良いかなと思うラインの2~3歩前くらいで踏みとどまっているイメージだ。
だから元来人と話すことを面倒に思っている――わたしなど一部を除いて――シエルとの相性は悪くない。殆ど話に入ってこずにうんうんと頷くだけのベルティーナも同様に相性は悪くないと思う。
「それでは、そろそろ先生のところに行きましょうか」
「うん……うん。行こう、行こう!」
例えばこんなところ。元気よく返事をするパルラはなぜ今までここで話をしていたのか、先生に話を通しに行かなかったのか、気になってたとは思う。だけれどその理由を尋ねてはこない。パーティなら隠し事はなしだ、なんて言う人もいるかもしれないけれど、パーティだろうが親しい友人だろうが、隠し事の一つや二つしても良いと思う。
わたしたちの場合、聞き出すことで相手の方が困る秘密の方が多いと思うのだけれど、それを聞き出して扱う覚悟があるのかと聞きたくなる。
とはいえ、変に隠し事をすることでトラブルに巻き込まれるというのは、物語ではよく見る展開なので、案配が大切なのだけれど。
『山に入って、周りに人が居なくなったら、理由を話しておきましょうか』
『ええ、そうするわね』
目立つ組と関わりたくないと思うのは共通認識だろうけれど、暗黙の了解にしておく必要もない。
なんて考えていたのに、「貴女方は3人でパーティを組むんですね」と目立つ組の中でも最上位にいるんじゃないかと思う人に声をかけられた。同時にパルラとベルティーナが緊張のためか固まってしまう。こればかりは仕方がないか。相手は一国の姫なのだから。どうしようもないのがわかったのか、シエルが対応を始める。
「知らない人と組むのは嫌でしたから」
「確かにパルラさんとエイルネージュ様――いえ、エイルネージュさんはよく話をしていましたからね」
うん、人前でわたしたちだけ、エイルネージュ様はよろしくない。今聞かれたのはパルラとベルティーナだけだろうから、大丈夫だとは思うけど。
「ですが、チランディアさんも一緒なのは意外でした」
「チランディア……ベルティーナさんですか」
シエルが確かめるように呟くと、レシミィイヤ姫がベルティーナの方を向いた。その視線に負けたようにベルティーナが頷く。
「チランディア家は一般的な伯爵家ですね。ベルティーナというと、その家の三女だったかと思います」
「そうだったんですね」
本人を目の前に話す内容ではないかもしれないけれど、この程度であれば少し調べればすぐにわかることだろう。それに姫とベルティーナのアイコンタクトは、話して良いかと言う確認だったのだと思う。立場的にベルティーナは断ることができなかろうと、事前確認はしたという事だ。
それにベルティーナについては、ほかにも噂はありそうなので、姫様的には最低限だけ伝えているのだと思う。卒業と同時に放逐されることも知っているのではないだろうか? そういったことを言わないだけ、配慮されている感じはする。
フィイヤナミアの義娘とベルティーナへの配慮。
フィイヤナミアの義娘に隣にいる人物がどんな人物なのかを教えつつ、ベルティーナの名誉は守っていくような配慮。まあ、わたしたちはそのあたりすでに聞いたけれど、姫様はそのことを知らないわけだし。
シエルとレシミィイヤ姫が話している間に、エイルの後ろではベルティーナが必死にパルラに説明をしている姿が見えた。
薄々感づいていただろうけれど、初めてベルティーナが貴族――しかも伯爵家――だと聞かされたパルラが動揺していたのが事の始まりらしい。
「ベ、ベルは、学園を卒業すると同時に……と言うか、たぶんすでに家からは縁を切られているんですっ。だから、もう貴族と言うことではなくて……。ベルは落ちこぼれだから、チランディアの出来損ないって言われていて……。だから、ベルは何にもないんですっ」
こんな感じでベルティーナが言い寄っているのだけれど、いろいろ漏れている。それに対してパルラは「あの、えっと……その、ですね」と意味のない言葉を繰り返す。たぶん丁寧に話した方がいいのか、今まで通り話した方がいいのか迷っているらしい。
