156.暴走少女と食事とダンス
「ティエちゃん?」
突然話しかけてきた、パルラよりも身長が高く明るい茶髪の少し日に焼けた少女に、パルラが反応する。
他人との盾に使っていたわけだし、知り合いには違いないだろうから、不思議でもないけれど。
ティエと呼ばれた少女はパルラを一瞥した後、シエルの方を向いた。
「ボクはパルラと同室のティエータ。よろしくね」
「エイルネージュです」
「それでボクも話に入っていいかな?」
「特に何か話してなかったと思いますよ」
シエルがそういうと、ティエータがパルラを見る。
パルラは少し困ったような顔をして、それから笑ってごまかした。
話してはいたけれど内容は薄く、挨拶といえば挨拶のようなものだったから、反応は困るだろう。
パルラの同室とは言っていたけれどクラスは違うらしく、教室では見たことがなかった。
「そうなんだ。それじゃあ、話をしてもいい?」
「別に構いませんが」
「やった! そのドレスなんだけど、どうしたの?」
シエルとティエータのテンションの差がすごい。
話されたら聞きはしますよ、というスタンスのシエルに対して、ティエータの方はまるで目が輝かんとばかりの食いつきを見せる。
ドレスに興味があるのか、流行に興味があるのか、その辺はよくわからない。
「中央で買いました」
「オーダーメイドだよね。少なくとも今まではこんなデザインのドレスは見たことなかったし、それに使っている素材も普通じゃないように見えるよ。多分魔物のランクでいえば、Bランクくらい」
「そうですね。それくらいだったと思います」
「それにデザインも、一流のデザイナーの最高傑作くらいのすごさがあるし、どうやったらこのドレスを……」
「ティエちゃん」
シュシーさんに加えて、邸のメイドたちがデザインを担当しているので、考えてみればデザイン的にも価値がある一品ではあるんだろうなぁ……とは思うけれど、ティエータの圧がすごい。
シエルが面倒くさそうにしている。逃げない辺り、シエルも成長したのかなと思う。
パルラが止めてくれたからというのも、あるのだろうけれど。
パルラはティエータを引っ張って少し離れると、怒った様子で何かを伝えて戻ってきた。
戻ってきたティエータはなんだかしょんぼりしている。
「ごめん。テンション上がっちゃって……」
「そうですね」
「あの……ドレス見てもいい?」
「邪魔にならない程度でしたら」
はたから見れば、シエルの反応が悪いようにも見えるけれど、初対面であんなに迫ってきたのだからこちらが気を遣う必要もないとわたしも思う。
シエルも怒っているわけではなく、単に興味がないだけのようだし。
ハンター組合でティエータよりも酷い人はごまんといたし、適当に相手をするくらいならそこまでストレスではないらしい。
少し離れてドレスを見始めたティエータに代わって、パルラがシエルの隣にやってきた。
「ごめんね。ティエちゃんは悪い子じゃないんだけど」
「パルラが謝ることではないでしょう?」
「そうかな? そうだよね。ごめんね」
二度謝るパルラにシエルはなにもいうことはせずに、宙を見ているようで、漂っている精霊を見ている。エルフの生徒もいるためか、結構な種類の精霊がいる。
大体が下級の精霊で、中に中級の精霊がいるといった感じ。全体的に小さくて、見ていてほっこりする。
「そういえば、エイルネージュちゃんはハンターの授業を受けるんだよね。
ハンターになりたいの?」
「すでにハンターですから、なりたいわけじゃないですね」
「そうなんだ! もうハンターなんだ。すごいね。あたしは今日までに時間があったから登録だけはしたけど、町の中でお手伝いみたいなことしかしなかったよ」
「そうなんですね」
「うん。解体の仕事があったから、何とかなったけど、そうじゃなかったら何も出来なかったよ。
