155.ドレスとパーティの前
「そういえば彼女って、ペルラみたいよね」
『エストークのですか?』
「そうよ。なんというか、雰囲気が似ている感じがするのよね。
ペルラは魔術師だった気がするから、あと似ているのは名前だけだと思うのだけれど」
『確かに名前も似ていますね』
部屋に戻って今はミアにドレスを着せてもらう準備をしながら、シエルと話をする。
名前はともかく、確かに雰囲気も似ていると思う。
シエルがそういったところで、人を判断するようになったというのはなんだか不思議に思うけれど、悪いことではないと思う。
それに言い方は悪いがシエルが、虫よけに採用したのもその辺が理由なのだろう。
他の人に比べると、まだ話しやすそうだと。
ペルラは友達みたいな感じではなく先生と生徒みたいな関係だったから、もしかしたらパルラも似たような関係になる可能性はあるけれど、それでも人との関係性。
若干寂しさもあるけれど、今後シエルに知り合いが増えたからといって、シエルがわたしを蔑ろにすることはないと確信しているので詮無きことだ。
「エインどうしたのかしら?」
『少しだけ寂しさを感じていました』
「あら、エインは私ではダメかしら?」
『いいえ。シエルはわたしを選んでくれると知っていますから』
「そうね。そうね。そうなのよ! 私はエインが大切だもの。フィイと喧嘩することになっても、私はエインを選ぶわ」
『その時にはわたしがシエルを守りますね』
「ええ、ええ! それは安心ね。それなら私は逃げればいいのかしら?」
『その方が良いかもしれませんね。ですが、ミアが心配そうに見ているので、この話はやめましょうか』
「そうね。心配しなくても、フィイと喧嘩をすることはないのよ?」
「申し訳ありません。お嬢様方とフィイヤナミア様が対立することはないと、わかっているのですが……」
別に謝らなくていいと思うのだけれど、業務中に主人に気を使われたというのが駄目だったのかもしれない。
それとも心配を表情に出してしまったからだろうか? どちらにしても、わたしたちは気にしない。だけれど、ミアがそれではいけないと思い修正したいと思うのであれば、わたしは応援したいとは思う。シエルがどう思うかまではわからないけれど。
「ところでシエルメール様。一つ質問してもいいでしょうか?」
「何かしら?」
シュシーさんに作ってもらった、黄色が基調のパーティドレスをシエルに着せながら、ミアが問いかけてくる。
左右非対称のこのドレスは、何ともシエルによく似合っている。シエルの可愛らしさを引き立てつつ、左右非対称にすることでどことなく危うさを感じ、儚さを印象付けている。とわたしは思う。
そして同時に思うのだけれど、このドレス結構目立つのではないだろうか?
普通のドレスをそんなに知らないのだけれど、イヤリングが片耳しかないのはもちろん、左右でフリルやリボン、宝石の量が違うのだ。
シエルによく似合っているけれど、やっぱり目立つと思う。
でもシエルがドレスを着たら、それだけで目立つような気がするので、何も言わない。
シエルとセットのドレスは素直に嬉しかったから。シュシーさんを恨むつもりもなし。
なんて考えている間にも、シエルとミアの話は進む。
「ペルラ様というのは、エストークでのお知合いでしょうか?」
「そうね。でも私の知り合いというよりも、エインの知り合いという方が近いのではないかしら?
