151.内緒話と英雄
こちらがフィイヤナミアの義娘であることを理解したうえで、魔術が使えなくなる空間に自分だけ準備をした状態で呼びつける。
シエルメールであればこの場に来ないという選択肢もあったので、呼びつけるというのは違うけれど、見ようによってはレシミィイヤ姫がわたしたちに喧嘩を売ったと言えなくもない。
少なくともシエルだけならこの状況だと「武器の扱いに長けている騎士兵士に囲まれたら逃げられるかどうかわからない」くらいには危ない。
レシミィイヤ姫もそれくらいはわかったうえでこの状況を作っているのか、シエルの言葉に対してひるんだ様子もなく答えを返す。
「今の状況はわたくしの独断です。そうであれば、咎はわたくしだけに向くのではないでしょうか?」
「そうですね。それが事実であれば、仮にこの場で何かあってもオスエンテという国に対しては何もしないと思います」
なぜなら、この場で収まることだから。
つまり何かあれば最悪レシミィイヤ姫とこの状況に協力した人を殺す結果になるので、それに怒ったオスエンテ国が何かしてくるかもしれないけれど。
さすがにその場合はオスエンテという名の国と喧嘩をすることになる。
逆に万が一にもシエルが害された場合には、中央は動いてくれるのだろうか? わからないけれど、わたしに害が及んだと判断されると精霊が報復に出るかもしれない。
万が一があっても、創造神様との約束で15歳までは死なないのだけれど。
わたしの思考もだいぶ物騒になったものだ。しかしながら、シエルを守るためには仕方のない事。
そうならないようにするつもりはあるので、オスエンテ国は許してほしい。
なんて考えていたら、レシミィイヤ姫がピラッと紙を取り出した。
懐かしさも感じるそれは、魔術契約を行う契約書のようだ。
渡されたシエルがその契約書を見ると、ここで話した内容をレシミィイヤ姫が他言しない――どころかあらゆる方法での伝達も禁じるという内容が書かれている。
こちらについては特に条件も何もない。
「これがわたくしにできる最大の謝罪であり、誠意です」
『エインはこれをどう見るかしら?』
『誠意というのは間違いないと思います。罠を警戒してしまうほど、こちらに有利な契約ですが、見たところ罠があるような内容でもありません』
内容がシンプルである故に罠にすることは難しい。
文言をどう懐疑的に読み込んでも、この契約後レシミィイヤ姫ができることはせいぜいエイルネージュに何かがあると仄めかすことくらいだろう。
だからこそ、レシミィイヤ姫の誠意は伝わってくる。
ただ、これだとあまりにもレシミィイヤ姫が、動きにくくなるのではないだろうか?
これから何を話すかはわからないが、エイルネージュ=シエルメールというのは、問題ない範囲で広まってくれた方が便利だと思う。
というか、何かあったときに姫からこの事実を伝えてもらった方が信ぴょう性が出て、問題が大きくなる前に収束することがありそうだ。
『契約をするので許してほしいということだと思いますが、シエルはどうしますか?』
『別にいいのではないかしら? 契約をした方が話も早く済みそうよね』
脅しはしたが、シエル自身そこまで怒ってはいないらしい。
思うところがあったとしても、理由を聞いてみよう位に思っているのかもしれないし、逆に全く興味がないのかもしれない。
わたしとしては、レシミィイヤ姫にはシャッスさんに向けるのと同系統の同情はあるので、シエルの意見に反対はしない。
『わかりました。ですがこの契約では、あまりにも姫の動きを制限してしまいそうですね』
『そういうということは、エイン的にはレシミィイヤ姫を信じてもいいということかしら?』
