172.野外訓練とパーティ
学園長とのやり取りを終えて、一度ムニェーチカ先輩のところに戻ってからお礼を言っておいた。
今後手伝ってもらうこともあるだろうし、シエルが作る人形にはムニェーチカ先輩の協力は必要不可欠なので、何かと気を使っていて問題はないはずだ。
『学園長は大丈夫なのね?』
『白か黒かで言えば、白でしょうね。魔道具を作ることに興味がないというのは本当だと思いますし、自分で何かを成し遂げるということに対してはそこまで意欲を感じませんでした。シエルメールという才能を前にしても、大きく表情を変えることもありませんでしたしね』
S級になりたかったとか、何か大きなことを成し遂げたいという人にとって、シエルメールという存在は嫌でも目に付くはずだ。13歳でA級ハンターとなり、フィイヤナミアというこの世界で最大の後ろ盾を得ている。客観的に見れば紛うことなき天才であり、上を目指すものからすれば嫉妬の対象だろう。その分野が違ったとしても、何かしら思うことがあってもおかしくはない。
それなのに学園長からは、そういった感情は読み取れなかった。わたしが読み取れなかっただけという可能性もあるけれど、その時にはわたしが未熟だったということで、お母様にごめんなさいしよう。
お母様的には、わたしたちが失敗してもかまわないみたいなスタンスだったような気がするけれど。仮に禁忌に触れるものが現れたとして、その人に神罰が下って終わるだけ。優秀な人がいなくなるという点が最大の問題点のように話していたけれど、お母様的には人が絶滅してもかまわないと思っているだろうし。
わたし的には人が絶滅するというのは、あまり快いものではないけれど。
『ふふ、エインがシエルメールと呼ぶのはなんだか不思議な感じね』
『呼んでほしいなら、シエルメールと呼びますよ?』
『その言い方はいじわるね』
拗ねたように言うシエルに、わたしは『それは申し訳ありません』と微笑むように返す。
拗ねたようにであって、シエルはきっと拗ねてはいないから。むしろ拗ねたふりをして、わたしを困らせようとすら考えているのではないだろうか?
今回は気が付いたので余裕をもって返せたけれど、たぶん普段はあたふたしていたことだろう。
頭の中に『今日のエインはいけずなのよ』とつぶやかれる声が、なんだか可愛らしくて思わず笑顔になってしまった。
◇
今日の授業は野外訓練。外での活動となるので、基本的にはシエルが受ける。場合によってはわたしが受けることもあるかもしれないけれど、初回の授業なので今はシエルが表。学園内の森の入り口の前に集合することになっている。
着替えて集合場所に行ってみると、パルラがすぐにエイルを見つけてやってくる。そういえば朝から話をしていたんだっけ。野外訓練がどんなものかという予想を話し合っていた気がする。索敵のコツとかも聞かれた気がするけれど、わたしのそれは真似できるものではないので、ぜひ授業を通して学んでほしい。朝話したのはわたしで、今から話すのはシエルだから、朝話したことを覚えている保証はないけれど。
「エイルネージュちゃん!」
「もう来ていたんですね」
「休み時間にやることってなくって……」
「そうですか」
パルラの自虐っぽい話をシエルが適当に流す。前世の休み時間ってわたしは何をしていたっけ? 友達と話していたこともあったけれど、基本的には一人でいたほうが楽だったからそうしていたようにも思う。それからまたこっそり近づいてくる影があるのに気が付いた。何というか、プロの暗殺者ほどではないにしても、かなり隠密行動が得意なんじゃないかと思う。
的確に人に紛れられるところを通ってくるし、まったく人がいないところがあれば迷わずそちらを行くのに、こちらを見失うこともなさそうだ。
前にも思ったことだけれど、べルティーナは魔眼をかなり使いこなしているらしい。使い方は大いに間違っているような気がするけれど。わたしも歌姫をもっと使いこなせるようにしたほうがいいのだろうか? でも使いこなせたところで、という気がしないわけでもない。
戦いなどで普段から舞姫の力を使っているシエルならともかく、わたしが歌姫を使って補助をするのは今だとAランク以上の魔物が出たときとかだろう。切り札としての意味合いが強いので、見せびらかすようなものでもない。
だからわたしは歌姫という側面よりも、魔法使いという側面のほうが強く、ある意味で結界が本体と言ってもいいくらいだろう。歌うことは好きだから、ちょくちょく歌ってはいるけれど、歌姫の力はあまり使わない。学園でシエルがある程度実力を見せないといけないときにも、歌姫の力は使わないつもりだ。
それはそれとして、近づいてくるべルティーナのことをシエルには伝えずに様子を見る。
「あ、あの……」
「べルティーナさんですか。やっぱり野外訓練受けるんですね」
「は、はいっ! ベルはあまり受ける気はなかったのですが、最悪必要になりそうじゃないですか……」
「そうかもしれませんね」
シエルが気が付いていたのかいなかったのか、わたしにはわからないけれど、突然声をかけてきたべルティーナに対して、驚くことなく受け答えしているので、たぶん気が付いていたのだと思う。
今のところべルティーナは人から遠ざかることは得意だし、気配を探るのも上手だけれど、根本的な隠密能力としてはそんなでもない。つまりわたしたちと似たようなものだ。探知が使える相手であればその存在を簡単に悟られてしまう。言い方を変えれば、今は才能だけでやっているもので、技術が伴っていないというところだろうか。
わたしたちの場合、技術も何も職業柄目立ってしまうので、根本的に隠密とかスパイとかに向いていないだけだけれど。
「あ、べルティーナちゃん。元気?」
「ベルは、そんなに元気ではないです。こうやってここにきてしまったことで、テンションは最悪です」
「やっぱりハンターになるため?」
