160.ムニェーチカについての考察と初授業
「それじゃあ、答え合わせをしていいかしら?」
『ムニェーチカ先輩についてですか?』
「ええ。最初になのだけれど、ムニェーチカはこの階に住んでいるのよね」
『尋ねるの忘れていましたが、間違いないと思います。確かめるために、あとで訪ねてみても良いかもしれませんね』
「エインが言うなら、間違いないわ」
寮の自室に戻ってシエルと話す。
うん。授業がある時にでも、聞いてもらおう。下手したらシエルは確かめないまま、放置しそうだから。でも今訪ねても、まだ帰ってきた様子はないし、何よりも今はシエルとのおしゃべりの方が大切なので、後回しでいい。
「続けるわね。ムニェーチカはS級ハンターで、フィイの知り合いなのね」
『そうですが、他に何か気になることがありますか?』
「いろいろあるわ! でもね考えたから聞いてほしいのよ」
『はい。もちろんです』
「ムニェーチカは人形魔法を使えるのね?」
『使えるでしょうね』
「ムニェーチカ本人はあの中にいたのかしら?」
『わたしはそう思いますが、絶対だとは言えません』
仮説はあるけど当たっているかどうかは、本人に聞かないとわからない。
でも当たっているとは思う。何せ彼女とわたしは似ているから。
「でもあの中に人はいなかったのよね?」
『それは居ませんでしたね』
だからあの美少女な人形がムニェーチカ先輩なのだ。
シエルがそうだとは断定できないくらいには、人によく似た人形で、わたしが彼女と似ていなかったらわたしも気が付かないくらいだ。
「ムニェーチカには体がないのね? 今のエインのように」
『そうだと思います。ですが彼女の場合、望んでそうなった可能性もありますけどね』
「つまり魔法ね? 人形魔法を使えるようになった代わりに、彼女は体を失ったのね」
『そう考えると、いろいろと辻褄はあいそうなんですよ』
「イエナやセェーミエッテがあの場で動かなくなったのは、彼女の魂の一部を使っていたりしたのかしら?」
『わたしの考えとしてもそうです。イエナ先輩とムニェーチカ先輩の魔力は同一でしたから』
魔力量は主たるムニェーチカ先輩に及ばないまでも、その技量を使えるのであれば、各人形がA級ハンターくらいの強さがあるかもしれない。
それが今日感じただけでも5人。10人くらいは増やせそうな感じで、人形を倒すと分かれた魂はムニェーチカ先輩の元に戻るだろうから、すなわち先輩の疑似的なパワーアップにつながる。
やっとの思いで取り巻きを倒したら、全力のボスと戦うことになり、取り巻きを無視してボスを狙うには取り巻きが強いみたいな状況になりそうだ。
そうでなくても、相互に情報交換できるだけで、かなり有用な魔法のように思う。
10人を各国に潜り込ませるだけでも、個人としては強力な情報網になるだろう。
「だとしたら、ムニェーチカに協力してもらわないと難しいかしら?」
『わたしの体を作るためにですか?』
「ええ、だって私は魔法が使えないもの。魔法が使えたとしても、人形魔法じゃないとあのレベルの人形は作れないかもしれないのよ」
『確かにそうですが、簡単には協力してくれないと思いますよ?』
「それなら小さいエインでも、私は構わないのよ?」
まあ、人形魔術というくらいだから、普通は一般的な人形のサイズになるだろう。
シエルに抱えられるくらいのものか、もしくはもっと小さいか。
んー、まあシエルがそれで満足ならいいか。そもそもうまくいくとも限らないのだから。
『明日から授業が始まりますし、今日はきちんと寝ておきましょう』
「それもそうね」
しばらくおしゃべりをしたところで、シエルに寝るように促す。
