162.お茶と話と魔物学
学食に人が増えてきたころ、姫様に「今からお茶なんてどうでしょう?」と誘われた。誘われた時点で断るなんてできないわけだけれど、受けたら受けたで目立つと思う。昼食を一緒にとっただけで十分目立つか。
「それは特別扱いしすぎではないですか?」
「心配しなくとも、授業が同じになった方とは可能な限り交流を持つつもりです。
エイルネージュ様はたまたま最初に授業が同じになっただけですよ」
果たしてそれでいいのだろうか。本当にたまたまなのだろうか。
などと思うけれど、変に断るよりもあとのフォローをレシミィイヤ姫に丸投げしたほうがよさそうなことに気が付いたので、招待されることにした。
これでもレシミィイヤ姫の体調には気を使っているつもりなのだけれど、今回は向こうから誘ってきたということですべてを任せたいと思う。
連れていかれたのは、食堂の屋上にあるオープンカフェのようなところ。こんなところがあるとは知らなかった。学園を一望……とまではいかないものの、それなりに景色がよく、風が気持ちいい。
専用の売り場があり、飲食物はそこで買ったものしか持ち込めず――下の学食の料理も不可――、売っているものも値段のわりに量が少ないものなので昼時でも人が少ない。
むしろティータイム辺りになると増えるのだろうか?
「この学園ってお金がなくても生活できますけど、お金を使う場所は結構ありますね」
椅子に座り、紅茶とケーキをそれぞれ置いて、思わずそう口に出したらレシミィイヤ姫が「そうですね」と答えてくれる。
「卒業後にはそれぞれに働くことを前提としている学園だからでしょうか」
「ハンター向けの授業だけ取ると、妙に時間が余るのもそれが理由なんでしょうね」
「そのようです。ハンターを目指すのは平民の方が多く、金銭的余裕がない中で入学している人も少なくありませんから」
「ハンター見習いとして働ける時間を設ける必要があるわけですね」
「時間を設けるとは言っても、簡単な仕事をできる程度ですけどね。ほかにも魔道具師を目指している人であれば、簡単な作業の手伝いを受け入れてくれているところもありますし、一般的な商店であっても小間使いとして雇ってくれるところもありますね」
「この辺りお店多いですからね」
「最低限は学園内で買えますが、少し専門的なものになってくると、学園前の通りで買ったほうが安くて良いものが買えるといわれていますね」
流石はこの国の姫。学園のことをよくわかっているらしい。
もしくは学園に入学するのであれば、知っていて当然の知識だったのかもしれない。
なんて考えていたら、レシミィイヤ姫が羨ましげな眼でこちらを見ていることに気が付いた。
「エイルネージュ様はハンターをしているのですよね?」
「学園が始まってからは、ほとんど活動はしていないですけどそうですね」
「肌のお手入れは何か特別なことをしているのですか?」
ああ、この手の質問か。姫様といえど、というか姫様だからこそ美容は気を使っているだろうし。
何もしていないというのは簡単だけれど、嫌みっぽくも聞こえかねないので少し気がとがめる。
相手がどうでもいい相手なら、嫌みになっても気にしないけれど、相手が一国の姫だと例えフィイ母様の義娘だということが知られていても、喧嘩を売るようなことはしたくない。
『話したいみたいね?』
『今までに何度か話したことはありますし、別にいいかなと思いまして』
『エインがそう判断するなら、私は反対しないのよ。結界については学園内では、ほどほどにばらしていく予定だものね』
可能性として姫様以外からも尋ねられるかもしれないし、これが知られたところでという感じもするので、ばらすつもりであったけれど、思っていた以上に早かったなという印象。
一応防音だけはして話をしよう。
「今の立場になってから良いものは使っているとは思いますが、やっていることは基本的なことだけです。ものについては、レシミィイヤ姫も同等のものを使っているとは思います」
「それだけではないですよね?」
「あとはずっと結界で日光等を遮断していますから、そのせいだと思います」
「そのようなことが可能なのですか!? ……いえ、可能なのですね。音すら遮断できるのですから、光ができても不思議ではないのかもしれません」
驚いたレシミィイヤ姫が今の状況に気が付いたらしく、考えを改める。
正確には日光を弾いているわけではないのだけれど、説明が面倒くさいので良しとしよう。
残念そうな顔をするのは、自分ではできないとわかったからだろうか?
