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171.学園長と好みのタイプ

「学園長。今すぐここを開けてください」


 学園長室と書かれた扉の前で、セェーミエッテ先生が言葉だけ丁寧にそんな風に話しかける。

 一応セェーミエッテ先生は教師であるのだから、もう少し態度は気を付けたほうがいいのではないのだろうか?

 今は周りに人がいないので、そのせいで師匠的側面を出しているのかもしれない。学園長室の中にいるのも一人だけなのも、セェーミエッテ先生はわかっているだろうし。


 中にいる人が扉に面倒くさそうに近づいてきたかと思うと、いやいやと言わんばかりにゆっくり開かれた。


「何なんだい師匠。いつもは放っておいてくれと言わんばかりなのに」

「今日は貴方に会いたいという人を連れてきたんですから、もう少しシャキッとしたほうがいいですよ」

「ワタシに会いたいだって?」


 出てきたローブを着た妙齢の女性は首をきょろきょろさせたかと思うと、やっと視線を下げてわたしを見つける。

 顔があって気が付いたけれど、学園長という立場を考えると思った以上に若そうに見える。20代と言われても頷くし、40代と言われても、そうなんだとなりそうなそんな感じの見た目。

 耳はとがっていないので、エルフということはなさそうだ。だとしたら、調べてみれば学園長がどんなハンターだったのか、すぐに分かるかもしれない。というか、グランドマスターのラーヴェルトさんに聞けば、少なくとも当時の一般的な学園長に対する認識くらいは教えてくれるだろう。


「始めまして、わたしは――」

「知っているよ、エイルネージュさんだね」

「知っていたんですね」

「学園長という立場だからね。と言いたいけど、さすがに学園の生徒全員の名前を憶えているわけではないよ」

「まあ、そうなんでしょうね」


 すでにエイルネージュ(わたし)は学園長に認知されていたし、学生全員とは言わなくても気になる生徒を調べて覚えておくくらいはできるだろう。目が合ったし、その辺は学園長も理解はしているらしく、わたしの気のない返事にも嫌な顔はしない。

 それから何かを確かめるようにセェーミエッテ先生のほうを向いた。


「師匠はどうして彼女と一緒にいるんだい? ――一応言っておくけど、彼女が唯一人形魔術の授業をとったのは知っているよ。それだけで師匠が目をかけるほどではないと思うんだよね。それだけじゃないのは見てわかっているけれど」

「ワタシの知人の関係者です」

「どうしてセェーミエッテの時にはそんな風になるのかな、師匠」

「貴女が学園長で、ワタシが教師だからです。ヴィフィーアも貴女には敬意を見せていたと思いますが?」

「そんな表面だけ取り繕った敬意はどうかと思うんだけど、まあいい。彼女はムニェーチカ師匠の知り合いの関係者でいいんだね?」

「その通りです。そういうわけで、ワタシは帰ります。その子のことよろしくお願いします」

「何しに来たんだい……師匠……」

「仕事をしていると主張しに来たんです。学園の教師として、学園長に会いたいという生徒を連れてきました」


 あっけらかんというセェーミエッテ先生に、学園長が疲れた表情を見せる。大変な師匠を持つと苦労をするらしい。わたしたちにとって師匠っぽい人となるとカロルさんだろうか? 別に苦労したような、苦労しなかったような。そもそも師匠ではないので、比べるのは無意味か。

 むしろ先生として慕っていたペルラから見ると、わたしたちは師匠になるのかもしれないけれど、どう見られていたのだろうか? 元気にしていたらいいのだけれど。


 そんなことを考えている間にセェーミエッテ先生と学園長のやり取りが終わったらしく、「それではワタシは戻ります」と帰っていく姿が見えた。

 こめかみのあたりを抑えながら、わたしの方を見る。


「待たせたね。ワタシに用があるらしいけれど、まずは入ってくれるかな?」

「わかりました」


 学園長室の前で話をするというのも、よくはないのだろう。有名な学園長であれば、個人的に話をしている一年生というのは目立つだろうし、入れてもらうことにする。

 学園長室はわたしの知る校長室とそんなに変わらない感じだろうか。特に変わったところもなければ、変わった装置があるわけでも、隠し部屋があるということもなさそうだ。


「ようこそ学園長室へ。入学して数日でやってくる生徒は初めてだけど、歓迎するよ」

「ありがとうございます。わたしが言うのも何なのですが、学園長室にそんなに生徒を招くものなんですか?」

「これでも有名人なもので興味本位でやってくる人はいるが、特別なことがない限りはそうそうないね。対抗試合の代表選手とか、何か大きな記録を残したとか、特別優秀な成績を残したのかとかだよ」

