閑話 続シエルと○○ ※シエルメール視点
【シエルとお風呂と学園生活】
入学試験が終わって、ミアにお風呂の準備をしてもらった後、今日はエインと2人がいいからとミアには遠慮してもらった。
ミアに限らず、ルナやモーサもだけれど、仕事を奪うような行動は基本的に嫌がる。
それでも言えば引き下がってくれるけれど、たまになら今回のようにすんなり受け入れてくれる。
『入学試験もありましたし、疲れましたか?』
「そうね。それに合格したら、知らない人と話すことも増えるでしょう?
それを考えると、少し面倒に思うわ」
『嫌な時にはわたしが替わりますから、頑張りましょう?』
「心配しなくても大丈夫よ。言ってみただけだもの」
体を洗いながら、エインとおしゃべりをする。
言ってみたというのは本当の話で、私はそこまで疲れていないし、知らない人と話すのは面倒くさいけれど、ミアに手伝わせたくないほどに憂鬱なわけではない。
今日はちょっとだけ、やりたいことがあってミアを呼ばなかったのだ。
それにしても、自分で体を洗っているとエインと洗いっこしたときのことを思い出す。
エインはとても触り心地がよかったのに、私の体ではそうは思わないのはなぜかしら?
エインと私は体だけは同じはずなのに、どこか違う気がするのはなぜかしら?
触られる手が、私のものよりも、エインのものの方が心地よかったのはなぜかしら?
「ねえ、エイン」
『何ですか?』
ゆったりと問いかければ、エインもゆったりとした落ち着いた声で返してくれる。
それはとても快くて、いつまでもエインの声を聴いていたいのだけれど、残念ながら私が話しかけないとエインの声は聞けないみたい。
「学園に入学したら、いろんな人と話すことになるのよね?」
『そうですね』
「それなら少し、練習させてくれないかしら?」
『練習ですか?』
「ええ。きっと学園にはエインみたいに丁寧に話す人は少ないと思うのよ。
私はエインとばかり話しているから、いきなり砕けた話し方をされても困ってしまうかもしれないわ」
『……本当ですか?』
あら、ばれてしまったみたい。本当はそんなことは思っていないって。
自然に話を持ってきたつもりだったけれど、私もまだまだみたいね。
「ふふ、どうかしら?」
『わかりました。少しだけですよ』
「じゃあ、私もちゃんと演技をしないといけないわね。いけないのよ」
なんだかエインのやさしさに付け込んだような気もするけれど、またエインの砕けた話し方が聞けるのはうれしい。とてもうれしい。
でももしかして、引き受けてくれたということは、あの時みたいにたどたどしくは話してくれないかもしれない。それは少し寂しいかもしれないわ。
『え、えっと。シエルメールちゃん』
なんてそんなことはなくて、エインの声がなんだかとっても震えている。
その声が可愛くて可愛くて、頬が緩むのがよく分かった。
でも、ひとつだけ気になることがある。
「どうして、シエルちゃんじゃないのかしら?」
『学園で誰かに呼ばせる気ですか? それを考えると、エイルネージュの名前を使ったほうがいいですね』
「仕方ないのよ。シエルメールちゃんでいいかしら?」
『シエルも話し方を忘れないでくださいね』
そういえば、普通に話してしまっていた。
学園でのことになるのだから、機嫌が悪いエインの真似をするんだ。
『それで、シエル……メールちゃん』
「何でしょうか?」
『話って、どんなことを話すん、話すの?』
「学園でどんな話をするかわからないですね。
エインは何か知ってますか? というか、学園って一緒にお風呂に入る場面はあるんでしょうか?」
『前いた世界だとありまし、あったかなぁ……いつもでは、じゃないけど、何かの行事とかでなら』
「その時ってどういうことを話すんですか?」
エインの過去の話なら素直に気になる。
エインは何を思い出しているのか、『えーっと』と可愛らしくうなっている。
『わたしは男だった……から、女の子がどうだったのかは、聞いたり、想像したり……なんだけどね。
好きな人の話とか、今日あったこととか、特別お風呂だから話すことはないと思うなぁ……』
なるほど。それならエインについて話せばいいのか。
でもエインにエインの話をしても、謙遜してばかりだから、楽しくおしゃべりという意味ではミアとかを相手にしていたほうが盛り上がる。
なんて考えていたら『胸をもみ合うとか、本当にあったのかなぁ……』なんてつぶやきが聞こえた。
直後に『あっ……』とも聞こえたような気がするけれど、こちらは聞こえなかったことにする。
「なるほど、こんな風にでしょうか?」
そういって軽く自分の胸をもんでみる。そういえばあの時はエインが嫌がると思って、エインの胸には触らなかったけれど、今度は触らせてくれないかしら?
