169.人形と条件と神罰
「より正確には、より高い技術や知識、金銭が求められるわりに肝心の人形は強くない――有用性はそこまでないことが、不人気の原因だろうね。人形魔術で何ができるか考えたことはあるかな?」
「エインの体になればいいなと思っただけよ?」
「うん、シエルメールならそうだろうね。だけれど、普通はそんな人はいない。1つの体に2つの魂が入っているなんて、稀有な話の中でもさらに稀有なものだ」
「そうは言っても、私は生まれたときからエインと一緒にいるんだもの」
正確にはシエルのほうがどれくらいかは先に生まれているはずなので、生まれたときからというのは少し違うのだけれど、指摘するのも無粋なのでやめておく。
リスペルギアでの話なんて、碌なものがないのだから。
「それはとても興味深いけれど、またの話にしようか。人形魔術は魔道具という高価なものを使いながら、皮が人形だから正面からの戦いには向いていない。一般的にはせいぜい子供の遊び相手をしてやれるくらいの魔術だよ」
「とても人を選ぶ遊びね」
「選ぶね。そしてこの遊びができる人であっても、別にこの方法を選ぶ必要はないんだよね」
そういうと、ムニェーチカ先輩は「水よ形を成せ」と呪文を唱えて、水の塊を作り出す。そしてその水を鳥の形にして教室の中を飛ばし始めた。
最初は一羽だった水の鳥は、徐々に分裂して、数分と経たないうちに数百へと変わり、小さな鳥たちが天井付近を覆い隠す。
よどみのない魔力の流れは、今まで私が見てきた中でも1・2を争うほどに美しく、わたしが同じことをできるかと言われると、少し自信がない。
全力の――わたしの支援も加えた――シエルであれば、似たようなことができるだろうけれど、それは魔力操作の精密さというよりも大量の魔力にあかせた力技になるだろうから、方向性が違う。
あと話は変わるけれど、無数の水の鳥たちに小さい精霊たちが喜んでいる。
「こんな感じで遊んであげたほうが、喜んでくれることが多いからね」
「凄いのね。私ではここまでできそうもないわ」
「エインセルならできるんじゃないかな?」
「そうなのかしら?」
『自信はないですね。わたしは結界や探知にばかりに時間を使っていましたから』
「自信がないそうよ」
「そうなんだね。それだけできれば行けそうなものだけれど」
「特定のことだけに時間を使っていたって言っているわ」
「ふうん……」
ムニェーチカ先輩が意味深な視線を向けてくる。シエルにというよりも、シエルを通してわたしを見ているような気がするのは気のせいだと思いたい。
なんだか詮索されるのは怖いので『どうしてムニェーチカ先輩は、人形魔術を極めようと思ったんでしょうね?』とシエルに吹き込む。
シエルはわたしの真意に気が付いた様子もなく、純粋な目でムニェーチカ先輩に問いかけた。
「どうしてムニェーチカは人形魔術を選ぼうと思ったのかしら?」
「うん? 人形が好きだからだよ」
「そうなのね?」
「小さいころから人形が好きでね。そのせいか職業も人形関係のものになって、ずっと人形を作って遊んでいたら人形魔術が使えるようになったんだよ」
「そして人形魔法に至ったのね?」
「ということは君もなのかな?」
シエルの言葉に聡く反応して、ムニェーチカ先輩が問い返してくる。
そう返すということは、ムニェーチカ先輩は魔法に至った者に間違いないということだろう。
普通だったらここで肯定するか、誤魔化すかするのだろうけれど、あいにくシエルは魔法に至っていないので、すぐには応えられない。
『いいかしら?』
『構いませんよ』
「私ではなくてエインがそうね。私は魔法は使えないわ」
「うんうん。なるほど」
やっぱりムニェーチカ先輩は意味深にこちらを見てくる。魔術・魔法に携わる者として、シエル――というよりも、エインセルの存在は面白いのだろう。一つの体に二つの魂があり、それぞれに魔術――シエルが至れば魔法も――使え、先輩には教えていないけれど職業だってシエルとわたしで二つある。