「対抗試合なんてあるんですね」

「知らずに入学するというのも珍しいが、簡単に言えば第一学園との実力試しで学生同士の競技大会みたいなものと言ったらわかりやすいんじゃないかい?」

「そうなんですね」

「興味なさそうだね」

「ええ、ありません」


 第一学園には例の王子がいるわけで、わざわざ目立つことはしたくない。そういう意味では興味がないわけではないけど、出場したいなんて少しも思わない。

 仮に競技会でいい成績を残せば騎士や宮廷魔術師への就職が確定するといわれても遠慮したい。というか、それらはわたしたちにとってプラス要素は一つもない。現状よりも好待遇になることはないだろうし、わたしたちを国に取り込もうとしたら国際問題になりかねない。


 学園長はわたしの即答に少し考え始めたかと思うと、真面目な顔をして口を開いた。


「ワタシに用があるということだったけれど、その前にそちらのことを教えてくれないかな?」

「それくらいすでに知っているんじゃないですか?」

「名前はエイルネージュ。E級ハンターで普段は二人組のパーティを組んでいる。この国の出身ではなく、出身地は中央が最有力。破格の財力があるため、とても大きな商家か、貴族の出だと考えられており、魔力測定の結果から貴族に連なるものだと判断されている。戦闘スタイルは結界による防御重視、その防御力を生かした薬草採取などの依頼を積極的に受けている。

 というのが、ワタシが手にしている情報ではあるけれど、これは意図して入手させられた情報だろうね。何せ君の実力はそんなものではないだろうし。ワタシでも勝てるかわからないのだから」


『勝てるかわからないらしいけれど、そうかしら?』

『わたしが感じられる範囲だと、まずわたしたちが負けることはないですし、勝てる相手だと言っていいでしょう。そもそもハンターとして活動しつつ、実力を隠していなかったのであれば、S級になっていない時点で勝てると思います』


 中途半端に実力を隠して、S級になれるはずだったのにA級留まりにしていたというのであれば話は別だけれど、そこを隠す意味はないと思う。わたしたちのようにS級だと面倒くさいからとA級で留まっていた場合には、S級の実力があるのにA級でとどまっていたという話になりそうだし、何より師匠のムニェーチカ先輩が学園長はS級にはなれないと言っていたので、まあ勝てるだろう。

 レシミィイヤ姫の話に誤りがなければ、学園長はわたしの実力を中途半端にしか見抜けていないのだと思う。それでもある程度は見抜かれていたから、入学式の時に見られていたといったところだろうか。


『フィイ母様の子供であることくらいなら、話してもいいですか?』

『良いんじゃないかしら? それで困ることはなさそうだもの。それに困ることがあれば、逃げ出せばいいもの。そうしたら海に遊びに行きましょう?』

『それもいいですね。次は泳げるようなところだと良いですね』

『泳ぎ教えてくれる?』

『わたしの感覚で泳げたらいいですよ』

『楽しみにしているわね』


 シエルと話していたら、学園長に怪訝そうな顔をされてしまったので、何事もなかったように口を開く。


「わたしについてでしたね。勿体付けるつもりはないので話してもいいのですが、学園長はわたしが何者なのか本当に知りたいですか? 知らない方が良かったということもあるかもしれませんよ?」

「簡単に話してくれるんだね?」

「相手を選べばこちら側は別に困りませんから。選ばなくても、困るだけで致命的なことにはさせませんから」


 もしもわたしたちがただの国の姫の立ち位置であれば、国家間のあれこれを考えないといけない場面があるかもしれない。だけれど、わたしたちは中央のフィイヤナミアの身内。フィイ母様が中央を牛耳っているのは、経済力でも、権力でもなくて、暴力。圧倒的な暴力があるからこそ権力を持てていると言い換えてもいい。

 守るべきは中央という地であり、その地にいる人たちは母様が守る範囲にはない。フィイ母様はある意味でドラゴンであり、わたしたちも似たようなもの。


 仮に人が作ったルールのせいでシエルに危機が訪れるのであれば、わたしはたやすくそのルールを破るだろう。

 そうなったら、わたしを止められる人はフィイ母様くらいだと思う。だから致命的になるのはむしろ敵対者なのではないかなと思う。万が一わたしに迫る存在の可能性が現れるかもしれないことは、忘れないよう研鑽を怠るつもりはないけれど。


