159.学食と人形とムニェーチカ
パルラとハンター関係の教室を回って、お昼になったから昼食を食べに食堂までやってきた。
実は今日までミアとかわたしが作ったものを食べていたので、食堂で食べるのは初めてだったりする。それに食堂といっても、寮の3階にあるものではなくて、学園敷地内の奥の方にある食堂だけが入った建物。そこで食事をしようということになった。
結構にぎわっていて、いくつか席が空いているくらい。
入り口で食券を買って、カウンターで受け取って、席に行く。
前世でも似たようなシステムは多かったけれど、これが効率が良いのだろうか。
料金は無料のものから、普通の食事と同じくらいまで。
無料だとパンとジャムだけとか、スープと少量のパスタとか、食べられればいいやくらいの量と種類しかない。
これはお金をほとんど持たずに入学した人向けの食事になる。
しかしあまりこれを頼んでいる人がいないところを見るに、案外皆お金を持っているのかもしれない。入学前にハンターとして働いていた人もいたし、案外お金を稼ぐ場があるのかもしれない。
パルラも解体を手伝っていたと言っていただけあって、多少はお金を持っているらしく無料のものは頼まずにパンとお肉とスープみたいなセット頼んでいた。
対してシエルは無料のものを頼んで『リスペルギアの屋敷よりはいいものね』と内心はしゃいでいた。加えてお高めのケーキも頼んでいたから、貧乏だとは思われないだろう。
むしろ戯れに無料の食事を頼んでいる、もの好きな令嬢に見えるかもしれない。いや、実際そうなのか。
「エイルネージュちゃんはそれで大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。食べようと思えばお金は持っていますし。単純に興味本位です」
「そうなんだ」
パルラが返すころにはシエルはすでに食べ始めていて、パルラは驚いた様子を見せた後、クスリと笑って食べ始める。
無料のセットは、まあそこそこといった感じ。パンが黒パンでない時点でリスペルギアの屋敷よりは上だと思うし、ジャムもある程度の量がある。
パンを切って、ジャムをはさんで、マーガリンもジャムに添えでもしたら100円とかで売れるのではなかろうか?
だからといって、とてもおいしいものとは言えない。
同じ白パンでもパルラが今食べているものの方が美味しそうだ。多分無料の方は焼くのを失敗したものとか、パン職人としては半人前の人のものとかなのだろう。
それでも十分食べられてしまうシエルは、貴族令嬢とは言い難い気もする。食べ方はきれいだけど。
おそらく見る人が見れば、その落差に風邪でも引いてしまうのではなかろうか?
シエルが食べるのをやめる様子がないからか、2人して黙々と食事をつづけ――ケーキはとても美味しかった――、どちらも食べ終わった後でパルラが話しかけてくる。
「この後は……」
「それぞれ違うところですね」
「う……」
パルラは悲しそうな顔をするが、残念ながらわたしたちは斥候とは相性が悪すぎるのだ。
隠れて森を歩かずとも、結界でなんとかなるし、探知も使えば魔物と出くわすこともない。そして職業が隠密行動との相性が悪すぎる。
だけれど普通はそうではないだろうから、狩人という職業というのもあるし、お勧めしたのだ。
あとエイルネージュは礼儀作法もとっていない。やろうと思えば邸の使用人たちに聞いたほうがよさそうだし。
それに今日は場所の確認だけ。一応担当の先生がいたりいなかったりするから、会話をすることはあるけれど、しようと思わなければ誰とも話さずに終えることができるだろう。
明日からは知らないけれど。
「それじゃあ、私は行きます」
「え! えっと、うん。また明日ね」
「はい、また明日」
パルラの言葉を繰り返し、パルラを置いて席を立つ。
すたすた歩くシエルに変わって、パルラの様子を窺うと一人で気合を入れたようにガッツポーズをしていた。
◇
『あまり面白いことはなかったわね』
『部屋を見て回っていっているだけですからね。
もう少し変わったところに行ってみれば、何かあるかもしれませんが、それはまた後日にしましょう』