それによってシエルが職業を二つ持っているようにも見えるし、人によっては魔法をシエルが使っているようにも見える。魔力も職業も宿っているというのは、大発見なのだと思う。ムニェーチカ先輩ほどの人物なら、よりいろいろなことに気が付くのかもしれない。
「とりあえずムニェーチカは貴方でいいのかしら?」
「ああ、君というかエインセルは、わたしが人形だとわかっていたね。わたしが正真正銘のムニェーチカ。君になら言ってもいいだろうけど、魔法を得たときの代償に人としての体を失ってね。人形の体を手にしたわけだ。そのおかげか、そのせいかというのはわからないけれど、寿命というのがなくなってね。わたしもかれこれ数百年は生きているよ。生きていると言っていいのかは謎だけれど」
「長生きなのね。ということは昔のフィイとかも知っているのかしら?」
「出会ったのがいつかははっきりと覚えていないけれど、人にしてみれば遥か昔のことだね。フィイヤにしてみれば昔というほど昔でもないんじゃないかな?」
「昔のフィイはどんなだったのかしら?」
「たぶんそんなに変わっていないんじゃないかな? 浮世離れしていて、おっとりしているけど、敵対するものを苛烈に排除するって感じだったよ。昔はやんちゃしていたって聞いたけどね」
「トゥルを捕まえてきたって言っていたものね」
シエルがくすくすと笑いながらそういうと、ムニェーチカ先輩が首を傾げた。
トゥルを知っている人はいないような気がするし、仮に知っていたとしてもキートゥルィと名付けた後に巣窟に入っていないと思うから、知っているはずがないのだけれど。
それにしてもムニェーチカ先輩が簡単に代償で体を失ったと教えてくれたことには驚いた。たぶん嘘は言っていないと思うのだけれど、言っていない重要なことがあるのかもしれない。
その辺の考察はあとでシエルに話そうかなと思っている間にも、シエルとムニェーチカ先輩の話は続く。
「トゥルとは誰だい?」
「巣窟の最下層にいる白いドラゴンよ?」
「亜竜の類ではない真なる竜なんだろうね。考えてみればありえなくもないのか……。そもそも巣窟の最下層って存在していたんだねえ」
「そのトゥルをどこからか捕まえてきて、巣窟に連れて行ったらしいのよ」
「信じられない話だけど、フィイヤだと不可能ではないのがなんともね」
「私はドラゴンと言えばトゥルしか知らないのだけれど、ほかにもいるのかしら?」
強い強いといわれるドラゴンだけれど、確かにトゥルしか知らない。ワイバーンも竜種とは呼ばれるけれど、本家の竜――ドラゴンは一線を画す強さがあるといわれる。ランクで言えばSに相当して、巣窟だと80階層とか90階層とかレベルの魔物なのではないかなと思っている。
でもそんなのが地上にいたら、今頃各国厳戒態勢なんじゃなかろうか。
「いるけれど、今残っているのは縄張りから出てこないんだよ。そうじゃないのは昔人々が狩りつくしたからね。それ以外だと極稀にはぐれと呼ばれるドラゴンがどこからともなくやってくるよ。わたしも2回しか見たことないけれど」
「じゃあ、基本会うのは大変そうね」
「そういえば、最近も一体倒されて数が減ったよ」
「あら、倒されたのね」
「最近と言っても十何年か数十年か前だけど、南の山奥にいたドラゴンが倒されてね」
「つまり南にはドラゴンを倒せる人がいるのね?」
「そういうことになるかな。まだ生きているんじゃないかな?」
生きているということはドラゴンを倒すほどの経験をしたことで、魔力総量が増えているだろう。だとすれば相手にしたくはない。いつかは南にも行くと思うので、覚えておこう。
「それはそれとして、人形の話に戻ってもいいかしら?」
「一応人形魔術についてはすでに話し終わったと思うのだけど、何が聞きたいのかな?」
「おそらくだけれど、人形魔術で使うドールとイエナたちは違うものよね?」
「確かに違うね。イエナやセェーミエッテなんかは人形魔法で使うものだよ」
「だとしたら、私はそっちの方が欲しいのよね」