「君が一般生徒であり続けてくれたら聞かなくても良かったんだが、今となっては聞かないわけにはいかない。これでもこの学園の長だからね」

「そうですか。わたしの名前はシエルメールです。立場としてはフィイヤナミアの義娘になりますね」

「……――うん。可能性としては考えていたんだけども……」


 学園長がなんとも言えない顔をしている。フィイ母様が養子をとったとなれば大事件だろうし、頭の端にはおいておくべき事柄だろうけれど「まさかこんなところに」と思われても仕方がないとは思う。

 むしろそれだけはあってほしくないと思うあまり、その可能性から目を背けたくなるのかもしれない。フィイヤナミアの義娘が卒業した学園と言えば箔はつくだろうけど、すでに有名であろうこの学園にそんな箔は不要だろう。どちらかと言えば、そんな大物が何かの問題に巻き込まれたらと不安に思う方が大きいのではないだろうか。


「君は見た目通りの年齢でいいのかな?」

「13歳なので、見た目よりは年上なのではないですか?」


 一瞬どうしようかと思ったけれど、エインセル(わたし)のことを伝えるつもりは毛頭ないので、シエルだという設定で話すことにした。そもそもわたしの年齢はどう数えたらいいのかよくわからないし。一応30年以上の経験はしているけど、死んだうえで正しい手順で転生する直前だったので、シエルのもとに行ったのを生まれたと言ってもいいかもしれないし、生まれ変わったわけではないから、年齢なんてなくて享年だけが残り続けているかもしれない。


「――君のような存在がいるとはね。世界は広いというか、一教育者として嬉しくもあり、寂しくもあるな」

「これで答えは満足ですか?」

「十分すぎるね。学園長としては確かに知りたくない情報だったが、知らないままだったとしても怖いものだ。そして君が言う通り、君の後ろにフィイヤナミア様がいるのだから、知られたとしてもその実力も相まって君は困らないだろうね」

「わかっていると思いますが、他言無用でお願いします」

「もちろん。好きで君と敵対しようとは思わないからね」


 ここまで話したのだから、そろそろこちらも質問させてもらおうと思い「そろそろ良いですか?」と問いかける。それに対して「悪かったね。構わないよ」と返ってきたので遠慮なく尋ねることにした。


「学園長は魔道具を作ることに興味とかありますか?」

「ないね。よりよい魔道具を作ろうと頑張っている人を見るのは好きだが、自分で作ろうとは思わない。まあ、頑張っている人は誰でも応援したくなるがね」


 やっぱり学園長という線はなさそうだ。実は魔石の代替エネルギーの開発が問題なので絶対とは言い切れないけど、魔石を使うのは魔道具であり、魔道具に興味がない人が開発するようなものでもない。それに禁忌を想起させるような内容にまで踏み込むと、正直に話してはくれないだろう。とりあえず聞きたいことはこれくらいかな、とは思うのだけれど、それだけだと味気ないので、もう少し話を続けることにした。


「だから学園長になったんですか?」

「だからと言って、なれるような立場ではないが、話が来た時に引き受けた理由にはなるね。特に命を懸けてでも何かを成し遂げようと頑張る人を見ると応援したくなるほどだよ」

「……例えそれが復讐であってもですか?」

「一応人道的なところは説くし、逆恨みであれば止めるが、場合によっては応援するね。復讐心であれなんであれ、目標に向かって頑張る姿は好ましく思うよ。だからワタシは君のことも好ましいよ。君の年齢でそこまでの力を手に入れるには、ワタシでは想像もできないほどの経験があったんだろうからね」


 他人のことを言えないのは重々承知だけれど、どうやら学園長はかなり独特な価値観を持っているらしい。

15日で投稿初めて2年でした。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[良い点] 二周年おめでとうございます! これからも更新楽しみにしています [一言] やはり夢や目標に向かって突き進んでいく有言実行のキャラクターはかっこいいですよねー エイン達も是非それぞれの体を手…
[良い点] 2周年おめでとうございまし! [一言] 外部権力を除けば、学園内限定で権力的には最強の後ろ盾を得たのでこれで安心の学園生活が……! (なお外部権力でも姫様が事情知ってるので姫様の胃のダ…
[良い点] 作者さん、最近の更新はお疲れ様です! 続きも楽しみにしています!
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