165.昼食と五階の住人と魔眼
昼食は何にしようかなと迷ったけれど、卵サンドがあったのでそれにした。正確には3種類のサンドイッチがセットになったもの。
サンドイッチと言っても、食パンの耳を切ったものに具材を挟むのではなくて、イングリッシュマフィンのような感じになっている。
お値段は真ん中より少し上くらい。学園外の食事で考えると少し高めの昼ご飯といった感じだろうか。昨日と違い昼食真っただ中のせいか、人が多くて席を探すのが難しい。
全力で探知を使って空いている席を探して、まっすぐ向かう。
『贅沢な魔法の使い方をするのね』
『便利な魔法の使い方をしているつもりですよ』
『そうね。私もいつかはできるようになるかしら?』
『探知だけに集中して訓練したら、すぐできるようになるんじゃないですか?』
シエルが探知を使うのは戦うときに有利に立ち回れるように、わたしが使うのは基本的に索敵のため。だからシエルはそんな広範囲の探知を覚える必要はない。というのをシエルが自分で認識しているためか、わたしほどは力を入れていない。
だからわたしの言葉はとりあえず言っているだけで、シエルも『エインに任せたほうがよさそうね』とくすくすと笑う。
『ところで、エインはサンドイッチが好きなのね?』
『嫌いではないですが、食べたい気分だったんですよ。卵を食べたいなー、と思いまして』
『卵は美味しいものね』
『前の世界だと生でも食べていたんですよ』
『卵って生で食べられたのね?』
『止めておいたほうがいいですよ。たぶんお腹壊します』
前世でも日本以外だと食べるものではないと言われていたし。日本で食べられていたのも、確か管理を徹底していたからという記憶がある。
基本的に生卵を食べるというのは、正気の沙汰ではない。生卵食べるのってすごい! みたいな扱いだったと思う。
いまのわたしもそんなに食べたいと思わない。
『エインはそんなものを食べていたのね?』
『わたしが住んでいたところの問題でしょうかね。毒があるものも何とか解毒して食べたり、食べられるような条件を探したり、というものが結構あったみたいです』
『それは少し気になるわ。一度行ってみたいわね』
確かに日本に限らず世界中めぐってみれば、美味しいものも、ゲテモノも見つかると思う。
わたしはあまりこっちで再現しようとは思えない。一人暮らしの適当な料理ばかりだったから、再現できる気もしないし。
空いているのは席全部で四つ。通路から見て手前の四つが空いているので、通路側に座る。
すると当然ながら、わたしの後をついてきていた存在も同じところに座ることになる。それでどうして正面に座るのかはわからないけど。
まあ、基本他人なのでスルーすることにしよう。話しかけられたら対応することにする。
『やっぱりここの料理は美味しいわね』
『値段の分のおいしさはありますよね。簡単に見えて1つ1つ結構手間をかけているみたいですし』
『あとは味付けが中央と少し違って面白いのよね』
『そうですね。そういったところは、国の特徴が顕著に出ますよね』
個人的には中央の味付けのほうが好きだけれど、こちらはこちらで美味しく感じる。
何というか、中央は味が深い感じがして、こちらは味が濃いみたいな感じがする。味の説明は難しい。
『それはそうと、目の前の子は何がしたかったのかしらね? 一心に食べているようで、あまり食べられていないけれど』
シエルが言う通り、謎の少女は一心にお皿を見ながら、ちまちまと食べている。パルラと違った小動物感がある。
『もしかしたらなんですが、単純に学食の場所と使い方がわからなかったのかもしれませんね』
『そうかしら? そうだとしたら、ちょっと可愛いわね。エインとは違うのだけれど、可愛いでいいのかしら?』
『良いんじゃないですか?』
別に可愛いというのはわたしを形容するために生まれた言葉ではないし、別の人に使うのも問題ない。シエルが可愛いというのは、わたしか精霊かだったので、それ以外にもできたというのはちょっとだけ妬けてしまうけど。ちょっとだけ。