力仕事はいいんだけど、知らない人と話すのが難しくって。エイルネージュちゃんはそういった仕事はしたことあるの?」
「ないです」
「そうなんだ。最初から外に出るような依頼を受けてたんだね。すごいね」
パルラはよく話すけれど、こちらに対する質問は軽いもので、シエル程度の返答でもそれ以上は尋ねてこようとしない。
人づきあいがうまくシエルともいい感じに付き合えるのか、単純に深いことを聞けないと思っているのか、話をすることが楽しいからなのか。
しばらく話していたら、会場が一気にざわめいた。
視線が一つに集まり、いったい何なのだろうかとそちらを見るとレシミィイヤ姫の姿が見えた。
暗い赤の体のラインがわかりやすい、スッキリとしたデザインで、胸元には大きめのリボンが付いている。シエルが着ているのは、デザインが奇抜ではあるものの、装飾が多い貴族が好みそうなものなので、その反対といった印象のドレスだ。
それでも安っぽいということはなく、上品さが表れているのは、その生地が高級なものだからか、それともレシミィイヤ姫が着ているからか。
まあ、どちらもなんだろう。
どうやら姫様がこちらに気が付いたらしく微笑んできたけれど、シエルは軽く目を閉じるだけで応える。
微笑んだ時にこちら方向にいる人たちが騒めいた。
軽く盗み聞いてみれば「自分に微笑みかけたんだ」みたいなことを話しているらしい。
婚約者の決まっていない一国の姫ともなれば、あわや自分もなんて思う人も少なくないのかもしれない。
美人だし、性格も悪くはないと思う。
優良物件のように見えるが、その立場を考えると止めておいた方が良いと思うのだけれど、そこまで考えていない人も多そうだ。
逆にその立場を利用するために近づくという人もいるかもしれない。
何にしても厄介な立場の人だなぁ、と思う。
「姫様のドレスも近くで見てみたいな」
「ティエちゃん……」
うっとりと姫様を見ているかと思ったけれど、どうやらティエータはそのドレスを見ていたらしい。
エイルネージュ相手でもドレスを見ていたし、人よりもその服装に興味があるようだ。権力に惹かれるタイプではないという意味では、信頼はできる人ではあるのだろう。
隣で呆れているパルラは、むしろ権力とは距離を置きたいタイプのように見える。
といったところで、正面にローブを着た年齢不詳の女性が姿を見せた。ラーヴェルトさんのような凄みのある人で、その身には結界をまとっている。
普通の人が使う結界よりも細長くスマートな感じで、強度もなかなか高そうだ。
そのことに気が付いた人は少ない様子だけれど、気が付いた新入生は息を呑んでいる。
「ワタシはカトリーナ・ローベイム。この学園の学園長だ。
新入生の諸君。入学おめでとう。ワタシは君たちの入学を歓迎しよう。ぜひとも有意義な学園生活を送ってくれたまえ
さて今日は君たちのためのパーティだ。慣れないという人も多かろうが、緊張せずに楽しんでほしい」
それだけ言って、裏に引っ込む直前に、学園長がシエルに視線を向けた。
シエルは相変わらず無反応なのだけれど、学園長はなんだか満足げな顔をしていた。
んー、わたしの結界が見破られたか、レシミィイヤ姫から情報が行ったのか。エイルネージュがシエルメールだとは言えないけれど、手を出してはいけない相手だくらいには言える契約のはずだから、なくはない。
どちらにしても、賢明な相手なら変に接触してくることはないだろう。
やるとしても場を整えて、こちらに配慮してからということになる。そうでなければ、自主退学でもしたらいい。賢明でないものがトップな学園なんて、いるだけ害になりかねない。
学園長の姿が見えなくなってから、貴族の子たちが動き出す。というか、平民の子はどう動いていいものかと、悩んでいるようだ。
シエルは固まっているパルラとティエータを置いて、まっすぐにテーブルへと向かう。