『そうね』
魔道具学の初級、ハンター向けの初級魔術、魔法陣学、一般向けの初級魔術と回ってみたけれど、特にこれといって何かあることもない。
授業を受けたわけではないので、新たに何か知れるということもないから当然か。
この時間帯になると1人で回っている人もそれなりにいて、そのせいで目立つということはなかった。
次で今日の予定は最後。魔術関係の教室が集まった建物の、奥の奥。
『でもこの辺りは面白いと思いますよ?』
『そうね。今までの場所は少なくても誰かいたのに、ここには誰もいないもの。
んーっと、「人形魔術」の教室には誰かいるみたいかしらね? なんだか魔力が多いような気がするのだけれど、ぼんやりしていてわかりにくいのよ』
『そこまでわかれば十分だと思いますよ。魔力量的には、シエルと同じくらいだとわたしは感じますね』
『つまりエインには及ばないのね』
『正確にはあそこにある魔力の反応を全部足したらシエルくらいですね』
『不思議な言い方をするのね』
不思議そうといいつつもなぜかを尋ねてこないのは、シエル自身楽しんでいるからかもしれない。
ここまで退屈だったから、興が乗っているのだろうか。
明かりはついているけれど、どこか暗く、不気味にすら感じる廊下をシエルは意気揚々と歩く。
これくらいの不気味さなら何度か感じたこともあるし、シエルにしてみたらホラーにもならないだろう。
足取り軽く「人形魔術」の教室の扉を開いた。
基本的な作りは変わらないけれど、机と椅子が少なく、中には人型の反応が5つ。
「あら、新入生かしら? ここは人形魔術の教室よ? 間違っているのではなくて?」
5つある反応の中で最も大きい個体。見た目で言えば20代後半くらいの女性。魔力量でいえばシエルの10分の1くらい。
事情を知らないシエルに任せるのもいいかなとも思ったけれど、わたしが話した方が早そうなのでシエルに変わってもらう。
「間違っていませんよ。とりあえずイエナ先輩はいると思いますので、出てきてください」
「やっぱり、隠れても無駄だったね」
制服姿のイエナ先輩が現れるけれど、一人ひとり言っていくのは面倒臭くなったので、一番魔力量が大きい人の方を向いて「出てきてもらっていいですか?」と声をかけた。
現れたのはまさに「お人形のような美少女」。無表情なはずの顔は見ようによっては憂いているようにも、笑っているようにも見える。
明るい金髪は作り物のようにサラサラで、肌は人のものというには白すぎるほどに白い。
だけれど確かに動いていて、開いた青みがかった目はまっすぐにこちらを見ている。
気が付けばイエナ先輩をはじめ、彼女以外に4つあった反応はこと切れたかのように倒れ、その魔力が彼女に集まっている。
「うん。君に――君たちにこんな茶番をしても仕方がないのはわかっていたよ」
高く少女のような声でそう話しかけてきた。君たちか。
わたしが想像している相手でなかったら、ちょっと潰しにかからないといけない発言だ。
「はじめまして。あなたがイエナ先輩の創造主ということで良いんですか? 彼女と同じ人形のようですが」
「そうだね。かくいう君も似たようなものだと思うのだけれど、違うかな?」
「否定はできませんが、肯定するのも違う感じがしますね」
「それはそうだ。わたしたちは一人。君たちは二人だものね」
お互いにジャブのような言葉の応酬をするけれど、別に戦いたいわけではないから、さっさと確信について話すことにしよう。
「あなたはフィイヤナミア様――フィイ母様の知り合いですね?」
「フィイヤをお母様と呼ぶのか。なるほど愉快な存在だね。
ああそうだ。わたしの名前はムニェーチカ。学園では別の名を使っているが、君には本名を教えてもいいみたいだね」
「ご丁寧に。わたしたちはエイルネージュですが、わたしはエインセルです」
「エインセル……最近現れたA級ハンターだね」
「S級ハンターの先輩にお会いできて光栄です」
「S級になれるのに、A級で止めている君に言われてもね」
『エインどういうことかしら?』
「すみません。少し失礼します」
「……ん? ああ、いいよ、実に興味深いもののようだしね」
