149.姫からの手紙と真意考察
「ただいま戻りました」
しばらくしてミアが戻ってきたのだけれど、その手にはなにやら封筒のようなものを持っていた。
それも位が高貴な人が使うような、高級そうな見た目をしている。
シエルもその存在に気がついたのか、ミアに問いかける。
「ミア、それは何かしら?」
「部屋に戻る途中で受け取りました。この国の王家から、エイルネージュ様宛なのですが、いかがいたしましょう?」
「面倒だけれど、見なかったことにはしてはいけなさそうね?」
「……それは送り主の人柄しだいになるかと思います」
確かにどれだけ位が高かろうと、無視されて気にしない人は気にしないだろう。
気にはしても問題にはしない人もいるだろうし、この手紙の送り主――封筒には以前も見た王家の紋章があるだけで、名前は書いていないがおそらくレシミィイヤ姫――はおそらくこのタイプだと思われる。
それでも王族からの手紙を無視するというのはリスクが高いため、無視しないと言うのが堅実な選択には違いない。
けれどミアがそう言わないのは、フィイヤナミアの義娘というわたしたちの立場を考えてのことなのか、また別の理由があるからなのか。
「そうね……読むだけ読んでみましょうか。エインはそれで良いかしら?」
『わたしもそうするのが良いと思います。読んだからと言って、何かしないといけないわけではないですし、何より用件すらわかりませんしね』
「ええ、そうね。ミア、良いかしら?」
「こちらになります」
封筒を受け取ったシエルは、風の爪よと唱えて指でスッと封を切る。
その様子をミアが目を輝かせて見ていた。
魔術で封を切るなんて事は、基本的には無駄なこと。魔力の無駄だと批判を買うかもしれない行為だけれど、シエルの魔力量なら問題ない。
そしてこの芸当は意外と難しい。
少しでも制御を誤れば封筒の中身も一緒に、バラバラに切り裂かれていたことだろう。
風の爪で紙を一枚だけ切るというのは、シエルでも最近できるようになったほどだ。わたしだと紙も切れない。
シエルが封筒の中身を取り出して読み始めるので、横からのぞき込む。シエルの目を通してもいいのだけれど、その辺は気分だ。
まず差出人はレシミィイヤ姫で間違いない。そもそもそれ以外の王族から手紙が来る理由がわからないのだけれど。
格式張った内容で読むのに苦労したけれど、要するに学園が始まる前にこの階に入寮した人たちと顔合わせがしたいから、姫が住むことになる最上階に招待されてほしいというもの。
期日は明日。一人ずつで、エイルネージュは昼過ぎくらいに来てほしいとかかれている。同時に来れなくても問題ない事も明記されている。
表向きに見れば、単なる顔合わせ。入学前から知り合いを作っていた方が、入学後に便利になることはわたしの経験上良く知っている。
けれど、それだけということもあるまい。
考えられることとしては、側近を捜しているとかだろうか?
だとしたら、エイルネージュを呼ぶ意味はなく、単純に仲間外れにしないようにという事かもしれない。
こういう事は、ミアに任せよう。シエルを通じてミアに尋ねてみると、「普通であればそうかもしれません」と含んだ答えが返ってきた。
「普通ならそうなのね?」
「ワタクシもこの国の細かい事情まではわかりませんので、憶測にはなります。
ですが、この階に入ることができると言うことは、お嬢様方のような例外を除けば、それだけの家格がある人でなければ無理でしょう――お嬢様方は家格も申し分なくはありますが。
まだ側近が決まっていないのであれば、学園は側近を捜すのには適しているでしょうし、とりあえず位の高い人物から接触を試みる必要がありますから」
「側近というのが今一つわからないのだけれど、ミアのような立場の人なら位とか関係なく優秀な人をつけた方が良いのではないかしら?」
「最終的にはそうなると思います。ですが、上から順番に話を通していかないと、受けるつもりがなくても自分の家が蔑ろにされたと感じる家もあるのです。
派閥などもありますから、絶対にそうだというわけでもありませんが、王族となると、どの貴族相手にも平等にしないといけない場面がありますからね」
ミアの話を聞いて、シエルがなんだか微妙な顔をする。
話は理解できるけれど、納得はできないみたいな。
こればかりは仕方がないとは思う。人の社会などそんなものだ――と思う。わたしは前世で社会に出る前だったので、イメージでしかない。
「普通はわかったわ。じゃあ、今回はどうかしら?」
「今までの話を聞く限りですと、エイルネージュ様との対話の場を設けたかった、という側面がないとは言い切れません」
「そうかしら?」
レシミィイヤ姫と話してみた感じ、過度な接触はしないような気がしているのだけれど。
エイルネージュという地雷に対しては、放っておくというのが最善だと彼女自身理解しているとは思うし。
わたしの疑問に答えるかのように、ミアは説明を始める。
「お嬢様方が嫌だと言っているのは、あくまでも騒ぎになることや変に目立ってしまうことです。
ですから、王族であるレシミィイヤ姫と特別なつながりがあるかのように見えるのが嫌だ、と見ることができます」
「つまりエイルネージュと特別ではない接触は行うという事ね?」
「その通りです。今回の場合ですと、学園の同級生として招待したといえば、エイルネージュ様を特別扱いしているとは見られません。
むしろエイルネージュ様だけを招待せず、そのことが漏れてしまった場合、王族に蔑ろにされたと噂されるかもしれません」
シエルがため息でもつくように、大きく息を吐く。
平穏を望むのであれば、誰とも関わらないという選択肢は取れず、だからといって親しくしすぎてもいけないと、そう言うことなのだから気持ちは分かる。