わたしの体ということからすれば、確かにイエナ先輩に使っているドールのほうがいいとは思う。
魔道具のドールはちょっとわたしではどう動かしていいのかわからない。イエナ先輩はムニェーチカの魂の一部を使って動かしているようなので、わたしが使うならこちらのほうが都合がよさそうだ。
「このドールたちはわたしでないと作れないと思うんだけど、さすがにはいどうぞというわけにはいかないかな」
「まあ、そうよね。何か交換条件とかないかしら?」
「話が早くて助かるよ。ドールを作るときに使う材料を数体分集めてきてくれないかな? 新しいドールを作りたいんだけど、材料を集めに行くのが面倒くさくてね。あとはそちらの魔法の代償も教えてほしいね」
『どうかしら?』
『材料は内容次第ですが、代償を教えるのは別に構いませんよ』
本来隠しておくべきことだと思う。だけれど、シエルの望みのためなら妥協できる範囲。シエルが一緒にいてくれる以上、代償によるデメリットはデメリットにはならないから。そういう意味では、ムニェーチカ先輩のそれも、戦いという観点から見るとデメリットではないけれど。
ともあれ別に構わない。ムニェーチカ先輩にも隠し玉がある雰囲気があるように、わたしにもあるし。
「それで構わないわ。どんな材料が必要なのかしら?」
「それは追々伝えていくよ。本格的に動き出すのは、人形魔術の授業内容が終わってからだね」
「あら、それは残念ね」
「仮にもこれは授業だからね。決まったことはやっておかないと、セェーミエッテがカトリーナに怒られるんだよ」
カトリーナ……ああ、学園長か。カトリーナ・ローベイム学園長。S級ハンターになれると噂されていたという話をレシミィイヤ姫に聞いた記憶がある。
禁忌を犯そうとしている容疑者の一人。容疑者と言えば、ムニェーチカ先輩も候補者ではあるのか。一応聞いておいたほうがいいかもしれない。
『シエル、少し替わってもらっていいですか?』
『ええ、良いわよ』
軽いやり取りでシエルと替わってもらう。その入れ替わりにムニェーチカ先輩が気が付いたらしく、意味ありげな視線を向けてきた。
「こんにちは。ムニェーチカ先輩は入れ替わりもわかるみたいですね」
「はい、こんにちは。エインセル。なんとなくわかるくらいだけどね。間違っていなかったようで何よりだよ。それでどうかしたのかな?」
「ムニェーチカ先輩に聞いておきたいことがありまして」
「聞きたいことね」
「ムニェーチカ先輩は禁忌を犯そうとしていますか?」
きっと違うんだろうなと思うから直接聞いてみたら、思いっきり笑われてしまった。でも堂々と言うことではないのはわかるし、ムニェーチカ先輩の笑いがとても綺麗なので、責める気にならない。
それにここまで笑うということは、やっぱりムニェーチカ先輩の黒はなさそうだ。
「ないよ。ないない。わたしは神罰なんて受けたくないからね」
「わたしもムニェーチカ先輩は違うだろうなと思ってこんな聞き方したわけですが、もしかして神罰を受けた人を知っているんですか?」
「昔々のことだよ。その時には確か職業がはく奪されていたかな」
「それは大変そうですね」
「おや、他人事だね」
ムニェーチカ先輩が意外だといわんばかりの声を出すけれど、わたしの場合別に職業がなくなってもそこまで困らない。歌姫がなくてもシエルは守れるし、あったら便利だと感じるくらいだ。
むしろ歌姫による弊害の方が大変だったように思う。命の危機が迫ったのはリスペルギアでのことを除けば、最初に戦った人造ノ神ノ遣イくらいで今はその対策もできている。
「まあ、ほかにも問答無用で殺されたとか、魂まで消滅させられたとか、神罰にもいろいろあるから手を出さないと誓っているよ」
「殺されるのはさすがに嫌なので、わたしも気を付けることにします」
神罰にもいろいろあるのであれば、何かの機会に神様に聞いてみてもいいかもしれない。
でもそうなると神殿まで行かないといけないのか。神殿かぁ……どうするかは、またあとで考えよう。





