152.屋上と隠し通路と呼び出された理由
「このフロアの上。屋上を使ってはどうでしょうか?」
「屋上に行けるんですね」
「はい。屋上でお茶会もできるようになっているんですよ」
「ですが、気軽に行ける場所ではないですよね?」
王家が使うフロアを越えて上がらないといけない以上、そう簡単に見つかることはないだろう。だけれどそれは、わたしたちにも言えること。
このフロアに上がってくるにも魔道具が必要で、毎回レシミィイヤ姫にお伺いを立てないといけない。それは手間だし、何をしているのか知られるのは……別にいいか。精霊と遊んでいるだけだし、見られてもひとり遊びをしているようにしか見えまい。
というか、シエルメールと知られている以上、精霊が見えることが知られても大して問題ではない。
他種族がいなかったエストークとは違い、精霊の存在を王族であるレシミィイヤ姫が知らないとも思えない。
エストークでの精霊の扱いは知らないけど。
「それは大丈夫です。ちょうどエイルネージュ様の部屋がある廊下の突き当りから、ここに通じる隠し通路がありますので、それを使っていただければ簡単にここまで来ることができます」
「姫様の使用人に見つかったら困りませんか?」
「ここまで来られるのは一部ですし、その者たちには伝えておきますので大丈夫ですよ。
代わりにというのは何ですが、よろしければ今後もここで話す機会を頂けないでしょうか?」
『場所を提供する代わりに、懇意にしてほしいということみたいですが、どうしましょうか?』
『別にいいんじゃないかしら? どの道レシミィイヤ姫と話す機会は必要になるみたいだもの。表立って話すよりも、ここで話すようにした方が目立つこともなさそうよね』
言われてみるとその通りで、ここで話す分にはそこまで問題はない。
事故で学生が急に現れるということもないだろうし、教室で頻繁に話しかけられるよりも何倍も良い。
「そういうことであれば、お言葉に甘えようかと思います」
「お力になれたようでよかったです。ところで何をするのかを聞いてもよろしいでしょうか?」
青い瞳を不安そうに揺らしながら、レシミィイヤ姫が尋ねてくる。
聞かれなければいいなと思ってはいたのだけれど、さすがにそうは問屋が卸さなかった。
他国の主要人物が人目につかないところで何をするのか、把握しないわけにもいかないだろうし、この会話も契約の範囲内になるので包み隠さず話そうかとシエルに確認を取る。
シエルは二つ返事で了承してくれたけれど、このレスポンスの速さは逆に不安に思わなくもない。
わたしが悪いことをしようとしても、シエルはわたしを肯定するのではないだろうか? それもまあ、今更か。
「精霊たちと交流するためです」
「精霊と交流……ですか?」
予想外の答えだったのか、レシミィイヤ姫がわたしの言葉を繰り返す。
「精霊は知っていますよね?」
「エルフやドワーフといった方々が見ることができるといわれる、自然に祝福を与える存在ですよね」
「わたしはその精霊を見ることができるんです。それでどういうわけか好かれてしまったので、度々交流しているんですよ。そうしないと、不意に集まってきてしまうんです」
「精霊が集まってくるんですか……」
「この国には人以外の種族も多いですし、精霊が寄ってくると変に勘繰られてしまうんですよ」
レシミィイヤ姫が難しい顔をして考え出してしまったけれど、嘘はついていない。何ならかなり深いところまで話したと思う。
だけれど、それが信じられないという気持ちはわからなくもない。精霊に限らずわたしたちの経歴はにわかに信じられないようなことばかりだ。
生まれた時から10年閉じ込められて、売られたところを魔物に襲わせて逃げ出して、10歳で人為的とはいえ魔物氾濫を単独で収めて、現状はほぼS級のA級ハンターであり、フィイヤナミア母様の義娘。そして神に足を踏み入れつつある。意味が分からない。
「お教えいただきありがとうございます。屋上までの道をお教えしますのでついてきてもらっていいですか?」
「もちろんです」
どうにかわたしの言葉を消化し終えたレシミィイヤ姫のあとに続いて、屋上に向かう。その時に使用人たちに声をかけて、話が終わったことを告げた。
使用人を引き連れてやってきた寮の屋上には芝生が敷かれていて、辺りを一望できる場所に東屋のような日よけがあり、その下に木製のガーデンテーブルとチェアが置かれている。
そこを除いても小さな公園のようになっていて、学生に開放すれば人気スポットになるのだろう。それを独占できるというのが王族の力というものだろうか。
「ここです」
「ちゃんと整備されているんですね」
「ここを気に入った王族がかつていたようで、それ以来いつでも使えるようにと専属の庭師もいるそうです。その庭師も授業中に整備をしていますので、それ以外の時間であればたいていはいつ来てもらっても構いませんよ」
「ありがとうございます」
案内が終わり、またレシミィイヤ姫の部屋に戻る。
それからわたしたちの部屋だと使用人の控室にあたるところまで連れていかれると、奥の壁にうっすらと切れ込みがあり、恐らくその切れ込みは普段は隠されているのだと思う。
レシミィイヤ姫が切れ込みの近くを触れながら押すと、壁は切れ込みに沿って奥へと進み下へと続く階段が姿を見せた。
「ここが先ほどお伝えした隠し通路です。少し狭いのはご了承ください」
「こちらは魔道具になっていないんですね」
「何かあったときの通路ですので、魔術に頼らずとも逃げられるようになっているそうです。
ここから各階に行くことができますので、それに利用して頂いても構いませんよ」
「それほどに信頼して頂けるということでしょうか?」
一国の姫の部屋に直通の通路を教えてもらえた時点で、信頼にしろ信用にしろしてもらっているとは思う。もしくはそういうポーズを見せて牽制しているのかもしれないけれど。
