166.パルラとべルティーナの初対面
べルティーナと別れようとしたときに、彼女のお腹が鳴ったのでシエルに許可をもらって余ったサンドイッチを渡した。恥ずかしそうにしていた彼女の表情が、パァ……と明るくなったところで、部屋に戻ってミアとお茶にする。
次の授業は薬草学で、特に面白いこともなく、今日の最後は戦闘訓練。
昨日と同じようにパルラと合流したところ、後方に小さな気配を感じた。
『べルティーナさんもこの授業取っていたんですね』
『本当ね。てっきり魔道具に関係ないものは取っていないと思っていたのだけれど。昨日は見かけたかしら?』
『興味がなかったので何とも……。少なくとも昨日の授業の上位にはいなかったと思います』
『魔術師っぽいものね』
『職業的にも魔術師系だと思いますが、いかんせん魔術が苦手なのは、そう簡単にはどうにもなりそうにないんですよね。どの分野に行っても体力は無駄にならないと思いますので、この授業を受けること自体は悪くはないと思いますが』
なんてシエルと話していたいところなのだけれど、パルラとべルティーナがそれぞれシエルを挟んで、シエルに隠れるようにチラチラとお互いをうかがっている状況は何なんだろうなと思う。
三人いて一番小さい子を挟んでのやり取りなので、傍目とても滑稽に見える。
『これはどうしたらいいのかしらね?』
『んー……それぞれを紹介してあげたらいいかもしれませんね』
このまま見ているのもちょっと面白いけれど、間にいるシエルが困っているので解決策を提示する。というか普通だったら、最初に紹介するのだろうか?
理想はパルラ辺りが「その子は誰なの?」と聞いてくれることなのだけど、きっと無理だろうし、べルティーナに関してはよりできる可能性が低い。何せべルティーナは昼に話していたのに、――パルラがいるからかもしれないけれど――エイルネージュに話しかけられなくなっているのだから。
わたしの言葉にシエルが振り返ろうとすると、べルティーナがその視線から逃げようとする。しかし、さすがに振り返る速度のほうが早いので、中途半端に逃げたところをシエルに見られた。
シエルはべルティーナがいるのは知っていたし、もしかしたら視線から逃げようとしていたことも気が付いているだろうから、縮こまっているべルティーナに対して何もコメントしない。
「べルティーナさんいたんですね」
「や、やっぱり見つかってましたっ!」
やっぱりということは、こちらの探知には気が付いていたということだろう。
なかなか良い目をもっているのに、それを活かせないのがすこしもったいない。
シエルがべルティーナに言及したことで、パルラも触れることができるようになったらしく「エイルネージュちゃん。そっちの子は?」と尋ねてくる。
理想の流れになったところで、シエルが軽く紹介を始めた。
「こっちがべルティーナさんで魔法陣学で隣の席でした。それでこっちがパルラさんでAクラスで隣の席でした」
情報がとても少ないけれど、初対面であれば名前だけ知っていれば何とかなるだろう。
そこから先はそれぞれ頑張ってほしい。パルラにしてもべルティーナにしても、ほかに知っていることはエイルネージュの口から伝えることではないと思うし。
「は、はじめまして。パルラだよ」
「はじめま……して」
何というか、紹介されたから仕方なくみたいな、たどたどしい自己紹介だ。
でもやっぱり人見知り度はべルティーナのほうが高いらしく、エイルを盾にしているし、名前すらいえていない。
パルラがそれなりに話しているのは、べルティーナが小さいからというのはありそうだけど。
このまま沈黙が続くかなと思っていたら、意外にもパルラが話し始めた。
「べルティーナちゃんもハンターになりたいの?」
「ベルは……あんまり、です。でも、どうしてもだめだったら、ハンターになるしかないかなーって思ってます」
「そうなんだ。あたしはハンター以外は考えられなかったから……べルティーナちゃんは凄いね」
「ベル、すごいですか?」