「ベルは今まで通り話してくれた方が、嬉しいです」
「えっと、それじゃあ、ベルティーナちゃん。今まで通りでいいの?」
「駄目だったら最初にそう言っています……たぶん」
たぶんの声が小さかったのは、聞かなかったことにしてあげよう。実際、言葉遣いで不敬だと言うつもりなら、最初に言っているのはそうだろう。よほど性格が悪くない限り、初対面で注意すると思う。平民に気安く話しかけられるのが癪に障るから言うのだろうし。
「パーティが全員後衛で大丈夫ですか?」
「私が前衛をしますから」
「……エイルネージュさんはソロでも活動できていましたね」
シエルの方に意識を戻せば、パーティのバランスの話になっていた。
一応エイルネージュは魔術師で後衛、弓を持ったパルラも後衛。小柄なベルティーナも前衛には見えないだろう。
ベルティーナよりも小柄なエイルネージュが前衛っていうのもまた、変な話かもしれないけれど、幸いエイルネージュであってもE級ハンターという実績があるし、姫様はシエルの正体も知っている。だからそこまでつっこんでこないのだろう。
それに姫様のパーティだって、レシミィイヤ姫とルリニアとリーナエトラ、あとは名も知らぬムニェーチカ先輩の人形の四人で人のことをいえるような状態ではない。これからまた増えるかもしれないけれど。
でも現状は四人で見た目だと誰も前衛をするようには見えないだろう。リーナエトラとムニェーチカ先輩(仮)あたりが前衛として活動できるんだろうけど。あまり長く話すとさすがに注目が集まってくるから、切り上げたいなと思っていたら、リーナエトラが「姫様、そろそろ」と声をかけていた。
「それではわたくしたちは先に行かせてもらいますね」
「私たちも少ししてから行きます。お気をつけて」
「はい、そちらこそ」
レシミィイヤ姫たちがこの場を立ち去り、わたしたちも移動する。
少し遠いけれど、イシュパート先生のところに行くのが一番話が早く済むから。
◇
「それで三人ね」
「経験の少ない前衛を私がすれば、バランスを取れると思いますから」
「こう言うときでもないと経験しないだろうから、気持ちは分かるかな。それに君の力なら、ゴブリン程度なら怪我無く帰ってこられるだろう?」
「ウルフも群でなければ大丈夫です」
イシュパート先生のところにいってパーティ申請をすると、わたしたちの見た目の割に簡単に認めてくれた。他の人も知っているかもしれないけれど、実際にエイルネージュと戦ったイシュパート先生は本当に話が早くて助かる。
エイルの結界の強度であれば、ウルフの群くらいまでならしばらく耐えられるだろうけど、後ろを守りながらとなるとなかなか難しい。二人を結界で守るのは最終手段にしたいので、基本はエイルネージュが敵を引きつけないといけなくなる。そうなると群相手はまず無理だ。
「あ、あの。ここはゴブリンがでるの……ですか?」
「そうだね。殆ど魔物は居ないけど、もしかしたら一回くらいははぐれたゴブリンに出くわすかもしれないね」
パルラが手探り感あふれる敬語で尋ねると、イシュパート先生がそんな風に意味深に答えた。と言うことは、行って帰ってくるまでの間に一度はゴブリンに出会うらしい。
それを聞いたパルラはおびえたような表情になっているところ悪いのだけれど、わたしの頭には一つの職業が浮かんだ。だけれどそれは一旦横に置いて、イシュパート先生に確認したいことをシエルに尋ねてもらう。
「ルートは一つだけですか?」
「いくつかルートはあるけど、わかりやすいのは一つかな」
「わかりました。それじゃあ、行ってみますね。……二人もそれで良いですか?」
シエルがパルラとベルティーナの方を向いて尋ねる――ように、わたしが誘導した。パルラはさっき自分で質問をしていたし、まだ聞きたいことがあるかもしれない。
幸い二人とも何もないと頷いていたけれど、聞きたいことがないと言うよりも、緊張でこれ以上何か聞けるような状態にない、と言った感じに見えた。
2020/08/31 レシミィイヤ姫のパーティを三人から四人に変更。内容的にはほとんど変更はないかと思います。