昔のわたしなら緊張でなかなか寝付けなかったなぁ……という気がするのだけれど、シエルはわたしの歌に耳を傾けていたかと思うと、一曲も聞き終わらずに寝息を立て始めた。
◇
夜が明けて今日から授業が始まる。その前にAクラスの教室にいかないといけないのだけれど、今日は特に連絡もなく、出欠の確認だけだった。
今日は午前の最初に初級の一般魔術の授業があって、それから空き時間。昼から初級のハンター向け魔術、初級魔物学、初級戦闘訓練となっている。
一般魔術の後は昼食終わりまで暇になるので、その間にちょっと学園を回ってみようとシエルに提案した。
禁忌に関係する人を軽く探してみようかなと思っているわけだけれど、どうやって探してみたものかとも思う。
こういう時にはレシミィイヤ姫に話を聞いてみても良いかもしれない。でも「禁忌犯そうとしている人知りません?」と聞いただけでレシミィイヤ姫の胃に負担がかかりそうだ。まあ、機会があったら話をしてみよう。
レシミィイヤ姫もエイルネージュとそれなりに親しくしておきたいって言っていたし。
今日は魔術関連はわたしが受けて、魔物学と戦闘訓練はシエルが受ける。どちらが何を受けてもいいのだけれど、戦闘訓練だけはシエルが受けるというので――わたしに戦闘能力は不要だからということらしい――このような形になった。
空き時間については、わたしが基本的に行動していいらしい。
教室ではそれぞれ好きに座っていいらしく、一般魔術の教室では多くの人が前のほうに集まっている。わたしの記憶だと前のほうがスカスカで、後ろに人が溜まっていたような気がするけれど、やる気が違うのかもしれない。ここにいるのは平民や自宅では勉強できなかった低位の貴族が多いだろうし、生活に直結しているのもあるのだろう。
わたしはそこまででもないので、ひっそりと後ろの席に座る。どんなことをやるのかなというのがメインで、授業をまじめに受けるということが目的ではないから。
結構人が集まってきて、席の八割くらいは埋まるのかなーと思っていると「お隣良いでしょうか?」と声をかけられた。
別に断る理由もないので、興味なさそうに「良いですよ」と返そうかなと思ったのだけれど、聞き覚えのある声だったので顔を上げて相手を確認する。
「良いですが、姫様がこの授業を受けるのは意外ですね」
「ありがとうございます。わたくしがというのであれば、エイルネージュ様が受けるのも意外だと思いますよ」
「E級ハンターをしているとは言っても、魔術は独学なので実は基礎も知らないんです」
「それでこのレベルの魔術を……」
どうやらわたしが嘘を言っているわけではないことがわかるらしく、レシミィイヤ姫が驚いている。
だけれど、わたしたちの話に耳を傾けている人もいるので、あまりエイルネージュを誇大広告しないでほしい。
「確かに結界はそれなりですが、姫様が驚くほどではないと思います」
「そんなに謙遜しなくてもいいとは思いますが……」
「それで姫様はどうしてですか?」
「わたくしはどのような授業が行われているのかを見るのも役目ですので、幅広く授業を受けることにしているんです」
「そうなんですか……。ご自愛ください」
あまり無理して倒れられても困るから。
フォローが云々もそうだけれど、たぶん精霊と遊ぶために屋上行くのも面倒くさくなる。
そんな風に話していると、扉が開いてクローラ先生が姿を見せた。
「はい、座って。授業始めるよ~」
といつもの雰囲気で入ってきたけれど、生徒全体を見渡してわたし――とおそらくレシミィイヤ姫――のところで視線を止める。まるで「何でいるの?」とか「やっぱりいるの?」とかそんなことを言いた気な感じで、にっこりとほほ笑むとササっと視線を外された。
「それじゃあ早速なんだけど、皆は魔術を使うときに一番大切なものはなんだと思う?