私もシエルが5歳までの間は使えなかったと思うし、やっぱり魔力量って大事なんだなと思う。
「私も姫様に聞きたいことがあるのですが、良いですか?」
「わたくしが答えられることでしたら構いませんよ」
「この学園の教師たちの中でも、特に高名な方といったら誰になるのでしょうか?」
フィイ母様も言っていたけれど、禁忌を犯せるということはそれだけ優秀な人であるということ。だとしたら、この学園で優秀だといわれる人を上から探してみるのが楽だと思うので、せっかくなので尋ねておく。
レシミィイヤ姫は少し考えてから話し始める。
「一番有名なのは学園長のローベイム様でしょうか。かつてS級レベルになれるのではと噂されていたほどの魔術師です。それから……」
と何人かの名前を教えてもらったので、とりあえず覚えておこうとは思ったけれど、元騎士とか、元A級ハンターの剣士とか、禁忌とはあまり関係しなさそうな人ばかりだったので、望み薄な気がする。
可能性としては学園長が一番高いだろうか。学園長が普段何をしているかは知らないけれど、ほかの教師よりも自分の時間を作ろうと思えば作れるような印象はある。
でも学園長だったら、調べるのが大変そうでため息をつきたくなる。こっそり調べるというのは、私たちは向いていないのだけれど。
「ありがとうございます。参考になりました」
「お役に立てたのであればよかったです」
「それから、もう一つ良いですか?」
「何でしょう?」
「レシミィイヤ姫は『人造ノ神ノ遣イ』を知っていますか?」
「……エストークと中央で現れたという魔物ですね。確かどちらも誰が討伐したのかはわかっていない、という話を聞いたことがあります。あとは見た目が同一ではなかったということも」
「それが発見されたら、伝えてもらうことはできますか?」
「構いませんが……」
レシミィイヤ姫が「なぜ」と目で問いかけてくる。
一体目を倒したときは割と堂々と倒したような気がするし、シエルメールとしてはそこまで隠していないので「人造ノ神ノ遣イを探しているというのも、オスエンテに来た一つの理由ですから」と答える。
「倒すのですか?」
「そのつもりです。倒したいだけなので、素材や魔石が欲しいのであれば譲りますよ」
「それは助かるのですが……」
どうしてなのかと言いたげなレシミィイヤ姫の視線に、今度は答えない。
そこまで教える気はないし、何なら邸の使用人もそこまでは知らないと思う。
ミアたちはどうなのだろうか?
「別に私の所有物というわけでもありませんし、そちらで倒してしまったというのであれば、その時はそれで問題はないですよ」
「ええ、そういっていただけると助かります。弱い魔物ではないということはわかっていますから、被害を最小限に抑えることを優先させていただきます」
「姫様。そろそろお時間が……」
「そうですね。エイルネージュ様、本日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、有意義な時間でした」
そういって姫様と別れて、ハンター向けの魔術の授業に向かった。
◇
ハンター向けの魔術といっても、最初は一般魔術とほとんど変わらず、先生も変わらずクローラ先生だったので特に本当に目新しいことはなかった。
やはりというかなんというか、Aクラスは、優秀な人が集められていたらしく、ここでもクラスメイトを見ることはなかった。
ハンター向けの魔術が終わったら、次は魔物学。ここからシエルに替わって、授業を受けてもらうことになっていたのだけれど、ここには結構クラスメイトがいた。
パルラもその中の一人でエイルネージュを見つけるなり、すぐさま寄ってきた。あまりの速さにエイルの隣の席は一瞬で埋まり、残念そうにしている男子生徒が数人いたように思う。
「エイルネージュちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「エイルネージュちゃんは、もう授業受けた?」
「魔術関係を2つ受けましたよ」
「そうなんだ。あたしはこれが初めての授業だから、緊張してるんだ」
「午前中は何をしていたんですか?」
「解体の手伝いだよ。思った以上にお金がもらえたから、今日のお昼はちょっと贅沢しちゃった」
楽しそうに話すパルラの隣で、シエルが退屈そうに聞いている。まだ何回目かの状態だけれど、ちょっと見慣れてきた。シエルも別に嫌がっている様子はないし、案外いい関係なのかもしれない。
ハンター志望だからまとまって働ける時間があるというのは、先ほどレシミィイヤ姫と話していたことだけれど、目の前にそうしている人がいると理解が深まる。
そしてパルラが楽しそうに魔物の解体の話をするので、解体についての知識が増えていく。
わたしたちは昔は討伐部位と魔石だけ取っていたし、魔法袋が手に入ってからは倒した魔物をそのまま突っ込んでいたので、解体についてはさっぱりだ。たぶんこれからも、パルラから得た知識が生かされることはないだろう。
ほどなくして始まった授業は、魔術の授業とは違って少し面白かった。
何せ初級で教えてもらえるような魔物については、大体首をはねれば死ぬくらいの知識しかなかったから。いや流石にそこまでではないけれど、ゴブリンが全員右利きしかいないとか知らなかったので面白かった。
基本的にはいかに弱い魔物であっても、殺される可能性があるので、町の外で気を抜いてはいけないということと、倒せる魔物以外には手を出さない、みたいな注意喚起が多かった。
いずれは学園に通いながらハンター活動で町の外に出て魔物を狩ってくる人もいるだろうし、余計な怪我をしないためにも最初の授業でやるのかもしれない。
「次は戦闘訓練だけど、エイルネージュちゃんは何を着るの?」
「普段ハンター活動するときの格好です」
「そっか、ハンターだもんね。あたしはそういうのないから恥ずかしいかも。狩りを手伝うときに着ていたやつだから地味だし……」
「目立っても仕方ないですけど」
よほど高性能な防具とか武器とかでない限り、派手な格好はマイナスだと思う。
わたしたちが作ってもらったものも、長袖のローブみたいな感じだし。
色も濃い緑色なので、森の中だとあまり目立たない。でも髪が白いので目立つといえば目立つ。
「何か言いたいことでもありますか?」
「い、いや、何にもないよ。うん」
パルラがエイルの髪を見ていたので言いたいことはわかるけれど、エイル基準でもこの髪で問題なく依頼をこなしてきたわけで、心配されることはない。
大体髪はローブの中に入れてしまうことが多いから、そこまで邪魔にもならない。
「それじゃあ、またあとでね」
「はい。また」
逃げるようにパルラが行ってしまったけれど、シエルはのんびりと着替えに戻った。
今回で100万字を超えました。ですがまだ続きそうなので、今後もよろしくお願いします。