「うん。でも、いっしょにハンターになれなさそうだから、それは残念かも」
『なんだか盛り上がっているみたいね』
『意外と人見知りしない……というよりも、波長が合ったんでしょうね』
『エインと私みたいにかしら?』
『わたしたちほどではないと思いますよ。年季も密度も違いますから』
『ええ、ええ! そうね、そうよね!』
『何にしても、この二人が仲良くしてくれるのは楽でいいですね』
たぶん今後ともエイルネージュにくっついてくるだろうし。
他人のことをとやかく言ってきたけれど、仲良しの友人みたいな会話はわたしたちでは荷が重いから、二人でやっていてほしい。
『楽なのかしら?』
『きっとパーティ組んで何かするって授業が出てくると思いますし、二人と組むのが無難でしょうから』
『確かにね。知らない人よりはマシよね』
普通ハンターはソロでの活動はしないから。役割分担もあるし、魔法袋なんて言う希少な高級品はないから、複数で行ったほうがお金になる場合も多い。
何なら複数人でないと受けられない依頼だってある。だからパーティを作っての活動というのは、近いうちにあるだろう。
ランダムで選ばれた人でパーティを組むという可能性もあるけれど、早々にそういったことはしないと思う。
べルティーナが流されてハンターもやってもいいかな、なんて言い始めたところで、イシュパート先生が姿を見せる。今日は他にも大人がいて、いつか見た槍使いの人と、魔術師っぽい女性と、身軽そうな格好の女性がついて来ている。
バランス的に4人パーティで、教師の依頼を受けたといったところだろうか?
剣を扱いたいエイルネージュ的には、イシュパート先生以外とはあまり関わらないとは思うけれど。
あとは荷車みたいなのの上にたくさん武器が置いてある。訓練用の武器なのだろう。
「今日もまずここを15周走ってもらう」
授業が始まり、イシュパート先生がそういうと、ブーイングが起こる。
正確には一部の生徒が「ええー」と残念そうな声を上げたり、「何でだよ」と怒っているだけだけれど。
「そして終わった順から、武器の扱い方に移るから自分の使うものは考えておくように」
「先生!」
「なにかな?」
「もしかして、時間内に15周走れなかったら、この授業はずっと走るだけなんですか?」
イシュパート先生の言葉に魔術畑っぽい子が問いかける。
戦闘訓練をしに来たのに体力作りだけで終わるのは……ってところだろうか。
「徐々に走る距離と時間を短くしていくから、安心してくれていいよ」
「……わかりました。ありがとうございます」
イシュパート先生の返答にちょっと不満そうな理由はわからなくはないけれど、たぶんこれそれぞれの進行速度に合わせた指導を行うためだと思う。
すでに下地の出来ている――十分な体力がある人であれば、次の段階に行ってもいいけれど、まだ体力もないのに武器を振り回させるのは危ないとか。
ほかにも納得がいかないみたいな反応を見せている人もいるけれど、イシュパート先生は気にした様子もなく「もういいかな」と質問を打ち切る。
ちょっと強引な気もするけれど、いちいち質問に答えていると質疑応答だけで授業が終わりそうだから、わたしはなにも言わない。
「それじゃあ、はじめ」
イシュパート先生が号令を出して、生徒たちが走り始める。
今日はみんな一斉に走り出し、パルラも遅れずについてきた。
「あ、あの……エイルネージュちゃん」
「今日は全力で走りますので、付いてこないほうがいいと思います」
「う、うん。頑張ってね」
「そちらこそ。べルティーナさんも無理はしないでくださいね」
「実はベルは、もう少しきついかなーって思ってるんですが……」
べルティーナにも声をかけたシエルは彼女の言葉を聞き流して、ペースを上げる。
『今日は身体強化してもいいわよね?』
『走るために授業を受けたわけではないですし、シエルは結構体力ありますからね。
一応E級ハンターという設定なので、全力は出さない感じではいたほうがいいですが』
