163.戦闘訓練とランニング
初級の戦闘訓練はハンター志望も騎士志望も集まるため、実にいろんな人が集まる。
男女比は7:3くらいで、魔術師タイプの人も結構いる。レシミィイヤ姫もいるし、赤髪のルリニアもいる。でも英雄のジウエルドや雷魔術師のアルクレイなどがいないのは、彼らが初級をスキップしたからだろうか?
あの二人が一緒だと何かとトラブルが起きそうだし、そうしてもらって助かった感じはする。
それから中級にいそうなリーナエトラがここにいるのは、姫様の護衛を徹底しているからだろうか?
リーナエトラとルリニアが仲悪そうに見えるのは、見ないふりをしていたほうがいいのかもしれない。レシミィイヤ姫が困った顔をしているけれど、さすがにあそこに入っていくことをシエルはしないだろう。
あと見知っているのはと見まわしていると、パルラがこちらに向かってくる。
なんだか犬みたいに見えてきた。
「エイルネージュちゃんの格好可愛いね」
「それはありがとうございます。パルラの格好は動きやすそうですね」
何というか、ロングTシャツに丈夫そうな長ズボンといった格好で、お世辞にもお洒落さはない。
でも森の中では怪我をしにくいだろうし、動きやすそうな感じだし、何の問題もないのではないだろうか。周りにも結構似たような格好の人は多い。
むしろ役割魔術師のハンターといわんばかりの格好をしたエイルのほうが浮いている。
そのせいか知らないけれど、男子数人のグループがにやにやしながらやってきた。
印象的に悪ガキって感じで、貴族のようには見えない。
「お前みたいなチビ女が来るところじゃねえぞ」
やってきたうちの一番前にいたのが絡んでくる。後ろでは「そうだ、そうだ」と同意をしているのだけれど、シエルは無視するようで全く反応しない。
むしろパルラの方があわあわと慌てているようで、ちらちらとエイルに視線を送ってくる。
シエルが反応しないことで、シエルが怖がっているとでも思ったのか、男子生徒は「どうせハンターになってもうまくいくわけないんだから、もう授業にくんなよ」と言い残して満足したようにどこかに行った。
うーん……何がしたかったのだろうか? 戦闘訓練ということで張り切っていたところに小さい女の子がいたからイラっとしたのだろうか? そもそも何でハンターになりたいのだと決めつけたのだろうか?
自信たっぷりにそういったということは、本人は自信があるのかもしれないけれど、実力があれば初級には来ていないだろうから実際はお察しかな。
周りを見ればシエルが一番小さいし、一緒にいるパルラはとても気が弱そうに見える。
単なる当てつけと見るのがいいか。シエルが気にした様子がなかったので、顔だけ覚えておこう……覚えておけるかはわからないけど。
「エイルネージュちゃん、エイルネージュちゃん。大丈夫? ごめんね……」
「何のことですか?」
「えっと、今の人たちなんだけど」
「んー、ああ。気にしないでいいですよ。慣れてますので」
「つ、次は頑張るから」
「? はい。頑張ってください」
どうやらパルラは止めに入ろうとしてくれていたらしい。でもパルラの性格的に難しいだろうから、個人的には気持ちだけでもうれしく思う。シエルは「頑張る」がどんな意味かも全くわかっていないみたいだけれど。
「ほら、集まって。授業始めるよ」
時間になってどこかで見た男性がやってきたかと思うと、手を叩いてばらばらだった生徒を集める。
動くのはシエルに任せて、どこで見たのだろうかと思い返してみると、一つ思い当たる節があった。
受験の時に模擬戦をしたハンターだ。
「僕の名前はイシュパート。本当はあと何人か教師はいるんだけど、今日は僕だけだから追々紹介することになるよ。
これでもB級ハンターだから、不満だという人はいないだろうけどいるかな?」
イシュパート先生がにこにこと笑いながらこちらを見回す。いないだろうけどと言っているけれど、いてくれたほうがおもしろいのにとか思っていそうな表情だ。
でも残念ながらB級ハンターと聞いて「おおっ」と声を上げて感心する人はいても、反発する人はいないようだ。
『本来は複数人ってどういうことかしらね?』
『使える武器がそれぞれ違うんじゃないでしょうか? 確かイシュパート先生は剣を使っていたと思いますし』
『ああ、そういえばそうね。それならあの槍使いもいそうね。でも今日は来ていないのね』
『不要なんでしょうね』
『不要なのね?』
シエルがとりあえず納得したみたいな声を出す。
