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170.空いた時間とムニェーチカと学園長

 人形魔術の授業があった翌日。この日は午前中に授業がなくて、午後から野外訓練がある。戦闘訓練も野外でやっているけれど、そういうことではなくて、より実践的な訓練を行うのが野外訓練になる。

 実践的と言っても、学園内にあるらしい山の中で活動するらしいことだけわかっている。


 空いた午前中でハンターの活動をしてもいいのだけれど、一応お仕事をしておこうかなとムニェーチカ先輩のところに行くことにした。朝から部屋に行ってみたけれどいなかったので、朝のホームルームが終わったら人形魔術の教室に行ってみることにする。

 クラスメイト達とは毎日顔を合わせているのだけれど、まだ始まって数日ということもあって、それぞれのグループでまとまり始めたというところだろうか。パルラとちょこちょこ話をしているだけの(エイルネージュ)は、今のところ注目はされていない……と思う。まあ、レシミィイヤ姫がいるし、雷魔術師のアルクレイが英雄のジウエルドを目の敵にしていてよく言い争いをしているので、そちらが落ち着くまでは彼らがこちらに注意を向けてくることもないだろう。


 姫様は本当にクラスメイト達全員と交流をしているようで、パルラとの話の中でもレシミィイヤ姫の名前が出てきたときには驚いた。何というか無事にパルラがレシミィイヤ姫と話ができたんだなと。

 緊張しすぎて何を話したのかほとんど覚えていないと言っていたので、無事と言っていいのかはわからない。

 レシミィイヤ姫のことだから、ちょっと不敬なことをしたからといって怒ることはないと思う。


 今日も今日とてクラスの雰囲気とは無縁のところで、パルラと話をする。パルラの話を()()のほうが正しいかもしれない。


「エイルネージュちゃんは野外訓練取ってるの?」

「取ってますよ」

「良かった~。知り合いがいなかったらどうしようかと……」

「知り合いがいない授業もとっているんじゃないですか?」


 わたしが尋ねるとパルラが遠い目をして「あるんだよ……うん」とつぶやいた。その寂しげな姿にこれ以上は追及しないことにして、野外訓練の話に戻ることにする。


「べルティーナさんもたぶん野外訓練、取っていると思いますよ」

「そうかな? ベルちゃんってあんまり活動的じゃないと思うんだけど」

「彼女は保険をたくさんかけておくようにも見えますから。ハンターとして活動できるような授業は取っていると思うんですよ」

「確かにそうかなー。戦闘訓練も毎回ちゃんと来てるもんね。体力がなくて毎回大変そうだけど」


 働きたくないと言っているけれど、実家と縁を切られるということをきちんと理解しているし、ハンターがある種のセーフティネットであることも理解しているのだろう。

 犯罪でも犯していない限り、ハンターだけは誰にでも門戸が開かれている。でもその中で生きられるかどうかというのは、保証されていない。包み隠さず統治者の考えを言えば、犯罪者になるくらいならハンターとして死んでほしいだろうから。ハンター組合側としては、できるだけ生きてよいハンターになってほしいと思っているだろうけど、でも一人ひとりをサポートするわけではない。そもそもハンターは自己責任というか、自由さが故に人が集まるところもあるから、ガチガチにサポートできない。


 そんな中で少しでも生きていこうと思えば、準備はしっかりしておきたいだろう。ハンターで活動中のミスは死に直結しかねないけど、学園でのミスは怒られるくらいで済むから、思う存分失敗できる。安全に経験を積めるというのは得難い時間だ。


「そういえば、エイルネージュちゃんはハンターの活動をしているときに山とか森とか、入ったことあるんだよね?」

「ありますね。でもパルラさんも入ったことあるんじゃないですか?」

「あたしはお父さんの後について回っていただけだから。お父さんに言われたことを必死でやっていただけなんだよ。だから山の歩き方とか教えてほしいんだけど、何かあるかな?」

「とにかく索敵だけはしっかりしていればいいと思いますよ。魔物に不意打ちされるのが一番怖いですから」


 前の世界だと歩き方とか、体力の配分とか、あるのかもしれないけど、この世界だとまずこれだ。人々の身体能力は全体的に高いので、体力面だけ見れば山越えをできる人は結構いると思うし。その代わりこちらは危険に出会う可能性が高い。前の世界にも熊とか猪とかいたけれど、一応音を立てながら歩けば大丈夫とか、回避方法がないわけでもない。だけれど、この世界の魔物という存在は積極的に人を襲いに来るので、音を立てようものなら向かってくるだろう。