あの時はエインが表に出ていることが多かったもの」
「ではエインセル様のお友達ということでしょうか?」
「どうなのかしら?」
『教え子という印象ですね。先生と呼ばれていましたし』
「教え子らしいわ。私もそんな感じかしらね。魔術を教えるのに私が手を貸したこともあったのよ」
「魔術を教えていたんですか?」
ミアが羨ましそうにするのだけれど、ペルラよりも確実に多くの事を教えたのだから、そんな顔をされても困る。
ペルラに教えたのはそれこそ、基礎の基礎……だとわたしが思っていることで、ミアにも最初に伝えたと思う。
あとは魔術の使い方を少し教えたくらいだ。
「教えたといっても1日だけね。エインが1日教えて、1回パーティを組んでそれで終わりよ」
「なるほど、わかりました。お教えいただきありがとうございます」
ミアの質問が終わったところで、髪型に着手する。
シエルは髪がとても長いので、弄る側はとてもやりがいがあるらしい。
だけれど、ドレスに合わせたとなると結構難易度が高いというか、わたしのセンスだとどうしようもない。そもそも、一つ結びとかくらいしかできない。
「いつもながら、シエルメール様の髪はとてもきれいですね」
「エインが守ってくれているもの。結界のない髪に触れられるのはミアと数人くらいなものなのよ?」
シエルが言う通り、髪を弄っている間は結界を使ってはいない。結界があると編み込みとかが難しくなるのだとか。
怪しい行動をとろうとしたら即座に結界を使えるようにはしているけれど。
シエルの髪はそれ自体が魔力回路なので、何かあればそれだけで回路が短くなるも同義故に、守りを怠るつもりはない。
ところでシエルの髪は白くなったあの日以来おそらく抜けたことがない。回路になったことで普通の髪とは違う造りになったらしい。
それから伸びることもなくなっている。
そう思って、中央にいるときに試しに切ってみた――切るのも結構大変だった――ところそこだけ少しずつ伸びるようになったので、今の長さになると成長が止まるのだと思う。
便利で良いのだけれど、これは髪が白くなったせいなのか、わたしが神に足を突っ込み始めたからかなのかはわからない。
切った髪が伸びる速度は普通よりもはるかにゆっくりなので、今後も切ることはないだろう。
万が一、切ることがあっても、ずっとそのままではないという保証があるというだけだ。
「そもそも髪の一本一本に結界を施すということが、通常では考えられないことです」
「それはエインだもの、としか言えないわね。私では体に合わせて結界を使うということもできないわ」
「それができるのも、エインセル様を除けばフィイヤナミア様くらいではないでしょうか?」
「それもそうね」
シエルが嬉しそうに返すのを聞きながら、否定したかったけれど、笑われて終わることだろう。
わたしの結界がおかしいことくらい、頭では理解できているから。
なにせわたしができることを誰もができれば、戦争でも起こった瞬間に地上が破壊されるから。
わたしみたいなのが数人いただけで、結界をどうにかするよりも地形を変える方が簡単だ、みたいな世界になりかねない。
とはいえ、やっていることの多くはものすごく頑張ればできる範囲だと思う。
『そもそもシエルは結界を使う気がないですよね』
「ええ、ええ。そうね。私の身を守ってくれるのは、エインの役目だもの。よほどのことがない限りは使わないわ」
「それなら安心ですね」
「もちろんよ」
シエルのテンションが上がっていく。ミアもシエルの持ち上げ方がうまくなった。
元々わたしたちにはへりくだっていたところはあるけれど、シエルとわたしの関係を掴めていなかったところがあったのだ。
今のシエルの言葉にも恐らく「シエルメール様もやってみたらできるのではないでしょうか?」みたいな対応をしていたと思う。
それに対してシエルが「どうかしらね」と返して話が打ち切られる。
「エインほどではないけれど、ミアも魔術は上達したのではないかしら?」
「それこそお嬢様方のおかげです。それにお嬢様方の役に立つにはまだまだ実力が足りません」
「そうかしら? 少なくとも今こうやってドレスを着せてくれているわ」
「とても光栄なことです。……はい、ではこれで終わりです」
会話のキリがよくなったところでシエルの着付けも終わる。
結局髪型は横の髪を片側だけ編んで肩から前に垂らし、後ろはハーフアップっぽくして少しでも髪が短く見えるようにしたらしい。
さらに髪を使ってリボンを作っていて、やりたい放題だなと思わなくもない。
それでもごてごてとしないように、上品に見えるようにと趣向を凝らしているので、見栄えはとてもいい。あとはこの上からわたしが結界を張って、崩れないようにする。
結界もこうやって使えば、本当に便利だと思うのだけれど。きっと言っても仕方がないことだろう。
「どうかしら?」
『とても似合っていて、可愛いです』
「ふふ、そうかしら? そうかしら!」
シエルが嬉しそうに自分の姿を確認する。
これでシエルがおしゃれにもっと興味を持ってくれればとも思うけれど、きっとそうではないのだろう。結果は同じでも、求めているものが違うに違いない。
うん。これはわたしが気を使わないといけないやつだ。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませ」
着替えも終わったので、パーティ会場に向かうことにした。
◇
パーティホールに入ると、すでに多くの生徒たちが談笑していた。
まあ、パーティホールに来るまでにも、ドレスやタキシードの生徒を見たけれど。
入試の時に見たことがない人ばかりだったが、もしかして在校生だったりするのだろうか?
