167.魔道具と神
学園生活も三日目。今日は魔道具学の授業がある。学園としても力を入れたい分野であるためか、広い教室で結構な数の生徒を受け入れている。
もしかしたら希望者数が多かったから、広い教室になったのかもしれないけれど。
広さとしては、学校の教室というよりは、大学の講義室といった印象を受ける。
わたしが教室に入った時にはすでに半分ほど席が埋まっていて、わたしが教室に入ったところ一斉に視線がこちらを向いた。今までだって教室に入ると視線が向いたのだけれど、ここだと今まで以上に視線を感じる。
それはたぶん、男子生徒のほうが多いからだろう。女子がいないわけではないけれど八割くらい男子ではなかろうか?
そういうわけで、男子の団体とは少し離れたところの席に座る。
その直後と言っていいくらいのタイミングで、見覚えのある女子が「隣良いかな?」と声をかけてきた。以前あった時の印象は決して良くはなかったわけだけれど、それを自覚したうえでやってきたのか、何があったのか忘れたうえでやってきたのか。
印象が良くないといっても、うっとうしいくらい話しかけてくるという話で、その辺を気を付けてくれたらそれでいいけれど。
「好きにしていていいですよ。ティエータさん」
「それなら遠慮なく」
そういって、パルラの同室だというティエータがわたしの隣に座る。
知らない男子生徒がやってくるよりもマシということにしておこう。これいつか隣に男子が来ようとしたらどうするべきなのだろうか?
同席を断る積極的な理由が思いつかないし、かといって、隣に座ったら面倒くさいくらい話しかけられそうで憂鬱だ。まあ、そのうち考えよう。
「エイルネージュがここにいるのは驚きだね。ハンターをすでにやっているんじゃなかったっけ?」
「興味本位ですよ。ハンターやるときに使えるのもありますし。ティエータさんも魔道具がメインではないんじゃないですか?」
「まあね。防具というか服飾に携わりたいからね。アクセサリー型の魔道具で守りを補えたら、デザインの幅も広がりそうじゃない?」
「そうかもしれませんね」
ハンターが使う魔道具というと魔法袋が思い浮かぶのだけれど、実際のところはそうでもないらしい。高ランクにならないと入手すらできないから、当たり前かもしれないけれど。
アクセサリー型の魔道具もなくはないけれど、これはこれで結構高いらしいので、ハンターで普及しているかと言われるとそんなことはないと思う。
今までパーティを組む機会がほとんどなかったし、わたしたちには不要だったしで、なんとなくでしか知らないのだ。
だけれど、結界を張ることができる魔道具とかあれば、それなりに人気になるのではないかと思う。
魔道具ならとっさに使えるし、魔術が使えない人でも使える。流れ弾対策に後衛が使っていてもいいし、念のために前衛が持っていていい。
仮に活動中常に張り続けられるのであれば、服装はパジャマでも問題ないレベルになるだろう。いや、そこまでになるかは、発動する魔術の強さ次第か。
「エイルネージュはハンターなんだよね?」
「E級ですが、ハンターには違いないですね」
「やっぱり革の胸当てとかつけてるの? 厚手のローブとか? ハンターだと重たい鎧とかは着ないよね」
「一般的なハンターの魔術師の装備と変わらないですよ」
そういう風なデザインにしてくれと頼んだのだから。
「やっぱり見た目よりも、機能性重視になるよねえ……。防御力と機動性は無視できないし、でも両方を満たそうとすると、どうしても無骨になるし……」
わたしたちならドレスを着てもハンター活動できるだろうけど、普通はそうではないのはわかる。
わたしたちの装備に必要なのは、防御力ではなく、動きやすさ……は必要だけれど、一番大事なのは普通のハンターに見えるかどうか。わたしの結界を超えた時点で何を着ていても無意味だと思う。
ある意味見た目重視なのでティエータの目指すところと似ているけれど、その方向性は大きく違う。
ハンターたちがお洒落という項目をステータスに含めるようになれば、まぎれるためにお洒落を目指すかもしれないけれど。
「強い魔物の素材を使えると、軽くて強い装備にはなりますけどね」
「それじゃあ、意味がないんだよ。なによりボクが扱えない」
「服の下に鎖帷子を着けるとか聞いたことありますし、見えないところでいかに守りを固められるか考えてみてはどうでしょう?」
「そういう考えもあるね。その上にお洒落な服を着るとかできるかもしれないし」
とはいっても、それくらいのことはすでに誰かが考えているだろう。何せすでに魔術師も着られるような鎖帷子が開発されているわけだし。
でもティエータ的には何か引っ掛かるところがあるらしく、うんうんと呻りながら何かを考えている。
「エイルネージュはお洒落したいとか思わないの?」
「どうでしょうね? 生存が優先ですから」
『シエルにはお洒落してほしいと思いますけどね』
『あら、私はエインに可愛い恰好をしてほしいのよ? それに最近は可愛い恰好も少なくないわ』
『邸でいろいろ着せられましたからね』
ティエータがぶつぶつと何かつぶやいているのを横目にシエルと話していると、ティエータとは逆側の少し離れたところに誰かがやってきた。
ちらっと見てみると、べルティーナがおずおずと座りに来ていたので、軽く手を振っておく。
パルラはともかく、ティエータとは相性が悪そうだから。べルティーナは驚いたように目を丸くした後で、控えめに手を振り返してきた。
そうしている間に、魔道具学の先生がやってきた。
◇
魔道具学の先生の名前はリーエンス・コアルトロ。