一つの予想だけれど、授業が始まれば嫌でもわかるだろうし、これ以上は伝えないでおく。
戦う技術を身に着ける前にやることがあるのだとわたしは思う。
「とりあえず、この訓練場を走ってもらおうかな。この線よりも外側を授業が終わるまでにどれだけ走れるか。それを見て今後どうするかをそれぞれ決めるよ」
イシュパート先生がわたしの予想通りの言葉を生徒たちに伝える。まずは体力。これは大事。
それから地面を見てみれば、確かに訓練場を一周するように線が引かれていて、どことなく学校の運動場を彷彿とさせた。
わたしは走るというところに文句はないのだけれど、そう思っていない人は結構いるらしく不満げな雰囲気が一体を包む。
「何でだよ。戦い方を教えろよ」
「まずその段階まで行けるかを見るためのものだからね。まずはどれだけ体力があるか見せてもらうよ。目標は授業が終わるまでに15周ってところかな。それじゃあ、はじめ」
唐突にスタートさせたのは、有無を言わせるつもりがないからだろう。この手の輩は納得させるのに時間がかかるだろうし。
シエルを含めた全体の3分の1くらいがすぐに走り出し、パルラが含まれる3分の1がそれを見て慌てて走り出し、残りはボーっと立っている。
イシュパート先生はにこにこするだけで、立っている人を走らせようとはしない。まあ、そのうち走るだろう。
1周が前世でよく見る運動場よりも長い感じなので、大体15周で10数kmといった感じだろうか?
1時間でそれくらいと考えると、思ったより緩い。前世のわたしなら普通にきついレベルだけど。大学生になってから10kmどころか1kmも走ったことないように思うし。
でもこの世界と考えると、もっと厳しくていいんじゃなかろうか。
『身体強化とか使っていいのかしら?』
『使わないでいいんじゃないですか? 使うとすぐ終わると思いますし』
『たまにはそれもいいわね』
『今日は時間内に15周終えるくらいな感じで行けばいいでしょう』
感覚として最終的には時間内に30周とかさせたいんじゃないかなと思うのだけれど、15周でいいといわれたから。身体強化ありだと最終目標60周くらいだろうか。
「エイルネージュちゃん、一緒に走っていい?」
「好きにしてください」
すぐに追いついてきたパルラに一緒に走ろうといわれたけれど、自分のペースで走ったほうがいいんじゃないかなと思った。
◇
走り出してから3周目あたりで、すでに周回遅れが出始めた。見た目魔術師タイプの人が大半で、この段階で割と息も上がっている。
またスタートで遅れた人たち――授業前に絡んできた男子たちもいる――はすぐにわたしたちを抜いて、だいぶ前にまで行ってしまった。と思っていたのも10周程度まで。序盤で体力を使いすぎてしまったのか、コースからそれたところで大の字になって寝転がっている人もいる。まあ走っている人たちも息が荒い。
そしてこのころには魔術師組はその多くが休憩していて、全体の4分の1はいなくなっている感じがする。
最初にシエルに絡んできた人も、2回ほどわたしたちを追い抜いて行って勝ち誇った顔をしていたけれど、今にも倒れそうだ。
対するシエルはまだまだ余裕で、あと5周どころか50周でも走り続けられるだろう。
これがわたしだったらそんなには走れない。体力は共有なので単純に体の使い方の差、あとはペース配分だろうか。
『ただ走るだけというのも、案外楽しいものなのね』
『わたしはその楽しさを終ぞ知ることはなかったように思います』
『エインは体を動かすのが好きではないのね?』
『確かにそうかもしれませんね』
逆にシエルは体を動かすのが好きなのだろう。知っていたけれど。
前世だと歌うためにちょこっと筋トレはしていたけれど、それくらいで体力はそんなになかったように記憶している。
『そういえばパルラは思ったよりもちゃんとついてくるのね』
『森に入って手伝いをしていたこともあるといっていましたし、体力はあるんでしょう。あとは職業の効果という可能性もありますが』
12周走ったところで、わりと混沌としてきた。走れなくなった人が邪魔にならないところに避け、早々にバテていた人が再び走り出す。
ちゃんとペースを守れば15周くらい軽く行けた人もいるのだろう、一度倒れた後で走り始め、時間的に15周が難しいことに気が付いて悔しそうな顔をしている人もいる。
今まで休むことなく走れている中で知っている顔だと、レシミィイヤ姫が頑張っている。今の感じだとギリギリ15周走れるかといった感じだろうか?
