147.入寮と卒業の条件
「落ち着きました?」
大金を前にして、あたふたしていたクローラ先生にシエルが声をかける。大したことはないように思うけれど、こういった一言が出るようになったあたり、シエルも人の社会に慣れてきたのかなと、思わなくもない。
声をかけた理由が、話を進めたいための催促だとしても。
「う、うん。でも、これを受け取るのは怖いから、後で担当者のところまで持ってきてもらって良いかな?」
「持って行くのは、ミアでも良いですか?」
「ミア……ああ、使用人の方なら大丈夫」
ここで渡して、クローラ先生が持ち逃げしないとも限らないし、確実に学園にわたるなら問題ない。どのみち寮の使用料以外のお金もあるので、一緒に持って行くのがいいのだろう。
「それじゃあ、入寮の手続きをするんだけど、寮の担当者に話をしてこないといけないから、待っていてくれるかな」
「わかりました」
シエルが答えたところで、クローラ先生が部屋を後にする。
「話って何かしらね?」
「空いている部屋の確認ではないでしょうか?
ここに連れてこられたことは学園としても想定外でしょうし、部屋割りを担当している人との連絡がスムーズにできないところなのかもしれません」
「確かにそうね。ということは、もしかしたら部屋が空いていないと言うこともあるのかしら?」
「可能性としてはあるとは思いますが、まず大丈夫だと思います」
「そうなのね?」
金額的に簡単に出せるものではなく、第二学園は嫡子以外が入学する学園で、そこまでお金を使いたくないという家も多いと言うことだろう。
そもそも払えない家が多そうだ。
シエルとミアの話を聞きつつ、時々混ざりながら待っていたら、クローラ先生が戻ってきた。
「お待たせして、ごめんなさい。確認ができたから、早速案内して良いかな?」
「わかりました」
戻ってきて早々また出ていくことになったクローラ先生について、寮へと向かうことになった。
◇
メインとなる校舎の隣にある女子寮は、とにかく広い。
校舎を挟んで反対側にある男子寮も似たようなものらしいけれど、このレベルの建物を造れると言うだけでも、技術力の高さが伺える。
清掃が行き届いているらしい清潔な廊下を歩き、その先にある扉を開くと中は小さな小部屋になっていて、中央に杖のようなものが突き刺さっている。
『この部屋自体が魔道具になっているみたいね。でもどういったものなのかしら?』
『おそらく上階へ行くための魔道具でしょう』
生前風に言えばエレベーターだ。
寮自体は広いとはいえ、高さとしては6階ほど。
エレベーターが必要なほどだとは思わないけれど、貴族の子女ともなると、それが大変なのかもしれない。
「今から少し揺れるけど、驚かないでね」
「上の階に行くんですよね」
「すごい! よく気が付いたね!」
「その杖がとても不自然ですし、魔道具か何かかなと思いましたから」
「エイルネージュさんは魔道具に興味があるの?」
「そうですね。授業を受けてみようかなと思うくらいには、興味があります」
興味があるのはシエルではなくて、わたしの方だけれど。
シエルも多少は興味があるとは思う。しかし、授業を受けたいと思うほど興味があるわけでもないだろう。
クローラ先生は「そうなんだね」と朗らかに応えると、杖についている宝玉を軽く二回叩いた。
動き出した魔道具エレベーターは、特有の浮遊感をわたしたちに与えた後、30秒ほどで動きを止める。
到着した場所はソファやテーブル、本棚が設置された、温かみのある談話室のようになっていて、このエレベーターと同じような扉が左右にも1つずつあった。
「この階の一番奥の部屋がエイルネージュさんの部屋になるからね」
「私のほかに誰かいるんですか?」
「エイルネージュさんと同じ学年だと、他に3人。上級生で使っているのは1人だけだから、全部で5人だね」
「今年は多いんですね」
「まったく使われない年もあるくらいだから、本当に驚くよね。
まだ合格発表が終わっていないから、増えるかもしれないけど、さすがにもう増えないんじゃないかな」
一人は赤髪令嬢だとして、あと思い浮かぶのは入学試験で目立っていたエルフの少女。
レシミィイヤ姫は一つ上の階だろうから、知らない人がもう一人といったところ。
エルフの少女については、そもそもこの階の住人になれるかわからない。
それから1人住んでいるという上級生。この人が結構ヤバい感じがする。
なぜかといえば、そんな感じの魔力をこの階に来てからビシビシ感じているから。
わかる人にはわかる程度の隠ぺいで、シエルの半分くらいの魔力を感知することができる。
あえて見せているようなので、全力だとシエル程度の魔力はあるのではないだろうか?
探ろうと思えばもう少し情報を得られそうだけれど、向こうにも探知されそうなので深入りしない。
シエルも気が付いているようだけれど、そのうえで気にしていないように見える。
ミアはなんとなく違和を感じ取っているような雰囲気だ。
「ここがエイルネージュさんの部屋だよ。中は好きにしていいけど、備え付けているものは壊さないようにしてね」
そうしている間に今日から過ごす部屋の前についた。
つやのある深い茶色の扉で、高級感が見て取れる。
開けられた扉から中を覗いてみると、教室かと思うほどの広い部屋があって、そこからいくつかの部屋につながっている。
広い部屋の奥にベッドがあり、そこを囲むように仕切りが置かれている。
また別のところには勉強机があり、さらに別のところにはソファが置かれ、入り口すぐのところにはお茶会で使うような大きなテーブルもある。
なんというか、勉強部屋とか寝室とかを分けることなく一つの部屋に押し込めたというような印象だろうか?
