154.自己紹介と学園の説明
クラス全員が揃ったところで、改めて誰がいるのかを見回してみる。
そのほとんどが知らない人だけれど、やはり雷魔術師の少年はいた。
忌々しそうに英雄の少年を見ていたかと思うと、レシミィイヤ姫を盗み見てさらに顔をしかめる。
貴族であることに誇りがある感じだったので、自分よりも位の高い相手がいることで好きにできずに歯噛みでもしているのかもしれない。
正直赤髪の令嬢だってかなり爵位が高いと思うので、姫様だけに目を向けても仕方がないと思う。
ほかに見知った顔はなかったけれど、わたしが覚えている人はあとは合格発表の時に突っかかってきた少年たちくらいなので、合格していそうな人の中で覚えている人はほぼすべてこの教室に集められたことになる。
あ、あと先生がクローラ先生だから、彼女も知っている。
若い彼女がこのクラスの担任になった理由は、もしかしてわたしたちがいるからだろうか?
エイルネージュという存在の異質さを間近で見たから、見た目に騙されて変なことはしないと判断されたのかもしれない。
もしくは見た目と違って、このクラスをまとめられるような敏腕教師なのかもしれない。
「はい、皆さん。合格おめでとう。今日から第二学園の生徒になります。
慣れない環境だとは思うけど、しっかり卒業できるように明日から頑張っていこうね」
まだ二度しか会っていないが彼女らしいと感じる言葉に、素直にうなずいている人が半分、そうでもない人が半分といった感じだろうか?
そうじゃない側は、無関心だったり、嘲笑だったりと反応は一様ではないけれど。
いうまでもなく、シエルは無関心組。
「違う授業を受けることもあるとは思うけど、何かとこのクラスの人と行動を共にすることもあるから、まずは自己紹介をしようか。
最初は席の端っこから……と言いたいんだけど、まずは先生からやろうかな」
そういって、黒板らしき何かに白いペンで「クローラ」と名前を書く。
この世界の言葉は漢字のように、一つの文字で複数の読みをする文字はなかったと思うのだけれど、書く意味はあるのだろうか?
「先生の名前はクローラと言います。担当は初級魔術学とハンター向けの初級魔術だから、受けないという人もいるかもしれないけどよろしくね。
この学園に来る前はC級ハンターをしていたから、ハンターになりたいという人には面白い話ができるかも。
ハンター時代は風を使った魔術を得意にしていました」
『彼女ハンターだったのね』
『C級だったというのも本当かもしれないですね』
『なんで結界で遊んでいるかと思ったら、探っていたのね』
さすがにシエルには気が付かれていたらしい。ハンターという話を聞いた時点で、もしかしたらエイルネージュの実力を見抜けるほどの実力者かもしれないと、ちょっと試していたのだ。やり方はクローラ先生を結界で覆ったのち、A級ハンターにも気づかれないラインから少しずつ隠蔽のレベルを下げていく。
B級なら気が付くかなというラインになっても無反応なので、C級程度の実力なのだろうと思ったわけだ。とはいえ、気づかない人はA級であってもC級相手の隠ぺいに気が付かない人も多いので、あくまで基準でしかない。
特に今回は魔術への敏感さを確かめたかっただけなので、これくらいなら気が付かれないというのであれば問題ない。
それはそれとして精霊には気づかれたと思うので、わたしが遊びだした段階でリシルさんが口止めに向かっていた。
精霊がわざわざ伝えることはないとは思うけれど、念のためという意味では助かる。
クローラ先生は黒板の端まで行ってふちを触ると、黒板に書かれているものが一気に消えた。
黒板と違ってチョークの粉が出るということはないらしい。
一部からざわっとした声が聞こえてきたところを見るに、これを説明するために名前を書いたのかもしれない。
「知らない人もいると思うけど、授業はこの魔道具を使って行うから、覚えておいてね。
それじゃあ、端のレシミィイヤ姫様から、自己紹介をお願いします」
「わかりましたが、学園内ではレシミィイヤと呼んでください。クローラ先生」
