閑話 シエルと試験 ※シエルメール視点
200話記念の閑話の1つ目です。
たぶんあと2~3話あるので、本編を読みたい方はしばらくお待ちください。
オスエンテにきて思うのは、世界にはこんなにも私と同じ年代の子供がいたのかということ。
少なくともハンター組合にはこんなにいなかったし、街中で見かけることはあっても、道ですれ違う誰もが同年代ということはなかった。
まあ考えてみると、子供が少なければ、世界から人の数はどんどん減っていくのだから、たくさんいても不思議ではないのだけれど。
きっと私が今まで訪れた場所にも、ここまでではないにしてもそれなりにいたのだろう。
だけれど見なかったのは、私の生活と同年代の子の生活が全然違うために、行動範囲が被らなかったからなのだと思う。
だからこそ――私は必要を感じないけれど――エインやフィイは学園に行くようにと言っているのだと思う。
例え全ての人を敵に回したとしても、私はエインがいればそれだけでいいから、人と違ってもいいのだけれど。
とはいえ、エインがそうだとは限らない。
エインは基本的には争いを好まないから。最近は面倒ごとを片付けるときに、力で何とかなるのであればそれでもいいか、と思っている節はあるとはいえ。
でもたぶん、それは私の存在があるからなんだと思う。
仮にエイン一人だけだったなら、もっと人々と調和して生きていたに違いない。
エイン一人ならきっとそれができるから。
でもエインは人々と生きるよりも、私と一緒にいることを良しとしてくれた。
それはとても嬉しいことで、とてもいじらしいことで、とても愛らしいことで、とても愛しい。
私がいなければよかったなんて、そんなことを考える気は微塵もないけれど、エインが望むのであれば私は学園に行ってもいい。そこで穏便に過ごすために、ある程度我慢することも問題ない。
それに学園に行けば、人形魔術を学ぶことができる。エインはいつか体を得ると言っていたけれど、私は一日でも一秒でも早くエインと触れ合いたいのだ。
それに学園にいるときには、エインの真似をしていればいいから、それも楽しそうだ。
不機嫌な時のエインなんて、めったに見られるものではないけれど、それはそれで格好よく、同時に可愛いものなのだ。
私にその可愛さを出せるとは思えないのだけれど、でもエインの真似をするのはとても楽しみ。
さて今は第二学園の前で、今日は入学試験がある日。
初めて入る第二学園の中は、不思議な感じがした。石のように固いけれど、普通の石とは違うようなつるっとした床に白い壁。
天井にはシャンデリアがついていて、フィイの邸のような、それとも何かが違うようなそんな雰囲気がある。
入った時にエインが『靴のまま入るんですね』とつぶやいていた。
たぶん前にエインがいた世界のことを思い出しているのだろう。
中央にいるときに私が聞いたことも関係しているかもしれないけれど、学園に関することだと前にいた世界のことを思い出しやすいみたいね。
エインの中で学園は何か大きな意味を持っていたのかしら?
それはなんだか少し寂しいところがあって、でもこうやって私も学園に通うことでエインの気持ちが少しでもわかるようになるかもしれないと思うと、学園そのものも悪くない。
学園では各部屋のことを教室と呼ぶらしく、私が行くべき教室に入って、指定された椅子に座ると一息つく。
『なんというか、異様な雰囲気ね』
『受験ですからね。皆緊張しているんだと思いますよ』
教室の中の独特の雰囲気に思わずエインに話しかけると、エインからそんなことが返ってきた。
受験とは緊張することらしいけれど、ちょっと私にはわからない。
でも別に邪魔をする必要もないのでいいのだけれど、特にやることがないことは困る。エインがいなかったら、きっと困ってしまっていたわ。
『こちらを気にする様子もなさそうだから構わないのだけれど、やることもないわ』
『そのあたりは慣れてもらうしかないですね』
『邸での勉強みたいね』
『このための練習みたいなところありましたからね』
邸では机に向かって勉強する時間が決まっていて、苦というほどでもなかったけれど、なんだか落ち着かなかった。
勉強をしたことがないわけではないし、教えられたことも理解できないわけでもない。
でも勉強だけをする、ということはほとんどなかったのだ。
中央に行く前には、歩きながらエインに教えてもらったり、踊りながら考えをまとめたり。リスペルギアの屋敷にいたときにはそもそも机も椅子もなかったし、机に向かって改まって勉強したのは中央が初めてではないかしら?