なんて思っていたら、くすくすとシエルが笑っているのに気が付いた。
『一番可愛いのはエインよ?』
『それは……ありがとうございます』
なんだか見透かされているようで恥ずかしい。何とかごまかせないかなと思っていたら、面倒くさそうな人――アルクレイがこちらに向かってくるのに気が付いた。
向こうからは見えていない距離だけれど、ルート的に空いている席はほとんどなく、まず間違いなくここまで来てしまうだろう。
まだこちらに気が付いてないようなので、今のうちに移動すればかち合うことはなさそうだ。
『アルクレイ君がこっちに向かっているので、移動しましょうか』
『アルクレイって同じクラスにいた人よね?』
『入学試験で雷魔術を暴走させていた人です』
『思い出したわ。ええ、面倒くさそうね』
サンドイッチはもう一つ残っているけど、午後から動く分には十分な量は食べたし、とりあえず魔法袋に入れて移動した後食べるでもいい。
立ち上がってから、ローブを羽織って長い白髪の長さだけでもわからないようにしてから、返却するために食器を持つ。目の前の少女は本当にわたしに用事があったわけではないらしく、まったく気にした様子もなく黙々と食べている。まだ半分くらいしか食べ終わっていなくて、思わず頬を緩めてしまいそうだ。
何も言わずに立ち去ってもいいのだけれど、シエルが少しは興味を見せた相手なので「面倒な人が来ますよ」とだけ伝えて、歩き出す。
声をかけられた彼女はびくっと体を震わせたあと、入り口のほうを見て目を丸くしていた。
それから慌てて食器をもって、わたしについてくる。
アルクレイからこちらが見えていないように、彼女からもアルクレイは見えないはずなのだけれど、何かに気が付いた様子なのはやはりその目のおかげなんだと思う。
実に便利な目を持っている。何でもありな職業だけれど、その中でも特殊な職業なんだろうなとわたしは思っているけれど、どうなのだろうか。
できるだけ離れてアルクレイとすれ違おうとしたところで、アルクレイが「あ、お前は」と声を出した。一瞬わたしのことかと思ったけれど、探知で確認した感じこちらを向いているわけではなさそうだ。直後「ひっ」と高く小さな悲鳴が後ろから聞こえたので、もしかして彼女はアルクレイの知り合いなのだろうか?
「べルティーナ。落ちこぼれのお前がこの学園にいるなんてなぁ。まあ、頑張れよ」
アルクレイが馬鹿にするようにいうと、彼の後ろにいた二人がやはり馬鹿にしたように笑ってから、行ってしまう。
べルティーナと呼ばれたストーカー少女は小柄な体をさらに小さくさせてから、早足になってわたしに着いてくる。別にもうわたしについてくる意味はないと思うのだけれど。
別についてこられて困るわけでもないからいいか。気分的には学園に迷い込んできた犬についてこられている感じ。シエルに言っても共感は得られないだろうから、言わない。
『どこに行きましょうか?』
『なんだか後ろの子が着いてきているのよね?』
『そうですね。この後離れるかもしれませんが、いついなくなるかはわかりませんね』
『んー、この後も時間があるから一度寮に戻ってはどうかしら?』
『そうですね。寮の5階までは来られないと思いますし、彼女も自分の部屋に戻るかもしれませんしね』
わたしたちは次は空き時間だけれど、彼女がどうかはわからない。
それ次第では寮まではついてこないんじゃないかな、と思っていたのだけれど、彼女は寮の5階までついてきた。
エレベーターに一緒に乗った時点でなんとなく察したけど。
エレベーターを降りたところにある5階の談話スペースにたどり着いたところで、ようやく「あ、あの」と声をかけられた。
パルラの時は隣に座って少ししてからだったように思うので、彼女はパルラ以上に人見知りなのかもしれない。わたしから見た感じパルラってそこまで人見知りという感じはしないのは、割とおしゃべりという印象があるからだろうか。
「どうしました?」
「ええっと、ベルはべルティーナと言いますっ」
今までだんまりだったのが嘘のように、勢いよく自己紹介してくるので驚いてしまったけれど、前世を思えばこういう子はいたなーと懐かしさを覚える。