「あ、うん。そうだよね。じゃあ、レシミィイヤさんよろしくね」
レシミィイヤ姫が立ち上がってクラスメイトたちの方を見る。その時にこちらに視線を送ってきたけれど、シエルは気づきはしても大して反応は見せなかった。
レシミィイヤ姫も想定内なのか、気分を害した様子もなく「わたくしはレシミィイヤ・オスエンテ」と慣れた様子で自己紹介を始めた。
◇
自己紹介はつつがなく進み、エイルの順番も埋もれるように終わっていったと思う。
何せ「エイルネージュです。魔術全般とハンターについて学びたくて入学しました。よろしくお願いします」と無難なことだけ言って座ったから。
シエルの順番になるまでにある程度何を言えばいいのかは分かったし、わたしは何度かこういった場面も経験しているので、とにかく無難に無難にとなるように順番が来るまでシエルと話をしていた。
その甲斐もあって、全く味気のない義務的な自己紹介ができたと思う。
そして最後まで流れていった自己紹介で、今まで名前を知らなかった人たちの名前が把握できた。
まずレシミィイヤ姫と一緒にいた赤髪アンバー瞳の令嬢はルリニア・ハウンゼン。ハウンゼン公爵家の令嬢で、王家とのつながりが強い貴族だったように思う。
だからこそレシミィイヤ姫と一緒にいたのだろう。身分を考えても、年齢を考えてもちょうどよかったのかもしれない。
次に職業「英雄」持ちの少年はジウエルド。貴族ではないので家名はない。おおよそ貴族は家名までつけて、平民は名前だけ――というか家名がないのだけど――いっていたようだ。
ジウエルド少年は正義感を人にしたような、少年漫画の主人公のような少年のようで、困ったことがあったら手伝うから言ってほしい、みたいなことをいっていた。
立派なハンターになりたいらしく、自分の事を「ジウ」と呼んでほしいといきなりいうあたり、よく言えばフレンドリーな人なのだろう。
雷魔術師の少年はアルクレイ・トワイスエル。反中央派と思われるトワイスエル伯爵家の令息。今までの予想とたがわず、力をひけらかしたいタイプの貴族子息で自己紹介が偉そうだった。
それから自己紹介を「私は」で始めたのに、途中から「オレ」になっていたのが印象に残っている。なんというか公私で一人称を変えたいタイプなのだろうか。
彼なのだけれどエイルの自己紹介で、チラチラとこちらを見ていた。特に男子生徒は大体チラチラ見ていたけど。放っておいてほしい。
雷の精霊を連れていたエルフがスィエラ・ホォゴ・ヴノス・ラーフィア。エルフの名前の付け方からして、精霊が2人もついている。というか、彼女の近くに2人精霊がいる。
1人は下級の火の精霊。もう1人が以前見た雷の精霊。自己紹介が高飛車っぽく、自尊心が高そうだなと思ったのだけれど、たぶん精霊を2人もつけているという自負があるからだろう。
今まで見てきたエルフたちは1人しか連れていなかったので、彼女には才能があるに違いない。
正直精霊使いとしての才能ってわたしにはよくわからないけど。きっとわたしが頼めば、精霊たちは大体のことはしてくれると思うので。
ここまでが入試の時に目立っていた人たち。
それから中央で覚えておいた方が良いと言われた貴族の子供がもう一人だけいた。
名前はリーナトエラ・ガイエルツォン。ガイエルツォン侯爵の令嬢で、黒に近い茶色の髪、高めの身長ですらっとしている。丁寧な言葉遣いで自己紹介をしていたけれど、その目は鋭くクラスメイトたちを見回していた。
ガイエルツォン家はオスエンテでも有名な武家で、騎士隊長や近衛騎士といった重要な役割を多く輩出している。
だからリーナトエラは姫様の従者だか、側近候補なのではないかなと思う。
見た感じ女騎士というよりも、敏腕メイドの方が近い気がするけれど。
全員の自己紹介が終わったところで、クローラ先生は「それじゃあ皆、これからよろしくね」と締めくくる。それから黒板にスケジュールを書き始めた。
「今日はこの後、パーティホールで入学パーティが行われます。事前に連絡していたけど、パーティ用の衣装がない人は貸し出すから、終わったらここに残ってね。