ムニェーチカ先輩に許可をもらって、話についてこられないシエルに説明をする。
ムニェーチカ先輩は笑っているようで、その自然な表情は人形とは思えない。
『彼女はS級ハンターで、フィイ母様の知り合いですね。
フィイ母様が人形魔術を推していたのは、彼女のことを知っていたからでしょう』
『そうなのね。もしかしてお客様だったのかしら?』
『そうだと思いますよ。いつ知り合ったのかはわかりませんが、少なくとも彼女は見た目通りの年齢ではなさそうですから』
『見た目通りなら、ここの学生と同じくらいだものね』
『ひとまずはこれくらいで良いですか?』
『ええ、ありがとう』
全てではないけれど、これである程度は察せるようにはなるだろう。
姫様が言っていた噂の人物で、フィイ母様が仄めかしていたのが彼女なのだ。
「お待たせしました。とりあえず、人形魔術の授業は受けに来てもいいんですよね?」
「わたしに拒否する権利はないからね。やりたいのであればやればいい」
「受けたいといっているのは、わたしではなくてもう一人ですけどね」
「その体の元々の持ち主かな。わたしは構わないよ。力になれるかはちょっとわからないけどね」
「普通に授業してくれたらいいと思うんですが……授業はさっきの人がしてくれるんですか?」
「セェーミエッテの事かな? まあ、その予定で作ってはいるんだけど、出番はほとんどないね」
ムニェーチカ先輩は生徒としてだけではなく、教師としても学園に自分の人形を潜り込ませているらしい。正直彼女だからできる芸当ではなかろうか?
同時に彼女がシエルの存在に気が付いているのも、この芸当ができるからだと思う。
「ムニェーチカ先輩は学生なんですね」
「君たちの1つ上の学年だね。どうせなら若い方が良いのよ」
「イエナ先輩より下の設定なんですね」
「イエナの事をもうそこまで……ということはないか。フィイヤの子だものね」
「たまたまですよ。わたしたちとしては放っておいてほしいんですが……」
「その見た目では無理だね。とても綺麗な形をしているもの」
やっぱりシエルの見た目では無理か。ムニェーチカ先輩の瞳がにやりと輝いたような気がするのだけれど、気が付かなかったことにしておこう。
そういえば、姫様にある程度話してしまったのだけれど、大丈夫だろうか? 気になるから先に言ってしまおう。
「イエナ先輩のことを調べるときにレシミィイヤ姫の力を借りたんですが、いろいろと予想を話してしまいました。それは先輩的に大丈夫ですか?」
「どの程度かな?」
「イエナ先輩がこの学園にいると噂の依頼を受けた高ランクハンターにつながるかもしれない、といった感じです。依頼を受けたハンターってムニェーチカ先輩ですよね?」
「依頼は受けたね。すっかり忘れていたけれど。
あとその程度なら問題ないよ。普段はイエナはここに近寄らないし、イエナも探知くらいはできるからね」
探知くらいと来たか。そこそこ難しい魔術だったと思うのだけど。イエナ先輩ができたということは、セェーミエッテ先生他の人形もできるんだろう。シエルの10分の1の魔力とは言ったけれど、やりようによってはA級ハンターになれるくらいの魔力があるともいえる。それが果たして何人動かせるのだろうか。
わかっていたけれど、S級ハンターは伊達じゃないなと考えていたら、ムニェーチカ先輩が何か思い出したように手を叩いた。
「そういえば、わたしを見つけたわけだけど単位は欲しいかな?」
「別にいらないです。卒業できなくても問題ないので」
「だろうね。何故君たちがここにいるのか、まるで分らないもの」
「人生経験ですよ」
「……なるほどね。主にもう一人のためかな」
「そうですね」
「ところでその子の名前はなにかな?」
「本人に聞いてください」
「それはそうだね」
「それでは、そろそろ戻りますね。また話す機会はたくさんありそうですから」
「おっと、結構話してたんだね。久しぶりにムニェーチカとして、こんなに話せて楽しかったよ」
楽しそうに笑うムニェーチカ先輩を見ながら、やっぱりその表情の豊かさは人形には見えないなと感心していた。