じゃあ……君、なんだと思う?」
教卓からクローラ先生が前のほうに座っていた男子生徒に問いかける。
「魔力量だろう?」
「はい、そうだね。では魔力量を増やすにはどうしたらいいかわかる人ー」
クローラ先生の問いかけに、誰も手を上げようとしない。中にはこそこそと何か話をしている人たちもいる。一般的な知識だと魔力量を自主的に増やすことは難しく、年齢による自然増加に任せきり。特殊な例だと人生を大きく変えるような転機を経験すると、魔力量が上がることもある。これは要するに魔力を司っている魂の成長といってもいいだろう。
そして一番のイレギュラーが、魔力暴走薬を飲んで無理やり増やすこと。手っ取り早いけれど、下手すれば死ぬ。でも頑張れば髪まで回路になる。でも白くなる。
シエルの白髪は好きだけれど、たまに胸が痛くなる。
『エインなら増やせるわよね?』
『あの薬があれば、ですけどね。そうそう見つからないと思いますよ?』
『そうなのよね。まだ自然に増えているからいいけれど、成長が止まると魔力量を増やすのは難しそうね』
『これ以上増やしても、という気がしますけどね』
わたしの魔力が最後に枯渇したのはいつのことだったか。
しかも現状魔力と神力が入り混じっている感じで、本来の魔力量よりも様々なことができると思う。
シエルはわたしと違って、結界を維持するだけといった魔力の消費方法をしていないので、わたしよりも消費量が多く、トゥルを相手にした時には魔力が枯渇したこともあったっけ。
それでも、トゥルと戦うというシチュエーションに匹敵する何かが、今後あるかも謎なのだ。
自然増加だけでも過剰なくらいだとは思っている。
シエルと話をしている間に、前のほうに座っている女子生徒が恐る恐る手を挙げて「ドラゴンを倒した人の魔力が増えたって、どこかで見たことあります」と答えた。
クローラ先生は笑顔で「よく知ってたね」と拍手して、話を進める。
「自然に増えるものを除くと、魔力が増えるのは何か特別な経験をした時に増えるかもしれない、くらいだね。だからこそ、魔力量が多いというのは特別なことだけれど、この授業中はそのことは忘れてください」
クローラ先生の言葉に生徒たちが不思議そうな声を挙げる。
あげていないのは、わたしとレシミィイヤ姫くらいだろうか? ほかにもいるかもしれないけれど、聞き分けられない。
「何で忘れるのかといえば、今言った通り魔力量を増やすのが難しいからだよ。つまり授業で魔力量は増やせないの。だったら、考える意味はないよね。ここで教えることは基礎で、この授業を受けられる人であれば、魔力量が足りないなんてことはないはずだから」
生徒側から、納得したような、していないような微妙な声が上がる。
理由は予想通りだったけれど、それをここまではっきり言うんだなと意外に思う。元ハンターで戦いを知っているからこその判断かもしれない。
「この授業で重視するのは、魔力の循環とそれに伴うコントロールです。すぐにバンバン魔術を使えるかもと思った人もいるかもしれないけど、これがうまくいくまではお預けだから、頑張ってね」
「じゃあ、どうしたら魔術を使わせてくれるんだ?」
「それはこれを使うよ」
そういって教卓で隠れたところから、クローラ先生が取り出したのは1枚の大きな紙。それに書かれた魔法陣。
『あの魔法陣酷いわね』
『そうですね。ここまで非効率なのは、久しぶりに見ました』
『だからこそ、循環とコントロールの訓練になるのね』
『なるんでしょうね』
見せられた魔法陣でできるのは、光を放つことだけ。
それなのに幾重にも安全装置みたいなのがあるうえに、複雑化しているので、ハンターで言えばE級の上の方か、D級で使うような魔術くらいの難易度があると思う。
今のシエルのレベルだとわたしの支援無しで、戦いながらB級程度の魔術は普通に使える。A級レベルになるとそれだけに集中しないといけなくなる。
だから非効率であろうと、この程度の魔法陣は問題なく即時発動できる。
わたしも光を放つだけなら問題なく使える。攻撃魔術系なら発動はしても、無力になる。
「とりあえず3つあるから、今日は1人ずつ触ってもらおうかな。前の席の人から順番に使ってみてね」
そういって前のほうに座っていた3人を手招きして、次の生徒たちを後ろに並ばせる。
半分くらいが並んで、生徒たちが魔法陣に注目したところで、クローラ先生がわたしたちのほうへとやってきた。
「えっと2人ともやりたい? というか、できるよね?」
「少々時間はかかるかもしれませんが、できると思います」
先にレシミィイヤ姫がそう答えてくれたので「わたしもそうですね」と乗っかっておく。
それを聞いたクローラ先生は少し困った顔をして「授業終わったら少し残ってもらっていいかな?」と尋ねてきた。
「わたくしは構いませんよ。次は授業をとっていませんから」
「偶然ですね。わたしも授業は取ってません」
「それじゃあ、よろしくね」
ほっとした顔でそう言い残し、クローラ先生が教卓付近に戻ったのを見送って、「ところで」とレシミィイヤ姫に話しかける。
「なんでしょうか?」
「姫様の残りの授業は、魔術のハンター向けと魔物学、戦闘訓練だったりしませんか?」
「いいえ、戦闘訓練は受けますが、ほかの2つは別の授業です。ですから、本当にたまたまですよ」
「お答えいただきありがとうございました」
だとしたら、本当にたまたまということでいいのだろうか?
狙っていたとしても、困ることはないのでいいのだけれど。