それ以外の人は着替えてから、ダンスの試験があったパーティホールに来てね。場所がわからなければ、寮の一階に地図があるからそれを見るか、学園の人を捕まえて聞くように」
今日にあたる部分に今言ったことを簡潔に書いて、先生の話は明日以降に移る。
「明日はどの授業を受けたいのかの希望を出してもらうから、明日までに決めておいてね。
どの授業が受けられるかは、入寮の時に渡した資料にあると思うからそれを見て決めてください。
許可された授業であれば受けられないということはないから、ちゃんと見ておいてね。例年、許可されていない授業を選ぼうとする人がいて、注意されるから。あとは同じ時間の授業を選んじゃう人もいるから、これも注意ね。
明日は提出した後、自由に学園を見て回って、受ける授業の教室の確認等を行ってください。
そして明後日から授業が始まるからね。
授業がある日は朝4つの鐘が鳴るまでにここに来て、出席の確認とあれば連絡事を伝えるよ。
5つの鐘が鳴ったら授業が始まって……」
と、授業の説明をしてくれたのだけれど、時計を持っていない――読めない平民向けの説明なので、少々わかりにくい。
感覚的な話にはなるけれど、朝8時までにこの教室に来て、9時から10時までが1限目。
以降は間に30分の休憩をはさみつつ、1時間の授業が5限目まである。
昼休みは11時半から13時で昼休みに限らず、休憩が30分と長めに取られているのは、移動に時間がかかるからだろう。
下手したら学園の敷地の端から端まで移動することになり、体力がない人だと30分をフルで使うことになる。
5限目が終わるのが17時で、17時半にクラスでもう一度集まってから寮へと帰ることになる。
鐘の音でいえば、この学園限定で授業の始まりと終わりに鳴るので、それまでに準備をしておけばいい。というか、学園内に時計があるので、見方を覚えてそれを見て動くのが良いと思う。
わたしたちは魔法袋に時計が入っているので、ちょくちょく見ることができるから、あまり気にしていない。
授業はすべての時間埋めなければいけないということはなく、丸一日授業無しとすることもできるし、授業は午前中だけに固めるとかもできる。それでも最初と最後はクラスの教室に行く必要があるので、する人は少ないと思う。
空いた時間は自由に過ごして構わない。訓練がしたければ自由に運動できる場所があるし、友人とお茶会がしたければ専用の部屋も用意してある。図書室もあり、自習もできる。
時間内に帰ってこられるのであれば、ハンターの活動を行ってもいいらしい。
また、授業は基本1時間だけれど、中には2~3時間連続で行うものもある。
上の学年が受けるような高等技術が大体これにあたり、長いものだと丸一日授業として時間がとられていることすらある。
それでもあれこれと欲張らずに、1つのことに集中していれば余裕がある学園生活が送れることだろう。
わたしたちは魔術関連とハンター関連を受けようと思っているので、少々忙しくなるかもしれない。
もとより初年度の前期(一年は前後期に分かれていて、各期で授業を選べる)は幅広く学べるようにと配慮はされているので、そこまで考えなくていいだろう。
各種初級の授業を受けて、興味があるものを続けていくような流れだ。
まあ、貴族で元々学習が進んでいる人であれば、中級からいけたりもする。
わたしたちも中級からいけるものがいくつもあるけれど、とりあえず初級からやっていくつもりだ。
「それじゃあ、一旦これで終わりです。パーティまでは時間があるけど、遅れないように気を付けてね」
クローラ先生が話し終わったところで、クラスメイトたちが探り探り動き始める。
いや雷魔術師のアルクレイとか、エルフのスィエラとかは、即座に動き出したけれど。
彼らがいち早く動き出したから、他の人たちも動けたといってもいい。
少し時間をおいてシエルが立ち上がろうとすると、隣の席から「エイルネージュちゃん」と声がかかった。
シエルが「どうしました?」と無感情気味に応えると、パルラは「また、あとでね」とおずおずと手を振る。
「はい。またあとで」
パルラの言葉を繰り返すようにシエルは返すと、改めて教室を後にした。