『ええ、ちゃんと考えているわ。でも目立ってしまいそうよね?』
『E級ハンターが初級の授業で目立っても、不思議なことではないでしょうから大丈夫でしょう』
卒業要件一歩手前くらいではあるだろうし、エイルネージュがE級ハンターということは隠していない。問題はE級ハンターの足の速さがわからないことだけれど、その辺は何とでも言い訳できるだろう。
ということで15周走り終わったのが、授業時間が半分過ぎないくらい。シエルについてこれたのは誰もいなかったけれど、たぶんリーナエトラはついて来ようと思えばついてこられたと思う。
早い人だとレシミィイヤ姫(リーナエトラ付き)とパルラあたりだろうか? 本来は彼女たちについてこられたはずの人もいたとは思うけれど、無理にシエルについて来ようとした結果、途中でバテている人が結構いた。
べルティーナについては最序盤でリタイアしたらしく、端っこで小さくなっている。
「終わりました」
「やっぱり速いね」
「これでもE級ハンターですから」
走り終わったシエルがイシュパート先生にそれを告げると、驚かれることなく対応される。
彼はエイルネージュがハンターだと知っているし、想定内ってところなのだろう。そして今回の速さはE級的にも考えられる速さだったと。だとしたら、次はもう少し速く走ってもいいかもしれない。走るのはシエルだけど。
「それで君は細剣を使いたいんだったよね」
「はい。基本も知りませんから」
「使ったことは?」
「なんとなく振り回していたレベルです」
「とりあえず、今のレベルを見てみようか」
そういってたくさんある武器の中から、一本剣を選び取り渡してくる。
シエルが受け取ったそれは、飾り気のないシンプルな細剣。身体強化をしたシエルが片手で振るのに問題ないくらいの重さで、たぶん刃がついていない。
試しとばかりにシエルが∞を描くように振ってみると、ヒュンヒュンと良い音が鳴る。
「僕が受けるから、適当に打ち込んでみてくれないかな」
『どうしようかしら?』
これはつまり剣舞師的に――舞姫の力を使っていいのか、という話か。
今いる場所はグラウンドの中央付近。外側を走っている人には邪魔にならないけど、目立つ場所。実際最初に走り終わったのもあって、それなりに注目もされている。
『あまり気にせずやっていいと思いますよ。職業使わずに剣を振ったこともないですし』
『わかったわ』
『でも一応、自分のやり方でやると言っておいたほうがいいかもしれません』
「職業の力を使いますね」
「普通に剣を使ったことは?」
「ないです」
「そうだね。思いっきりやってみようか」
イシュパート先生も片手剣を引っ張り出してきて、構える。
シエルも構えているけれど、二人の構え方は全然違う。シエルは半身になって腕を下した状態で持っているだけなので、構えていると言っていいのかわからないけど。
「行きます」
訓練というのもあって、声をかけてからシエルが動いた。
◇
「うん。なんとなくわかったよ」
「それならよかったです」
「動きのわりに剣の扱いが今一つって感じだね」
「完全に職業任せですから」
「でも動きに関しては、悪くなかったと思うよ」
打ち込みが終わって、舞姫だけの剣技をイシュパート先生はそのように評価した。
舞姫は単独だと下級職にも劣るといわれているし、さほど驚きはしない。動きがいいと褒められているのは、剣技というよりもシエルのダンスのうまさが要因だろう。
「とりあえず、基本的な素振りからやっていこうか」
「お願いします」
「じゃあ、お手本で振ってみるから、真似してみて」
イシュパート先生が武器を細剣に持ち換えて構える。
左手は後ろに回して、半身で構えて上から下に振り下ろす。
わたしが見てもゆっくり剣を振ったなとしか思わないのだけれど、シエルは何かわかるらしく「もう一回いいですか?」と真面目な顔をして伝える。
何度かイシュパート先生の素振りを見た後で振ったシエルの素振りは、すぐに合格点をもらえた。