お皿やさじが置いてあって、各々取り分けて食べるらしい。そう思っていたら、メイド服を着た学生ほどの年齢の子に「お取り分け致します」と声をかけられた。
動きは邸の使用人ほどではないものの訓練を積んだような感じがするので、上級生で使用人を目指している人ではないのかな、なんて考える。
シエルは少し考えて「少しずつでいいから、種類を食べたいです。苦手なものはないので、適当に選んできてください」とお皿を渡した。
メイド服の子はそれを受け取ると少し考えてから、お皿に料理を乗せ始めた。
その様子はきっとシエルが見ているからいいとして、ちょっと周りに目を向けてみると、どうやらダンスが始まっているらしい。
新入生と在校生の垣根はなくなり、上級生が下級生を誘ってダンスをしている姿が見受けられる。
どうやら上級生が下級生――特にダンスをしたことがなさそうな人――をリードする形で、やっているらしくわたしでもできそうな簡単なものながら、悪戦苦闘しているのが見えた。
あとはすでに人が集まっているところがあり、例えば英雄職のジウエルドの元には何人もの人が集まっている。比率でいえば女子生徒の方が多いが、男子生徒もいないわけではなく、よく見れば赤髪のルリニア・ハウンゼンもいた。
恐らくルリニアは鑑定系の職業のはずなので、ジウエルドが『英雄』だということを知っているだろう。だからこそ、監視として近づいているのか、別の理由があって近づいているのか。
近づいてはいるものの、他の人と違って表情を隠しているらしくわたしでは読めない。
あと人が多いといえば、姫様のところも人が集まっている。
ジウエルドのところには平民が多かったように見えたが、姫様のところは貴族っぽい人が多く、姫様は笑顔で対応をしていた。こちらは比率的に男子が多い。というか、上級生の中にも姫様のところに行っている人がいる。
実はシエルのところに近づこうとしている人も多く、今も様子を見ている人がいるのだけれど、シエルが一直線に料理に向かったのを見て動きを止めている。
うん。食事中はみだりに声をかけてはいけない、というマナーを心得ているらしい。
そのマナーを心得ていないであろう新入生の平民たちは、そもそも場に呑まれていてシエルどころではない。
これなら安心してシエルが料理を食べられるかなと思ったところで、メイド先輩が戻ってきた。
「こちらでいかがでしょうか?」
「ありがとうございます」
シエルが受け取ったお皿には、一口か二口ほどの料理がお互いに干渉しない程度に綺麗に並んでいる。内容も魚料理から、肉料理、サラダに何にとバランスよく盛られているようで、シエルが普段食べないためかマリネのようなものを口に運んだ。
シエルが食べるのでわたしにも味が伝わるのだけれど、なんというか味が濃い。
おいしいけれど、リスペルギアの屋敷を出た直後くらいだと食べられなかったかもしれない。
「大丈夫? 味濃くない?」
「おいしいです」
「もしかして、もうちょっと濃くても大丈夫?」
「大丈夫です」
メイド先輩はやっぱり先輩だったらしく、口調が砕けたのだけれどシエルはまったく気にした様子もなく受け答えする。
食べるのが楽しいらしく、細かいところまで聞いていないのもあるだろうけど。
ただおいしそうに食べるシエルがお気に召したのか、メイド先輩はシエルが食べ終わるのを待っているらしくにこにこ笑ったまま動かない。
「あ、あの。エイルネージュちゃん。一緒にいていいかな?」
「お好きにどうぞ」
逃げるようにパルラがやってきても、シエルの食事は止まることはなく、それでもパルラは安心したようにシエルの隣に控えめに留まった。
どうやらダンスに誘われたのから逃げているらしい。逃げずとも今日は無理に踊らなくていいはずだから、誘う側も配慮してくれると思うのだけれど。
パルラの場合、そもそも話しかけられるだけできついのかもしれない。