だけれど、エインに格好悪いところを見せるのは嫌だったので頑張ったし、今ではだいぶ慣れたと思う。しかしながら、今は勉強をするわけでもない。とても退屈。
『時間がくるまで退屈ね。どうしていたらいいのかしら?』
『歌っていましょうか?』
『それは魅力的ね。だけれど踊りたくなりそうだから、遠慮しておこうかしら。
本当に魅力的なのだけれど』
『それなら本でも読んでいますか?』
『そうしようかしら。エインは大丈夫?』
『わたしは周りを観察しておきますから、大丈夫ですよ』
エインが退屈でないなら構わない。魔法袋から本を取り出して、パラパラとページをめくることにした。
◇
しばらくして、教室に大人の人が入ってきたかと思うと、少し話して試験が始まった。
話した内容は、ほかの人の回答を見てはいけないとか、どれくらいの時間で問題を解くようにとか。
話し終わったところで用紙が配られて、合図があって全員が一斉に問題を解き始める。
筆記試験というものらしく、紙に書かれた問題を回答欄に答えるだけだ。
最初はわかるところをすべて解いていいといわれたので、最初の問題から目を通していく。
うん。わかるものはわかるけれど、わからないものはさっぱりわからないのよ。
経済とか、帝王学とか、デザインとか、わからないところは全て飛ばして、わかるところをやる。
エインやミアが言うには、わからないところは無理して解かなくてもいいとのことだし。
エインと私で役割を分けているように、できるところだけやれば良いというのは、私としてもすんなり受け入れられる。
あれもこれもできたところで、結局できることは限られているのだから。
だけれど、どうやら今はできることがたくさんあるようだ。
すべて解き終わっても、まだまだ時間が余っている。
エインは周りの様子を見に行ってしまった様子だし、退屈で仕方がないのよ。
◇
筆記試験が終わったら、魔力の測定をして、実技試験。
魔力測定ではちょっとまぶしかっただけで、特に面白いことはなかった。
いえ、エインの結界のでたらめさを再認識できたという意味では、有意義だったのかもしれないわ。
そうして実技試験の場所に移動したのだけれど、やっぱりエインが模擬戦に出るのだと言い出した。
私が出てしまうと手加減してもばれる可能性があるから、エインがやることに事前に決めてはいたのだけれど、私は納得していないのだ。
だってそういう役割だから。エインが守って、私が戦う。
エインが守ってくれるから、私は存分に戦える。
そうやって来たのに、と思わなくもない。
でも、これがわがままなのはわかっているのよ。
今まで私が戦ってきたのは、それが最善だからだもの。
今回はエインが戦うことが最善だということなのだから、私は我慢しないといけないの。
だから『納得していないのよ?』というのは言葉だけ。
すでに体はエインに渡しているし、『わたし程度の攻撃が有効な相手なんて、戦いのうちに入りませんよ』というエインの言葉が私を慰めるものだというのもわかっている。
『むぅー……わかったわ。仕方がないものね』
だから、エインがかまってくれたから、これ以上わがままを言うのはやめておこう。
だってエインに嫌われたくないもの。
エインには私の気持ちは伝わったと思うもの。
大切なのは役割ではなくて、エインと一緒にいることなのだ。
わかってはいても、難しい。
わかっているからこそ難しいのかもしれない。
一緒にいるのが大切だけれど、一緒にいるならエインの役に立ちたいもの。
そんなことを考えていたら、エインの模擬戦が始まった。
エインが戦うんだから、ちゃんと見ておかないといけない。
気持ちは複雑でも、こんなチャンスはそんなにないから。
むしろエインの珍しい姿が見られるというだけで、気持ちを切り替えられたように思う。
さて、エインの戦い方だけれど、話だけはしたことはある。
エインは攻撃するときに魔力を使えない。それは本当に厳格なもので、おそらく身体強化してもダメージの量は変わらないだろう、とエインは判断していた。