押し込めたというには余裕がありすぎるけれど。
単純な広さだけでいえば、邸の部屋よりも広い。
「寮での生活を簡単に説明すると、1階と2階、それから4階以上に人が住んでいて、3階が食堂とかカフェテラスとかがあるところ。
ここの部屋だと調理スペースもあるけど、食堂でも朝食や夕食をとることができるからできるだけ使ってみてね。
基本的にエイルネージュさんが使うのは3階と5階になるから、覚えておいてね」
「分けられているんですね」
「あまり下階に入っている人が上ってこないように、かな。
昔いろいろあったみたいで、寮の中では明確に分けるようにしたんだって。
だからエイルネージュさんも用がないのに、他の階にはいかないように気を付けてね」
「わかりました」
明らかに言葉が足りていないところにシエルらしさを感じる。
それでもクローラ先生は言葉の意図を理解してくれたようだ。
貴族の子であればそれなりに高価なものを持っているだろうし、平民の子にしてみれば髪飾りの一つでも売ればしばらく生活に困らないほどの値段になることもある。
手癖の悪い子が簡単に入学できるとは思えないけれど、何かの理由でお金が必要になったときに盗みに入る可能性がなくはないのか。
逆に部屋の前で平民が騒ぐことで、貴族側から苦情が来たのかもしれない。場合によっては、苦情ではすまないこともあるだろう。
身分は関係ない事を謳っている学園ではあるが、不要なトラブルは避けたいのかもしれない。
平民と貴族とがプライベートまで同じになることは殆どないだろうし、何よりトラブルを避けたいのはわたしたちも同じなので、何もいわない。
というか、言ったところで変わるようなものではないだろう。
「それじゃあ、寮の詳しいことは3階に管理人室があるから、そっちで聞いてみてね。
今後の流れについても、さっき渡した資料の中にあるからね」
クローラ先生は早口でそういうと、あわてたように部屋を出て行った。
きっとこれからまた別の仕事でもあるのだろう。
イレギュラーな対応だっただろうし、恨むなら校門で絡んできた少年を恨んでほしい。
「それではシエルメール様。お部屋の準備をしますので、お好きなところで休んでいてくださいますでしょうか?」
「私は何もしなくていいのかしら?」
「そうですね……何か要望があれば、仰っていただけると助かります」
「それは困ったわね。たぶんミアが作るものほどいい部屋は考えつかないわ。
おとなしく座っていることにするのよ」
そういってシエルが奥にあるベッドの上に腰掛ける。
なかなかいい造りのベッドで、ちょうどいい感じに反発している。
それでも、邸で使っていたものの方が使い心地は良さそうだ。
『せっかくですから、どの授業を受けるか考えてみましょうか。
資料を見れば、受けられる授業がどれかわかるでしょう』
「そうね。ところで学園は最終的にどうするのが目的なのかしら?」
『卒業することが一つの目標になるでしょう。どうやったら卒業できるかですが、それは資料に書いてあるのではないかと思います』
わたしの答えにシエルが資料をあさりだす。
学園は学ぶところという話はしたし、友人を作ることができればいいなとは思っているけれど、確かに学園に入学してどうするのが目的なのかは話していなかったと思う。
どんな授業を受けたいかとかは話していたけれど、どうしたら卒業できるのかは話題に出なかった。
というか、わたしの中で入学卒業の流れが当然すぎて疑問に思えなかった。
シエルも全く卒業を知らなかったことはないだろうけど、ぼんやりとしか認識していなかったとしても不思議じゃない。
「あったわ。これを読む限りだと、何かしらの科目で十分な成績を収めることができたら、って感じね」
『学園を卒業したら、すぐに働かないといけないような年齢になりますから、一人前といわないまでもそれなりの能力が求められるようですね。
ハンターだとD級程度は必要なようですし、他の科目でも同程度の能力が条件になりそうです』
「だとしたら、卒業は難しくなさそうなのよ」
シエルメールであれば、すでにA級ハンターなので今すぐにでも卒業できる。
魔術に関してもシエル以上の人はそうはいない。
『考えてみると別に卒業しなくてもよさそうですね。
卒業できなくても、困ることはなさそうです。せっかくだから卒業しておこう、くらいの認識で良いかもしれませんね。最初は深く考えずに、自由に生活してみたらいいと思います』
「そうね。そうしてみるわ。でも学園ではエインもちゃんと表に出るのよ?」
『わたしが受けたいと思った授業は、そうさせてもらいます』
「それ以外でも表に出ないと替わってあげないわ」
シエルが意地悪するかのように笑った。
力尽きたのでぶつ切りですみません。
とりあえず投稿という形で、後日書き直すかもしれませんし、書き直さないかもしれません。