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20.経緯説明と罰と報酬(前)

「私が把握している限りですと、最後にカロルの氷の槍をシエルメールさんが受け止めたということだけなのですが、まず経緯を説明してくれますか?」


 机が1つで、あまり広くない取調室のような場所に連れてこられて、セリアさんが()()()に説明を求めた。

 勝手を知っているであろうカロルさんに話を聞いたほうが良いと思うのだけれど、そういうわけにもいかないのだろう。わたしが話した後でカロルさんにも確認を取って、嘘をついていないかを調べるのかもしれない。


 なんて今の状況を穿った見方をすればこうなるけれど、取り調べを受けるのがカロルさんで、本人に話を聞く前に客観的な話を聞きたいのだと思う。

 そもそも、この場はカロルさんがやらかして生まれた場ではあるし。

 セリアさんが机の向こう側、わたしとカロルさんが同じ側というポジションで座っていて、セリアさんのセリフの後、隣にいるカロルさんが変なプレッシャーを送ってくる。


「アレホさんにわたしが勝った、までは説明は必要ですか? これと言って説明することはないんですけれど」

「はい、大丈夫です。こちらが訊きたいのは、なぜお二人が戦うことになったのかと、その戦いの大まかな内容。具体的には氷の槍についてですから」

「わかりました。模擬戦をすることになったのは、わたしの魔術が見たいとカロルさんに頼まれたからです。

 その見返りとして、勝てばB級の試験に合格したことにしてくれるそうです。それから、D級になるまで面倒を見てくれるとも言われました」


 だから、先ほどの模擬戦の勝敗を明確にしたいのだけれど、今訊くのは難しそうだ。

 どうせ試合内容は話すのだから、その上で判断してくれたらいいと思う。

 セリアさんは反応を見せないようにしているのか、平坦な声で「なるほど」と相槌を打った


「それくらいなら、特別問題になることはなさそうですね」

「問題ないんですか?」

「はい。稀ではありますが、例えば元兵士がギルドに登録することがあります。

 その場合、その階級を功績として、上のランクの試験を受けることができるのです。

 それに限らず、相当な実力を持つ人が登録をすることもあります。その時にE級からでは、ハンター組合としても損失となりますから、特別にE級でありながら認められた場合にのみ上級の依頼をこなせるような措置があります。その時にこなしていた依頼のランクまでは、試験なしでランクアップできるのです。

 今回はその一種ととらえることができるでしょう。


 カロルがシエルメールさんを支援するというのは、カロル個人の問題ですので、ギルド側が関知することではありません。ただし、カロルには相応の責任が生じますが」


 カロルさんとの約束に問題がないとすれば、わたし達に何か不利益があるということはなさそうだ。

 勝手に模擬戦というか、試験をしたことに対して、わたしにも責任を問われないかと身構えていたけれど、杞憂で終わったようで何より。

 安心するわたしとは反対に、カロルさんの顔は硬くなっていく。笑ってはいるのだけれど、頬がピクピクしていて、無理に笑っていますという感じが強い。


 さて、セリアさんに模擬戦の詳細を話すわけだけれど、どこまで話したものか。

 わたし達がしたことといえば、わたしが球状結界といつものシエルの身体にピッタリ張り付いているかのような結界+歌での支援。

 シエルがしたことは、呪文、魔法陣、舞姫での魔術の行使。

 ただし、舞姫の力も本来持っている力の10%も出していないし、歌姫による支援は気が付かれるものではない。わたしが支援を始めてから、舞姫の力は使っていないので、舞姫と歌姫の相乗効果も見せていない。