「索敵ってどうやったらいいの?」

「わたしは結界がありますから、やり方はわからないです。ゴブリン程度でしたら何体来ても殺されることはありませんし、D級の魔物からでも、ある程度は大丈夫ですから」

「凄いんだね! でも、あたしには真似できそうにないね」

「そのための授業を受けているんじゃないですか?」

「そうなんだけど、自信がなくって――言われていることはわかるし、お父さんと狩りに行ったときのことを思い出すとアレだったのかなと思うことも多いんだけど……」


 普通思い当たる節なんてないだろうし、そこを実践していくのがこれからの授業であると思うので、別に気にする必要はないと思うのだけど。それに索敵が大事と言っても、王都周辺の場所だと奥地まで行かないと強い魔物は出てこないから、あまり意識しすぎると逆効果な気もする。


「まあ、死なないことが一番大切ですよ」

「そっか。うん、忘れないでおくね」

「そうしてください」


 パルラに死なれると後味が悪いから、できれば生きていてほしい。臆病なパルラが危険に飛び込んでいくことはそうそうないだろうけど。

 といったところで、クローラ先生が入ってきた。そして特別な連絡は特になかった。





 ホームルームが終わって、人形魔術の教室へと向かう。


『人形魔術の教室にいるのかしらね?』

『居なかったらその時ですが、あの手の人はいるような気がするんですよね。あそこが自分の居場所と思っていそうな節がありますから』


 いつも部室にいる人とか、研究室に寝泊まりしている人とか、そういったタイプの人のように思う。たぶんカロルさんもこのタイプだろうし、ミアも生まれが違えばこういったタイプになっていたのだと思う。


『つまりエインの傍ということね』

『ずっと一緒ですけどね』

『あら、エインは少しだけ黙っていなくなったことがあるのよ?』

『それはごめんなさい』


 神様に連れていかれたとき、あの時は半ば拉致のように連れていかれたわけだけれど、3日も傍にいてあげられなかったのは、わたしが自己管理を誤ったからというのもある。

 そこに申し訳なさはあるので、するりと謝罪の言葉が出てきた。シエルは変わらぬ様子で『良いのよ』というけれど、できるだけそうならないように今後は気を付けたい。


 相変わらず人のいない廊下を抜けて、人形魔術の教室に行くと作業を途中で止めましたとばかりのムニェーチカ先輩が待ち構えていた。


「おはようございます。ムニェーチカ先輩」

「君はエインセルのほうか。うん、おはよう。わたしの聖域に何の用かな? 特に用もなく踏み込んだというのであれば、積極的排除行動に移らせてもらおうと思っているのだけど」

「作業の邪魔をしてしまったのは申し訳ありません。一応は聞きたいことがあってきたのですが、ムニェーチカ先輩ってそんなキャラでしたっけ?」

「ん、ああ。悪いね。そもそもわたしのパーソナリティはあってないようなものだからね。イエナもセェーミエッテも紛れもなくわたしだよ」

「そういえばそうですね。もしかして前のバージョンだと、またキャラ違ったんですか?」

「うーん、その答えはイエスということにしておこうかな」


 なんとも意味深……というか、要するにメインの人形に魂が宿っているわけではなくて、それように作った人形にならどれにでも宿れるということらしい。

 条件は不明だけれど、残機をいくらでも増やせるわけだ。人形の性能が上がれば、その分ムニェーチカ先輩の強さも上がるのではないだろうか?

 そしてムニェーチカ先輩を倒そうと思うと、最悪全ての人形を破壊するまでは倒しきれない。隠された一体があれば生き延びられる。アクションゲームのキャラクターだろうか?


