158.イエナの話と授業の決定
精霊たちと遊び終えて自分の部屋に戻ると、シエルが「そろそろ聞いてもいいかしら?」と尋ねてきた。何のことか、と尋ね返すのは野暮だと思うので、どこから話そうかと考える。
『まずイエナ先輩ですが、人ではないだろうというのがわたしの予想です』
「そうなのね? 私にはわからなかったのだけれど、人じゃないなら何なのかしら?」
『人形じゃないかなと思っています』
「人形……ね」
頭で何を考えているのかは置いておいて、シエルが妙に真剣な表情でわたしの言葉を繰り返す。
『見破るにはわたしの結界を見破れるくらいの力量が必要だと思いますから、シエルはもう少しではないでしょうか?』
「もう少しって言っても、エインはどんどん新しくしていくのよ? いつになったら追いつけるかわからないわ」
シエルが頬を膨らませる。それについては、悪いなとは思うのだけれど、シエルを守るための一環だから許してほしい。
実際中央に入ったばかりの時よりも、今の方がより隠蔽の効果は上がっているだろう。
魔力操作や歌姫の力についても、ビビアナさんの回路を無理やり広げた時よりも上達しているから、時間はそこまでかからなくなっていると思うし、わたしも成長しているのだ。
「そのエインの結界と同レベルの存在がいたのに、教えてくれなかったのね?」
『隠蔽としてそれくらいというだけで、わたしの結界を越えられるほどではなさそうでしたから』
「それだけではないわよね?」
『人形だと聞けば、シエルが彼女のことを意識しそうでしたから。あの場で悪目立ちするのはあまりいいとは思いませんでしたので、できるだけ可能性は下げて置きたかったんです』
「むぅ……否定はできないわね」
シエルは周りをほとんど気にしていない。だからこそ、周りから注目されても変な行動をとることはないけれど、逆に周りの目が合っても興味のままに動く可能性がある。
唇を尖らせて不満を示しながらも、納得してくれたのであればよかった。
「つまりエインとしては、彼女が人形魔術を扱う人、人形魔術の授業に関係する人だと言いたいのね?」
『そうですね。ですから近いうちにわかるでしょうし、どこかで話を聞くこともできるでしょう』
「確かにあれが人形なのだとしたら、とてもとても期待できそうね!」
期待というのは、わたしの入れ物ができるという意味なのだろう。
そうしてわたしの身体ができたとして、うまくいくものなのだろうか?
それを確かめるうえでも、授業に出るのか。とりあえずシエルに明確な目的があるのはいい事なので、下手なことは言わないことにした。
◇
「受ける授業はこれでいいかしら?」
『良いと思いますよ。あまりたくさん取っても、自由な時間が無くなりそうですから』
「そうね。せっかくだもの、エインとのんびりできる時間も欲しいわ」
『寮の屋上とか景色もよかったですし、学園内でああいった静かな場所を探してみるのも、良いかもしれません』
「それは面白そうね」
パーティも終わり今日から学園の始まり……というのは、少し違うか。
オリエンテーションにあたると思うけれど、オリエンテーションは始まりに入れていいのだろうか?
ともかく通学が始まるわけだ。
シエルは眠るのが好きなのだけれど、別に起きられないわけではない。
寝てていい日であれば長く寝ていることもあるが、そうでなければ日の出くらいには起きる。
それに邸に住むようになってからは、使用人たち――モーサ、ルナ、ミアがほとんどだったが――が起こしてくれたので、寝過ごしたということはない。
どうしてもという時には、わたしが起こすのだけれど、シエルはわたしの声ではなかなか起きてくれないのだ。
よく子守唄を歌っていたせいか、わたしの声はシエルには心地が良いらしく、眠たくなるのだとか。
普段はそうでもなくても、眠たい時に聞くと駄目らしい。起こそうとしても「えへへ~、エイン~」と寝ぼけた声でふにゃりと笑う。そしてまた寝そうになる。
それはそれで可愛いし、寝ていても大丈夫な時だから別にいいのだけれど。
準備をして魔法袋に詰め込んで、学園に向かう。
向かうといっても、同じ敷地内。ほとんど時間はかからない。
いや同じ敷地内でも、端から端に行こうと思うと遠いけれど、寮から教室までは遠くない。
やっぱりシエルが歩いていると視線が集まるのだけれど、そう簡単に声をかけられることはない。
考えてみれば、前世の学校でも何かのきっかけもなく知らない人に話しかけることは、そうそうなかった。シエルほどの見た目になれば、知らない人から告白なんてイベントにあうかもしれないけれど、入学したての相手に告白する人はいないだろう。
いたとして、こちらの事を考えられない人など、相手にする必要は感じない。
でもそういえば、入学パーティ当日に騒動を起こした人たちがいたな、と思い出す。
教室に入るとジウエルドの方は来ていて、取り巻きの数が減っている。昨日何か言われたのか、貴族に絡まれるジウエルドの近くにいるのが危ないと感じたのか。
それでも4~5人は残っていて、その多くが貴族っぽい。
一人が男子で残りが女子。赤髪のルリニアも残っているのは、彼のお目付け役だからだろうか?