 もしかして、多少実力を見せるという点においても、すべて話してしまっていいのではないだろうか。

 そう思ったので、職業のことは隠して、洗いざらい吐くことにした。

 球状結界が破られて魔術戦になったあたりで、セリアさんからストップが入る。


「ここまで話してもらってこの質問は今更ですが、シエルメールさんは魔術師ということで良いんですよね?」

「はい。魔術を使わないと、ほとんど何もできないと思います」

「つまり準備することもなく、カロルと戦ったということですか?」

「準備っていうのは?」


 結界は常に張っているし、今回みたいに能力を制限しないのであれば、わたしが歌ってシエルが踊って大体のことが終わるので、準備は常に終わっているようなものだけれど。

 だけれど、魔術師として見た場合だと、また別の準備があることが常識なのかもしれない。

 スッとカロルさんを見てみると、スーッと目を逸らされた。


「あー、はい。わかりました。後輩相手に自分は万全、相手は準備不足で勝負を吹っ掛けた人がいたわけですね」

「でもハンターたるもの、常に戦える準備はしておかないといけないんじゃないですか?」

「そうよ。ワタシは、その辺りの厳しい現実を教えただけだわ」

「確かにハンターとはそういうものだし、その点に関して仮にシエルメールさんに何かがあったとしても、準備不足であった方が悪いと評されると思う。

 でも私の中でカロルの評価は下がったよね。いくらハンター志望とは言え、10歳の女の子相手にやることじゃない」


 とりあえず、常識のすり合わせをと思って発言したのだけれど、なぜかカロルさんの評価が下がった。

 まあ子供の発言に乗っかって、自分の行動を正当化しようとしているわけだから、評価が下がってしかるべきかもしれないけれど。


「あの、準備って結局何なんですか?」

「失礼いたしました。魔術師であれば、衣服や靴などに魔法陣を準備しておいて、すぐにでも魔術を使えるようにしています。

 いくつ魔法陣を準備できるかは、その人の実力次第ですが、今回のように試験を行う場合には事前に準備してからというのが基本です。先ほども申し上げましたが、準備をしていなかった場合、していないほうが悪いと評されます」

「なるほど。教えていただいて、ありがとうございます」


 確かに魔法陣があれば、とっさの時にすぐに魔術を発動できるので、最終防衛としてもかなり優秀だ。

 少なくとも奇襲にあった時、相手に攻撃されるよりも早く気が付くことができれば、最悪の事態は避けられる。これが呪文だけしか扱えなかったら、認識した後で呪文を唱えるという時間が発生するのでその間に殺されかねない。

 呪文を使って魔術を使う場合は1回につき1つしか使えないけれど、魔法陣であれば複数の魔術を同時に使うこともできるというのも大きい。


 もちろん複数の魔法陣を扱うには相応のコントロールが必要だけれど、シエルも使うだけなら、模擬戦の状態に加えてあと3つくらいはいけたのではないだろうか。

 それだけで手数が増えるのだから、戦闘においてかなり有利になるだろう。

 でも、あと3つ増えたところで、あの氷の槍はどうすることもできなかったと思うけれど。


 それから、魔術合戦から氷の槍の話に入ろうとしたところで、小さく手を引かれた。

 何かと思ったら、カロルさんが首を左右に振って、何かを懇願する目を向けている。

 ふむ、そんなに氷の槍の話はしてほしくないのか。でもすでにセリアさんは知っているわけだし、隠す必要はないと思うのだけれど。


 それに現状、カロルさんの都合がいいように話を変える義理は存在しないので、カロルさんには目を伏せて首を振ることで返答することにした。

 絶望したような顔をするけれど、それは自業自得というやつです。


「均衡状態だったところで、カロルさんが氷の槍、グラシオ・レンツォでしたっけ? を10本使ってきたので」

「待ってください。10本ですか?」

「確かに10本だったと思います。さすがに死ぬと思ったので、記憶違いではないはずです」

「ちょっとごめんなさい。今、カロルに言っておかないといけないことができましたので、少々お時間をいただいていいですか?」

「はい、大丈夫です」


 わたしに一言確認を取ってから、背筋がぞっとするような視線をカロルさんに向けた。

 カロルさんは、ばつが悪そうに目を逸らすけれど、そのまま逃げられそうな雰囲気ではない。


「ねえカロル。貴女は何と戦っていたの?」

「……10歳の女の子よ」

「そうよね? 別にワイバーンと戦っていたわけじゃないよね?

 なんで10本も使っているの? 1本でも大概よ? そもそもギルドの施設内で許可なく1本でも使ったら罰金ものなのわかってる?」

「仕方ないじゃない。だって、楽しかったんだもの。この子すごいのよ?