レシミィイヤ姫は困ったような顔をして「打算もあってのことです」と答えたので、いろいろと大変なんだなと思う。
「この通路ですが、ここから出る場合やここよりも下の階であれば何も必要ないのですが、この部屋に入る場合やほかの階からこの通路に入ろうとした場合には、鍵が必要になります。
それがこちらになりますので、無くさないようにお持ちください」
そういって小さな銀色の鍵を渡してくれる。前世でいえばロッカーのものかと思うほどに小さい鍵をお礼を言ってから受け取る。
もろもろの確認は後からするとして、このままお開きになりそうなので、一つだけレシミィイヤ姫に尋ねてみることにした。
「話は変わってしまいますが、最後に一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい。わたくしに答えられることであればお答えします」
「禁忌についてどうお思いですか?」
「どうと言われても……犯してはならないことだとしか」
突然の問いかけだったからか、レシミィイヤ姫が呆気にとられたような反応を見せたけれど、わたしの言葉に焦っているとか、こちらを疑っている感じはしない。
禁忌については国主導ではない、もしくはレシミィイヤ姫には聞かされていないということだろうか? この辺は後からミアに聞いてみた方が良いかもしれない。
とりあえず「その言葉信用いたしますね」と圧力をかけておいて、この階を後にすることにした。
部屋の前までレシミィイヤ姫に見送られ、エレベーターのところで来た時に預けたものを返してもらう。
下に降りるときには魔道具は必要ないらしく、すんなり部屋まで戻ってくることができた。
シエルと入れ替わり、ベッドに腰を掛けて先ほどの出来事を整理する。
「まず禁忌について尋ねたところよね。ミアから見てレシミィイヤ姫が嘘をついているように見えたかしら?」
「そのようには見えませんでした。まったく考えていなかったことを突然尋ねられて言葉に詰まったといったというのが、ワタクシの印象です」
「だとしたら、少なくともレシミィイヤ姫は関係していないみたいね」
「その可能性が高いくらいに思っておくのがいいかと思います」
ミアも心を読めるわけではないので、鵜呑みにするのはまずいかもしれないけれど、わたしが判断するよりは信頼できる。
「とりあえず、これについては今のところ情報はないってことね」
「入学もまだですから、焦ることもないでしょう」
「焦ってはいないのよ? そもそも尋ねたのはエインだもの」
『わたしも一応聞いておこうくらいにしか思っていないですよ? 今回の目的の一つですからないがしろにもできませんし』
王族が関係していたら面倒くさいなくらいには思ったけれど。
関係していなさそうなので良かった。
「そういえば、レシミィイヤ姫が呼び出した理由について、エインは思うところがありそうよね?」
『思うところと言いますか、レシミィイヤ姫の目的はほかにもあるんだろうなとは思っていました』
「どんなかしら?」
『オスエンテが崩壊する理由ですが、おそらくわたしたちが原因になる可能性も考えているんだと思うんですよ。
不干渉が難しくなったというのも、エイルネージュを監視する必要が出てきたからなんでしょうね』
シエルメールの噂を知っているのであれば、フィイヤナミアの義娘であるシエルメールが国を落とせる可能性を想像するかもしれないし、たぶんやろうと思えばできる。
崩壊する理由がはっきりしていない以上、可能性がある相手を無視することはできないけれど、エイルネージュの機嫌を損ねないようにもしないといけない。
結果、こういった回りくどい方法でエイルネージュと親しくする権利を得た、というところだろうか。親しくするのに権利は必要ないと思うけれど。
「そう思っていても尋ねなかったのね?」
『聞いてしまうと、レシミィイヤ姫の心労が大変なことになってしまいそうでしたから』
「つまりエインはレシミィイヤ姫の事を気にかけていたのね? ちょっと羨ましいのよ?」
『一番気にかけているのはシエルですよ』
わたしがそう返すと、拗ねていたシエルが「くすくす」と笑う。
「ごめんなさい。それを疑ってはいないのよ?」
微笑みながらシエルがこちらを見るのだけれど、それがなんだかいたたまれなくて目をそらしてしまう。それに対してシエルが「エインはやっぱり可愛いわね」というのでなおの事いたたまれない。
穴があったら入りたいのに、今度は「ふふふ」と小さな笑い声が聞こえた。
「あら、ミア。どうして笑っているのかしら?」
「お嬢様方の仲の良さが羨ましく感じてしまいまして、申し訳ありません」
「残念だけれど、エインはあげないのよ?」
「それはもちろんです」
わたしを置いて――というかミアはわたしの声が聞こえないのだけれど――好き勝手に話が進んでいる。
こんな風にシエルが気軽に話せる人ができたことはいい事だ。しかし今は嬉しくはない。
幸い長くは続かなかったようで、シエルが切り替えて話しかけてきた。
「それはそれとして、エインはレシミィイヤ姫みたいな人に対して優しいと思うのよ。
あとはビビアナとか、シャッスとか。どこかのギルドマスターにも優しさを見せていた気がするのよ」
『どうしてかと言われると難しいのですが、苦労している人には同情してしまうんですよね』
「そうなのね」
『苦労していそうな人でも、シエルを脅かすのであれば容赦はしませんが』
なんだかんだ言っても、そこだけは譲れない。
なににおいても、シエルが最優先。その前提で気に掛けるくらいはすると思う。
『レシミィイヤ姫には例の兄もいますからね。本当に大変だとは思います』
「ああ……そうね。王族という立場上、逃げるということも難しそうだもの」
レシミィイヤ姫は大変だけれど、それはそれとして当初の予定通り学園生活を送りつつ、禁忌を犯そうとしている人を探そうということで話は終わった。