『こちらがオスエンテに害をなす気がない間は、そうですね。
いざシエルメールだとバラして厄介ごとを避けようとしたときに、レシミィイヤ姫の口添えがあった方がスムーズに事が運ぶような気がします』
『じゃあ、この文言を少し変えて契約するわね』
シエルとわたしで話がまとまり、魔術契約書に「この場でエイルネージュを名乗る者の不利にならない範囲で、もしくは認める範囲で」という文言を追加する。
これでレシミィイヤ姫は、二人――三人? ――だけになってからこの場で話した内容について、わたしたちの不利にならない程度に、情報を第三者に伝えることができる。
不利にならない程度がどの程度なのかは、姫の認識で……ではなく、自動的に決まる。不利になることを伝えようとすると、姫は伝えることができなくなり、それでも続ければ最悪死に至る。
書き終わった契約書をシエルがレシミィイヤ姫に渡すと、不思議そうな顔をして姫がそれを見た。
「これでよろしいのですか?」
「あまりレシミィイヤ姫が動きにくくなると、こちらにもデメリットがありそうですから」
「感謝いたします」
「その内容でよければ、サインをお願いします」
「はい」
お互いに名前を書いて、血を垂らして契約が成る。
偽名での契約が大丈夫かどうかは、契約をするときに分かる。駄目なら契約が成立しない。
今回はちゃんと契約できたので、大丈夫というわけだ。詳しいところはわからないけれど、今回の場合お互いエイルネージュが偽名だとちゃんと認識できていたから効果を表したのだと思う。
「お手数をおかけしました。それでは、今回このような形をとることになった理由をお話しします」
「話してくれるんですね」
「話さないことには本題に入れませんから」
「私は穏便に学園生活を送れば良いと伝えていたはずですが、そういうわけにはいかなくなったのでしょうか?」
わたしたちとレシミィイヤ姫との関係は、基本的には互いに不干渉というのがベターなはず。
それがわからないレシミィイヤ姫ではないと思うし、状況が変わったのだろうと推測はできる。
「直ちにどうにかなるというわけではありません。ですがわたくしが、エイルネージュ様を無視するということが難しくなってしまいました」
「それはこれまでと変わらないんじゃないですか?」
「そうだったのですが、万が一の時のために、不干渉ではなくある程度気安く話すことができる関係になっていただけないでしょうか?」
「万が一とは何ですか?」
それが使用人たちを下がらせた理由だろう。
王家直属であろう使用人には聞かせられなくて、シエルメールには話せる内容。
碌な内容ではないと思うのだけれど、聞かないわけにはいかないし、聞かせるレシミィイヤ姫が悪いという問題でもないのだと思う。
本当に損な立場の姫様だ。
「具体的な時期や方法はわかりませんが、オスエンテが崩壊するという予言がありました」
予言者だろうか、星詠みだろうか。未来を見通す系の職業はやはりあったらしい。
珍しいだろうけれど、あるだろうとは思っていた。
それはさておきレシミィイヤ姫がいかにも重大なことを言うかのように、実際にとても重大なことを言ったのだけれど、シエルは何だそんなことと言わんばかりに「それが何でしょうか?」と問い返す。
オスエンテが崩壊しようとも、わたしたちだけなら助かるであろうという余裕からくる発言だとは思う。
まあ、オスエンテに隕石が降ってきて崩壊したとしても、わたしたちだけなら耐えることも逃げることもできるだろうが。
というか、一般的な国であれば、巣窟の90階層よりも深いところの魔物が数体現れれば崩壊するのではないだろうか?