だからエインはエイン自身の身体能力で傷を負わせることができる相手にしか勝てない。
仮にエインと私で戦った場合、エインの結界を私は壊せないけれど、エインも私の結界を壊せないという状況になる。
いつまで経っても決着がつかず、ルール次第では引き分けにしかならないだろう。
でもエインが本気だった場合は、私はたぶんエインに負ける。
エインは私には勝てるけれど、きっとワイバーンには勝てない。
なぜなら私は人で、ワイバーンが魔物だから。
でも今回の模擬戦は前提条件が違う。エイルネージュとしてエインはそんなに強くない結界しか使っていない。
だからこれが壊れたら降参するなんて、堂々と言っていた。
まあ、エインでは上級ハンターにナイフをまともに当てることはできないだろうから、妥当なところだとは思うけど。
結果は想定通りの負け。エインは本気を出すことはなかった。
そもそもエインは戦っているというよりも、遊んでいるような感じがしたので、模擬戦ですらなかったわけだけれど。
もしかして私のことを考えて、戦わなかったのかしら? なんて。
そしたらちょうど別のところが騒がしくなったので、何が起こっているのか遠くから見える位置まで移動して、エインが私と入れ替わった。別にそのままでよかったのに。
騒ぎ自体にもあまり興味はないけれど、せっかくエインが連れてきてくれたので見てみる。
何かと思えば魔力量がそれなりに多かった人が、なんかたくさん剣を振っていた。
それで騒めいているらしいのだけれど、受けるほうには余裕があるし、試験だから力量を図っているのだろう。
結局受験生が罠にはまって負けたのを見届けて、エインの見解も聞いておく。
『エインは今のをどう見るかしら?』
『エイルネージュだと勝てない気がしますね。ルール次第では負けないって感じでしょうか?』
『まあ、そんなところよね。それが普通は驚くことなのよね?』
エイルネージュを基準にするとあの受験生は強いことになる。
そして年齢的にはこれだけの強さを持っているのは、驚くことらしいのだ。
でもあまりピンとこない。エインが言うには、私たちはリスペルギアの屋敷での出来事のせいで強くなりすぎたのだろう、と言っていた。
実際、あの屋敷で何度も死にかけたし、できることも少なかったから、踊っていないときには魔術の勉強もしていたし、何より毎日飲まされた薬で魔力量がかなり増えた。
エインはそれがつらい特訓だったかのように言う。だけれど、私としてはエインと出会えて、エインと一緒にいられた思い出なので、エインが眠ってしまったときや蜘蛛など思うことはあるとはいえ、そこまでには感じていない。
あまりにも私の反応が今一つだったからか、エインが何とか説明しようと言葉を重ねてくれる。
『何でしょうね。ほら、わたし達に絡んでくる下級ハンターがいるじゃないですか』
『そんなのもいたわね』
『そこで絡んでくるのは、シエルよりも遙かに年上でしたけど、あの少年よりも弱かったですよね?』
『確かにそうね。同じくらいのもいた気はするけれど、そうだとしてもさっきの受験生はすごいのね?』
『年齢にしては、ということですね。シエルも屋敷を抜け出したときよりも、ずいぶん強くなったのと同じ感じです』
『エインの結界がどんどんすごくなるのと同じなのね。あと何年かしたら、愚者の集いとかカロルとかのレベルになるのかしら?』
『なるだけの潜在能力はありそうですが、今後の彼次第でしょう。これから手を抜いてしまえば、ほどほどの強さで終わるかもしれません』
手を抜けばほどほどで終わるというのは、あの受験生に限った話ではない。
私だって気を抜けば、エインにどこまでも置いて行かれてしまうだろう。
それほどにエインは今でも頑張っているから。
『そうね……私も気を付けないといけないわ』
『一緒に頑張っていきましょうね』
『ええ、ええ!』
どんなことでも、エインに一緒といってもらえるのは、うれしいことね。