リーナエトラは姫様の速度に合わせていて、余裕がありそうだ。
赤髪のルリニアはすでにギブアップしていて、端っこで休んでいる。
「エイルネージュちゃん余裕あるね」
「パルラもありますよね」
「そうなんだけど、ちょっと意外っていうか……やっぱり、ハンターだからなの?」
「体力が必要ですから」
「エイルネージュちゃんはあとどれくらい走れそう?」
「これくらいならずっと走れますよ」
「やっぱりハンターってすごいんだね」
キラキラした目をしているけれど、シエルについてこられているパルラもすごいことになるんじゃなかろうか?
「そういえばもう15周走り終わるけど、どうするの?」
「走るのやめますよ」
「いいのかな?」
「駄目なら今転がっている人たち全員駄目です」
シエルの言葉にパルラが苦笑して返す。
そんなやり取りをしている間に15周走り終わった。授業時間は残り5分ほどで、すでに15周終わったのかストレッチしている人もいる。
15周走り終わったところでシエルが宣言通り足を止めるとイシュパート先生がやってきて、片手をあげて話しかけてくる。
「余裕そうだね」
「余裕ですからね」
シエルが受け答える隣で、パルラがエイルを盾にイシュパート先生と距離をとった。
「久しぶりだね。ところで何で君がここにいるのかな?」
「お久しぶりです。なぜかといわれたら、武器もある程度扱えるようになりたいからです」
「ああ……なるほど。基本的にはあの辺と同じなわけだ」
倒れ伏している魔術師っぽい子たちを見て、イシュパート先生が頷く。
「職業的にもできて損はないですから」
『そこまで言うんですね』
『どのみち「剣舞」系の職業だとはすぐバレるもの』
確かに。この授業を受けた最大の理由が剣の基礎を学ぶことだから、遠からずバレることだろう。
何せ舞姫の力を借りなければ、シエルは剣をどう振っていいのかもわからないから。今までは職業任せで適当に振っていたらしい。
仮にも「姫職」なので――十全にその力を発揮できれば――職業任せでもそれなりにはなる。しかしながら、それとは別に剣を学んでおいたほうがいい……らしい。「歌姫」であるわたしにはそのあたりの感覚はわからない。
「君は魔術師系じゃないのかな?」
「そうですが、職業は違うというだけです」
「……なるほどね。使う武器は?」
「細剣を見栄え良くしたものです」
「剣舞」系の職業だと剣であればなんでもいいらしいけれど、細剣が一般的ではある。「舞姫」で見ると舞に使えれば別にどのような武器・道具でもある程度は使えるので、細剣を使っているというのも嘘ではない。
シエルの発言は職業をほのめかす意味合いが強いので、伝われば何でもいいのだけれど。
イシュパート先生は察することができたらしく、「あー……」といった後で頭を抱える。
「さすがにそれを教えられる人はいないと思うんだけど……」
「剣の扱い方・基礎だけ教えてもらえば、あとは自分でどうにかしますから」
普通の剣士などであれば、職業がかみ合っていなくてもある程度の実力を出すことはできる。「愚者の集い」は基本的にそういった人たちの集まりだろうし。
でも剣舞は特殊なので、その職業の人以外が好んで使うことはない。だから教えられる人も少ない。
とか言いつつ、この学園にはマイナーな人形魔術を専攻している人がいるのだけれど。ムニェーチカ先輩は人でいいのだろうか? 駄目ということはないか。
「うん、それならいいんだけどね」
「そろそろ授業終わりますよ」
「おっと、それじゃあ次の授業で」
エイルとの会話を切り上げて、イシュパート先生が「授業終わるぞー」と声を上げる。
それを確認したところで、パルラがほっとした様子を見せたけれど、シエルの後ろに隠れてもシエルのほうが小さいから隠れ切れていなかった。まあ、本人が良いのなら良いか。