最深部にいるキートゥルィであれば、一体だけで複数の国を崩壊させても余裕があるだろう。そしてそのレベルであれば、わたしたちをどうにかすることはできない。
トゥルが相手だと、トゥルをどうにかすることもできないが。
シエルのあっさりとした反応に、レシミィイヤ姫は少し驚いた様子だったけれど、気を取り直して話を続ける。
「国の崩壊とまではわかっていませんでしたが、少なくともわたくしが生きている間に大きな災厄がオスエンテに訪れることは予想されていました。
ですので、今回の予言も王家の中では言葉ほど重大な話ではなかったのです」
「なぜ予想できたのですか?」
「オスエンテに『英雄』の職業を持つものが現れたからです」
「なるほど、貴族を上回る魔力を持つあの男子生徒ですか」
「ご存じだったのですね」
「目立っていましたからね」
シエルの言葉にレシミィイヤ姫が困った顔でため息をつく。
『英雄』は特殊な職業ということもあってか、リスペルギアの屋敷にある本で度々目にしていた。
特に英雄が活躍するような絵本や小説が多かったので、シエルにしてみれば思い出深い職業だろう。何せその本の内容を使って、わたしを励ましてくれたこともあるくらいだから。
その『英雄』だけれど、何かしら大きな災いが訪れるときに姿を見せると言われている。
早い話がとても強い魔物などが現れるときに、英雄の職業を持ったものが現れる。
逆に言えば、英雄の職業を持つものが現れれば、その人が生きている間――おそらく全盛期を迎えるころ――に強大な魔物が彼の前に立ちふさがる。
物語の定番だと現れるのはドラゴンだろうか。
トゥルほどではないにしても、ワイバーンよりはるかに強いであろうドラゴンは、ともすれば人の手で傷をつけることも難しいかもしれない。
そんなものが現れれば、確かに大国であろうとも崩壊するだろう。
幸いオスエンテ国は、その魔物が現れるよりも前に『英雄』を見つけることに成功したらしい。
確かに他の同年代の子に比べると頭一つ二つ抜けていたし、このまま成長していけば世界でもトップクラスの強さを手に入れるに違いない。
「彼には英雄だと知られないようにと、言っておいたのですが、難しかったようですね」
「もう接触していたんですね」
「職業が判別された時点で、手は回していますね」
「その割には自由にさせているんですね」
英雄という稀有な職業を持つ少年であれば、すぐにでも城に連れて行って修行させられそうなものだけれど。
「国としては最低限の接触に留めています。過干渉になり、彼の自由を奪うようなことになれば、オスエンテを守ってくれなくなるかもしれませんし、王族が英雄の敵になりかねませんから」
「私をここに呼んだのは、万が一の時にその英雄と一緒に国を守ってほしいからですか?」
英雄の存在は確かに驚きだけれど、わたしたちがここに呼ばれた理由に戻る。
レシミィイヤ姫は左右に首を振りながら「いいえ」と始めた。
「万が一の時にエイルネージュ様にお伝えするためです。強大な魔物が現れることを知りつつ、話さずに巻き込まれてしまえば、魔物どころか中央とまで争わないといけなくなるでしょうから。
そうなれば、真にオスエンテは崩壊してしまうでしょう」
『つまりその時には逃げろってことかしら?』
『もう少し範囲が広くて、自己責任でお願いします、ということでしょうね。
とどまってもいいけれど、巻き込まれても責任は取りませんよって感じです』
『まあ、普通よね』
『そうですね』
手伝えと言われないどころか、情報までくれるのだから、こちらとしては文句はない。
引っかかる点もあるが、それを聞くと姫様の胃に穴が開きそうだし、あとでシエルに可能性として伝えておくだけにしておこう。
聞かない代わりに一つ教えてほしいことがあるので、シエルに入れ替わってもらう。
「今後のレシミィイヤ姫との関係については、今仰ったことが理由としておきましょう」
「そうして頂けると助かります」
聞かないけれど、真意には気が付いていますよと仄めかしはする。
「ところで、レシミィイヤ姫はオスエンテ内――できれば第二学園内で、人に見つからなくて目立たない場所をご存じですか?」
「そういうことでしたら、一つ思い当たる場所があります」
精霊と遊べる場所があればと思って、尋ねてみたのだけれど、思いのほかに好感触な言葉が返ってきた。
レシミィイヤ姫はなぜそんなことを聞くのだろうといいたいのか、不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに表情を引き締めて話し出した。