 つつけばつつくだけ、何かが飛び出してくるんだもの。全力をぶつけたくなるじゃない」

「開き直っても、罰金は罰金。1本につき金貨10枚。10本だから100枚ね」

「はあ……仕方ないわね」


 カロルさんは盛大にため息をついて、戦斧やナイフを出していたように皮の袋を取り出した。

 結構大きくて重そうだけれど、もしかしなくても、すべて金貨なのだろうか。

 宿が銀貨2枚で1泊だとすると、金貨100枚で宿に5000泊出来る計算だから、ものすごく大金だということはわかる。上位ハンターはこれをポンと出せるくらいに稼げるのか。


 むしろ5000日って何だろう。前世の感覚だと安宿で3000円~5000円くらいのイメージだから、金貨100枚は1500万円~2500万円くらいになるのだろうか。

 そこまではないにしても、カロルさんが雲の上の人のように見えてくるから、お金の力は偉大だ。


「失礼しました。続きを良いですか?」

「続きと言っても、あとは迎撃の魔法陣で9本を破壊して、1本を結界で受け止めたくらいです」

「なるほど。わかりました」


 そう言ってセリアさんは何かを考えてから、カロルさんに「間違いない?」と確認を取る。

 それに「ええ」と返答があったところで、セリアさんがわたしに頭を下げた。


「この度は申し訳ありませんでした」

「何に対する謝罪なのでしょうか」

「対応をカロルに任せたことです。今回、私がカロルに試験官を任せるという形で、もめ事を収めようとしました。

 ですが肝心のカロルが、人に向けるべきではない魔術を向けてしまったわけです。

 その責任はカロルを指名したハンター組合側にあり、カロルにはハンター組合側から、別途処分されることになります」

「わかりました。今回の場合は、どういう対応になるのでしょうか?」

「現状、シエルメールさんの立場は曖昧なものです。ハンターになったとも言えますし、まだハンターになっていないとも言うこともできます。

 そういう相手に対して、カロルの身に危険が迫っていないのに、殺しかけてしまったというのは、重大な事態です。

 ですからギルド側としては、可能な限りシエルメールさんの望みを叶えることができるでしょう。

 私を罰したうえで解雇してほしいというのであれば、それも可能です」

「セリアそれは」


 自らのクビも辞さないセリアさんの言動に、カロルさんが思わず口を出す。

 しかしセリアさんは、「カロルは黙っていて」と相手にしなかった。


「それから申し訳ないのですが、カロルをハンター組合から追放することはできないでしょう。

 シエルメールさんは半分ハンターという立ち位置です。しかもカロルよりもかなり下位のハンターになりますから、仮に殺されていたとしても一時的なランクの低下が最も重い罰になります」


 高ランクのハンターは、それだけ優遇されているということか。魔物がいるこの世界において、高ランクのハンターが1人いるだけで、小さな町程度なら平和になるだろうし、そんな人とハンターになりたての若造のどちらが大切かなんて考えるまでもない。

 貴族制度がある世界だ。人の命の価値は、地球のそれとはまた大きく変わってくるのだろう。


 殺されかけたというのは、思うところはある。

 だからカロルさんに、何か罰がないと溜飲が下がらなかったところだけれど、さっき金貨100枚払っていたわけだから、罰になったといえばなったのかもしれない。

 それにセリアさんを辞めさせるのは、今後ここで活動していくうえで、マイナスになる。気まずいのはもちろん、10歳の子供に対してここまで真摯に対応してくれる人が、1人減るのは利用者としてよろしくない。


 だとしたら、自分にプラスになるようにしたほうが良いだろう。

 でも決定する前に、シエルにも話を聞いておくべきか。


『シエルさえよければ、今回の件を利用してランクを上げられないかと思うんですが、どうでしょう?』

『えーっと、その。そうね。エインがしたいようにしてくれていいのよ』

『シエルはこの2人のことをどう思いますか?』

『どこかの公爵よりは、良い人みたいよね。でもどうって聞かれても、判断に困ってしまうわ。

 そもそも、殺されるって感じがしていないんだもの』

『わかりました。ひとまず、やりたいようにやらせてもらいますね』


 本当に困ったようなシエルの声を聞いて、話を終わらせる。

 常に命を故意に狙われていたシエルとしては、勢い余って殺されかけたという程度では、思うところもないのかもしれない。

 それに人を判断するにも、出会った人の数が少なすぎる。だとしたら、罰とか辞めるとかいう話もついてこれてはいなかったというのもあるだろう。

 だとしたらアレホにキレていたのは、相手が男だったからか、口が悪かったからかといったところか。


 いや、わたしも、アレホとカロルさんのどちらが許せないかといえば、アレホのほうだけれど。

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