「エイルネージュです。それでべルティーナさん、どうしたんですか?」
「さ、さっきは、ありがとうございました」
頭が地面につくんじゃないかと思うほどに、勢いよく頭を下げてくる。
「気にしなくていいですよ。結局逃げられなかったみたいですし」
「お昼ご飯を食べているときに会うよりもマシなので……」
「そういえば、べルティーナさんは5階に部屋があるんですね」
「はいぃ……ベルは魔力は多いんですが、魔術を使うのが下手で見捨てられてしまいまして……。学園での自由と引き換えに縁を切るって言われてしまったんです……。
でもでも。自由にできるということは引きこもってもいいってことで、引きこもれるようにこの階の部屋を準備してもらいました!」
落ち込んでいたのに、急に元気になった。なんだかポジティブだか、ネガティブだかわからない子の様だ。ずっとネガティブなままだと話すのも大変そうなので、そうでないのであればわたしは構わない。ともあれ、べルティーナは卒業までに何かしら仕事ができるようになっておかないといけないらしい。わたしたちには関係ないので、勝手に頑張ってほしい。
「それでどうしてずっとわたしの後をついてきていたんですか?」
「あ、あのぅ……それは……」
べルティーナが人差し指同士をくっつけたり、離したりしながら露骨に視線を逸らす。
何かやましいことでもあるのかなと、厳しい目を向けていたら観念したのか話を始める。
「最初はベルより小さい子がいるなーと思って、それならベルがいじめられることもないかなーって思いまして」
「食堂に行くときもこっそりついてきていましたよね?」
「えーっと、えーっと……食堂に行ったことがなかったんです。誰かについていけば行けそうだなーとは思っていたんですが、見つかった時に怒られるのが嫌だったので、怒らなさそうな子の後をー、と」
『あら、エインの予想が当たっていたわね』
『まさか本当に当たるとは思っていませんでしたが、話してみた感じ嘘っぽくもないですね』
わたしを監視する目的やこっそり害する目的であれば、こうやって接触してくる意味はないと思うし、何よりアルクレイを相手にした時の反応とか隙がありすぎる。
「わたしの実力に気が付いていたようですが、それでもついて来ようと思ったんですか?」
「え!? えっと……あの……どこで、ですか?」
どうしてわたしの実力に気が付いたのか、ということだろうか?
「わたしを見たときに驚いていたみたいですし、その時に目に魔力が集まっているみたいですからね。
職業を詮索するのはマナー違反ではありますが、魔力視の魔眼使いといったところではないですか?」
「ぇぇ……はぃ。そうです……」
弱弱しい声だけれど、確かに認めてもらえたので、予想が当たっていたことをうれしく思う。
魔眼使いは極まれに見つかる職業で、見えないものが見えるとか、より遠くを見られる、などそれぞれに能力が異なる、目を使って効果を現す職業の総称になる。魔眼というと石化とか、魅了とか、そういったものが思い浮かぶけれど、そういった魔眼があったという情報は見たことがない。
「あの、纏うような不思議な結界だなとは思ったんですけど、ベルが思ったのはそれだけですよっ?」
「嘘ですね?」
「えーっと、えーっと……はいぃ……。底が見えないくらい凄い結界だったんで驚いたんですけど、何というか安全そうだなって思ったから……です」
「何か企んでいたりは?」
「ないですっ、ないですっ! 誰にもしゃべったりもしません! ベルは一生ひっそりと、引きこもっていられたらいいんです!
その夢は、もう……断たれてしまいましたが……」
実家に見捨てられたらしいし、引きこもって暮らしていくというのは難しいだろう。
魔道具師というのは、その点確かに人とのかかわりは少なく、基本は引きこもって魔道具を作り続ければいいかもしれない。
とはいえ、わたしがかかわる問題でもないと思うので「そうですか、お答えありがとうございました」と流しておいた。