実のところエイルネージュを一平民として演じるのであれば、誰とも関わらないルートをいけたかもしれない。
でも、それをしなかったのは、シエルの容姿がどう見ても平民のそれではないから。
あとは何らかの要因で実力の一端でもバレたときに、ただの平民という身分では厄介ごとに巻き込まれる可能性が高いから。
一般平民を演じるなら、貴族平均の魔力を持っているだけでアウトであり、魔力量を隠せばそれだけ日頃使える魔術に大きな制限がかかる。
それは激しく面倒くさい。今の設定でもかなりの制限がかかっているというのに、これ以上制限を増やす気はない。
結果論だけれど、鑑定系の職業を持つ同級生がいた時点で、平民を演じるルートは高難易度であり、今の設定で正解だったと言える。
同時に王族と同期となってしまった時点で、この面倒くささは避けられなかったわけだ。
「ともあれ、これも可能性の一つでしかありません。可能性の話をしてしまえば、扱いに困るエイルネージュ様を呼びだして排除するのが目的ということもあり得ます」
「それは物騒ね。だけれど、確かに可能性としては否定できないわね。
貴族というのは、気にくわない存在をすぐに排除しようとするもの」
「そう言った面を持つ者もそれなりにいるのが、現実ですね」
言い辛そうにミアが応えたけれど、シエルは悪戯っぽく笑い「気にしなくて良いのよ」と口に出す。
「私たちもそれを否定はしないもの。むしろそれで済むなら、それを選ぶわ」
「はい。それはお嬢様方のお心のままに」
「そんなこと言っていいのかしら?」
ミアが肯定したことが意外だったのか――わたしも意外だった――、シエルが少し驚いたように問いかける。
ミアは大人っぽく、というよりも保護者っぽくクスリと笑った。
「お嬢様方は自力でB級ハンターにまで至れたのですから。問題はありません」
「ハンターのランクはそう言う風に見ることができるのね。勉強になったわ」
上級ハンターになるには、実力もそうだけれどハンター組合への貢献度も重要となる。
どういった依頼をこなしたか、どれくらい依頼をこなしたのか、依頼の達成率はどうなのかというところも見るだろうけれど、同時に人柄の判断材料になっていたのだろう。
B級ハンターであれば、それだけで社会的に信頼がおける存在となる。つまりはそう言うことだ。
「お役に立てたのであれば、ようございました。
ただS級のハンターだけは、特殊だという話も聞いたことがありますので、留意してください」
「S級だと何があるのかしら?」
「個での力が強すぎるので、地位を与えて縛り付けておきたいという面があるらしいです。
加えてS級になる人は、性格的に難がある人も多いと言いますね」
「あら、それなら、S級を打診された私たちも性格に難があるのかしら?」
『ないとは言えませんね』
シエルの問いをミアに答えさせるのは酷かと思い口をはさむ。
わたしはだいぶ人から精神が離れているというか、神寄りになっているような自覚はあるし、シエルはシエルで周囲に対する興味が薄すぎる。
迷惑をかけていないとは言わないけれど、一般的な性格はしていまい。
シエルの問いに否定的な言葉を返したせいか、シエルが拗ねたように唇を尖らせる。
「エインは酷いことを言うのね?」
『人から見たら、という意味ですよ。わたしは今のシエルが好きですし、これから変わっていくシエルも好きになる自信があります』
「ふふ、わかっているのよ。私もエインが好きだもの。
これから先、エインが我儘になったとしても、それは変わらないのよ?」
すぐに機嫌を直したシエルがほほ笑むようにそう答える。
シエルから好きだと今までに何度も何度も言われてきたけれど、裏表のないその言葉をわたしは愛おしく思う。
気恥ずかしく、わたしからいうのだって慣れない部分はあるけれど、安心するし、自分の居場所だと思う。
このまま今の流れに浸っていたいけれど、今はミアもいるから話の軌道を修正する。
『さてレシミィイヤ姫からの招待ですが、どうしましょうか?』
「招待ね……まあ、ここで考えるよりも、実際に招待されてしまった方が良さそうよね。
ミア、あとは任せてもいいかしら?」
「かしこまりました。ですが、レシミィイヤ姫がお嬢様方を害してくる可能性はかなり低いと思いますので、そこだけはあまり心配しなくてもよろしいかと思います」
「高くはないと思うけれど、そう言い切れるのはどうしてかしら?」
「招待される順番が遅くもなく早くもなくというタイミングだからでしょうか。
早ければそれだけ優遇されていると見ることができますし、遅いとレシミィイヤ姫の中での優先度が低いのではないかと邪推されます」
『中途半端な順番だと、周りからの興味が薄れるということですか。
わたしたちのスタンスを考えての順番だとすると、そこまで気に掛ける相手を害するというのは考えにくいかもしれませんね』
「なるほどね。わかったわ」
「それでは、ワタクシはこの手紙の返事を持っていきますので、ごゆっくりお過ごしください」
頭を下げてミアが部屋を出ていく。
さてはて、明日はどうなるだろうかと考えようかとおもったけれど、シエルに「エイン、エイン!」と名前を呼ばれたので、なるようになるだろうと考えることをやめてシエルとのおしゃべりに興じることにした。
感想の返信についてですが、展開を予想するようなものについては、返信しない可能性が高くなります。
というのも、その予想が合っていても合っていなくても、ネタバレになりかねず返信が難しいからです。返信を考えた挙句「今後の展開をお待ちください」としか返信できないことが多くなってしまいますので、ご了承願えればと思います。