元宮廷魔術師だが魔道具の魅力に取りつかれてしまい、宮廷魔術師を辞めて学園の講師になったのだとか。姫様の優秀人材リストの中にはいなかったので、宮廷魔術師としてはそれほど結果を残せなかったのだろう。宮廷魔術師として結果が残せないからこそ、魔道具の道に行ったのかもしれない。
まあ、あくまで現状の根拠のない考察で、それが事実だったとしてどうにかなるわけでもないけれど。
リーエンス先生は眼鏡をかけた白髪混じりの四十歳くらいの男性で、明るいというか、穏和そうというか、そういった雰囲気をしている。
「今日は初回ということで、魔道具学の基本的なところの話をしていくけれど、まず職業にもある『魔道具師』系と職業は持たない魔道具師の違いが分かる人はいるかい?」
リーエンス先生が生徒たちに問いかけると、何人かの生徒が手を上げる。
わたしはわからないから傍観。わかっていてもたぶん挙手はしないけど。
「1つは職業を持っていないと、魔道具を作るのに特殊な魔道具が必要な点。それから魔道具師にしか作れない魔道具が存在する点です」
名も知らぬ生徒の答えに、先生がうなずいて返す。
「大雑把に言うとその二つだね。まず魔道具師でないと作れないものとして、有名なのが魔法袋。大きさなんかにもよるけど、熟練の魔道具師でないと作れないとも言われているね。
あとは玉座を守る魔道具も魔道具師でないと作れないといわれている」
『魔力の使用を阻害する魔道具なんて変な話だものね』
『そうですね』
『ところでエインでは魔法袋が作れないみたいだけれど、大丈夫なのかしら?』
シエルがからかうように尋ねてくる。ちょっと意地悪な言い方は、聞きようによっては嫌みに聞こえるかもしれないけれど、シエルのこれはそういうことではないのはわかっている。
すでにこの辺りの考察はしていたし、わたしなら魔法袋を作れるだろうと確信したうえで聞いてきているのだ。
その確信という名の信頼は重たいけれど、たぶん作れなくてもシエルは気にしないんだと思う。とはいえ、わたしとしてもある程度やり方は想像ついている。普通の魔道具の作り方がわからないので、まずはそこからだけれど。
『職業次第でできるかどうかという話ですから、やりようはあるかなと思ってます』
『教えてはくれないのね?』
『できなかったら恥ずかしいですから』
『あら、恥ずかしがっているエインも見てみたいのよ?』
『わたしはこんなところで見られたくはないです』
『こんなところで、ね』
シエルがなんだかご機嫌だけれど、言いたいことはわかる。ほかのことでわたしを恥ずかしがらせるのはいいと言っているようなものだから。
でもシエルがそれで喜んでくれるのであれば、多少は我慢しようとは思うのだ。恥ずかしがっているふりをするつもりは無いけれど。
恥ずかしいものは恥ずかしいので、できればやめてほしいなとも思うけど。
「それから職業が魔道具師でない場合は、この魔道具の羽ペンを使う必要があるね」
そうして見せてくれた羽ペンは、一見して何の変哲もない羽ペン。しいて言うなら、使われている羽が異様に質がいいことだろうか。
でもあれは特殊なものだ。魔道具と言っていいのかわからないくらいには、特殊なものだ。
「この魔道具は使おうとすると、こちらの魔力を勝手に吸い取ってインクに変える。そのインクで魔法陣を書かないと魔道具にはならない。
本来は神殿や教会で購入することになるんだけど、学園にいる間は貸し出すことになってるから、持っていなくても問題はないよ。次回の授業で配って、最後の授業で回収するから、失くしたり壊したりしないように」
『教会で買うのね?』
『あれを作ったのって、たぶん神関係の存在ですからね』
『あら、そうなのね』
『そんな雰囲気がありますから』
どんなといわれても困るけれど、なんとも言えない神様っぽい存在感がある。
世界の構造的に、魔物を倒してたくさん魔石を消費したほうがいいだろうから、魔石消費の代表格である魔道具の作成・使用は神様的にも推奨されているに違いない。
「僕は職業が魔道具師ではないからね。このペンはとても役に立っているし、とてもインスピレーションを受けているよ。初めて魔道具を作ろうとしたときには、このペンの存在を知らなくてね。
見よう見まねでやってみていたんだけど、何が駄目だかさっぱりわからなくてさ。研究に研究を重ねて、ようやくこのペンに行きついたんだけど、そのころから宮廷魔術師としては落ちこぼれと言われていたね。魔道具の素晴らしさがわからない……」
「先生! 話を進めてもらっていいですか?」
早口で話し始めたリーエンス先生に、前のほうの席から指摘が入る。
穏和な先生かと思っていたけれど、実際は魔道具オタクらしい。魔道具師でもないのにのめりこみ、宮廷魔術師を首になったっぽいし、魔道具について本気で語らせたら小一時間は簡単につぶれることだろう。
カロルやミアの魔術談義とどちらが長いだろうか? と思えるほどに、熱意がすごい。
あと、早口で話しているときは、どことなくマッドな印象を受けた。
なんでこんな人が先生をやっているのだろうかと思ったけれど、ほかに魔道具について教えられる先生がいないか少ないのかもしれない。
我に返ったらしいリーエンス先生はこほんと咳をしてから、何かを書き始めた。
「初級であるこの授業では何か一つ簡単な魔道具を作って提出してもらうことになるから、何を作りたいかを今のうちからなんとなく考えていてほしい。そして決めたら一度何を作るかを僕に伝えるように――」
それからリーエンス先生が時折暴走しながらも、魔道具の授業は終わった。