「目指しているわけじゃ、ないんですよ? でももう少しベルができる子だったら、この授業には来ていなかったかもしれないです」
『どういうことかしらね?』
『一通り授業を受けてみて、これならできそう……みたいなものがなかったんじゃないですか?』
『でもべルティーナの魔眼は優秀よ?』
『たぶんべルティーナさんの魔眼がそこまで優秀なことを知っている人がいないんじゃないですか? もしかしたらべルティーナさんが周りに気が付かせないように生活していたのかもしれません』
『バレると面倒くさそうだものね。だけれどべルティーナでは、実力不足ではないのかしら?』
『だからこそ、学園卒業までしか面倒を見ないと言われたんでしょう』
珍しい職業だから様子見くらいはされたのかもしれないけれど、べルティーナがその有用性を隠していたら見放されるだろう。
見放されても話さなかったのは、親に有用性を示せると思えなかったのか、自分自身でその有用性に気が付いていないのか、知られたくない理由があったのか。
大成を目的とせずに多少の危険を受け入れることができれば、ハンターとしてそこそこやっていけるようになると思う。もっと言えば、パルラと一緒にハンターをすればかなり安定して成果も残せるようになるのではないだろうか。
授業時間が近づいてきたので辺りを見回してみると、いつもの戦闘訓練よりも人が多いように見えた。というか、実際多い。
戦闘訓練にはいなかった面倒ごとや面倒ごとがいるので、すぐに分かった。家の庭でもできるような戦闘訓練と違って、実際に森に入って活動をする野外訓練は基本的に飛び級が存在していない。誰でも初級から受ける。この辺りは入試で判断できない内容になるだろうから、仕方がないのかもしれない。
まあ、わたしたちは免除されていたのだけれど。何せすでに森に入ってある程度活動ができているという成果を持っているから。年齢的にE級ハンターでも珍しいのだ。ルールありの試合とか、単純な足の速さとか、E級以上の実力を持っている人も少なくはないのがこの学園だけれど、E級ハンターとして認められるには生存能力とか、野営能力とかが必要になってくる……ような気がする。わたしたちの場合、野営の方法も何も結界にかまけてそのまま寝ていたし、わたしが起きているから何かあってもすぐに行動できるし。
さてアルクレイだけれど、周りのことは気にしないたちなのか、ここにいる人程度であれば気にする必要がないと思っているのか、べルティーナの存在に気が付いてない。気が付かれると巻き込まれそうなので、構わないけれど。あとは単純にべルティーナがアルクレイに気が付いているらしく、パルラを良い感じに壁にして隠れている。
「集まってるね。それじゃあ集まって」
この授業でもイシュパート先生のパーティが担当するらしく、見慣れた先生方――名前は知らない――が並んでいる。
ただ今回は人数が増えているせいか、もう一パーティ程度増えていて、総勢十数人になっていた。
「さて野外訓練だけど、最初にここにいる人たちの中で、最低3人最大6人のパーティを組んでもらう。決まったら僕たちの中の誰かに伝えてもらって、以降パーティの増加減少・変更等があれば同じように僕たちの誰かに伝えるように。特に誰かに抜けてもらう場合や、誰かと変更する場合には、パーティ内の過半数がそれに賛成していることを見せてもらうことになる。もしくは特別な理由がある場合にも認める可能性もある」
危惧していたことが現実になった。とはいえ、この可能性も考えて、パーティメンバーにはすでに目星をつけている。
それにしてもいきなりパーティを組むことになるのか。これまでの期間でパーティメンバーになれるような仲の人を作っておけということか、誰とでもある程度はパーティを組めるようになれということなのか。
好き勝手にパーティを変えられないようにしているのも、あまりものでできたパーティであれば、厄介も厄介かもしれない。
「パーティが決まったら今日は山の頂上まで行って、そこにある証をとって戻ってくること。あらかじめ言っておくと、今日、証をとってこれなかったからと言って、成績に響くようなことはないから、時間をかけてパーティを決めてもらって構わないよ。早く決め終わって暇なパーティ向けの課題だから。でもパーティを組んだ後、一度は森に入ってもらうから、授業時間をすべて使ってパーティを決めること。一定時間までに決まらなかったら、こっちで決めるからそのつもりで」
イシュパート先生が説明を終えると同時に、生徒たちが動き出す。
大方普段から仲良くしているグループでパーティを組んでいるらしく、アルクレイは取り巻きとパーティを組んでさっさと山の中に入ってしまったし、ジウエルドのところもいつものメンバーといった感じ。ちょっと違うところがあるとすれば、ルリニアがいないことだろうか。
そのルリニアは姫様のパーティに入っているらしく、姫様とルリニアとリーナエトラともう一人見覚えはない生徒が一緒にいる。見覚えはなくても知らないわけではなくて、おそらくムニェーチカ先輩の人形の一人なのだろう。少年型の人形で腕につけるタイプの盾と片手剣を装備している。背は低いけれど正義感が強そうな、主人公みたいな顔をしている。
レシミィイヤ姫がそれに気が付いている様子はないけれど、護衛としては一級品の存在ではあるだろう。
どうやってであったのかはわからないけれど、たぶん学園長経由とかなのではないだろうか。
『やっぱりパーティ組まないといけないのね?』
『そうですが、幸い組みやすい人がいるからいいんじゃないですか?』
『まあ、言うとおりね。適当に組まされるよりは、とてもマシよね』
「3人でパーティを組みませんか?」
「あたしは良いよ。っていうか、ありがとう。2人以外考えられなかったから、うれしいな」
「ベルも、ほかは考えられません!」
あからさまにほっとしたような返答が返ってきて、ああ間違いなくこの二人はコミュニケーション能力に乏しいんだなとしみじみと感じた。