それから、取り巻きのような違うような立ち位置に、エルフのスィエラがいて、あとの子はわからない。獣人の子がいるのはわかるけれど、あとは自己紹介で名字も言っていたような、言っていなかったような、くらいのイメージだ。
そして当のジウエルドは周りの人が減ったことは、気にしていない様子だ。
もとより侍らせているという気持ちはなかったのかもしれない。
彼にはオスエンテを守るために頑張ってもらうとして、わたしたちに関係することでもないので、好きに過ごしてもらいたい。
まじめな話、英雄という職業である以上、今後目立つことは避けられないだろうし、そうなれば貴族たちから良くも悪くも目を付けられることだろう。
今回のように因縁を付けられるだけならまだしも、大切な人を人質に取られて操られるなんてこともあるかもしれない。
そういうことがないように、国王の息がかかった人が動いているのかもしれないけれど、王族が動いているから絶対安心というわけでもない。
何せ反中央派がいるのだから。
とはいえ、仮にそういうことになっても、王族が英雄の側についている間は彼もオスエンテを見捨てることはないだろう。姫様もすでに縛り付けていると言っていたし。
席に座ると隣の席のパルラが「エイルネージュちゃん、おはよう」と挨拶をする。
他の人達が思い思いに交流している中、ポツンと席に座っていたパルラがよくエイルネージュに声をかけられたなと、本当に感心する。
「おはようございます」
「エイルネージュちゃんは授業は決まった? あたしはほとんど選べなかったから、簡単だったよ」
「ハンター関連ですか」
「うん。ハンターを目指すか、兵士や騎士を目指すかだったんだけど、ハンターなら一人でも大丈夫かなって思って……」
「不可能ではないですね」
騎士だと周りとの連携が特に大事になってくるだろうから、今のパルラを見ていると難しいかもしれない。ソロでハンターをするのも大変だとは思うけれど。
狩人の職業特性は詳しくないけれど、想像通りであれば、最大限に周囲を警戒しながら薬草集めをしていれば、それなりに生きていけるような気もする。
「それで戦闘訓練、ハンター学、野外訓練、魔物学、あとは礼儀作法は選んだんだけど、他に何か選んでおいた方が良いものってあるかな?」
そういって、パルラが選べる授業の一覧を見せてくる。
戦闘訓練は文字通り、ハンター学はハンターに関することを浅く広く教えてくれる。
野外訓練は学園の敷地内にある森に入っての訓練。魔物学はハンター学よりも詳しいレベルでの魔物についての知識、だろうか。
どれもこれも初級なのは言うまでもないことなのだろう。
戦闘訓練はハンター向けと兵士・騎士向けに分けられるが、初級に関しては合同で行われる。
武器の扱いの基礎とか、体力づくりとかが主になるらしいから。
そして戦闘訓練等の反復が大切な授業は、基本的に週に何度も授業が行われる。
わかってはいたけれど、パルラとは授業が大体被っているらしい。
『エインからは何かないかしら?』
早々にパルラの授業選択を諦めたシエルの声に『薬草学と斥候実習あたりでしょうか』と答える。
シエルがそのまま伝えると、パルラは疑う様子なく、2つの授業の両方を受けることにしていた。
最悪授業が合わなければやめられるし、受けるだけ受けるのは悪くないとは思うのだけれど、もう少し考えた方が良いのではないだろうか?
本人が決めたことだしまあいいか。
それからいつものようにパルラの話を聞いていたら、クローラ先生が姿を見せた。
気が付けばクラスメイトが全員集まっている。
「はい、席について。全員揃ってるね」
席に座っている生徒を見回して、全員いることを確認してから、話を続ける。
「今日は授業の選択日です。
書類を出したら今日やることは終わりで、あとは何をしてもらってもいいけど、明日困らないように場所の確認はしておくように。
明日になってわからないといわれても、先生は知りません。
ということで、提出した人から、解散です。まだ決まっていない人も、お昼の鐘までなら待つからそれまでに決めてね」
解散です。といったあたりで早い人が動き始め、言い終わるころには教室を出て行った。
なんともあっさりしたものだけれど、余計なことを長々と言われるよりはずっと良い。
話している時に、ジウエルドを観察していたけれど、特に何も言うことはないらしい。問題を起こしたもう一人、アルクレイの方もふてぶてしい顔をしながらも、何かを主張することもなかった。
たぶん昨日の話し合いで、表面上は話がついたのだろう。
『どう動きましょうか?』
「エイルネージュちゃん、よかったら一緒に行かない?」
「そうですね……」
『どうしようかしら?』
『一緒で良いと思いますよ。一人でいると別の人に声かけられるかもしれませんし』
「いいですよ。まずはハンター関連のところを回ります」
「わぁ! ありがとう」
パルラが飛び跳ねそうなくらいに喜んでいるけれど、こんな感じでエイルネージュがいなかったらどうするつもりだったのだろうか?
同室のティエータとは仲が良さそうだったけれど、彼女とは一緒に動かないのだろうか?
なんて思っていたら「本当はね」とパルラが話し始めた。
「ティエちゃんも一緒がよかったんだけど、ティエちゃんはハンターとかそういう授業は受けないみたいなんだよね。女性ハンター用の装備が作りたいんだって。お洒落で実用的なものを着てほしいんだって言ってたよ」
「そうなんですね」
「昔、女性ハンターに助けられたことがあったらしくて、その時に可愛い服が着れないって話していたのを聞いて、ハンターのための丈夫でお洒落な服を作ろうって決めたんだって。いつかあたしの装備も作ってくれるって、約束したんだぁ」
嬉しそうに話すパルラを隣において、シエルが席を立ち動き出した。