確かに新入生だけでやるとは言っていなかったような気はする。
何人かが話しかけてこようかと近づいてきたのをシエルに伝えると、シエルは歩みを速めて無視していた。いや話しかけられてもいないし、シエルの視界に彼らは映っていなかったので、無視ではないか。
ホールの中では学年によって大まかな場所が決まっているらしく、主役ともいえる一年生が前の方になり、扉を入ってすぐ左が二年生、右が三年生以上のようになる。
シエルはさっと在校生のところを抜けて、新入生が集まる場所に向かった。
新入生も結構な数が集まっているなと思ったのだけれど、どうやらドレスを持っていなかった組が一足先に会場に入っていたらしい。
パーティ慣れしていない人ばかりで、緊張しているのがよくわかる。
ピンクのシンプルなドレスを着たパルラもすぐに見つけることができたが、近くにいる女生徒を盾に隠れて、わかりやすくあたふたしていて見ている分には面白い。
『壁の花にでもなっていましょうか』
『そうね。料理はちょっと気になるけれど、まだ食べている人もいないものね』
各学年用にテーブルが用意していて、その上には食べきれないであろう量の料理が並んでいる。
肉料理が中心だけれど、フルーツ類もかなりの量と種類があり、魚料理もちらほら見かけた。
刺身はなさそうだけれど、マリネのようなものはある。マリネはほとんど食べたことはないし、マリネとカルパッチョの違いもわからないけれど。
何かしらの生地に材料を乗せて焼いたものを切り分けたピザのようなもの、貝をボイルしたようなものなど、初めて見るものも少なくなく、見栄えをよくしているのもあってとてもおいしそうに見える。
「あ、エイルネージュちゃん」
壁際に移動しようとしたシエルを見つけてしまったらしく、パルラが思わずといった様子で声をかけてきた。
それから盾にしていた女生徒に何か話して、近づいてきた。
その間にシエルは壁際への移動を終了している。壁際は何とも落ち着く。前世からのつながりというか、わたしという存在は基本的にこういった煌びやかな場は疲れてしまうのだ。
「急に声かけてごめんね。なんだか綺麗な子がいるなって思っていたら、知っていた子だったから……思わず声をかけちゃって……」
「別に構いませんよ。このまま何もしないつもりでしたし」
「そうなんだ……。エイルネージュちゃんのドレスすごいね。なんていうか、とっても可愛い!
自分で持っていたドレスなんだよね?」
「中央で買ったドレスです。デザインは私も気に入ってますよ」
『だってエインのドレスとセットのドレスだものね』
『いつか並んで着てみたいですね』
『その前にエインがドレスを着ているところを見せてくれるかしら?』
『機会があれば……ですね』
『それなら次のパーティはエインが参加すると良いのよ!』
表情はピクリともしないのに、心の声だけは妙に楽し気なのはいつもの事。
パルラが「そうなんだ~」と興味深そうにシエルのドレスを見ているけれど、シエルは気にした様子は見せない。
「その話、混ぜてもらえない?」
シエルと話をしていたら、パルラが盾にしていた女生徒に声をかけられた。
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