それはその時にならないとわからないので今は『んー』と悩まし気な声を出しているエインの声を聞くことにする。
『シ、シエルメール……ちゃん』
「何ですか?」
『最初から、なんだけどね? 練習って言っているのに、ずっと笑ってるよ?』
「そうかもしれませんね」
それは仕方がないのよ。だってエインが可愛いんだもの。
なんて私は悪い子ね。
【シエルと対岸の火事】
「一曲いかがですか?」
入学のパーティでちょうど一皿食べ終わったところで、男性にそんな風に声をかけられた。
ああ、これがパーティであるという、誘いというものかと納得して、内心面倒くさいなという気持ちを出して「一曲だけならいいですよ」と返してから、用事を終わらせに行く。
用事といっても、この男とのダンスの後に声をかけられないように、先ほどのメイドに料理を取り分けてもらっておくだけだけれど。
その道中エインが『良いんですか?』と尋ねてきた。良いか悪いかで言えば良くないし、面倒くさいけれど、でもエインと学園生活を問題なく送るためには我慢も必要だとは、すでに学んだ。
何よりエインが誰かと踊るのを見るよりも、私が我慢して踊ったほうがまだいい。
『今後もこういう機会は来るかもしれないんだもの、我儘は言っていられないと思うのよね。
それに踊っておいた方が無難よね?』
『確かに無難かもしれませんが……替わりましょうか?』
『それは駄目よ。だって次にエインと踊るのは私だもの。他の人には渡せないのよ』
エインを誰よりも可愛く踊らせるのは私だけれど、それはそれとしてまたエインが知らない誰かと踊るのを見るのは嫌だもの。
本当は邸の使用人と踊るのも思うところはあるのよ。
『……シエルが男子の手を取るのは、わたしは少し思うところがあるのですが……』
エインが小さな声で主張する。
それは私が男性が苦手だと思っていたからかしら? それとも別の理由があるからかしら?
後者だとしたらそれは、それは、とっても素敵なことね。
『そうなの? そうなのね! でも私も我慢して踊るのだから、エインにも我慢してもらわないとだめよね』
『わかりました。ですが嫌だと思ったらすぐに代わってくださいね』
『約束するのよ』
でもきっと嫌だということはない。だって素敵なエインを見ることができたのだから。
それから男とダンスをすることになるのだけれど、礼儀か何か口説いてきたので断った。
エインがいるのに、曖昧な返事をする必要もない。
そのやり取りをエインに尋ねられたので、少し愚痴を言ったのだけれど『それで心に決めた人というのは誰ですか?』なんて聞かれてしまった。『エインに決まっているのよ』と返したけれど、変なことを聞くエインね。
それとも口説かれたのを見て、不安に思ってしまったのかしら。
それはやっぱり可愛くて、でもそんな心配はしないでほしいなと思う。
『安心していいのよ? だって私はエイン以外は必要ないもの。誰かにとられることはないのよ?』
『はい……わかりました』
ああ、どうして今はエインが表に出ていないのかしら?
きっと恥ずかしそうな顔をしていたのに、とても複雑そうな――でも嬉しさも滲んでいるような、そしてそれらを緊張で覆い隠そうとしたような、かわいい顔が見られたのに。
そんな、そんな声だったのよ。
でも十分。きっとそんなエインを見たら、私はどうなるかわからないもの。
今でもエインを可愛いと言うのをやめられないもの。
それなのに「平民の分際で」という大きな声に、水を差されてしまった。
まあ、いいタイミングなので、踊っていた男に「楽しかったです」と適当なことを言って、食事が用意されているところに戻る。
戻ったら飲み物を用意してくれたので、先にそちらを飲むことにした。
それにしてもこのメイド「オスエンテで採れる果物の」なんて説明するということは、私たちがこの国の人ではないとわかっているらしい。
ばれたところでなんだという話ではあるけれど、こういう人を抜け目ない人というのかしら。
用意してもらった料理を食べ終わった――最後に食べたケーキがおいしかった――くらいでエインに替わってほしいといわれたので、入れ替わった。