 ムニェーチカ先輩がS級たるゆえんはもしかすると、こういったところにあるのかもしれない。

 どんな未開の地であろうとも、命の危険なく向かうことができ、死ねば情報が向こうからやってくるなんてことがあれば、その有用性は計り知れない。


「さて、君の――君たちの用事とはいったい何かな?」

「学園長ってどういう人なのか聞きたいと思いまして」

「カトリーナのことかな?」

「ムニェーチカ先輩は学園長と気安く話せる立場にはありますよね?」


 依頼を受けたハンターなのだから、ほかの人はともかく学園長とは顔を合わせていてもおかしくない。

 そうでなくても、セェーミエッテとしては話をしたことがあるだろう。少なくとも何かあれば怒られるらしいし。


「まあ、そうだね。カトリーナはわたしの弟子の一人だから、気安く話せるね」

「弟子なんですね。ムニェーチカ先輩が師匠だというのであれば、学園長がS級も目指せたという話も納得です」

「確かにそんな風に言われていたかな。でもカトリーナでは、S級は無理だったと思うよ」

「そうなんですか?」

「普通の人が魔術に人生をかけた程度では魔法に至れないから。魔法に至らずにS級になろうと思うと、それこそドラゴンを死闘の末に倒さないと駄目だね」


 ドラゴンを倒したという人をどこかで聞いたなー、なんて少し遠い目をしたくなる。

 そして死闘にならずに倒せたということは、すでにS級であるということか。ドラゴンクラスの相手は戦おうと思って戦えるものではない。探すのが大変だろうし、探して倒しに向かったとして、そこに到達するまでの消耗で死闘になる以前に殺されるだろう。A級とS級の壁はとても厚いのがよくわかる。

 正確にはドラゴンと死闘を繰り広げるような濃密な経験が大事で、ドラゴンに固執する必要はないと思う。例えば巣窟の90階層の魔物であれば十分だと思う。ドラゴン探すより大変だと思うけど。


「実力のほうは今は置いておいて、どういう人なのか教えてもらってもいいですか?」

「当たり障りのないところで言えば、人の面倒を見るのが好きな子だよ。率先してわたしの面倒をみようと頑張っていたし、今では学園の長だからね。今となっては魔術を極めるよりも、教えることの方が楽しいみたいだよ」

「魔道具とかに興味があるとかありますか?」

「わたしの弟子だから人形魔術は触れさせたけど、まったくだったよ。魔道具自体に興味がないわけじゃないけど、自分で作ろうとか、こんな魔道具ができたらいいとか考えるタイプではなかったね」

「ありがとうございます。良いことを聞きました」

「それは良かったよ」


 やはり学園長の線も薄いとみてよさそうだ。ただムニェーチカ先輩の話を聞いただけで判断するのも危うくはあるので、実際に会って話してみたい――いや面倒だから話したくはないけど、頼まれたことを達成するためには仕方がない――


「学園長に会おうと思ったら、どうしたらいいと思いますか?」

「セェーミエッテに連れて行ってもらったらいいよ。教師という立場上、それなりに自然に会えるだろう。カトリーナもセェーミエッテのことは知っているし、拒否することもないとは思うよ」

「それでは頼んでもいいですか?」

「セェーミエッテが働いているとアピールするのにちょうどいいし、引き受けるよ。連れて行ったらセェーミエッテは帰るから、好きに話をしたらいい」

「ありがとうございます」


 お礼は言ったけれど、ふと考えなおしてシエルに話しかける。


『魔法袋に余っている魔物の素材いくつかあげてもいいですか?』

『別に構わないわ。持っていても使わないもの』

『ありがとうございます』


 確認もとれたので巣窟の70階層台にいた魔物の折れた角でもあげようと思う。

 シエルに倒された有象無象の一体で、宝石のような角を持った牛のような魔物。適切に加工すれば、そこらの宝石よりもきれいになるのではないだろうか? 同じ種類でも違う色の角を持っているものもいたので、何色かある。

 倒す時に折れたものをそのまま魔法袋に入れているのがあるはずなので、大丈夫だろう。


 魔法袋の中身を整理したいなと思うのだけれど、ハンター組合に持っていけば大騒ぎだろうし、フィイ母様の邸に解体ができる人はいないだろうか? いたら丸投げするのだけれど。

 とりあえず今はムニェーチカ先輩に角を渡しておこう。


「お礼と言っては何ですが、これ差し上げます」

「これは……また珍しいものを持ってきたね。巣窟の下層にいる奴だろう。でもそうか、最下層まで行ったんだったね」

「数はありますし、好きに使ってください。売ってもいいですよ」

「これは売れないよ。売ろうとしても、適切な値段は出てこない。でもわたしには使い道があるから、ありがたくもらっておくよ。それじゃあ、カトリーナのところまで、セェーミエッテに案内をさせよう」


 セェーミエッテ先生がまるで人のように動き出し、わたしたちについてくるように言ってくる。

 すぐに案内されようかと思ったけれど、ふと思い出したことがあるので、ムニェーチカ先輩に確認しておくことにした。


「そういえば新入生歓迎のパーティの時に学園長に見られた気がするのですが、思い当たることはありますか?」

「カトリーナは有望な子が好きだからね。つまりそういうことだと思うよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 さて、エイルネージュは学園長にどんな風に見られたのだろうか。面倒くさいことにならなければいいのだけれど。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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