メイド先輩がパルラの元にやってきて「何かお食べになりますか?」と尋ね、パルラは緊張した様子ながらも、あれが食べたいこれが食べたいとお願いしていた。
ほどなくシエルが食べ終わったところで、待っていましたとばかりに男子生徒が寄ってきた。
なんか爽やかそうな、服装的に貴族の子息っぽい男子生徒はやってきたのと同時にシエルに手を差し出した。
「一曲いかがですか?」
「一曲だけならいいですよ。ですが少しだけ待ってもらっていいですか?」
「ええ、もちろん」
シエルの返答に男子生徒が一度手を引き、シエルを待つ態勢に入る。
メイド先輩のところへと向かうシエルに、思わず話しかけた。
『良いんですか?』
『今後もこういう機会は来るかもしれないんだもの、我儘は言っていられないと思うのよね。
それに踊っておいた方が無難よね?』
『確かに無難かもしれませんが……替わりましょうか?』
わたしが提案すると『それは駄目よ』と即座に拒否された。
『だって次にエインと踊るのは私だもの。他の人には渡せないのよ』
『……シエルが男子の手を取るのは、わたしは少し思うところがあるのですが……』
シエルは男が苦手だとずっと思っていたこともあるし、つい親目線でもやっとしてしまう。
『そうなの? そうなのね! でも私も我慢して踊るのだから、エインにも我慢してもらわないとだめよね』
『わかりました。ですが嫌だと思ったらすぐに代わってくださいね』
『約束するのよ』
話がまとまったところでメイド先輩に「終わったら戻ってきますので、お任せします」とお皿を渡す。メイド先輩は「かしこまりました」とお皿を受け取った。
やることをやったからか、シエルが先ほどの男子生徒の方へと向かう。
「もう大丈夫です」
「あらためて、一曲お願いします」
「ええ、一曲だけなら」
差し出された手を取り、ダンスをしている集団の中に入ると、ちょうどよく曲が切り替わった。
シエルはわたしくらいの力量で、卒なくこなしていたのだけれど、やはりというべきか男子生徒から話が振られる。
「これを機に美しい君のことをもっと知りたいと思うのだけれど」
「申し訳ありませんが、心に決めた人がいますので」
「それは残念だ。君の心を奪った人が羨ましいよ」
「とても素晴らしい人ですよ」
「ああ、そのようだ。それならば今この時だけは楽しませてもらおう」
会話はそこで終わり。口をはさむのはどうかと思ったけれど、これ以上は我慢できそうになかったので、シエルに話しかけることにした。
『えっと今のは……?』
『貴族の会話って面倒よね。前に物語で見たセリフで助かったのよ』
うん、まあ。シエルが告白されて、シエルがにべもなく振ったのだろう。
こんなに簡単に告白されるなんて、貴族とは何だと思わなくもないが、口説くことが礼儀みたいな風潮もあるので彼がどこまで本気なのかはわからない。いい気はしないが。
『それで心に決めた人というのは誰ですか?』
『エインに決まっているのよ?』
さも当然というか、なぜそんなことを聞くのかと言わんばかりに言われてしまった。
そんな気がしなかったといえばそうだけれど、いざそんな風に言われてしまうとどう反応していいのかわからなくなる。
『安心していいのよ? だって私はエイン以外は必要ないもの。誰かにとられることはないのよ?』
『はい……わかりました』
果たしてわたしはこの言葉をどのような感じで言ったのだろうか?
緊張なのか何なのかわからないままに言葉にしてしまって、覚えていない。
わかるのはシエルが『エイン、エイン。とっても可愛いわ! 可愛いのよ!』と喜んでくれることくらいだろうか。
そんな反応をされると本当にどうしていいのかわからなくなるのだけれど。
そう思っていたら「平民の分際で」と大きな声が聞こえてきた。
投稿するか迷って、迷って、迷って、迷いましたが、世界観というか、状況的にこれくらいの男との接触は許してくれると信じて投稿することにしました。