閑話 パルラとエイルネージュの出会い ※パルラ視点
これで200部分記念閑話は終わりです。次回から本編に戻ります。
あたし――パルラはオスエンテのベルテ村で生まれた。
今までは村があたしのすべてだったので、小さい村なんて思ったことはなかったし、むしろ思いっきり遊べる広さのある村はとても広いと思っていた。
だけれど王都までやってきて、あたしのいた村の小ささを知った。
あたしにとっては、不便でもあの村くらいがちょうどよかった。
だけれど、あたしが「上級狩人」だと知った父ちゃんと母ちゃんが大喜びして、あまり裕福でもないのにあたしに文字を習わせてくれたのだから、学園に入学出来ずに帰るということもできない。
慣れない宿暮らしをして、入学試験を何とか終わらせて――なんで受かったのかわからないけれど、寮に入ることになった。
寮に入る前は知らない場所だし、親しい人もいないしで、帰れるなら帰りたいと思うこともあったけれど、寮で同室になったティエータ――ティエちゃんのおかげで少しはマシになった。
ティエちゃんも王都の外から来た子で、あたし相手でも普通に話しかけてくれた。あたしが最初緊張していたのもあって、緊張をほぐすためにいろいろな話をした。
どうして第二学園を受験したのかとか、どこから来たのとか、実家では何をしていたのとか、将来の夢とか。
ティエちゃんは将来、女性ハンター向けのお洒落で丈夫な服や装備を作りたいのだとか。
あたしが学園を出たらハンターになりたいという話をしたら、あたしの服を作ってくれると約束してくれた。
服なんて今まで気を使ったことはなかったけれど、王都の女の人を見ていると皆キラキラしていて、羨ましいなと思っていたあたしにはとてもうれしい約束だった。それが話の流れでしてしまっただけのことだとしても。
初めて流されただけじゃない、自分がやりたいと思える目標を持てたように思う。
入学までにティエちゃんと仲良くなれたし、不安だった学園生活も何とかなりそうだと思っていた。思っていたのだけれど、当日になってとんでもないことが発覚してしまった。
あたしとティエちゃんはクラスが違うのだ。いろいろ話してきて、なぜクラスの話をしてこなかったのかと疑問には思ったけれど、そんなことよりもまた一から知り合いを作らないといけないという状況に目の前が真っ暗になりそうだった。
ティエちゃんはすぐに誰かと仲良くなるだろうけれど、あたしには声をかけるのすら緊張で死んでしまいそうになる。
それでも逃げるわけにはいかなくて、せめて席が隣になった人とは話してみようと心に決めて、教室に入る。
まだ来ていない人は結構いるようだけれど、それでも結構な人がいて、すでに仲良く話している人たちも見受けられる。
あたしの席について、いざと右隣の人を盗み見たのだけれど、あたしよりも大きい男の子で話しかけるなんて絶対に無理!
まだ来ていない左側の子にあたしの命運がかかる。
しばらくしてやってきたのは、あたしよりも背の低い女の子。
真っ白で長い髪が印象的だけれど、その子が席についても顔を見ることができない。
退屈そうな雰囲気で窓の外を見ている。これは話しかけるなということなのだろうか?
わからない。わからないけれど、この子ならいけそうな気がする。
だってあたしよりも小さいし。
だから、だから。大丈夫。
たくさんあたしの中で言い訳をして、いざ声をかけようとすると「あっあの……」と小さいものになってしまった。
聞こえていなかったのか、女の子は全く反応してくれない。
なんだか引くに引けなくなったというか、ここでうまくいかないと今後誰とも話せないまま、寮の部屋でティエちゃんに泣きつく日々が始まりそうで、あきらめずに声をかけ続ける。
何度目かの「あの」で女の子が気が付いたらしく、はっとしてこちらを向いた。
振り返った顔はまるでお姫様のようで、今までに見たことがないような美人だった。ううん、今はとてもかわいいのだけど、将来は絶対に美人になるみたいな感じの子だった。
ただ振り返っただけなのに、見惚れてしまって、顔にかかる髪を払う仕草さえあたしとは住む世界が違うのだと思わせた。
眠たげな空のように青い瞳に射貫かれたとき、あたしは全身から冷や汗が流れ出すのを感じた。
だって、だって。この子は絶対に普通の子ではないから。貴族様の中でも上の方の、それこそお姫様のような、あたしなんかが話しかけて良いような人ではないに違いない。
でも綺麗で、可愛くて、小さくて、仲良くなりたいと思う自分もいる。
「ごめんなさい。ぼーっとしていました」
発せられた声は落ち着いていて、「い、いえ……。気にしないで……くださいです」とガチガチになって返すあたしとは大違いだ。それにやっぱり、こんなに丁寧な話し方をできる子が一般人なわけがない。
女の子はそれでも気分を害した様子はなく、きょとんとした顔で首をかしげる。
「何か用ですか?」
「と、隣の席になったので、挨拶しようかな……させていただきたく……」
もう自分で何を言っているのかも分からない。
少し間ができてしまったので、何か失礼なことでもしてしまったのかなと思っていると「普通に話してください。この学園は身分は関係ないのですから」と言ってくれた。
そういわれても恐縮なのだけれど、きっと中途半端に丁寧な話し方がいけなかったのだろうと思い、意を決して普通に話そうとしてみたのだけれど、最初から変な声が出てしまった。
話し方を変えてもらったら少しは落ち着けるかなと思って頼もうとしたのだけれど、拒否されて、どうしようもなくなったので自己紹介をすることにする。
「あ、あたしはパルラ。よろしくね」
「エイルネージュです」
「エイルネージュちゃんは……貴族様なの?」
「私には家名はないですね」
「そうなんだ。でも、なんというか、綺麗だよね。
いや、あの。日に焼けてないなとか、手が荒れてないなとか」
家名がないということは、貴族様ではないのかなと思ったけれど、よくよく見てみれば肌とか、サラサラの髪とか今まで見たことないほどに整っている。貴族様でなかったとしても、ただの平民ということはないと思う。ランクの高いハンターや大商人の子供とか。
エイルネージュちゃんの見た目に「でも、何というか、綺麗だよね」と思わず漏らしてしまったけれど、言ってから変なことを言ってしまったのだと気が付いた。
なんだか、エイルネージュちゃんを口説いているようではないだろうか?
慌てて言い訳したけれど、変な誤解をされていないことを祈る。
「私の話はいいので、パルラの事について教えてくれませんか?」
「あたしの話? きっと面白くないよ」
「パルラも平民ですよね?」
「う、うん。あたしはベルテ村から来た平民だよ」
「ベルテ村……聞いたことはないですが、西の方にある村ですか?」
「そうなの。よくわかったね!」
村のことを聞かれて途端に話がしやすくなる。
何というか、エイルネージュちゃんから質問してくれたから、話していいんだと思ったからだと思う。
それからいっぱい話をしたのだけれど、今までずっとあたししか話していないことに気が付いた。
エイルネージュちゃんも話していたとは思うけど、相槌とか、ちょっとした返答とかそれくらいで、ずっとあたしのことについて話していた。
すっと体から血の気が引いて、でもこのまま嫌われるのは嫌だったから、勇気を出して話を切り出す。
「あ、あの……あたしばかり話して、ごめんね。退屈だったよね」
「そうですね。退屈でした」
あまりにもはっきりといわれてしまって、頭に岩でも落ちてきたかのような気分になった。
いや、あたしが悪いし、あたしのせいなのだけど。
なんでもっと楽しい会話ができなかったのだろうか。ちょっと前のあたしに説教してやりたい。
これからどうしよう。気まずいな。やっていけるかな……。
といろいろ考えていたら、「ですが、助かりました」といわれた。
何が助かったのだろうかと首をかしげたところで先生が来て、話が中断してしまった。
先生の話が終わって席を立とうするエイルネージュちゃんに思い切って、「また、あとでね」と声をかけると、無表情だったけれど「はい。またあとで」と返してくれた。
◇
「へぇ、そんな子がいるんだね」
「うん。とってもかわいい子でね。あたしの話をちゃんと聞いててくれたんだ」
パーティでドレスに着替えるときには、ティエちゃんと合流することができて、安心したらティエちゃんにいろいろ話していた。
主にエイルネージュちゃんについてだけど。
改めて思い返してみると、本当にきれいな子だった。ちょっと冷たい印象はあるんだけど、怒るとかはなくて、できればこれからも仲良くしていきたい。さっきのが仲良かった、とは言えないから、これから仲良くしていけたらいいなと思う。
「良いところの子なら、着てくるドレス見せてくれないかな?」
「どうだろう……? 煩くしなかったら、見せてくれるんじゃないかなぁ……?
あたしが一方的に話したときには『退屈だった』って言われちゃったし、煩いのは苦手なのかも……?」
あたしばかり話していたせいだけれど、あまりエイルネージュちゃんについてわからない。
ティエちゃんは少し考えるようなそぶりを見せて「そっか」と口を開いた。
「わりときつめの子なんだね?」
「あたしばっかり話しちゃってたから……!」
「ははは、わかった。わかったよ。そんな子もボクは嫌いじゃないよ」
なんだかあたしのせいで、エイルネージュちゃんが悪く見えるのが嫌で必死にフォローしたら笑われてしまった。
それが腑に落ちなくて、ちょこっとだけ頬を膨らませてみる。
はっきりいう子かもしれないけど、大丈夫だよって言われたらもっと話していただろうし、それで仲良くなるチャンスがなくなるのは嫌だったから、あたしとしてはこれでいいのだ。
でもそういえば、変なことを言っていたような?
「ティエちゃん。あたしの話を聞いていて、助かったってどういうことだと思う?」
「今言っていた子の話?」
「うん」
「それって虫よけに使われてたってことじゃないかな?」
「虫よけ?」
別に虫よけの葉とか持ってきてなかったけど。それにこの学園の中で、虫ってそんなに見たことないような……?
「変なこと考えているところ悪いけど、要するにパルラと話すことで、ほかの人から話しかけられないようにしてたんだよ。
その子、パルラでも見惚れちゃうほど可愛いんだよね?」
「うんうん。とっても美人なんだよ」
「なんでパルラが得意げなのかわからないけど、だとしたら皆話しかけたいと思うんじゃない?」
ああ、なるほど。なんとなくだけど、エイルネージュちゃんは煩いのが苦手だと思うし、知らない人に何度も話しかけられるよりは、一度話したあたしとずっと話していたほうが楽だったのかもしれない。
「よかった。あたしでもエイルネージュちゃんの役に立ててたんだね」
「パルラがそれでいいならいいけどね」
よし、これからは、エイルネージュちゃんの邪魔にならない程度に仲良くなるぞ!!!





